第5話『エクソシスト』
その後も坂本とスセリは楽しく談笑していた。と、そのとき、突然下の階から騒ぎ声が聞こえてきた。坂本はムッとして、「おい、ほたえなっ」と叫んだ。すると、突然襖が開き、一人の剣客が侵入してきたのである。その剣客は左利きだった。そして坂本と中岡を一瞬値踏みし、坂本に向けて剣を縦になぎ払ってきた。刺客は坂本の顔を知らない。だが、背の高い男だとは認識していた。だから背の高い坂本の方を容赦なく切ったのである。刺客の刀は低めの天井を抉ったが、お構い無しに坂本の頭に振り下ろす。切られた後、坂本は、直差にスセリを庇うように後ろを向いたが、更に背中を切られてしまう。
「龍馬様っ」
あまりに突然の悲劇に、スセリが悲鳴を上げる。
「スセリビメっ逃げろっ早く元の世界に帰れっ」
「でもっでもっ・・・」
「心配するな、こんなところで、俺は・・・死なんっ。早く掛け軸の裏に入れっ急げっ」
坂本が叫び、スセリを庇っている間にも、彼は剣客に何度も切られていた。剣を取ろうとしたが間に合わず、彼は既に絶命寸前だった。そして後から複数人の刺客が入り込んできて、今度は中岡をも襲い始める。スセリは、自らの無力さを呪いつつ、坂本の言われた通り、掛け軸の裏のゲートへ逃げ込んだ。
元の世界に戻ってきたスセリは、自らの寝室に潜り込み、震えていた。その様子を見ていたのは、既に幽霊となった坂本龍馬だった。
「う~ん・・・・ここがどこか知らないが、どうやら俺は、死んでしまったようだな。悔しいな。もっと生きたかったぜよ。それよりスセリビメ、泣いているのか? そんな調子じゃあ、これから先が心配だなぁ」
そう言うと、幽霊となった坂本龍馬は、寝室で泣いているスセリビメの体内に近づき、彼女の枕元に立ち、声をかけてみた。しかし。スセリに龍馬の声は届かない。すると両者の間に不思議な光が発生し、坂本龍馬の霊体は、スセリの体内に取り込まれてしまった。そして彼は彼女の守護霊となったのである。そしてその瞬間、スセリの涙は止み、ムクリとベッドから跳ね起きて、再び自らの鏡を見たのである。
「ありゃ? ウチは、一体、どうしてなってしまったがか??」
その時、お姫様の異変を察した執事や兵士達がスセリビメの寝室に駆け込んできた。そこには従姉妹のムツの姿もある。
「スセリ、無事か?!」
「おう、ムツか。ウチは無事ぜよ。心配かけたな」
スセリの素っ頓狂な言い回しに、ムツとその一同は大層混乱し、直に王国は大騒ぎとなった。
「なあ、スセリ。1たす、1は?」
「田んぼの田ぜよっ!」
「ばっ・・・馬鹿だーーーっ」
ニンマリと冗談を言ったつもりのスセリだったか、状況と本来の性格とはまるで違う喋り方から、ムツは彼女が馬鹿になった、と断罪した。スセリビメに、馬鹿な悪霊が憑いたのだと信じ込んでしまったのである。さっそくそれを聞いた国王のヨウドウ公は、世界中に使者を出し、優秀なエクソシストを探すよう手配した。その結果、一人の高名な少年が見つかった。彼の名前は、グラウス・アーサー・アルテナ、約13才。とある目的でエクソシストをしながら旅をしている男の子であった。彼の実績を調べ上げ、優秀と断定した大臣は、グラウスをサラバナ王都に招き、馬鹿になったスセリビメと玉座の間で謁見させた。しかし、彼女を一目見て、グラウスは一言、ヨウドウ公にこう言ったのである。
「・・・確かに、霊は憑いていますね。ですが、決して悪霊の類ではありません。これは、守護霊です。今、力づくで除霊すると、逆に彼女にとって不利益になるでしょう」
「ではどうしろと?」
「何れ時が来れば、幽霊の方から自然と離れていきます。今は、そのときを待った方が賢明かと」
「この珍妙な喋り方をする、馬鹿になってしまった娘を、放置しておけと申すのかっ」
「失礼ですか国王陛下。言葉遣いに多少霊の影響が出ているだけで、人格までもが変化しているわけではございません。そのままにしておいた方がよいと思われます。もっとも、ヨウドウ公が強制的に除霊して欲しいというなら、従いますが」
グラウスの丁重な物言いに、父親は迷ったが、大層な間抜け面をしてグラウスをじっと見ているスセリに視線を移し、眉をしかめたのち、そのまま放置しておくことに決めたのであった。
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