第23話『剣士の想い』

 三人はガレリアの店を一旦閉店させ、そして杖を使って武の国ラズルシャーチへと向かった。


 辿り付いた場所は、広大な草原地帯だった。その先の遥か遠くに、かすかに王都が見えている。


 ムツはラズルシャーチに着いてからのことを色々考えたいといい、二人から離れ、遠くに聳える木に背を預けた。


 そしてスセリとゼントは、草原にピッシーの頭部を埋め、墓を作り、丁重に弔うことにした。そして出来上がった墓の前に座り、二人はひっそりと会話を始めた。


 

「・・・すまんな、ゼント。ウチ、どうしても我慢できんかった」

「気にするな。これが、俺の仕事だ」

「おまん、ずっとこんなきな臭い仕事してきたんか? 一体、どこの国の出身なんだ?」


 スセリの問いかけに、座り込んだゼントは金を求めて指先を差し出す。彼女は潔く小額のジェルを支払った。そして美剣士は、語り始める。


「・・・俺の祖国、・・・マガゾは、深刻な財政難と、物価高に苦しんでいる。」

「おまん、あの、死の国、言われとる国の出身なんか?」


 マガゾ。定期的に疫病が蔓延し、カラカタ病という不治の病が蔓延したため、世界中の国から交流を絶たれている孤立した国である。だがマガゾには未知の洞窟や遺跡等が沢山あり、目ざとい商人や冒険者達の中には、死を覚悟で入国するものもいた。既に経済は破綻状態であり、国民は飢餓に苦しんでいる。しかも国内は軍部が暴走し、民衆との間で深刻な内戦状態となっていた。


「ああ、そうだ。安心しろ。カラカタ病なら既に収束した。病気は移さん」

「そんなこと、おもっちょらん。で、それでおまんは金が必要なのか?」

「ここから先は、追加料金だ」


 スセリは少し頬を膨らませつつ、更に小額のジェルが入った袋を手渡す。


「・・・このオフェイシスでは、子供は7才になったら小さな大人扱いされ、労働を求められるのが常識だが、マガゾはそうじゃない。子供は弱き者。だからこそ、強き者になれるよう、大人が責任を持って、大人になるまで教育をする国だ。だが今は、そんな当たり前のことも出来ない状態だ。カラカタ病は、高齢の人間ほど感染しやすいらしくてな。お前よりも小さい沢山の子供たちが、突然親を失い、飢えと生活に苦しみながらも、必死に何とか生きている。だから俺は、決めたんだ。この俺の武の力で、外貨を稼ぎ、国に送ってやろうとな」


「ゼント・・・おまん。ひょっとして、意外と良い奴なんか?」


 リョウマの珍妙な問いかけに、ゼントは少し不快感を露にした。


「・・・つまらない話をしたな、忘れてくれっ」

「つまらなくないぞ。もっと話せっウチ、おまんの話が聞きたいぜよっ」

「・・・なら、金だ」

「うむ」

 

 強請られるスセリは、カバンから意気揚々とジェルの入った袋を取り出し、美男子に貢ぎ続ける。そのときの姫の立ち振る舞いは、まるで結婚詐欺師に引っかかってしまう乙女のような無垢さであった。



「・・・俺が祖国を出て、いざ世界に出てみたら、この俺の祖国の常識は、一切通用しなかった。祖国の常識は、世界の非常識だった。マガゾが異端の国なだけなのか? それとも、この世界がおかしいのか、俺にはわからんが、子供を大人と同じように働かせるこの世界は、何かが違うと、強く考えている。教育のために家事等を手伝わせるならともかく、体力も、身長も異なる子供と、大人を同じように扱い、過酷な労働を強いる世界は、あって欲しくない。」

「う~ん・・・何だか難しい問題だな。この世界では、裕福な子か、貴族階級か、王族しか教育は受けられない国が圧倒的大多数だからな。ガレリアも、子供を当たり前のように労働力として使う国だ。ミネルバ州は、子供に重たい石を、毎日10時間以上、平気で運ばせてるらしい。流石にそれは、ウチもいけんな、とは思うちょるぞ。」

「・・・なあリョウマ。お前は、子供の亡骸を、見たことはあるか?」

「・・・無いな」

「俺は、俺と同じ年か、それよりも下の沢山の子供の、死体を見てきた。それを見るたびに、やるせない気持ちになっていた。子供は病気になりやすく、大人が守ってやらないと、直に死んでしまう。しかしこの世界は、子供はすぐ死ぬのが当たり前だから守る必要はない、と考えている。俺は、そんなこの世界の当たり前を変えたい。そのため祖国に、親のいない子供を、教育する施設もいくつか作った」

「それ、どんな施設だ?」

「・・・孤児院、というものだ。サラバナには無いだろう」

「ああ、無いな。親が死んだ子供は、自分の力で生き抜いていくしかない。それは、とても悲しいことだ。ウチはレベル3しかないし、そんな境遇におかれていたら、生き抜いていけたかは、正直わからん。・・・そうだなぁ、ウチの街では、そういう子供は、せめて7才になるまでは保護したい、とは思うな。ま、そういう子供を生み出さないような街作りをキチンと行うのが、ウチの使命だ。安心しろ、ゼント。おまんの言わんとすることは理解した。ウチは、子供をキチンと守ってやれる街作りをするぜよっ」

「・・・そうしてくれると、ありがたい」

「それにしても、マガゾは子供が沢山死んでいるのか?」

「いや、異世界の話だ。俺は異世界で剣を習い、そして大儀だの、国の為だのけし掛けられて、罪のわからぬ人間を、この手で、沢山殺してきた。そんな荒んだ国の中で、子供が死なない日はなかった。7才までは神のうちとされ、親は皆、仏というよくわからん存在に祈っていた。」

「おまん、なんだか、とても悲しい過去を持っちょるんだな。おまんがいた世界のことはよくわからんが、何だかウチの世界と似ているな」

「ああ、似てる。俺の周囲の連中は、どいつもこいつも、大儀だの何だの言って騒いでいた。大儀のために人殺しを正当化し、汚い仕事を、沢山俺にやらせた。その度に俺は金をもらった。汚い金だ、使う気にもなれない。だから俺はこっそりと抜け出し、更に異世界を放浪し、ひたすらに剣を習い、剣に生きた。俺の剣は、人を殺すためにあるんじゃないと思った。だが、どんなに綺麗事を言っても、剣は人を殺す。命を奪う道具でしかない。そんな剣を持ち、まだ生き残っている人殺しの俺は、一体何故まだ生きているのかも、時々よくわからなくなる。元の世界に戻ってきても、多くの連中は正義だの悪だの、下らない理屈を持ち出して、汚い仕事を俺にさせ、その度に俺の心も汚れていく。そしてまた、俺はまた、人を沢山殺した。生きてれば良いことあるなんて、嘘だ。俺の人生には、良い事なんて、何一つ無かった。多分これからも無いだろうな。所詮俺は、人殺し。きっといつかどこかで、誰かに殺されて、無残に死ぬ定めだ。それでもまだ俺が生きているのは、生まれてきた理由を知りたいからだ。知らないまま死ぬのは、俺は御免だ」


 正義、悪。全てが淀み、混ざりあい、濁りゆくこの世界おいて、真理などという美麗な言葉は存在しない。真理が存在しないことが、この世界の、どこの世界でも変わらない真理なのである。辿り付いた真理の先には、更なる真理が存在するだけ。答えがないことが答えであり、だからこそ、人は迷い、永遠に探求し続けるのだ。ゼントが生まれきた理由。それは、幼いゼントには解らない。いや、そんなものはない。人が生まれてくることに理由はない。スセリは、苦悩という病に冒されている少年剣士を慰める、上手い言葉を見出せずにいた。

 万物に答えは存在しない。正義はない。悪もない。ただ一つの真実があるとしたら、ゼントはスセリの命を守った、ただそれだけである。


「ウチも、な自分が生まれてきた理由なんてよう知らん。というか、そんなこと、考えるだけ時間の無駄だ。そんなことを考えてる暇があったら、明日の飯のことを考えていた方が遥かに有益だ。正直、今、少し小腹が好いててな。出来れば何か腹に入れたい気分ぜよ。人間生きてるだけで腹が減る。飢えて死ぬのが一番辛い。腹を満たせば、元気が出るっだからとりあえず、何か上手いもん食いにいこうぜよ」

 

 刹那の後に繰り出されたスセリの幼稚な理論に、ゼントは、口角を少し緩ませ、「お前は、愚を極めてるな。馬鹿馬鹿しすぎて、何だか俺も馬鹿になりそうだ。でも、それでいいのかもな。俺も正直、腹が減ってる」と、いつもより少しだけ明るい声で言った。


「ひひ、だろ? でもウチはお前に感謝しているぞ。おまんが来てくれなんだら、ウチはとっくに死んでた。ただそれだけが真実。だから、おまんは、ウチの命の恩人。二度も助けられてるし。ウチにとっては、それだけで、充分価値のある存在ぜよ。死ぬ場所を探すような真似はするなよ、ゼント。生きてていいんだぞ? ウチがおまんを、死ぬまで生かしてやるきにのう」

「・・・一つだけ、良い事を見つけたかもしれない」


 そう呟くゼントに、スセリは「何だ?」と問いかけるが、剣士は「言わん」といつものように低い声で返した。


「何だそれ、まあとりあえず、おまんはもう人を殺さんでいいぞ。生きていれば良い事あるなんて、自分の身が絶対安全で、平和な環境にいる奴だけが言える、何かに勝った勝者だけが言える、勝者の理屈だ。世の中には、生きてても、奴隷は奴隷のまま、こき使われて死んでしまう。産まれて間もなく死んでしまう赤子だっておる。そんな境遇の人たちに、生きてれば良い事あるなんて、ウチは口が裂けても言えんきに。そんな言葉、気休めにもならん。だからウチは、そんな安っぽいことは決して言わんぞ。でも、生きててよかった、は、沢山言っていい。ウチも今、生き残れてよかった思うちょるきに」

「ならお前も、生きてて良い事があった、というわけだな」


 そしてスセリは、ゼントにとある提案をしたのである。


「うむ、そうなるな。よし、決めた。ウチもっと稼いで、おまんの月給上げてやる。だから、ウチ専属の用心棒になれ。ウチといれば、おまんは富を得られる。ウチは自分の身の安全を確保できる。お互い得する話じゃろ?」

「・・・考えておこう」


 スセリとゼントの会話が一段楽したところで、姫は情けない音で腹を鳴らせた。「飯、・・・食いにいくか」とゼントが少し柔和な笑みをみせて言った時、深刻な表情をして、ムツが二人の間に合流してきた。


「なあ、二人とも。」

「どうした、ムツ?」

「色々考えたんだけどさ、リョウマ。一体どうやって、ラズルシャーチの国王に500億で剣を売るつもりなんだよ。あの流浪っていうオッサンの言うこと、本当に信用できんのかな。魔綬っていうのも正直難解でよくわからないし。いくらクシナダ姫が死ぬほど強い剣を欲っしてるって言っても、流石に500億は、ポンとは出さないと思うんだよ・・・」


 弱気になっているムツの発言に対し、スセリは毅然とした表情でこう切り返した。

 

「いいか、ムツ。交渉事っちゅーもんはな、お互い何らかの益を見出せないと成立せんのだ。多少どちらかが妥協しても、最低限の成果は出さんといかん。クシナダ姫には、使い込めるような立派な武器がない。逆に言えば、武器さえ手に入れば、このオフェイシスで真に一番強い女になれるんだ。そして武の国ラズルシャーチは、それを国民全員の悲願にしちょる状態だ。ウチは剣に少し色を付けて交渉を始める。ウチらの譲歩は、金額じゃ。少しふっかけて、800億ジェルから始め、譲歩できる最低条件は、500億。少し高く売れたら満足。どんなに最低でも500億で、絶対に売る。それが成立しなかったら、スッパリ諦めて、さっさと国を出て、潔く次の金策手段を考えようぜよ」

「ああ、了解。頼んだよ、リョウマ様」

「安心しろ、ムツ。策ならあるきにのう」


 そんな二人のやり取りを、美しい顔をした剣士は、どこか優しい表情で見つめていた。そして立ち上がり、「二人とも、行くぞっ」と言葉を発したのである。

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