第10話『流浪との出会い』

 べヒーモスから売り物になる肝を取り出すにはコツがいる。普通に倒してしまうと肝の中にべヒーモスの血が混じり、価値がなくなってしまう。魔法で焼却しても同様である。べヒーモスから的確に肝を取るためには、急所である眉間を狙い撃ちして一撃で仕留める必要があるのだ。その入手難易度の高さと使用頻度の高さから希少価値が上がり、世界の物価も上昇気味になっていた。


 スセリはさっそくゼントにべヒーモスの急所のことを教えた。それを聞いたゼントは、針葉樹の茂る森を歩く。そして木々の隙間から、べヒーモスの通り過ぎる姿を視認した。その残り香には、鉄の混じった嫌な臭いがあった。

「あのべヒーモス・・・人を食ったな。今も必死に、新しい餌を探してる。俺はそういう怪物しか殺さない主義だ。あいつを狩って来る。二人は終わるまでそこにいろ。用は足すなよ? 臭くなるからな」

「しないよっ」

「早く行けっ」


 ゼントは木々の隙間に紛れ込み、怪物の足跡を追跡した。彼の臭いを嗅ぎ付けたべヒーモスが、あらゆる樹木をなぎ倒し、俊敏な動きで襲い掛かってくる。美しい容姿をした剣士は、体躯10メートルあるべヒーモスと一人で相対し、そして怪物の猛攻を全て退け、自らの美しく磨きぬかれた剣先で、眉間のみを貫いて見せた。


 帰ってきた美剣士の指での合図を確認したスセリとムツが、体を横にして倒れたべヒーモスの腹部に近づき、羊の毛を刈り取るように、流麗な手さばきで、肝をナイフを使って丁寧に取り出した。


 サラバナ王国の民は、幼い頃から国の害獣であるべヒーモスの対処方法や、肝の取り方等を教え込まれている。その肝は、1メートルはあろうかというほどの大きさで、店で売れば1000万ジェルにはなろうかという代物であった。


「さっそくこいつをサラバナから出国して売りに出さんとな」

「でも一体どこへ向かうつもりなんだ?」


 ムツの問いかけに、スセリはガレリアと答えた。それを聞いた大臣の娘は唖然とする。サラバナとガレリアは現在外交関係が悪化しており、国家間の関係は微妙である。しかしガレリアは、世界有数の巨大移民国家であり、富も充実している。商人として船出するには最高の環境だ。だがサラバナからガレリアまでは、ここから徒歩だと半年はかかる。道中の商いでは、通り過ぎる旅人に、べヒーモスの肝などは高すぎて売り物にならない。ムツは再び頭を抱えてしまう。


「ガレリアに行くのはともかく、一体どうやって行くんだよ。今はまだ手元に金が無いんだぞ? 馬車だって買えないし、旅人相手の商売にも限界があるだろうが」

「う~ん、そうだな。困ったな」


 スセリたちの旅は、サラバナ国境を抜け出したところで早くも行き詰っていた。と、そのとき、遠くから地鳴りのように響く足音が聴こえてきた。音のする方を一同が振り向くと、そこには体長2メートルはあろうかという髭面で獅子のような髪型をした大男が歩いてきていた。そして三人の少し離れたところで立ち止まり、しばし沈黙が流れた。丁度スセリは露天を開いていたため、客かと思い、その大男に気さくに「いらっしゃい」と声をかける。それを聞いたムツが彼女を制止した。


「馬鹿、あの男のレベルを見てみろ、見えないぞ」


 この世界には万物に固定されたレベルの概念が存在するが、レベルの見えない物というものは無機物以外ありえない、とされている。ムツは生まれてはじめて見たレベルの見えない人間に畏怖の念を抱いていたのである。しかしゼントはその大男を見て、早くも男と再会したことを苦々しく思っていた。


「馬鹿なっレベルの見えない人間がいるなんてっあんた、何かの病気じゃないがか?」


 スセリの驚きの発言に、大男はゆっくりと低い声で話し始めた。


「病気ではない。この世界には、ごく一部だが、レベルが見えない生物も存在するのだ。余がその証明である」


 それを聞いたムツは、サラバナの遥か北にある武の国ラズルシャーチの姫、クシナダのことを思い出した。確か彼女も風の噂で生まれつきレベルが見えない体質と呼ばれていた。


「そういえば、武の国ラズルシャーチのクシナダ姫が、生まれつきレベルが見えないって噂を聞いたことがあるよ。実際会った事ないから本当かどうかわからないけどね」

「クシナダか・・・興味深いな。」

「でもまだ子供だよ。リョウマと同じ年だしね」


 大男はスセリを見つめ、少し口角を上げて見せた。スセリも同じような行動を取った。どういうわけか、スセリはその大男と初めて出会った気がしなかったのである。しかし、ゼントは違った。大男を前に躊躇いも無く剣を抜き、そして地を這う閃光のように刃を尖らせ向かっていったのである。

 

 しかしゼントの突きはあっさりと避けられ、大男は美男子の腹部の急所に拳をこすりつけるように打ち付けて弾き飛ばした。腹を押さえ、地面に突っ伏すゼントを見て、先ほどまでの柔和な態度は打って変わって、スセリは男に文句をつけた。


「おい、おまん、腹を殴るのは反則だろうが」

「馬鹿を言うな。勝負の世界に反則などない。戦とは、勝利こそ全て。敗北には何の価値もないのだ」

 

 ムツが駆け寄り、ゼントに回復魔法をかける。そして少しだけ動けるようになった美剣士はムツの肩に手を置き、立ち上がった。


「大丈夫かい、ゼントさん」


「くっそ・・・」


 べヒーモスをいとも容易く倒す事が出来るゼントでも、その眼前の大男には手も足も出ない状態だった。一体何故ゼントが彼に襲い掛かったかというと、彼とその男は少し前に出会っていたからである。ゼントはサラバナに着く少し前、その大男と出会い、サラバナに行けばお主の望みは叶う、と言われたのだった。当初は信じていなかったゼントだったが、その男がかもし出す人智を超えた圧に畏怖し、命令を聞くことにした。そして男はこうも言った。「今度出会ったときは、余に一太刀浴びせてみせよ」と。


「世の中、上には上がいる。よく心しておくがよいぞ」

「・・・ならば、これはどうだっ」


 ゼントは再び左手に剣を握り、雷鳴を走らせるような速度で大男に近づいていくと、神速の剣技を放ってみせた。


「クシャーダ流剣舞っ雷風閃花っ!」


 飛び上がり男に剣を振るったゼントは、上空で剣をしまった。すると中年の周囲に雷を纏った花の輪郭が咲き乱れたのである。しかし、大男は迫り来るイカヅチを全て両手の篭手で容易に凌ぎきる。その姿に、少年剣士は瞠目する。


「むう・・・なるほど。余に両手を使わせるとは・・・流石だな、ゼントよ」

 

 その男がゼントの名を呼んだことに、スセリは驚き、雷が消えた後、「おまんら知り合いなのか?」 と思わず尋ねた。


「少し前に、会ったことがある」


 大男の返答に、スセリは納得し、自らの自己紹介と旅の目的を話す事にした。大男は自らを流浪と名乗った。その後、彼女は自らがサラバナの出身である事を伝え、大男の出身国を尋ねた。すると、その返答は予想外の物だった。


「余は日ノ本からやってきた」

「日ノ本?!」

「おい、流浪のオッサン、そういう嘘はいかんぜよ。ラズルシャーチですら、もう150年近く日ノ本から使者の一人もが来ていないっていう話を聞いているぞ」


 流浪の答えに、ムツが噛み付く。


「それそうだろう。日ノ本は、今、激動の真っ只中にある。とても外交どころではないのだ。まあ、信じるか信じないかは、お前次第だがな」

「うむう・・・よくわからんが、じゃあオッサンの言う事、信じてやるきに」

「ふふ、それでよい。で、商人を目指すお前達はこれからどのようにガレリアへ向かうつもりだ?」

「行商をしながら、歩いて向かうつもりぜよ」


 陽気な調子でそう答えるスセリに、流浪は眉をしかめ、やれやれといった調子で懐からとある杖を取り出し、彼女に手渡した。


「? この杖は何だ」

「転送杖。確実に7回まで使える。その後も使用可能だが、高確率で壊れるようになる。自分の頭の中で願った場所に瞬間移動できるアイテムだ」

「アイテム?! ってことはカバンで」

「悪いがそいつはカバンでは増やせない。幽具という特別な代物だ。あきらめろ。だが、効果的に使えばお主らの旅の助けにはなるだろう。」


 流浪の言葉を聞いたスセリは息を飲み、そして皆に自分の体に触れるように言うと、頭の中でガレリア王国を思い浮かべようとしたが、ムツがそれを止めた。


「リョウマ、まずはあたし達が購入しようとする土地を実際に見に行くのが先だよ」

「土地? そか、すっかり忘れとった」


 改めて、スセリは転送杖を握り、ミネルバ州を思い浮かべた。


 彼女達は直に転送され、大小様々な岩石が転がる荒涼とした大地に辿り付く。まるで文明の滅びた後のような場所だった。壊れた建造物らしき残骸が幾つも見える。


「ここが、ウチらが購入する予定の土地かな?」


 スセリは周囲を見渡し、あまりの惨状に驚いてしまう。


「思ってた以上に酷いな。これじゃあ、土地を買っても、整地作業だけで金が消えちゃうよ」


 ムツの言葉を聞いたスセリは、何か打開策はないかと、カバンからサラバナ王国の秘伝書、アイテム図鑑を取り出した。サラバナはアイテムの国とも呼ばれ、この世界に存在するといわれる、あらゆるアイテムの情報を入手している。そしてその情報は、一冊の本に纏められ、王家の人間だけが所持する事を許されるのだ。この世界におけるアイテムの価値は非常に高く、常に高値で取引されている高級品である。


 スセリはアイテム図鑑を開き、ページをめくっていた。そこで、彼女は一つのアイテムに目を付ける。


「これだ。建築用のアイテム、ネンドール。これを使えば、街作りが楽になるぜよ」

「ネンドールか。聞いた事はあるけど、一体どこにあるんだ?」

「この本には、ドワーフが所持している、としか書いてないな」


 スセリは顎に手を置き、少し困り顔をしていた。流石にこれだけの手がかりでは、ネンドールを見つける手段がない。二人の様子を見ていた流浪が、徐に口を開く。


「・・・ドワーフといえば、ガレリアだ。ガレリアには、ドワーフの里がある。そこに行けば、何か手がかりが掴めるであろう」

「本当か、オッサン。なら、やっぱり、まずはガレリアに行こうぜよ」


 さっそくスセリは転送杖を両手で握り締め、今度は絵画で観たことのあるガレリア王国の王都を思い浮かべた。

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