第33話『根の国での儀式』

 意識を取り戻したゼントは、薄暗い、巨大な樹木の幹が生い茂る奇妙な空間の中で仰向けになっていた。直に上半身を起こし、周囲を見回す。彼の視界には焚き火が入り、その向こう側には、崩れ落ちた樹木の幹に座る流浪の姿があった。


「目覚めたか、ゼントよ」

「・・・流浪。ここは、一体どこだ? 何故、俺は、まだ生きている??」

「一度に質問を重ねるな。ここは根の国。そして、お前は、余が、生かした」


 淡々と語る流浪の瞳を見たゼントは、神妙な面持ちになり、その眼前の者から溢れ出る未知の臭いに、畏怖の念を覚えていた。倒れていた樹木に座していた流浪はゆっくりと立ち上がり、そして、脇に置いていた剣と青い布を手にすると、揺らぐ火を力強く踏みつけて、ゼントの前に迫ってきた。


「ゼントよ・・・お主は、真に勇敢なる、強き者。だが、まだまだ未熟である。お主に、特別な力と、加護を授けよう」


 剣士は、自らを見下ろす流浪の言葉を黙って聞いていた。そして流浪は、自らが手にしていた綺麗な装飾が施された鞘に収まった剣と青い布を、少年の前に差し出す。


「受け取るが良い、ゼントよ」


 ゼントは膝を折り、両手を差し出し、丁重な所作で、その剣と布を受け取った。瞬間、彼の体内に青白い電撃が走る。溢れ出る、圧倒的な多幸感。そして、もはや誰にも負けることが無い、と確信できるほどの全能感に襲われたのである。


「こっ・・・これは、この剣は、一体・・・」

「その剣の名前は、十束剣。神か、それと同等の資格を持つ者しか持つ事を許されない、偉大なる、神器、である」

「神器・・・」


 鞘に収まった剣が解き放つ異様なる圧力に震えているゼントに、流浪が更に言葉を投げかける。


「ゼントよ・・・お主、下の名を申してみよ」

「ナムジ・・・ゼント・ナムジだ」

「そうだな、ゼント・ナムジよ。今、この剣を持ちし時より、お主は、ゼント・クニヌシと名乗れ。さすればこの剣が、きっとお主に偉大なる加護を与え、助けてくれるだろう」


 流浪の威厳溢れる風貌から出てくる言葉に、ゼントは素直に「・・・承知した」と、述べるにとどまる。


 更に流浪は、こう続ける。


「この剣を持つ者は、やがて世界を統べる定め。ゼントよ、強くなれ。そしていつの日か、この世界を、武と調和でもって平定し、国を興すのだ。まずはその剣を使いこなせ。完璧に使いこなせるようになったとき、また会えたら、そのときは、そなたが本来ラズルシャーチでキチンと生まれていたら得るはずだったレベルに戻してやろう」


 そんな流浪の言葉に、ゼントは少しだけ反旗を翻す。


「ふん・・・国づくりには興味ないが、この剣は使えそうだ。ありがたく頂戴するぞ」


 ゼントの言葉に、流浪は威厳を損なわないような絶妙な笑みを見せた。そして、更に流浪は手から弓を顕現させ、剣士に差し出す。


「それともう一つ、お主に特別な弓をくれてやろう」

「弓? 悪いが興味ないな」

「まあそう言うな。もって行け。何かの役に立つこともあるだろう」


 左利きのゼントは十束剣を右腰に装備し、そして弓も嫌々ながら、今度は無作法に受け取った。


 それから暫く、ゼントと流浪は互いに樹木に座り、かがり火を挟み、しばし会話をした。ゼントは流浪からもらった青い布で口元を隠していた。そして、流浪は今のお前ではクシナダには勝てない、と、残酷な言葉を投げかけたのである。

さらに流浪はこう続けた。

「ゼントよ。戦において勝利とは、相手の命を奪うだけにあらずだ。自らの身を守ることも、一つの勝利であるぞ。努々忘れるでない」


 ゼントは沈黙していた。


「・・・それで、スセリを暗殺する気になったか? ゼントよ」

「悪いが、俺は、もう殺しはしない。あいつからは金を貰ってる。だから、守る、と決めた。貴様の金は返すぞ」

「ふふ、そうか・・・なら、それでよい。他の手段はいくらでもあるからな」


 不気味な笑みを浮かべる流浪。しかし、その心の奥は、どこか温もりに包まれていた。そして、しばしの刻が過ぎた後、流浪は立ち上がり、新たなる王の器にこう告げた。


「・・・この国に、よそ者は、長くは滞在させられん。余の神通力で、お前を、再びスセリの下へ送る」

「リョウマは無事なのか?」

「それは自分の目で確かめてくるが良い」

「・・・承知した」

「最後に伝えておくが、お前に与えた剣は、特別な代物。剣を抜けば猛毒状態となり、更に所持しているだけで常に睡魔に襲われるようになる。だかこれが、余がお主に与える、試練だ。心して受けよ」

「・・・承知した」


 流浪は右手をかざし、ゼントを青い光で包み込むと、その場から消失させたのだった。


「しばしの別れだ。今はもっと強くなるのだぞ、ゼント。いや、偉大なる未来の王、大国主、よ。スセリを守れ」


 自らの責務を終えた流浪は、腐りかけの樹木に腰を下ろし、かがり火で焼いていた肉の串を掴み、豪快にかぶりつき始めたのであった。

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