第13話『対決! 夕焼けにゃんにゃん団』

 目的地の家のドアを、ガラの悪い色眼鏡をかけたホビットが何度も蹴り続けていた。


「おいコラ、半年間も家賃滞納してんじゃねぇぞ! 払う気ないならとっとと出て行けっ」


 恐ろしい存在とドワーフに恐れられている獣人族を相手に、随分と強気に出ているホビットの大家に、スセリは近づいていき、事情を尋ねてみることにした。


「ああん? こいつら住居を貸してやったっていうのに、ちっとも家賃を払いやがらねぇんだよ。」

「獣人族が怖くないがか?」

「獣人族だろうがなんだろうか、取るものは取る! それが取引ってもんだろうが! オラ、出て来いボケナス共」


 更にガラの悪いホビットはスセリ達に因縁をふっかけてくる。

  

「あっお前、今、俺の事をホビットのクセに足長いな、とか思ったろ? 畜生、人が気にしていることを勝手に考えやがって。今度あったとき慰謝料払ってもらうからなっまあ今度は一生来ないんだけども・・・でも覚えてろよっクソッタレ」

「なんだあいつは? 一人で怒って因縁ふっかけてきてからに」

「ほっとけよ。ホビットはみんな、あんな荒くれ者だ。全うな仕事なんてしてないんだよ」

「ドワーフの里の闇が垣間見えるな」


 ガラの悪い服装をしたホビットの大家は、何度も執拗にドアを蹴り続けている。その様子を見ていたスセリは、居た堪れない気持ちになり、代わりに半年分の家賃を肩代わりしてあげる事に決めたのであった。


「おい、リョウマ。何考えてるんだ」

「でも、そうしないと話が進まないだろ」


 スセリは大家のホビットに半年分の家賃50万ジェルを支払った。毎度ありっと言って、ホビットは口笛を口ずさみながら、無駄に長い足を駆使してその場を去っていく。その様子を見ていた流浪は、少し大きめに息をついた。


「まったく、しょうもないホビットだが、中の者達は輪をかけてしょうもなさそうだ。余は入り口で待っておる。お前達三人で家の中に入れ」


「うむ。行くぞ、ムツ、ゼント」


 そしてスセリは入り口のドアを叩き、優しい声色で自分が取り立てに来たわけではないことを告げた。しかし、蚊の泣くような細い声でしか返事が帰ってこない。中の獣人族達は取り立てに怯えているらしく、中々ドアを開けてくれない状態だった。見かねたゼントが、ドアを蹴破り、中に侵入していく。


「おい、ゼントッ」

「時間の無駄だ。さっさと問題を解決するぞっ」


 突然のゼントの急襲に、トランプで遊んでいた猫科の女獣人族6人は慌てふためき、ある者は泣き叫び、ある者は自らの罪を認め、また、ある者はスセリ達を威嚇してきた。しかし、やってきたのがガラの悪いホビットでは無い事を悟ると、途端に強気になり、彼女達を責め立てる。


「おい、あんたたち、あたいらの家に侵入してくるとは、犯罪だよ、犯罪!! 今すぐ家から出ていきなっ」


「そうだよっあんた達、あたいらが何者か知っての狼藉かい?」


「あたいらは、無く子も黙る、夕焼けにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん団だよ。ドワーフの里のお宝を持ってるんだよっ」


 猫科獣人族の女達は、威勢よくスセリ達三人に捲くし立てる。そのレベルは、一番低い者で7、次に低い者で77、そして777、7777、そして77777が二人と、確かに、明らかに今のスセリよりも遥か格上の相手達だった。


「おまんら、ドワーフの里から奪い取った宝を返すぜよっそうしたら、危害は加えんぞ」


 スセリは眉を吊り上げ、獣人族たちに迫ったが、彼女達は聞く耳を持たない。


「はん。お前達、わかってないね。あたいたちには7という、幸運の神が憑いている。全員、この中で7番目に強いんだ。返り討ちにしてやるよ!」


 この中で一番強いと思われる、レベル77777の内の1人がスセリ達を嘲笑しつつ言ってのけた。しかし、全員の姿を確認したスセリは、とある違和感に気が付く。


「? おまんら7に拘ってる割には、今6人しかいないじゃないがか。もう一人はどこ行ったんだ?」


 その質問は、夕焼け団にとって、まさに急所だった。彼女達はひどくショックを受け、そして突然苦悩に満ちた表情を浮かべ、その内の一人が言葉を搾り出してくる。


「きっ貴様・・・一番痛いところを・・・リーダーは、もういないよ」


「いない? なんでだ?」


「リーダーは、ある日突然、ひょっとしたら、あたいはこの中で一番7番目に強くないのかもしれないって、泣きながら家を飛び出して行ってしまったのさっ」


 レベル77777の猫科女獣人族の一人は、涙を流しながら、スセリに訴えた。もらい泣きをしたのか、他の獣人族もみっともなく泣きだす。


「そっそうか。そいつはすまんかったぜよ」


「よくわからないけど、こいつら、最高にくだらない連中の匂いがするね・・・」


 ムツの予感は当たっていた。獣人族は、レベルこそ高いものの、弱い者が極めて多く、彼女達もその例外ではなかった。獣人族の中にはそのレベル高さで多種族を威嚇し、悪事に手を染める者達が後を絶たないのである。実際国の牢獄に閉じ込められている種族の8割は獣人族なのだ。

 この世界では、レベルが高いからといって、必ずしも強いとは限らない。寧ろ低レベルでも鍛錬を怠らない者の方が遥かに強い場合もある。レベルが高ければ高いほど、慢心し、腕を磨くことを疎かにしてしまう者が多いのだ。実際この6人の女獣人族よりも、レベル1923のゼント1人の方が、遥かに戦闘能力は上だったのである。


「遊びは終わりだ。貴様らをしばき倒して、宝を取り返すっ」


 ゼントは強烈な圧の篭った眼差しで夕焼け団の構成員達を一瞥すると、我慢ならないといった様子で木刀を取り出した。それを見たレベル7777の猫科の獣人族が悲鳴を上げる。


「きっ貴様っ獣人族とはいえ、女を樹木で殴るつもりかっ」

「それ以上喋るなっ耳障りだ。お前ら全員、二度と動けないようにしてやる」


 ゼントの圧倒的な決意を知った構成員達は戦意を喪失し、怯え出した。彼女達は、レベルが高いだけで、決して高い戦闘能力があるわけでは無かったのである。せいぜいドワーフ達を驚かす程度の地力しか持たない雑兵の集まりであったのだ。


「盗賊の分際で、アジトの一つも用意できないとは・・・無能の極みだねぇ」


 ムツの辛らつすぎる言動は、猫族の女6人の心を更に鋭く抉ったのであった。ムツの巧みな精神攻撃によって、元々精神的に脆い猫族の女盗賊達の絹糸のように細い神経は、限界に達してしまっていた。


 猫族、及び獣人族はレベルこそ高く、身体能力も高いが、レベルが高いからといって決して強いわけでもなく、むしろ全ての種族の中でも弱者に入る分類なのである。


 やけになった猫族のレベル7777の女の一人が、レベル1923のゼントに襲い掛かってきた。流石にこれだけのレベル差があれば勝てるだろう、という安直な考えからの攻勢である。

 しかし、彼女の腕の振り下ろしはとても猫科とは思えないほどに鈍牛で、玉を投げる動作よりも遅く、ゼントは見てからため息を数回吐いて余裕で交わし、そして彼女の腹部に容赦なく膝を入れた。攻撃を受けた獣人族は悶絶し、地面をのた打ち回って苦しがった。それを見た他の盗賊達は精神的打撃を受け、ゼントを激しく非難した。


「おい! そこの男っ獣人族とはいえ、女に暴力を振るうとは何事だ! お前はそれでも男かっ」

「やかましいっやられたらやり返す、当然だろう。それにこの俺には女だから、などという考えは一切無い! 男女平等を食らわせたまでだ。そして、もう面倒だから、今からお前達全員、顔の形が変わるまで、叩きのめしてやるっ」


 ゼントは木刀を振りかざし、悠然と5人の女盗賊達に向かって行った。その暴虐極まりない行動に対し、彼女らは酷く震えだす。その様子を遅れてやってきて見ていた流浪は、まさに笑いが止まらない、と言った様子だった。  


「この中で一番強い奴、俺の前に立て」


 高圧的に迫ってくるゼントに、横に並んでいた女獣人族の内の一人、レベル777の者が前に出てきた。


「多分、この中で、あたいが一番、7番目に強」


 ゼントは獣人族が喋り終わる前に、音速で、再び腹に膝を入れてみせた。苦しみ悶える猫科の女獣人族を見て、仲間達は心底絶望感に包まれる。


「下らない冗談は嫌いだ。次は誰がこうなりたい?」


 ゼントの瞳は完全に殺し屋のそれになっていた。見かねたスセリが、美剣士と呻いている獣人族の間に入り、その場の仲裁に入ることにした。


 

「おい、ゼント、もういけん。こいつらとは戦っても無駄だ。許してやろう」


 スセリの寛大なる発言に、盗賊達は目から鱗が落ちるほどの衝撃を受けた。


「・・・興が削がれた。このチビに感謝しろ、羽虫共っ」


 ゼントは木刀を納め、後ろに下がっていく。


「ただし、もう悪さしたらいかんぜよ? お宝も返すんだ。わかったな?」


「はい、わかりましたっ」


 お姫様の言う事には逆らえない、といったばかりに、女の賊達は奥のタンスからドワーフの里より盗み出した秘宝、ドクドクと脈打つ翡翠の心臓を持ってきて、スセリに手渡してきた。


「よし、これで問題解決だな。スルタン長老のところに戻るぜよ」


 スセリの意に従い、ゼントは命拾いしたな、と捨て台詞を吐いて、小奇麗でファンシーな家の中を出て行った。

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