第28話『寺田屋襲撃事件その1』

 寺田屋に到着したスセリ達は、おりょうを連れ、ミヨシの案内で王都内を観光した。闘鶏場に行ったり、入軍試験に使用されるべヒーモスの飼育場を見学したりした。更にスセリとゼントは城下町の木の家に住む人々の悲惨な生活ぶりを目撃し、心を痛めたが、ミヨシに気を使い、憤怒に駆られつつも、言外することはなかった。わなわなと体を震わせるおりょうの姿を見て、スセリは心を痛める。


 そして夕刻、寺田屋に戻ってきたスセリは、厨房を借り、自らの店で出す独自の軍鶏鍋作りを、おりょうと共に行っていた。彼女の内にある英雄、坂本龍馬の守護霊が、密かに手を貸していることなど、知る由もない。

 

  スセリは魔力はあるものの、極度の魔法音痴で魔法が一切使用できない。そのため、出来上がった軍鶏鍋を煮るための火はおりょうに付けてもらった。このオフェイシスの人間にとって、火炎魔法は生活する上では必需品の基本中の基本魔法であり、回復術士であるムツも、実戦には使えないものの、火を起こすことぐらいは出来る。しかしリョウマは一切魔法が使えないため、そのことはかなりのコンプレックスになっていた。王家にいた頃は頭が良いだけの落ちこぼれ、王家の面汚し、と姉のイワガミヒメに常に叱責を受け、その度従姉妹のムツが間に入り、幼き姫の味方となっていた。

 ムツはサラバナ大臣の娘であり、主に王室内で大臣の父から政の基礎素養をじっくり学びつつ、諸外国との外交政策を立案するなどの執務を担当し、更に第三公女であるスセリビメの付き人もしていた。彼女の専門は外交や都市開発で、スセリよりも一つ年上であるが、二人は幼少期から仲が非常によく、共に王族が通う学校で互いに励ましつつ、熱心に勉学に勤しむ間柄だった。スセリにとっては、ムツは特別な存在である。ムツにとってもスセリは守るべき相手であり、これまで苦楽を共にした良き友人関係でもあるのだ。


夜、スセリは自らの作った軍鶏鍋を護衛担当であるミヨシシンゾウに振舞った。ミヨシは祖国の味との違いに戸惑いつつも、「これは美味ですね」と、絶賛した。スセリは笑顔を見せ、そしてミヨシに語りかける。


「ところでおまん、ウチとそんなに変わらんみたいだけど、今幾つだ?」

「もうすぐ12歳になります」

「ならウチと同じ年かっそれなのにもう王室近衛軍に所属しとるのか? ひょっとして、滅茶苦茶強いのか?」

「いえ、私はまだまだ未熟者ですよ。近衛軍には私よりも強い人間が沢山おりますし、私も間もなく他国に売りに出される予定です」


 ミヨシが売りに出される。その事実を知ったスセリは驚愕する。一体何故ミヨシほどの者を手放すのか? 彼女は少年兵士に詰問を始めた。


「我が国の軍部、特に王室近衛軍は、皆若く強き者達で構成されています。特に王室近衛軍は7歳から最大でも25歳までの任期と定められておりまして、その任期を満了したものは退役するか、司令官として軍部に残るか、他国に兵士として売りに出されるか、選択を求められるのです。ですが任期を全うし、自らの意思を主張できる立場になれるほどの者は殆どおらず、多くの兵士は任期中に他国に売りに出されるのが当たり前の状況です」


「考えられんな。兵士は国の資産じゃろ? そんなものをポンポン他所の国に売り出して、構わないがか?」

「他国に売り、兵士を駐屯させることで、我が国は世界の秩序を維持しているのですよ。特にガレリア王国は魔族に定期的に軍事侵攻を受けていますから、ラズルシャーチの兵士はガレリアに売りに出されることが非常に多いです。私も恐らくは、ガレリア王国に売りに出されるでしょう」


 ミヨシの話を聞いたスセリは、とあることを思いつく。しかし、ミヨシにはあえて告げなかった。そしておりょうを交え、三人は宿屋の女将から丁重なもてなしを受けることになった。


 それから、話はスセリの祖国、サラバナ王国の話になった。サラバナ王国では、年に一回、世界各国から要人を集め、盛大な健国際を開く。その時期が、今年も間もなくと迫って来ていた。サラバナ王国と武の国ラズルシャーチは、常に微妙に険悪な関係にあり、ラズルシャーチ側の王室の者は、未だにサラバナ王国の土地の土を踏んだことがない。サラバナ王国は武の国を見下し、武の国は経済事情から関係を改善したいと考えていたが、中々その機会を持つことが出来ずにいた。そのことを、少年兵士であるミヨシは嘆いていたのである。今年もサラバナ王国から、儀礼的に招待状が王室に届いており、クシナダは目を通していたが、リシャナダ王は鼻にもかけずにいた。 


「まっ、ウチの国とおまんの国の話は別にして、今回サラバナ王家の人間であるウチがここに来たことは、ある意味歴史的だからな。ウチも武の国に来れて嬉しいぜよ。王室の人たちも、ウチのことを歓迎してくれているし、今は両国の関係が冷え込んでいても、その内なんとかなるじゃろう」

「そうだといいんですが・・・」


 能天気なスセリに対し、武の国の未来を思うミヨシは、深刻な表情を浮かべる。戦姫クシナダも、スセリと会ったことで、内心、心が揺れ動き、夜も眠れず、玉座の間と寝室を行ったりきたりしていた。


 そして夜が深まり、スセリとミヨシはすっかり意気投合し、気が付けば、すでに下らない話をするような間柄になっていた。スセリは自らの国の内情や旅の苦労話を面白おかしく語り、ミヨシは武の国の実情を熱心に語り、おりょうにも同情する旨を述べた。おりょうにとって、王室近衛軍の兵士であるミヨシシンゾウは特別な存在であり、終始緊張し、まともに話すことも出来ずにいたが、スセリがおりょうにも積極的に話題をふり、三人は身分差など関係なく、年頃の子供らしく、楽しい会話をしていた。陰鬱な表情をしていたおりょうも、時折柔和な笑みを見せていた。ゼントは一切口を開くことはなく、三人の話を無言で聞いているだけであった。


 その後、スセリは就寝する時間になり、女将と宿の者が室内に高級布団を敷き始めた。ミヨシは戦士の顔つきに戻り、外に不審者はいないか、窓の外から確認する。おりょうはスセリに薦められ、二人よりも先に湯に浸かることになった。

 ゼントは徐に立ち上がり、「俺は念の為、外の様子を見てくる」とスセリに告げる。彼女はここにいろ、と言ったが、「ミヨシがいるから問題ないだろう」と返し、美しい顔をした少年剣士は一人、寺田家を出て、人通りのない大通りを注意深く散策を始めた。



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