第19話『ワンオペプリンセスと骨鬼族』

「偉大なる女神よ、滅びゆく者に永劫に近き癒しを授けたまえ、イグナ・ゼールッ」


 ムツはスセリの膝に回復魔法をかけた。回復術士でもある彼女は、店番の傍ら、術士として癒しを求める人たちの治療も行っていた。この中央世界には医療施設のような物は殆ど存在しない。怪我人も病人も、基本的には自宅で回復術士や医者等に治癒を受ける。宿屋は病院を兼ねていた。リョウマもガレリアの宿屋の一室で、ムツから治療を受けた。


「一体どうしたんだい? この傷は」

「ちょいと膝に矢を受けてしまってな。ムツがいてくれて助かったぜよ。ありがとうな」

「よせやい、照れくさいだろ、もっと言えよ。ところで、ナムジさんは怪我は無いのかい?」

「俺は無傷だ」

「そうか、ところで新商品をいくつか入荷しといたよ」


 ムツは鼻の下をかきながら、得意げにベットで肩膝を立てているスセリにそう告げた。一体何を仕入れたんだ? とお姫様は尋ねる。

「魔道具の競り市で至高の便箋と、奇跡の箱、それと鉱石探知具の三つをセリ落とした」


 至高の便箋とは、書きあげた手紙を、頭に特定の人物を思い浮かべながら便箋を宙に浮かせることで、相手に届けるという、この中央世界では貴重な魔道具である。主に政府の要人が他国とのやり取りをするために使用されており、一般人は手にすることが中々出来ない代物であった。ムツも使用したことがあったが、手元には無く、新しい物を手に入れようと躍起になっていたのである。


「奇跡の箱っちゅーのはどんなもんだ? やっぱり魔道具がか?」

「驚いて聞け。その箱も至高の便箋と同じように、箱に詰めた物を頭に思い浮かべた人間や場所に送れるんだよ。しかもこれは新製品らしくて、入荷仕立てだったのさ」

「へえ、そいつは売れそうだな」

「この二つをリョウマのカバンで増やしてさ、大儲けしちゃおうぜ? 正規ルートでは売れないかもしれないけど、闇街なら高値で売れるはずだよ」


 ムツは実に悪い表情でスセリをそそのかす。彼女は闇街で売る、ということに少し悩んだが、今はとにかく金を稼がないといけないため、提案を了承したのであった。


「ところでムツ、店の売り上げは銀行においちょるか?」

「いや、それがガレリア王都には銀行が無かったんだ」


 少し困り顔のムツの話を聞いたスセリは、飛び上がって驚いた。


「信じられんな・・・盗賊に入られたらお終いじゃないがか」

「ああ。だから都市内は憲兵団が常に瞳を輝かせてるよ」

「う~ん・・・・」


 そのときであった。ムツの話を聞いたスセリは、とある閃きをしたのである。だが、今はとりあえず闇街に赴き、商いをすることにした。大事な資金は彼女のカバンで全て管理しているが、銀行が存在しない王都に、スセリは金を大きく手に入れる策を必死に巡らせ始めたのである。


「ま、売り上げは、全部リョウマのカバンに入れとけば大丈夫だろ」

「まあ、それもそうだな・・・」

「どうかしたのか? 顎に手なんか置いて」

「いや、何でもない」


 そしてムツには正規の店の店番を任せ、闇街にはスセリとゼントの二人で行く事になった。その前に、彼女は流浪がどこに行ったかムツに尋ねたが、彼女も解らない、と答えた。


 それから暫しの日が経過して、ひょっこり店にやって来た流浪に、スセリは武器を手に入れたことを伝え、魔綬をかけてもらうことをお願いしたのである。流浪はそれを了承し、後日またやって来る、とだけ言い残し、店を後にした。


 そしてスセリはさっそく闇街に正方形の露天スペースを作り、武器屋、防具屋、道具屋、素材屋を一人で切り盛りし、富を得ることにしたのであった。まさに前代未聞、ワンオぺプリンセスの誕生である。

 その彼女の異常なまでの商売意欲と有り余る体力は、住民達の間で話題となり、スセリの店は大繁盛していた。そんなとき、顔がシャレコウベで、マントを羽織った奇妙な種族、骨鬼族が彼女の店に立ち寄ってきたのである。骨鬼族は、マントしか羽織っていない。そのため、あばら骨などがむき出しになっており、見る者達を常に驚かせていた。しかしその骨鬼族は腰に剣を携え、非常に堂々とした立ち振る舞いで、スセリの店の陳列された商品を見学していた。


「いらっしゃい、お客さん。ここは武器屋ぜよ? 何か欲しい物はあるがか? 今手元に無くても、頼まれれば調達してくるぞ」

 

 スセリはいつものような饒舌な営業トークで骨鬼族の男の購買意欲を誘う。しかし、その男はまだ子供のスセリを見て、少し驚いているようだった。


「いや、なんかこの辺に新しい店が出来たって言うから来てみたんだが、まさか子供が武器を売っているとは思わなかったぜ」

「この世界では、7歳になったら小さな大人扱いじゃろう? ウチの事は一人の商人として見てくれろ」

「ああ、まあ、とりあえず、武器はいいや。ちょっと防具屋に行ってくる」

「そか、じゃあ、またご贔屓にっ」


 そして骨の男は、スセリの右側にあった防具屋、という手書き看板の露店に足を運んだ。


「いらっしゃいっまたおうたな」

「なっ何だって?!」


 スセリは骨鬼族が移動すると、直に防具屋の方に自ら移動してきたのである。


「お前、武器屋じゃなかったっけ?」

「今は防具屋だ」

「さっきは?」

「武器屋!」

「お前、ひょっとして・・・、一人で四つの露店を切り盛りしてるのか?」

「そうじゃ。人を雇う銭も惜しいんでな。あっそこのお客さん、今行くぜよ。じゃ、買うもの決まったら教えてくれろ」

「あっおい、待てよ」


 骨鬼族は、スセリのバイタリティに強い興味を抱いた。少し彼女と話をしてみたい。そんな風に考えた。


「ん? 何だ?」

「ちょっと、俺と話をしないか?」

「話? ええぞ。お客さんと話すのも仕事の一つだからな」


 そしてスセリはやってきた客を捌いた後、店を一旦閉じ、骨鬼族の男と二人で、闇街の階段に並んで座り、会話を始めた。その様子を見ていたゼントは、その骨男に殺意が無い事を見抜き、静観することにしつつ、少し遠くから二人を観察するように移動した。


「ところでおまん、種族は?」

「俺は、骨鬼族だ」


 骨鬼族。その言葉を聞いた瞬間、スセリの背筋が凍りついた。サラバナ王国は、骨鬼族からの侵略を受け、住民達が沢山殺されている事実があった。それを知っていた第三公女としては、隣に座る骨鬼族がどのような人物像なのか、探る必要に迫られた。スセリは内心多少緊張しつつも、表情には出さず、柔和に会話を進めることにした。


「骨鬼族っていうと、祖国は確か・・・、サラバナの隣国だったよな?」

「お前、子供のくせに地理に明るいのかい?」

「いや、まあ子供っちゅーても一応商人だし、それなりに学はあるぜよ」

「へえ、中々面白いチビだな。せっかくだから、今度は何か買っていってやるよ」

「ホントか? 嬉しいな。一杯買っていってくれよっ」

「ああ、俺はピッシーっつーもんだ。、お前さん、名前は?」


 名前。そう尋ねられたとき、彼女は本名を偽ることを選択した。


「ウチは、リョウマ・サイタニっちゅーもんだ」

「そうかい。奇妙な名前だな。ところでお前さんは、どこの国の出身だ?」


 それを言ったら、その場で交戦になるかもしれない。スセリの頭の中は、あらゆる可能性で充満する。そして彼女は、再び出自を偽る選択をした。


「え? ウチか? ウチはその、ガレリアぜよ」

「そうか、確かに流暢なジャスタール語を話してるな。サラバナ人だったら、即刻切り殺してたところだぜ」


 この中央世界は、あらゆる文化や言語、世界の歴史などを賢者の国ジャスタールに依存している。ガレリア王国も、武の国ラズルシャーチも、サラバナ王国も、皆ジャスタール語を独自の言葉とは別に公用語として学んでおり、他所の国に出る者はジャスタール語で喋る。当然の如く、スセリもジャスタール語を賢者の国の出身かの如く喋る事が出来た。


「おっおまん、何でそんなにサラバナ人を憎んでるんだ?」

 

 流石のスセリも、突然むき出しの狂気を見せたピッシーに、少し恐怖を覚えている。


「お前も、商人なら知ってるだろ? 俺達骨鬼族の骨は、薬やら何やらに使えるとかで、大層な貴重品なんだそうだ。だからそれ目当てに、サラバナ人の連中が定期的に軍事侵攻してきて、あげくボーンコレクターっていう公的な民間組織まであって、俺達骨鬼族を連行して、国内で殺して、素材にして、富に換えていやがるのさ。」


 そのピッシーの話を聞いたスセリは、衝撃を受けた。自分が王国内で教えられた話とは違う。スセリは寄宿舎教育で、骨鬼族は特に理由もなく、サラバナの富目当てに一方的に侵略を繰り返してきていると教わっていたのだ。骨鬼族の骨が薬になることは知っていたが、ピッシーの話は、自分が教育を受けた内容とは何もかもが違ったのである。


「そんなことを・・・サラバナが・・・。」

「国が滅びない程度に、生かさず、殺さず、にな。俺の家族も、皆連行されちまったよ。今頃は、もう薬にでもなって誰かの腹の中だろうぜ」

「・・・す、すまん。サラバナがそんなことをしてたとは、ウチ、本当に知らなかったきに」

「気にすんな、お前さんに罪はねぇ。でも気をつけろ。サラバナ人は、ゴミ以下の連中だ。世界樹の保護国であることを良い事に、マナと金を無尽蔵に産み出して、やりたい放題やってやがる。金に汚ねぇし、愚痴に嫌味に侵略で領土拡大し放題。あいつらは、世界の癌細胞だ。サラバナなんて国は、さっさと滅ぼされちまえばいいんだよ」

「ピッシー・・・その・・・すまん」

「だから、チビちゃんが謝ることじゃねえだろ。」

「違うんだ。ウチ、おまんに、嘘、ついた。」

「嘘?」

「ウチは、ガレリアの人間じゃない。実は、その・・・さっサラバナ人ぜよ」


 それを聞いたピッシーは、即座に肩にかけた剣に腕を伸ばした。そのとき、スセリは自らの死を覚悟する。遠巻きに見ていた前途も殺気を感じ、ゼントも肩の剣に手をかける。だが、それでも伝えなければならないと、彼女は強く感じたのである。


「・・・なんで、逃げねぇ? 俺は、今から、お前を、斬るつもりだぜ?」

「・・・覚悟、しちょる」


 スセリは真摯な瞳でピッシーを見つめた。その瞳には、深い慈悲の心が溢れていた。


「お前さん・・・とても、優しい瞳をしているな。サラバナ人の分際で、お前のまなこは、ドブネズミじゃねぇ」

「・・・」

「流石の俺も、ガキを切るほど荒んでねぇよ。第一そんなことしたら、奴らと同格になっちまうからな」

「ピッシー・・・それだけじゃない。ウチ、まだ、嘘ついちょる」

「ふっ腐ってもサラバナ人だな。奴らはみんな嘘つきだ。で、今度はどんな嘘だ?」

「ウチの本名は、スセリ・サラバナっちゅーんだ。その、サラバナ王国の、・・・第三、公女だ」


 それを聞いたピッシーは、何もない眼球に光をともした。そして、スセリに顔を近づけてきた。


「本当か? お前、サラバラの王族、あのスセリビメなのか?」


 スセリは無言でうなづき、そして懐から王家の紋章を取り出し、ピッシーにみせつけた。


「そいつは・・・お前、本当に、あのスセリビメなのか?」


「ああ、そうだ。ウチがスセリビメだ」


「・・・俺の国でも、スセリビメの名前は響いていたぜ。サラバナにも、良心を持った良い王族がいるってな。おめえの瞳は、まさしく良心の塊だ」

「すまん、ピッシー。ウチは、骨鬼族がサラバナ人を襲って、侵略してこようとしているって学校で教えられて育てられたんだ。知らなかったこととはいえ、おまんらの国の民に酷い仕打ちをしてたらしい。サラバナの、王族として」

「それ以上、言うんじゃねぇよ。あんたが謝ることじゃない。悪いのは、全部ヨウドウだ。ただこれだけは言わせてくれ。お前の親父は、世界の歴史に名を残すような大罪人だぜ。いつか必ず、天罰が下るだろうよ」

「・・・肝に銘じておくきに」

「それにしても、なんでスセリビメが、こんな闇街で商人なんてしてるんだ?」

「実は、ウチ、家出したぜよ。だからほとんど文無しで、でも、ガレリアが売りに出してる土地を買って自分の街を作りたいから、今は必死にお金稼いでるんだ」

「なるほど・・・スセリビメの作る街か。興味深いな。でも確かあの土地って1000億ジェルだろ? 具体的な街の構想はあるのかよ」

「ある。ほれ、これを見てみろ」


 スセリはピッシーに会号衆達に見せた種類を見せてやった。それを読んだピッシーは大層驚き、感心した様子であった。


「お前、すげぇな。もし本当にこんな街が出来たら、きっと世界中から人が集まってくるだろうぜ」

「そうじゃろう。ウチもそこに期待しちょるんだ~」

「気に入った。スセリビメさんよ。あんたが街作ったら、俺をそこに住まわせてくれ。豪華な家を用意してくれよな。それぐらいの義理はあるだろう?」

「勿論! 約束する」

「約束か・・・へへ、まさかサラバナ人と約束することになるとはな。なら俺も、力を貸してやるよ」


 そう言うと、ピッシーは自らのあばら骨の一部をへし折り、スセリに差し出した。


「俺の体は、100億ジェル相当の価値がある。このあばら骨一本で、1億ジェルはするんだぜ」

「でっでもそげなことしたら、おまんの体、駄目になってしまうぞ」

「いいんだ。骨の一本ぐれぇで、どうこうなりゃしねぇよ。こいつは素材だから、あんたのその不思議なカバンで増やして、土地代の足しにしてくんな」

「ピッシー・・・ありがとう。この恩は、必ず返すぞ」

「へへ、あ、言っとくけど、くそったれサラバナ人の商人だけには売らないでくれよ。闇街の角の素材屋なら、言い値で買ってくれるはずだ。売るならそこだけにしてくれ」

「ああ、わかった」

「じゃあな、スセリビメ。俺はこの闇街の裏路地を右に曲がった家に住んでるから、街が出来たら、手紙で教えてくれ。必ず行くぜ」

「ああ、絶対、手紙書くからな」


二人の様子を、壁に隠れて覗いている男がいた。人相が極めて悪く、腰には歪曲した刀を下げている。ゼントはその二人の男の存在に気が付き、不穏な気配を察知していた。


「見つけたぞ。骨鬼族だ」


 男は薄気味悪い笑みを浮かべ、その場を駆け足で立ち去っていった。

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