二十五日目 傷だらけの過去
ビャコ王国の王城の裏山にある古ぼけた屋敷。その屋敷の母屋からは少女が助けを求める声が聞こえており、腹部から血を流している若い男性の屍と絶望感に満ちた表情で事切れている服を脱がされた少女の屍が室内に転がる中で目を血走らせた少年が服を脱がされた黒い短髪の少女に馬乗りになっていた。
「くそ……暴れるんじゃねぇよ、お姫様!」
「いや……止めて!」
「もう王様だって死んでいて、今度は俺達の番なんだ! だったら死ぬ前に存分にアンタに楽しませてもらわねぇとな!」
「嫌よ! 私の大切な人を殺した貴方なんかに!」
「お姫様のお付きでありながらお姫様に恋慕してた奴なんて死んで当然なんだよ! それに、俺に負ける程弱い奴ならいつ死んだっておかしくなかったからなぁ!」
「あの人の悪口を言わないで! あの人は貴方なんかと違って本当に優しかったの! それに、死んでしまったのも貴方が不意打ちで殺したか──」
その瞬間、少年は姫の腹部に重い拳をぶつけた。
「ぐぶっ……!?」
「ピーピーうるさいんだよ! お前は殺される直前まで俺の玩具になっていればそれで良いんだよ!」
「そ、そんな……」
「……あー、本当にイラッとするな。こんなどうしようもない女しか育てられなかったあのバカな王様もお前を生んですぐに死んだっていう母親も全員イライラする。こんなんだったらアイツを逃がすんじゃなか──」
「アイツ、というのは私の事ですか?」
「え……?」
姫が不思議そうに声を上げる中、二人がいる室内に光真達を連れた真言が襖を開けて入ってくる。
「ふふっ……ここにいたんですね、生き残りが」
「一色……」
「委員長、とりあえず聞いておきますけど、その子に対して何をしようとしてましたか?」
「見ればわかるだろ。どうせ殺されるから最期までコイツに楽しませてもらおうとしてんだよ」
「なるほど……」
少年の言葉を聞いた真言は小さく呟いた後、見た者を震え上がらせる程に冷たい視線を向けた。
「ひっ……!?」
「……実にくだらないですね。貴方のように力も心も弱い人に苦しめられるその子が流石に可哀想だと思いますよ」
「う、うるせぇ……!」
「……皆さん、ちょっとだけ賑やかになりますよ」
「ああ、わかった」
「はいはい……でも、私達にまで影響来ないようにしてよ?」
「俺達も気を付けるようにするがな」
「はい、わかりました」
静かに答えた後、真言は指をパチンと鳴らした。その瞬間、真言の隣には棘鞭の力で作り上げた白い棘が二本ずつ現れ、それらは少年の腕を一本ずつ捕まえると、そのまま上へと持ち上げた。
そして光真達が姫をサッと連れていく中、少年は自分の手足を縛る棘を見ながら焦った様子を見せる。
「な、何だよこれは……!?」
「貴方を処刑するための拘束具です。貴方は私の事を怒らせましたから、他の人よりも苦しんでから死んでもらいますよ」
「ふざけるな……! こんな棘くらい簡単に……!」
少年はどうにか逃げ出そうとしたが、白い棘の力は想像よりも強く、逃げ出すどころか動く度に赤い棘が体に刺さり、少年の傷だらけの体からは次々と血が流れ始める。
「く、くそっ……!」
「無理やり抜け出そうとしても無駄ですよ。私の指示がある以外はそれ以上の力で壊すしか逃げる手段は存在しないので」
「だったら、俺の能力で──」
少年は能力を行使しようとしたが、その瞬間に少年を縛る力が強くなり、何本もの棘が少年に突き刺さった事で少年は痛みで表情を歪ませた。
「があっ!」
「ふふ、痛そうですね。とても良い顔をしてますよ」
「くそっ……くそぉっ!!」
「……良い顔だと思えている自分が本当に嫌で仕方ないですよ。あの人達を思い出してしまいますから」
「あ、あの人……?」
「……ええ。思い出す事すら拒みたくなる程に嫌いな私の両親です」
そして真言は、光真達が後ろで見ている中で手の中の棘鞭を眺めながら静かに話し始めた。
「……私の家はそこそこお金持ちで、両親も社会的に高い地位を持っている人達だった事から周囲はそんな家に生まれた私はさぞ幸せだろうと言っていました。
けれど、あの人達は外では良い人物を演じて、家では自分達のストレス発散のために私の事を虐げる悪人でした。あの人達の会話をこっそり聞いたところによると、自分達のストレス発散の対象を手に入れるために私を生んだようで四歳の頃から私はあの人達に様々な方法で虐げられ、五歳になった誕生日には父親に初めてを奪われましたよ」
「え……」
「真言も何か抱えてそうだとは思っていたが……」
「それからというもの、日中は暴力で夜になれば体を求められるだけの毎日が続いて、小学生の頃にはもうだいぶ心も壊れていました。
誰かに相談したり警察に駆け込んだりすれば良いと思うかもしれませんが、あの二人はいつだって外では善人の振りをしていたので信じてもらう事すら出来ず、その度に私はいつもよりも酷く傷つけられました。
そうしていく内に同じクラスの男の子達がその噂を聞き付けたようで、父親にしてるのと同じ事をしてみろよと言ってきたんです。そう……向こうの世界であなた達が言ってきた言葉と同じ事を……」
「ひっ……!」
「結果的に私が逃げてそれを先生に言いました。そしてそれがきっかけになって両親の裏の顔も世間に明らかになり、両親は逮捕されて私は親戚の家に預けられました。
親戚はあまりその件には触れませんでしたが、表情などから私の事を鬱陶しがっている事だけはわかっていたので、高校を出たら家を出て自立しようと考えました。けれど、高校に入った結果、今度は私の名前から例の件を見つけてきたあなた達が同じ事を言い始め、私はずっとあなた達に嫌な目に遭わされてきました。この世界に来て、光真君達と出会うまでずーっと……」
目の光を消しながら言った後、真言は棘鞭を持つ力を強くしながら少年を真っ直ぐに見つめた。
「今、どんな気持ちですか? 自分達が無能だと罵って慰み物にしようとした女にやられる気持ちはどうですか?」
「さ、最悪に決まってるだろ! それに、お前だって何も出来ない俺をただいたぶるだけだったらその両親と同じだろ!」
「……残念ながらそうですね。今こうしている間も気持ちは本当に辛いです」
「だったら早く俺をはな──」
少年の表情には一瞬希望が宿ったが、真言は冷たい目をしたままで少年の言葉を遮る。
「だからこそ、その事実を受け止め、相手をいたぶったり苦しめたりする事を楽しむ自分と共に生きていきますよ。今さらどうしようもありませんし、この快感を待っている私もいますから」
「そ、そんな……!」
「それと、貴方は他の人よりも苦しんでから死んでもらうと言いましたが、本来なら貴方はもう死んでいるんですよ? いつもはこの茨の棘には毒などが含まれていますから」
「じゃ、じゃあなんで俺だけはそうしないんだよ!」
「その毒はとても強い力を持っているからです。そんな事をしたら貴方はさっさと死んでしまいますし、そんな事は許されないんですよ。そこに転がっている近衛騎士を殺してお姫様を好き勝手にしようとした貴方にそんな事は許しません」
「なっ……!?」
「残念ながら、その人とあの王様は光真君と敦史君の次に尊敬出来る男性だと言えますからね。そんな人達を悲しませるような真似をした貴方には存分に苦しんでもらいます」
「や、止めろ……」
「……さあ、そろそろ始めましょうか」
「止めろーっ……!」
棘鞭を持った真言が更に近づく中、少年の悲痛な叫びが木霊した。その後、恐怖で顔を青くする姫と共に光真達が何も言わずに見つめる中で悲鳴と助けを乞う声を上げる少年に対して真言は楽しげに鞭を振るい続けていたが、その目からは涙が流れ続けていた。
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