リョウマちゃんの遺伝子
伊可乃万
第1話『運命の出会い』
11才のお姫様、スセリサラバナは、生い茂る森の中を大粒の涙を流しながら全力疾走していた。自国サラバナの領地内で、自分の乗っていた馬車がこの世界で害獣として認定されているべヒーモスに襲われ、彼女だけが命からがら逃げ延びている状態だった。
しかし、スセリの足はそんなに速くない。べヒーモスは時速60キロで走る怪物だ。追いつかれるのは目に見えている。
私はここで死ぬの?
スセリは死を覚悟しつつ、時々後ろを振り返り、自らに突進してくるべヒーモスを視界に入れた。口先からは獰猛そうな涎を垂らし、彼女を食いつくす様子だった。
と、そのとき、スセリの正面の大きな森の樹木に体を預けている、一人の絶世の美男子で、全身黒っぽい装束に身を纏った剣士が立ち尽くしているのが目に入った。長い前髪の半分を髪留めで後ろに流し、肩にかからないぐらいの髪を下ろし、額を露にしている。お姫様は、彼こそが救世主だと確信し、助けを求めた。
「お願いします、剣士様! 私を助けて下さいませっ」
しかし、スセリの必死の懇願に、剣士は腕を組み、一言、こう返してきた。
「・・・金だ」
「え?」
そのあまりの場に似つかわしくない不適切に発言に、スセリは動揺する。普通こういう状況だったら、特に何も言わなくても助けてくれるのが人の道だと考えていた彼女は、面食らってしまった。べヒーモスは二人のすぐ後ろまで迫り、どちらを先に襲うか値踏みしている。
「こっこんなときにお金の話ですか? 何も言わずとも助けてくれるのが、人の道というものでしょう」
「黙れ、子供。俺は仕事人。ただ働きはしないし、金をもらえないなら、人助けもしない。」
冷徹な剣士の物言いにスセリは不満を抱いたが、その一方で、べヒーモスは剣士の威圧感に怯え、攻めるのを臆させられていた。
「さあどうする? 払うのか? 払わないのか? 払わないなら、ここで死ぬといい」
少々短気なスセリは、吹き上がる激情を抑えて、白いドレスの胸元から王家の紋章を取り出した。彼女は世界一の富裕国、サラバナの第三公女で、王位継承権三番目の高貴な身分である。そしてその紋章には、希少価値の高い、生きる宝石と呼ばれている今自分を襲っているべヒーモスの肝が埋め込まれていた。
「この王家の紋章には、べヒーモスの肝がついています。これを取り出して素材屋に売れば、お金になるはずですっ」
それを聞いた剣士はニヤリを笑みを浮かべ、彼女から王家の紋章を奪い取ると、肝だけを取り出し、「交渉成立だな」と言って肩の剣を抜いた。その男は左利きだった。
そしてあっという間の素早さでべヒーモスに襲い掛かり、いとも容易く首を切り落としてみせた。その余りの早業と、舞い散る鮮血に、スセリは動揺しつつも、彼に感謝を述べ、自己紹介した。
「たっ助けてくださってありがとうございます。私はスセリ・サラバナと申します。サラバナ王国の第三公女でございます。あなた
のお名前は?」
「貴様のことは知っている。だが、名前は別料金だ」
そのあまりの不遜きわまりない剣士の態度に苛立ちを募らせたスセリは、ならもう結構です、と言って彼から離れていってしまった。
「落ち着け。まだこの森にはべヒーモスがいる。貰った分の仕事はしてやろう。」
「どう言う意味です?」
「いちいち言わせるな。癪に障る女だ」
そしてスセリは剣士に守られつつ、王都正門前までやってきた。門番の兵士達が、彼女の名を呼び、駆けつけてくる。
「スセリビメ!! ご無事でしたか???」
「はい。この剣士様に命を救われました」
「なんと・・・」
それを聞いた兵士は剣士の顔を見て驚いた。あまりにも絶世の美男子だったからである。
「スセリビメさまの命の恩人を無下にするわけには参りません。どうぞ王都にお入り下さい」
兵士は剣士に王都入場許可証を手渡した。世界でもっとも入場が厳しい王都に入れるのは、高貴な身分の持ち主が、来賓客が、王国の利益に適う者だけである。その剣士はその内の一つの条件、来賓客として出迎えられる事になった。
「そうか、ならありがたく入らせてもらうぞ」
そう言って、旅の剣士は開き始めた城門の中に、いち早く入っていってしまった。
「スセリビメ、お怪我はありませんか」
「私は無事です。それより、護衛の方たちが・・・」
スセリは少し涙ぐんでいた。馬車がべヒーモスに襲われ、彼女を守る兵士は皆殺されてしまったからである。べヒーモスは、この広大なるオフェイシス大陸の中でも、もっとも強い怪物と呼ばれ、多くの人たちの恐怖の対象となっている。
こうしてスセリビメは兵士達に守られ、王都に入ることになった。そして剣士もサラバナ王都への入場を許可された。その剣士の名前はゼント・ナムジ。スセリにとって運命で結ばれた相手となる、絶世の美男子である。
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