第32話『おりょうの加護』
ラズルシャーチ城内の医療室では、スセリとおりょうが回復術士と医師によって治療を受けていた。おりょうには、王室近衛軍近衛総隊長で、回復専門術士であるヤマトが直接治療を行い、おりょうは生死の境を脱し、意識を取り戻しつつあった。そんな彼女の姿を見て、サラバナの姫の顔には安堵の文字が浮かぶ。しかし、医師から手の治療を受け、包帯を巻かれていたスセリの耳に、信じがたい言葉が飛び込んできた。
「ヤマト殿? このような弱き者など、治療する必要はございませぬ。後はスセリビメ様の治療に専念なさった方がよろしいのでは?」
近衛軍の一兵士の残酷な発言を聞いたスセリの心に、一気に憤怒の色が付いたが、表情には出さず、黙って聞いていた。それに対し、ヤマトは「しょうがないだろ、クシナダ姫の頼みだ。私だって、やりたくてやってるわけじゃないんだ」と小声で返したのである。その言葉も、スセリには響いていた。
この国の人間は、皆、心が腐っておる。若きプリンセスは、心の中で怒りに打ち震えていた。丁度そのとき、戦姫クシナダと報告を終えたミヨシが医療室に入ってきた。医務室に向かう途中で、クシナダの耳にも、ヤマトと兵士の声は聞こえていた。そして開口一番、戦姫はこう言ったのである。
「二人とも、この女性・・・おりょうは、弱き者ではありません。自らを盾に勇敢に振舞った、真に強き者です。丁重に扱いなさいっ」
クシナダの声には聊かの怒気が溢れていた。スセリはクシナダを見つめ、心の中で「ありがとう」と呟く。そして美しき戦姫はサラバナの姫に一瞬目配せをし、おりょうの下に近づいていったのである。彼女はうっすらと瞳を明けているおりょうと視線を合わせ、優しい声色でこう話した。
「おりょう。あなたの事情は伺いました。この国の姫として、あなたに対する様々な非礼を詫びましょう。そしてお願いがあります。あなたと弟に、私の付き人になっていただきたいのです。よろしいですか、おりょう」
クシナダの予想外の申し出を聞いたおりょうは、瞳を開き、「そのようなことは、とても恐れ多いことでございます」と断ったが、クシナダはそれを受け入れなかった。
「いいえ、スセリビメの護衛という仕事を見事にこなしたあなたを、王室に迎え入れないわけには参りません。私の周りには、強き者が必要なのです。あなた達には、私の付き人になっていただきます。よろしいですね、おりょう」
と返してきたのである。おりょうの瞳には涙が浮かび、そして「感謝いたします」と言葉を漏らした。その様子を見ていたスセリは、クシナダは善人である、と確信したのであった。
そしておりょうは上半身を起こし、スセリの方に視線を向けると、物静かな調子で語りかけた。
「スセリ様、あなたにかけた加護は、特別な代物。命ある限り、永遠に続きます。ぜひ私の代わりに、加護を有効活用してくださいませ」
「おう、わかったぞ。おりょう。でも、この特殊能力、一体なんて名前なんだ?」
「加護に名前など、ございませぬ。加護は加護にございますので」
それを聞いたスセリは、その場の思いつきで、再び自らの体に球状の防御壁を張り、愛くるしい口調で、「なら、これはおりょうの加護っちゅー名前にするな」と言ってのけたのである。それを聞いたクシナダは、クスクスと声を漏らして笑った。おりょうは少し呆然とした表情をしたが、すぐに顔は喜びに包まれ、「では、ぜひそのように」と告げ、再び、体を仰向けにした。
「おりょうの加護、ですか。とても素敵なお名前だと思います」
激しい乱戦でも一切の傷を受けなかった強き者、近衛軍のミヨシは、爽やかな笑顔でそう言ってのけた。
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