第4話『龍馬暗殺直前に・・・・』

「なるほど。スセリビメは商人として金を稼ぎ、自分の街を作りたいがか」

「はい。一体どうしたら、大金を稼げる商人になれますか?」


 商人という言葉を口にした瞬間、坂本の表情がこれまでとは異質になった。どこか飄々とした雰囲気だったはずなのに、突然理路整然とした良識人のような所作をし始めたのである。


「う~む、スセリビメ。・・・商人になるのに一番大事なのは、金」

「・・・やはりそうですか」

「じゃないっ」

「違うのですか??」

「信用と、信頼だ」

「信用と、信頼ですか・・・よくわかりませんね・・」

「人に信頼されている、信用のある人間は、色んな人が集まってきて、助けてくれるし、金だって貸してもらえる。そうすれば、美味しい儲け話も、自然と転がってくるもんだ。だから商人として成りあがりたいなら、商いして地道に金を稼ぐのも大事だが、まずは人に信頼される人間になることを最優先に考えろ。少なくとも、俺はそうしてきた。人に信用されてない人間は、大した富も得られんし、商人としても絶対にやっていけんきにのう。世の中多くの物が金で買えるが、信用だけは、金では買えん。信用を失ったら、商人としてはお終いだ。それだけは、くれぐれも肝に銘じておくんだぞ」


 信用は金では変えない。あらゆる物が金で買える祖国サラバナで、そんなことを言う人間は一人もいない。自ら教えを請うた人間ですら、そんなことは言わなかった。やはりこの才谷龍馬という人間は、今まで出会ったことがない、スセリにとっては、まさに未知の存在であった。そしてそんな彼を、彼女は心から尊敬し、敬意の念を持った。


「・・・承知しました、龍馬様。肝に命じておきます」

「うむ。人間、一度失った信用は、最低十年は元に戻らないからな。特に街づくりなんて大層な仕事は、お前一人の力では、絶対に不可能だ。ひたすらに金を稼ぐことを考えるよりも、まずは色んな人と出会い、信頼を勝ち得て、協力してもらうように動きまわった方がてっとり早いち思うぞ」

「それでは、一体どうすれば、人から信頼される人間になれるんですか??」


 スセリの質問に、頭の回転が飛びぬけて速い坂本は、ほぼ一拍も置かず、流暢に、少し緩やかな調子で言葉を重ねてきた。


「一番大事なのは、人柄だ。世の中、悪人が幅を利かせがち、正直者は損をするとよく言われるが、なんだかんだ、結局、最後は真面目な善人が一番報われる。だから、たとえ辛くても、悪に走ったりせず、常に心清らかな善人であれ。そして常に出会う人全てに感謝して、言葉ではなく、行動で自分の想いを相手に伝える事だ。そのためには、金にならなくても、人助けをするのも大切だな。色恋と同じだ。口先だけなら何とでも言えるだろ? すいちょるっと言葉で言うのもいいが、その気持ちを行動で示してやった方が、オナゴは意外と受け入れてくれるもんぜよ」

「そういうものですか・・・」


 坂本の小難しい話でも、高度な頭脳を持ちえたスセリには何となく理解する事が出来た。そして、既に必死に頭の中で言われたことを反芻し始めていた。


「うむ。商いの基本は、お互いに得をすることだからな」

「お互いに得をする、ですか・・・」

「うむ。どちらかにしか利が無い取引には、相手は絶対乗ってこない。俺は少し昔、カンパニーを作るために、沢山の人から金を募り、そして稼いだ利益の一部を出資者達に渡していた。そういう商いの仕方もある、ということだ。商いの基本は、投資と回収だからな。軍資金が無いなら、誰かに投資してもらうのも一つの方法ぜよ。そのためには、誠心誠意、相手を説得し、その商いによって得られる利益その他をきちんと説明する必要がある。相手の心を動かせば、相手も必ず動いてくれる」

「そういうものですか」

「ああ、そういうものだ。金はな、人との繋がりで得るものだ。地道に人脈を作ろうとせず、目先の金しか求めないような人間では、商人など、とてもやっていけん。それは商人に関わらず、人の生き様にもいえることだ。結局人間は、人との出会いが全てぜよ。誰と出会い、何を語るかで、人の運命っちゅーもんは大きく変わってしまうんだ。自分にとって良い人に沢山巡りあえれば、良い事が沢山あるだろうし、良くない人に出会い、それを見抜けなければ、災難に遭うかもしれん。世の中うまく生きていくためには、キチンと良い人を見抜く眼力も大切だぞ」

「・・・大変、有益なお話を沢山聞かせていただき、ありがとうございます、龍馬様。とても参考になりました。私、あなたを先生と呼ばせて下さいっ」


 口達者の坂本のちょっとした講義に大層感動したスセリは、丁重にお辞儀をしてみせた。それを見た坂本は焦り、直に彼女の頭を上げさせる。


「よせ、神様に先生呼ばわりされるのは、照れるきに。いつかお前は大人になったら、俺なんか比べ物にならないぐらい、とても頭の良い、立派な女神様になるんだ。だから、それまでは精進するんだぞ」

「はいっそれで、街づくりなのですが、龍馬様ならどのような街をお作りになりますか?」


 スセリの問いかけに、龍馬はまたも頭を駒のように激しく瞬時に回転させ、間を置かずにこう切り出した。


「スセリビメの時代には、まだデモクラシーはなかろう?」

「デモクラシー? 何ですか? それは?」

「デモクラシーっちゅーのはな、家柄や身分なので差別されず、職業の制約も受けず、誰もが平等に、自由に生きて、政治に参加していける、素晴らしい思想だ。俺が目指す新しい日本は、そういう国であってほしいと、心の底から思うちょる。だから、スセリビメの作る街も、デモクラシーのある街にしたらいい。俺ならそういう街を作るからな」

「承知しました。こんな私に親切に色々教えていただいて、ありがとうございます。龍馬様はとてもお優しい方なのですね」

「はは、子供とはいえ、神様に褒められると、なんかむずがゆいな。ま、もっと言ってくれてもかまわんのだぞ」

「うふふ」

「あっはっはっ」


 二人の会話を聞いていた石川は、不愉快そうに舌打ちし、不貞寝を終え、体を起こした。

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