第24話『武の国ラズルシャーチの闇』

 スセリ達がラズルシャーチ王都へと続く兵稜を力強く歩いていると、弦楽器で音楽を引いている不潔な身なりをした男が座っているのが視界に入ってきた。スセリは男の前で立ち止まり、そのどこか物悲しい音楽に浸りつつ、ピッシーのことを少しだけ思い出していた。三人が立ち止まったところで、男は音楽を奏でるのを止め、黄色い歯をむき出しにし、陽気な調子でスセリに話しかけてくる。

 

「・・・いようっ俺は陽気な商人シーモア。音楽と毒を売る男さ。お前ら、これからラズルシャーチ王都に行く気かい?」

「ああ。でも毒って? 何でそんなもん売っちょるがか?」

「はは、お前さん、何も知らねぇんだな。武の国の病理は、根の国の根っこよりも、深いんだぜ? この国には、生き辛くて心底死にたがってる民が腐るほどいやがる。俺はそいつらがいつでも好きな時に楽に死ねるよう、死ぬ前の餞に、音楽と、致死量に達する毒を売ってやってるってわけさ。正直儲かりすぎて困ってるぐらいなんだぜ、いひひっ」

「・・・そか。なら、毒はいらんきに、音楽聴かせてくれ。幾らだ?」

「一曲1000ジェルだぜ? まいどあり。ちなみに毒は1万ジェルだ、破格だろ? お前の骨も拾ってやるぜ? いひひっ」


 こうして、レベル実に2万を超えていた武の国の退役軍人の闇商人、初老のシーモアが奏で始めた音楽は、やはり壮大な中にも物悲しさを感じさせ、今の少し荒廃してりるスセリの心情とどこか一致していた。そして少女は徐に、亡き友人のあばら骨を取り出し、じっと眺め続ける。そんな彼女の所作に、少年剣士は敏感に反応していたが、表情には出さなかった。ムツは闇商人の不潔な身なりを煙たがり、そっぽを向いている。

 そしてしばしの刻、良き音楽が、武の国へと向かう哀しき定めを持った者達を、草原と共に包み込んだ。武の国と深く関わったら最後、全うな人生は歩めなくなり、悲惨な死を迎える、と、とある吟遊詩人は謳う。だが根っこが明るいスセリの心には、そんな言葉は響かない。今はただひたすらに、自らの望みを果たすだけである。その先に待ち受ける壮絶な運命も、彼女は知らぬままだ。


「(・・・ピッシー・・・おまんの望み、ウチが絶対に叶えちゃるきに。天国でまっとれよ)」


 音楽を奏で終わると、シーモアは再び語り始める。


「・・・・こいつは、戦いは滅びと共に、ていう曲だ。戦場に向かう兵士達に聴かせてるんだよ、いひひ」

「そか。儲からなくなったら、別の街に来るといいぜよ」

「別の街? お嬢さん、ここより儲かる場所は他にねぇだろうよ」

「いや、ある。もうすぐ、ガレリアのミネルバ州に出来るきに。楽しみにまっちょるがいいぜよ。その音楽だけで、今の十倍稼がせたるぞ」

「そいつはいいな。ついでに毒も売れたら、もっといいけどな、いひひ」

 

 スセリも釣られて「いひひ」と笑ってみせた。

 

 シーモアと別れ、王都へと歩き続ける中、ムツはいつものように毒づき始めた。

 

「ちっ薄気味悪い野郎だなぁっあいつ。ラズルシャーチってのは、ああいう怪しい商人が沢山いるのかな?」

「まあそう言うな、ムツ。それより武の国か・・・一体どんなもんなんじゃろうな」

「どんなもんって、きっと強い人間がゴロゴロいるんだろうよ」

「強い人か・・・クシナダ姫っちゅーがは、ウチの持ってきた剣、買ってくれる娘かな?」

「さあどうかなぁ? お姫様の気分次第かもよ。あまり過度な期待はし過ぎないようにしようぜ」

「・・・そだな」

 

 王都への入り口となる門の前では、兵士複数名が番をしていた。スセリはサラバナ王家の紋章を見せ、自分がスセリビメであることを兵士に伝える。それを聞いた武の国の兵士達はざわつき、少々お待ちをと言い、その後暫くして舞い戻り、王都への入場を許可した。


「国王に、商談にきた。ぜひ会わせて欲しいぜよ」

「勿論でございます。護衛を付けますので、しばらくその場でお待ち下さい」

「護衛なら、もういる。ここまま三人で城下町まで行くきに。スセリビメが来た、と国王に伝えてくれ」


 少し怒気を込めた調子で、スセリはひれ伏す平均レベル3万前後の兵士たちに告げ、開門された王都内に入っていった。


「いきなり権力を行使するとは。一体何考えてるんだ、リョウマ? 普通に旅商人でいいだろ? 拘束されて、サラバナに返されるかもしれないぜ」

「ちとな。この国の内情を視察してから国王に会いたい思うちょるぜよ。」


 元々怒気の強いスセリは、自らの怒りを必死に抑えつつ、ムツに冷静に答えたのであった。 

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