第30話『寺田屋襲撃事件その3』

 スセリ達が寺田屋で襲撃を受けていた頃、戦姫のクシナダは、寝室には向かわず、玉座の間に座り、渡された剣を愛しそうに眺めていた。


「美しい・・・とても手に馴染む。この剣さえあれば、私は、間違いなく、この世界最強の存在になれる・・・」


 自らの溢れる力に酔いしれ、クシナダは笑う。そんな彼女の様子を、お付の近衛部隊の兵士と近衛総隊長のヤマトが黙って見ていた。そしてクシナダは、同様に、初めて会ったスセリとのことを想い返していた。ずっと孤独だった彼女の前に現れた同じ年の話の出来そうな女。自分に素敵な武器を売ってくれる女。彼女と私は良き友になれるか。そんなことを武の国の姫は思惟していた。


 部屋の窓から屋根に降りたミヨシは、スセリの腰に手を回し、自らの特種能力、隠密を使い、気配を完全に消し去り、そして体を半透明にさせた。


「ウチ・・・透明人間になっちょるんか」

「いいえ、私の特種能力で、気配を消し、半透明状態になっているだけです。ですが声や匂いは感知されるので、近づかれるとバレます。このまま闇夜に乗じて、安全な場所まで参りましょう。そこでスセリ様を一旦応急処置します」


 そう話すと、ミヨシはもう一つの特殊能力、神速を使い、電光石火の速さでスセリとおりょうを抱え、宿屋の屋根の上を次々と飛び移り、まだ賊が来ていない地点の裏路地に降り、血が止まらないスセリの右手を診療した。


「(くっ・・・まずい。動脈が切られている。このままだと、スセリ姫が出血死してしまう)」


 ミヨシは着込んでいた袴の裾を破り、スセリの右手にきつく撒きつけると、再び彼女の腰に手を回そうとした。しかし、王女はそれを拒否する。


「ミヨシ君・・・ウチは・・・ここに残るきに。さきにおりょうを、おりょうを城に連れて行って、治療してくれ」

「何をおっしゃいますっこのミヨシシンゾウが、お二人ともお助けいたしますっ」

「駄目じゃ、ウチを背負ってたら、遅くなるだろ? 少しでも早く、おりょうだけを連れて、そのヤマトっちゅー人に回復してもらってくれ。」

「スセリ様」


 こんな極限状態の中でも、自分の命より、誰かの命を最優先しようとするスセリの姿勢に、ミヨシは感銘を受け、思わず涙腺を潤ませた。


「ウチには、おりょうからもらった加護がある。ちとしくじったけど、次は上手く使う。それで何とか凌ぐから、おりょうをヤマトって人に託したら、ウチの救助に来てくれろ」


 右手の痛みに耐えつつ、スセリはミヨシに笑顔を見せる。しかし、その顔には、脂汗が滲み出ていた。やせ我慢。ミヨシはスセリの意思を汲み、おりょうを背負って立ち上がる。


「5分・・・いえ、3分以内に救援部隊を要請します。ほんの少しだけ、辛抱してください、スセリ様」

「へへ・・・3分なら、直じゃな。耐えられるきにのう」


 黒き尖兵達の捜索は、既にスセリ達のすぐ近くまで迫っていた。あと数分もすれば、スセリは間違いなく発見され、命を奪われてしまうだろう。

 ミヨシは命を削る覚悟で、自らの特殊能力、神速を使い、高速で城へと向かった。彼の足ならば、一分もかからず城内の近衛軍達の控える部屋に辿りつく。


 そしてミヨシの推測どおり、58秒で城内の玉座の間の入り口に到着した。ミヨシの姿を確認した兵士たちは驚き、「一体何ごとですか?」と尋ねてくる。しかし彼は「話は後だ。ヤマト隊長はどこにいる!?」と高圧的な口調で捲くし立てた。兵士は玉座の間にいると言ったため、少年兵は少々手荒だと解っていながらも、足で扉を蹴り開け、玉座の間に進入した。

 その衝撃音に驚いた近衛軍の兵士達が、ミヨシの姿を確認する。近衛総隊長のヤマトもミヨシと視線を交錯させた。そしてクシナダも、無表情でミヨシを見つめた。


「大変です! スセリビメが、寺田屋で賊に襲われました!!」


 そのあまりにも信じがたい事実に、近衛部隊の兵士達は珍妙な声を上げる。しかしヤマトは表情を崩さず、ミヨシに現状の説明を求めた。


「それで、スセリ様はどうした。その背負っている女は何者だ?」


「スセリ様は安全な場所に身を潜めています。ですが負傷しており、このままだと、生命の危機に瀕します。そして私が今背負っている少女は、まさに生死の境にいるのですっ」


「ヤマト、その女性を治療しなさいっ」


 クシナダの命令を聞いたヤマトは、一切の躊躇無くミヨシに近づき、おりょうを床に降ろすように伝えると、彼女に強力な回復魔法をかけ始めた。そして更にクシナダは、毅然とした表情で、動揺する部下達に直に現場に急行するよう指示を出した。しかし、兵士達の準備は遅く、狼狽していた。その様子を見かねたクシナダが、とうとう玉座の椅子から立ち上がり、皆にこう告げる。


「遅い!!! スセリの命がかかっているのですよっ!! 私が直接、現場に急行し、救出してきますっ」

「クシナダ姫っなりません」

「いいえ、あなた方では無理。私が行きます。」


 クシナダは歩き出し、通り過ぎたミヨシに目配せをする。それは一緒について来い、という合図だった。それを理解したミヨシは立ち上がり、「ヤマト殿、後は頼みます。クシナダ姫は、お任せを」と言い、戦姫の後についていった。


 クシナダは玉座の間を出ると、抜群の跳躍力を見せ、城の屋根に上った。ミヨシも必死に後を追いかける。


「クシナダ姫っ私の体に捕まってくださいっ神速を使って急行しますっ」


 ミヨシはクシナダに手を差し伸べるが、大人びた戦姫はそれを拒絶する。


「あなたじゃ遅い。あなたが私にしがみつきなさいっ」


 ミヨシは言われてぎょっとしたが、直に指示どおり、クシナダの美しき肢体に腕を絡ませた。

 

 そして戦姫は、魔法の詠唱を始める。


「・・・混沌を漂いし流浪の神よ、今こそ我が応じ、我が命ずる。我に絶大なる力をっ滅びの御心をっそして偉大なる勅旨をっこの御身に、授けたまえっ」

 

 その詠唱は、この世界でも選ばれた特殊な人間しか使いこなせない、伝説級の神魔法、滅びゆく賛美歌イグナ・エル・フラーレというものだった。この世界でも、この魔法が使用できるのは、現時点においてクシナダのみと言われている。


「滅びゆく賛美歌イグナ・エル・フラーレ!!!」


 クシナダは、自らが放った大魔法を威力を使って、体を浮かせ、そして前へと進む推進力へと変え、高速で闇夜を疾走していった。そのあまりの速さに、ミヨシは衝撃を受ける。自らの神速よりも速いその速度に、圧倒されていた。


 戦姫が現場に急行していたその頃、スセリは加護を使い、自らの体を球体で包み込み、賊に見つからないよう、気配を殺し、路地裏のゴミ箱の中に隠れていた。


「うう・・・臭いぜよ・・・。手も痛いし、ゼントの奴、今何しとるんだ?」


 生ゴミに体を埋めつつ、スセリはぼやく。しかし、直に足音を感知し、賊がここまでやってきたことに気づき、神妙な面持ちになる。スセリが隠れていたゴミ箱の蓋が開かれ、尖兵がニヤニヤしていた。


「見つけたぞ、スセリ・サラバナ」


 スセリは左手で、尖兵の頭部に銃口を突きつけると、躊躇い無く引き金を引いた。尖兵の首は消し飛び、その場を囲んでいた尖兵達も銃撃音に気が付き、次々とゴミ箱に集結してくる。スセリは過ちを犯した。そして、自らの死も覚悟した。


「さてと、引き釣り出してやろうかな」


 尖兵は、不気味な笑みを浮かべ、スセリの左手を掴むと、彼女をゴミ箱から引き釣り出し、宙に浮かべた。


「止めは俺がやらせてもらうぜ」


 尖兵の手刀が、スセリの心臓へと突き進む。しかし、彼女の体を包む透明な球体が、尖兵の攻撃を弾き返し、逆に負傷させた。スセリは地面に投げ出され、その反動で、まだ使い方に慣れていない加護が再び解けてしまう。その隙を逃さないよう、尖兵達が彼女を取り囲み、それぞれが武器を今にも振り下ろさんとしていた。


「もういけん・・・」


 スセリは目を閉じ、自らの命の終わりを悟った。丁度その時、圧倒的閃光が、スセリを取り囲む全ての尖兵達の首を跳ね飛ばした。その閃光の正体は、若く美しき武の国の戦姫クシナダである。ミヨシは上空から尖兵達に槍の残撃を見舞い、次々と殲滅していった。


「スセリ、助けにきたわよ」


「く・・・クシナダ姫」

 

「ご無事ですか、スセリ様」


 ミヨシは尖兵達を退けつつ、スセリを守るように陣取った。クシナダも、反対の方向で臨戦態勢を取る。


「奇妙ね、ミヨシ。こいつら、手ごたえがなかったわよ。レベルも見えない」

「私にもわかりません。一体何者なのか」

「・・・数が多いわ、あなたは反対側を死守してスセリを守ってっ私は正面から突撃してくる者達を、迎え撃つ!」


 言葉を発すると同時に、路地裏に大量に進撃してきた尖兵達を戦姫は流麗な剣捌きで、次々と首を刈り取っていった。そしてさらに空中で神魔法の初歩、神の賛辞イグナ・フーを高速で連発し、尖兵達を次々になぎ倒していく。その間、わずか10秒足らず。そして尖兵達の数が減り始めたことを確認したクシナダは、直にスセリに駆け寄り、彼女の血を垂れ流した右手を確認し、回復魔法の詠唱を始めた。


「・・・・偉大なる女神よ、滅びゆく者に、永劫に近き癒しを授けたまえ、イグナ・ゼールッ」


 クシナダの放った回復魔法は初期魔法だが、膨大な魔力を放出したため、その効果は最上級の回復魔法にも匹敵するのである。スセリの右手の出血は止まり、少しだが、右手の指先が動くまでになった。


「クシナダ姫、ありがとうございます」

「お礼なんて要らないわ。私達、・・・・」


 言いかけたところでクシナダは赤面し、スセリから視線を外す。


「ウチらはきっと、良き友になれますなぁ」


 と、スセリが笑顔で戦姫に語りかけた。それに対し、クシナダは、「それは、まあ、かっ考えてあげてもいいわよ」とややつっけんどんに返したのである。


それから実に3分後、ヤマトを除く王室近衛軍の部隊が続々と宿屋地区に進軍し、黒き尖兵達を殲滅していった。副隊長でスセリより一つ年上のピピンが路地裏に現れ、戦姫の無事を確認する。


「ピピン、この場はあなたが鎮めなさい。私はスセリを城まで運んでいくわ」


 そう言うと、クシナダはスセリの体に手を回したが、彼女がそれを拒んだ。


「クシナダッ頼む、ゼントを、ゼントを探してくれろ。あいつ、きっとどこかで一人で戦っとるはずだ。誰か加勢にいかないと、流石に不味いぜよ」


 ゼント、という言葉を聞き、クシナダは玉座の間で会った美しい容貌をした面具をつけた美少年の剣士のことを思い出した。瞳や眉は男性的だが、全体的な顔の作りは女性的で、恐らく面具を外しても中世的な顔立ちをした、絶世の美男子であったので、彼女もよく覚えていた。


「ゼントって、あのカッコいい面具を付けた殿方のことね。わかった。私が直接、援護に行くわ」

「頼むきに」


 クシナダの言葉を聞いたピピンとミヨシが反発する。ミヨシは「私がゼント殿の加勢に行きますっ」とクシナダに申し出たが、彼女は冷たい眼差しでミヨシを見下ろし、「ミヨシは黙ってスセリを城まで運んで。ピピンは部下と共に残党共を狩りなさい。ゼント殿は、私が探す。これはもう決定事項だから、私に歯向かわない頂戴」と高圧的に捲くし立てたのである。それに脅えたミヨシとピピンは戦姫の意向に従うほかはなかった。


「スセリ様、このミヨシ・シンゾウが、あなたを責任持って安全な城までお連れ致します。共に参りましょう」

「うむ。頼んだぞ、ミヨシ君」


 ミヨシはスセリの柔らかな体を抱きかかえ、副隊長のピピンに「後は任せます」と次げ、神速を駆使して夜陰に紛れていった。

 ピピンは部下達に激を飛ばし、残っている黒き尖兵を殲滅するよう指示を出す。その様子を見届けたクシナダは、一人、攻めあぐねている尖兵達に向かっていき次々と無慈悲に派手に斬り刻み、道を作りながら、大通りへと飛び出していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る