第25話『おりょうとの出会い』

 武の国ラズルシャーチでは、強者至上主義が徹底されている。その強者とは、単なるレベルの多寡だけでなく、知恵の回る者も含まれている。レベルが低く、賢くない者は、武の国では生き残れない。飢えて死ぬか、国家に間接的に間引かれていくのだ。ラズルシャーチは、弱者を切り捨てていき、真の強者のみを崇める国である。それゆえ、国民達は皆、常に強き賢人であろうと努力し、勤勉で優秀な者達ばかりである。この国では、愚か者は死ぬだけなのだ。

 全ての民にたゆまぬ努力を強いる国。それこそが武の国の厳しい教えであり、それについていけない、自分の努力の限界に気がついた民が絶望する。ガレリアやサラバナ人のように世の中は努力ではどうにもならない、所詮運であると信じる民族には理解しがたい思想である。


 だが、そんな国の厳しい教えに反発する民も非常に多く、亡命する者、も、自殺する者達も後を絶たない。自分の優秀な子を兵士に取られたくないと考えている親も沢山いる。ゼントの両親も、その内の一人だった。彼の祖国はマガゾだが、両親はラズルシャーチの人間である。ゼントがこの国で生を受けていたのなら、間違いなく優秀な兵士として育て上げられ、今頃は武の国の最高名誉である王室近衛軍、直属護衛部隊に所属出来たであろう。だが、現実はそうはならなかった。ゼントは悲惨な内情の国で生を受け、その生まれ持った強さで、実力だけでここまで生き抜き、そして今がある。スセリの用心棒は、既にラズルシャーチの精鋭達にも引けを取らないほどの、無類の強さを誇っているのだ。


 スセリは和風建築に洋風の看板が着いた城下町の店が並ぶ大通りを、どこか脅えながら歩く人々をみて、心を痛める。そこには常に緊張感があり、安らかな空気は存在しなかった。兵士達が巡回しており、弱き労働者達を働かせている。


 一方、スセリから少し離れたゼントとムツは、通りの隅にへたり込む小さな子供を目撃する。頬がこけ、肌色も悪い。ゼントは無言で子供に近づき、そして語りかけた。


「おい、お前。最後にマトモな食事を取ったのは、いつだ?」

「・・・忘れたよ。もう川の水と、残飯しか食べてない。ねぇお兄さん、お願いだから、パンをくれない? このままだと僕の妹が、死んじゃうんだ」

「・・・悪いが、今、パンは持ってない」

「なら消えてっ邪魔だよっ」


 やせ衰えた子供は、声を震わせ、美しい顔をした剣士に怒鳴り散らす。ゼントは少し押し黙り、非礼をわびた。そんな二人のやり取りを、ムツは少し儚げな表情で眺めていた。


「・・・済まない。代わりに、ジェルを、少しだけくれてやるから、それでパンを買え」

「お兄さん、この国のこと、何にもわかってないんだねっジェルなんて持ってたって、大人は子供にはパンなんて売ってくれないんだっ強くて悪い大人達に、力で奪い取られるだけなんだ。だから多くの僕みたいな親のいない木の家に住む子供は、夜に食料備蓄庫に押し入って、食料を大人から奪って生き抜いてるんだよっ」

「・・・なら、お前も、そうすればいいじゃないか」

「僕の仲間達が、皆、大人に殺されてしまったんだ。僕は強かったから、敵を取ってやったけど、右腕の骨をやられて、今は盗みに入れないんだ」


 そう言うと、子供は赤く腫れ上がった右腕を二人に見せ付けてくる。ゼントはすぐにムツの方に顔を向けた。


「・・・・ムツっこの子供の腕を治せっ」

「はいはい」


 ムツも子供の傍に膝を折り、回復魔法をかけ始めた。そして子供の腫れ上がった右腕は急速に良くなっていく。子供は右腕が動く事を確認し、笑顔を見せた。


「ありがとう。これで僕、明日入軍試験を受けられる」

「試験だと?」

「べヒーモスと、一人で戦って、倒さないと、この国の兵士になれないんだ。」

「お前には倒せると思えんが」

「大丈夫っ僕は強いんだっ大人だって倒せるっべヒーモスを倒せば、石の家に住めて、食事にも困らない暮しができる。僕が兵士になって、妹を養わないといけないんだよ」


 武の国ラズルシャーチの入軍試験は、べヒーモスとの1対1での戦闘に勝利する事である。歩けるようになる1歳から受ける事ができ、この国の姫、クシナダは2歳で試験に合格した。もしそこで受験者が死ねば、弱き者として扱われ、死体は城下町に晒し者にされる。そして今、スセリは晒し者にされていた自分と年の違わない女性の死体を視界に入れ、言葉を失っていた。


「じゃあね、お兄さん。綺麗なお姉さんも、ありがとう」

「・・・・生き残れよ、子供」

「当然だっ僕はレベルだって凄く高いし、べヒーモスなんて雑魚だよ? 楽勝さっ」

「・・・べヒーモスを、甘くみるんじゃない」

「とても大きくて、凄く速く動くよ。魔法だって、沢山使ってくる。完全に初見だと、全く対応できない相手だよ? 試験の前に、べヒーモスの動きだけは、ちゃんと見ておいた方がいい」


 ムツは賢明な助言をしたが、子供は聞く耳を持たず、逆上した。


「僕を舐めるなっそんなことしなくたって、僕なら絶対大丈夫さ。大人だって、たくさん倒してきたんだ。絶対に勝ってみせるよっじゃあね、お元気でっ僕が兵士になったら、守ってあげるよっ」


 意気軒昂に叫ぶレベル1万2000を超えるその子供は、元気に二人に手を振りながら、通りを鈍足で駆け抜けていった。その後ろ姿は、どこか哀愁を感じさせるものだった。子供は翌日、入軍試験でべヒーモスに返り打ちに遭い、命を落としたという。所詮弱き者扱いされ、木の家にしか住めない弱き者の子供であったのだ。ゼントは、うっすらと死の臭いを察し、この国の異常性に、内に秘めた炎を燃やしていたのである。


「あの子供・・・明日、死ぬね」

「ああ、間違いなく、・・・死ぬな。べヒーモスには、レベル差なんて、あって無いようなものだ。巨大で素早く動き回る怪物相手の立ち回りの基礎をきちんと理解していないと、どんなに自分の方がレベルが高くても、まず勝てない。それがべヒーモスが害獣扱いされ、恐れられている理由だ」

「リョウマと合流しようぜ、ナム・・・ゼントさん。リョウマはああ言ってるけど、あたし達は、この国の内情には深く触れない方がいい。知りすぎると、頭がおかしくなりそうだからね」

「・・・それが、賢明だな」


 一人で城下町を歩いていたスセリは、更に信じられない光景を目の当たりにする。


「弱き者は死ぬまで働けっ」

「この国の教えを理解しているのかっ弱き者よっ」

「すみませぬ、娘が、娘が大病なのでございます。看病が必要なのですっ」

「弱き者の子など、死んだって構わんっさっさと米俵と石を運べっ強き者の為の家を作れっ」


 軍の兵士が、弱き者と断定した民を強制労働させていた。更に、その近くでは、自分と同じぐらいの少女が、兵士たちと悶着を起こしている。


「お願いします。弟はまだ3歳です。入軍試験はあと1年待ってくださいっ」 

「駄目だっその子供はレベル4万ある。強き者だ。兵士にするには丁度いい。明日、必ず試験を受けさせろっ」

「嫌にございますっ試験なら、私が代わりに受けます。どうか弟は堪忍して下さいっ」


 必死に凄む兵士たちに訴えかけるその少女の名は、おりょうと言った。スセリは彼女に近づき、間に割って入ることにする。


「・・・おまんら、止めるぜよ」

「なんだ? チビ」

「ウチは、チビだけど、小さい大人だ。そして、これを見るがいい」

 

 スセリはサラバナ王国の勲章を兵士達に見せつけた。武の国の猛者達は戦慄する。まさか、世界一の富裕国、天下のサラバナの王族が、この国にやってきたと言うのか?


「今ウチに言った言葉、取り消すなら堪忍してやるきに。その者の言うとおりにしてやれ」

「しっしかし・・・」

「兵士共っ大至急国王に伝えろっサラバナ王国の第三公女っスセリ・サラバナとその護衛がっラズルシャーチにやってきたとなぁっ」


 スセリは兵士たちを指差し、声を荒げた。その声を聞いた民衆達も立ち止まり、スセリを取り囲み始める。そこにゼントとムツもやってきた。


 そして三人は城からやって来た近衛軍数名の兵士に迎え入れられる。その隊長を務めていたのは、スセリと同い年の少年槍使い、ミヨシ・シンゾウだった。


「皆の者、サラバナ王国は第三公女、スセリビメのご来訪である。国賓として、丁重に出迎えよっ」


 隊長であるミヨシの発言に、民衆たちはひれ伏し、そしてミヨシはスセリ達の前に膝を折り、丁寧に挨拶をした。


「初めましてスセリビメ。私はラズルシャーチ王室近衛軍第一部隊小隊長、ミヨシ・シンゾウと申します。あなた方を城まで護衛させていただきます。直に馬車を用意いたしますので、暫くその場でお待ちください。」


「う、うむ・・・」


 突然の武の国の対応と空気の変化に、スセリは戸惑いの表情を見せる。そして少年が宣言したとおり、直に大きめの馬車が到着し、三人は乗り込むことになった。しかし、スセリは立ちすくむおりょうを見て、「おまんも一緒に来い」と言ったのである。驚いたミヨシであったが、スセリビメの言う事には逆らえぬと、おりょうの手を取り、馬車に乗せた。 


 城へと向かい走る馬車の中で、ムツはまたも愚痴り始める。


「・・・正直、ラズルシャーチって考えてた以上にきな臭い国だな。国民皆兵士扱いで、国家ぐるみで人身売買だぞ? その金でハインズケールから穀物を買って、民の力量を見て金を与えたり、食料配給したりしてるらしい。労働者は弱き者のみで、強き者は一切働かず、国に保護され厚遇され、ひたすら強くなるための壮絶な訓練の日々。そりゃ毒を欲しがる民も出てくるよな・・・完全にどうかしてる」

「・・・弱き者は木の家に住まわされ、強き者は石の家に住める、か。ウチらがこれから作る街では、民の住む家は皆、平等に石造りにしようぜよ」

「勿論だよ。ミネルバは、石材だけはやたら豊富らしいからな。きっと全員石の家に住めるよ。民、皆貴族な街の出来上がりだね」

「ああ。楽しみだなぁ。」

「ああ、楽しみだ」


 二人がひそひそ話していたとき、向かいの席に座っていたおりょうが、不安そうにスセリに声をかけた。


「あの、スセリビメ様。その、私めも、本当に国王に謁見して構わぬのでしょうか? 私のような弱き者が玉座の間に立ち入ったら、その場で試し切りされてしまいます・・・」

「心配するな。ウチが守っちゃるきに。国王を引っ叩くぐらいの気骨をみせろ。民の怒りを、ぶちまけてやれっ」

「はっはい・・・」


 馬車の中のスセリ達の会話を聞いていたミヨシは、無表情であったが、顔をみるみる青ざめさせていた。ラズルシャーチが風雲急を告げることになるかもしれないと、懸念を感じ始めていたのである。

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