第2話『異世界迷子』
スセリの住む世界は、あらゆる異世界の中心地、中央世界とされている。彼女の祖国サラバナ王国は、その中央世界の象徴たる世界樹を保護している国である。世界樹はこの世界の根源たる動力源、マナを生成し、サラバナはそれを独占し、巨額の富を得、世界一の富裕国の地位を確固たる物にしていた。サラバナは単一民族国家であり、そして移民を徹底的に排除する政策を取っている。自国第一主義であり、自分の国さえ豊かならそれで良いのである。当然の事ながら、そんなサラバナを快く思っていない国は非常に多く、貧民国に富を還元しないサラバナ王国は、世界中の国や民で一番嫌われていた。特にサラバナと現在険悪な関係にあるのは、北東の巨大な国、ラズルシャーチである。巨大な軍事国家であり、国民総兵士の国とサラバナは、海を伝って往来可能であるが、王族同士が100年以上も互いの土を踏んでいない。両国を繋ぐ定期船は年に一度、サラバナ王国の建国祭の時にしか出ていない。
また、この世界のあらゆる生命体にはレベルの概念が存在し、それは一部例外を除いて、生涯変わることはない。一般的な人間の平均レベルは5から10であり、サラバナ王国の第三公女であるスセリ・サラバナのレベルは3しかない。魔法は使えず、戦う事などまともにできない。そのため、王族達からは落ちこぼれ扱いされ、兄姉達には煙たがれていた。しかし聡明で、心優しく、博愛的な精神を持ち、勉学だけは得意で本を読むのが大好きな賢いスセリは、サラバナや世界中の国々の民達から、彼女だけは別格と称され、愛されていた。
当然の事ながら、兄姉達は、そんなスセリのことを快く思っていなかった。そして彼女自身も、この国の貴族と平民との身分格差に、子供ながらに強い疑問と憤りを感じていた。どうして同じ人間同士なのに、出自だけで差別されなければならないのか? 彼女は日々自問していたのである。
スセリが幼少期、王都を駆ける馬車に乗せられていたとき、街道で、貴族階級の者達が貧民層に暴行を加えている様子を目撃したことがある。彼女は直に馬車を止めさせ、外に出て、貴族達に近づいていき、直にそのような愚かな行為は止めるよう説法した。その場は鎮圧されたが、しかし貴族階級の者達は、今度はスセリに見つからないよう、こっそりと、強かに貧民層をいたぶり続けていたのである。
城下町を馬車で走れば、いつものように、貧民をいたぶる貴族達の姿を目撃する。その度に彼女は馬車を止めさせ、いさかいの仲裁に入る日々。せめて自分の力で全てのサラバナの民達を幸せにできないものかと考えても、彼女の立場がそれを許さない。スセリの悩みは深かった。
スセリはその日もサラバナ城内の蔵書室にて、沢山の本を読み漁っていた。その中で、特に興味を示していたのがモナコ奇行録である。この中央世界、特に世界樹と近いサラバナ王国は、あらゆる異世界に繋がるゲートが開く事があり、その本の作者は異世界のモナコという国に迷子になり、戻ってきたときの記録を一冊の書物に記していたのだ。モナコは世界中の富裕層が集まる国で、平和で、カジノという賭博場があり、モナコの民達は皆幸せに暮らしていたと記載されている。その本を読みふけったお姫様は、密かに妄想した。
自分もこのモナコのような自らの理想とする街をこの手で作ってみたい。どうせ自分は女王にはなれない。年を取れば、他国に嫁に出されるか、望まぬ相手を夫に娶る立場。そんな生涯を送るぐらいなら、せめて自分の自由に人生を謳歌したい。とても世界一の富裕国の王族とは思えない大胆な発想を、スセリは始めていた。
スセリが本を速読で読み終えた頃、外交官の職についている王族関係者で、同じ学校の生徒でもあったムツ・サラバナが、彼女を見つけ、心配して駆けつけてきた。ボブカットに少し大きめの胸をしている、スセリより一つ年上の大人びた容姿をしたムツは、彼女の父の弟の娘で、従姉妹同士である。互いに王族であるが、幼少期より気心のしれた間柄であった。
そんな彼女に怪我は無いかと尋ねられたが、命に別状はない、と姫は答えた。それを聞いて安堵したムツは、スセリに自分が聞いたとある話を教えてくれた。
それは、サラバナから遥か西、世界でもっとも広大な領土を誇るガレリア王国が、その領土であるミネルバ州の土地を1000億ジェルで売りに出すと言うものだった。その話を聞いた瞬間、スセリは飛び上がってムツの手を取り、「ぜひその土地を購入したいっ」と叫んだ。しかし、ムツは、直に否定する。
「止めておいた方がいいよ、スセリ。ガレリアのミネルバ州っていえば、岩石地帯だし、砂漠もあるし、何より荒廃した土地だ。昔は金や銀や宝石などが沢山採掘されたみたいだけど、今は採石事業が主力で、ほとんどの州民が日々の生活に苦しんでいる。しかもミネルバ州は、元々は独立国で、帝国時代のガレリアに侵略されて国土の一部になった歴史があるから、自分たちを真のガレリアの人間だとは思ってない連中が多い。ガレリアが態度を軟化させてきて、ミネルバ州では独立の気運も年々高まってきている、色々な問題の火種を抱えた土地だ。世界の害獣であるべヒーモスの生息地の一つでもあるしね。死臭が漂ってきそうな場所だよ」
「ではなぜ国王は、そんな土地を売りに出したのでしょうね?」
スセリの疑問に、ムツは更にこう続けた。
「恐らくはミネルバ独立に対する牽制と、土地を潤すことによって、生活に困窮する州民の不満を和らげる狙いがあるんじゃないかな? でもガレリアは、武の国ラズルシャーチに土地を買って欲しい意向があるみたいだよ。まあ、ラズルシャーチは軍事国家だから、領土的野心もあるしで、色々揉めてるみたいだけどね」
「その話、興味がある」
買っても仕方のない土地だとわかっていても、スセリは興味津々であった。
「そうかい? そんな不毛の土地を買っても、やる事なんて何もないだろう。真ん中にサラバナ国旗でも立てるか?」
「いいえ。土地を購入して、そこに自分の理想とする街を作ってみたいの」
堂々と自らの夢を語るスセリを、ムツは、ややあざけり気味に嘲笑し、更にこう言った。
「そいつは大層な夢だけど、非現実過ぎる。馬鹿なことは考えないで、王族として生きていきなよ。この国にいれば、何不自由なく暮らせるんだしさ」
「ムツ、私は本気よ。このレベル3の私はただの非力な女では無い、ということを、お父様に認めさせたいの」
「ふむ・・・ま、志は買うけどね。その労力を他に向けた方が建設的だと思うよ」
言うだけ言うと、ムツはスセリビメの可愛らしい白い手を引いて、彼女を自室の部屋まで誘導していく事にした。もう夜も遅い。早くお姫様を眠らせてあげないといけないとムツは考えていた。
その日の夜、スセリビメは興奮して、夜も眠る事ができず、蚊帳付きのベッドから飛び起き、ひたすらに自らの愛くるしい顔を薄明かりで眺めていた。このままこの国にいて、一生を過ごす。それでよいのだろうか。彼女は11才にして自分の今後を憂慮していた。
丁度そのときだった。マナが局地的に室内に増幅し始め、スセリの見ていた鏡を怪しく光らせた。そして彼女は声を上げる間もなく鏡に引きずり込まれてしまったのである。
この世界のあらゆる異種族には、魔法や技以外にも、特殊能力と、特殊体質が備わっている。特殊能力は自分の任意で発動する事が可能だが、特殊体質は自分の任意で使用することは出来ず、また、持っている本人もどのような特殊体質を備えているかはわからないものだ。そしてスセリ・サラバナには、異世界迷子、という非常にやっかいな特殊体質が生まれつき存在していた。これは存在するだけで、中央世界から別のあらゆる異世界に迷い込んでしまうという物だ。その夜、彼女は異世界に迷い込んでしまったのである。
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