第31話『死にゆく剣士』


 スセリ達がまだ寺田屋内部にいた頃、ゼントは黒き尖兵の指揮する者と激しく剣を合わせていた。ゼントは、相手の剣を受けた瞬間、自らのとの力量の差を認識する。この巨大な体躯の黒き尖兵は、この俺よりも、遥か格上の相手だ、と。少年剣士は腕力には絶対の自信があったが、その彼よりも、黒き尖兵は腕力が高く、剣筋も見えないほどに速かった。ゼントは尖兵の剣の雨を回避するのに手一杯で、攻撃に転じることができずにいた。気がつけば、顔につけた面具も引き剥がされていた。


「どうした? ゼント。お前の力はそんなもんか? 少しは楽しませてくれよ。この世界の王になる器なんだろう?」

 

 こいつは一体何を言ってるんだ。ゼントには、尖兵の言う事も、自分の命を狙う理由も解らずにいた。ただ一つ理解できた事は、このまま戦っていても、勝機はなく、不用意に技を繰り出そうものなら、完全に見切られ、逆に返し刀をもらうかもしれない、ということだった。

 

 ゼントは自ら攻めようとせず、受け太刀もせず、ただひたすらに回避に徹し、相手の剣筋の癖を見切り、自らが攻撃が出来る隙を必死に探っていた。  


「おいおい、さっきから避けてばかりじゃないか? 少しは攻撃してこいよ、ゼント。さもなくば、本気で首をはねてやるぞ?」


 黒き尖兵は嫌らしい笑みを浮かべる。赤黒く光るその姿に、ゼントは自らの体内に流れる血と似たようなものを感じた。そして黒き尖兵は本格的に攻撃をはじめ、剣士は避けることも難しくなっていき、体中に無数の切り傷が生まれ始めた。


「(く・・・俺はどうなってもいい。リョウマは、リョウマは無事なのか? 頼むから、生きろよ、リョウマ)」


 激しい疲労感に苛まれたゼントは、スセリの身の安全を願っていた。その僅かな心の隙を、黒き尖兵は見逃さず、得体の知れないほどの剣速の一撃を剣士目掛けて振り下ろして来た。ゼントはとっさに剣で受けたが、腕力で押し切られ、剣はへし折れ、左から右へと、胸部を深く切られてしまった。

 ゼントは喀血し、地面に膝をつく。


「勝負ありだな。だが、楽には殺さない。このまま大量の血を流して、苦しんで、死ね、ゼント、いや、未来の王よ」


 王? 一体、こいつは何を言っているんだ。薄れゆく意識の中で、ゼントは自らの体から大量に溢れた赤い温もりに包まれて、意識を失ってしまった。


 その様子をみた黒き尖兵の隊長は、薄気味悪く口角を上げてみせ、


「さてと・・・次は、ヨウドウ、か。待っていろ」


 と、呟き、突然黒い霧となってその場から消失したのである。大通りの中央には、倒れこむゼントの躯のなりそこないだけが残されていた。

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