二十四日目 武具を統べる王
ビャコ王国内にあるコロシアムに一人の人物が立っていた。それはビャコ王国を治める王であり、長い銀髪を後ろで一本に結び、白銀の鎧を纏う体よりも大きな抜き身の大剣を携えて悠然と立つその姿は勇猛な戦士その物であり、王は目を閉じたままで立ち続けていた。
そしてしばらく経った後にコロシアムには光真達が現れ、コロシアムの中心に一人で立つ王の姿を認めると、溢れ出る闘気に警戒心を強める。
「……アンタがビャコ王国の王様か」
「いかにも。ここでお主らが来るのを待っておったぞ。敵でありながら我が王国の兵や騎士達を難なく打ち倒したその強さは認めておるからな」
「……意外ね。兵士や騎士を倒されたその恨みを怒りと共にぶつけてくると思ってたのにやけに落ち着いているじゃない」
「どのような力であろうとも勝利によって強さを証明したのならばワシはそれでよいのだ。兵や騎士達は少々己らの強さを過大評価し、鍛練にも身が入っていないように感じたのでな、死によって己らの愚かさを充分に感じながら冥土へ旅立ったであろう」
「愚かさよりも恐怖や苦しみを感じながら死んでいきましたけどね。ところで、まだ委員長達がいたはずですが、この城内にはいないようですね」
「うむ。まだ戦力にはなる故、姫や近衛騎士と共に一時的に避難をさせている。もっとも、逃げる事が出来た事を心から喜んでおるようだった事を考えるに能力にしか期待は出来ぬようだな」
哀しそうに王はため息をついた後、両手で握りながら切っ先を地面につけていた大剣をいとも簡単に持ち上げ、片手で持ちながら自身の肩に担いだ。
「では、早速始めるとしよう。ワシの
「どんな武具であっても……」
「そうだ。装備者に災いをもたらす呪われた武具や勇者や魔王のみが装備出来るとされる伝説の武具でもワシならば装備出来る。それ故に敵を搦め手で攻める事が出来ず、正面突破で打ち倒す事しか出来ぬのだが、それならば武具自身に宿る力で賄うだけだからな」
「一見簡単そうだけど、実際に相対したら本当に強い能力だな。みんな、油断せずに行くぞ」
光真の言葉に三人は頷き、後衛で敦史と強佳が支援のために構える中、光真は目にも止まらぬ速さで踏み込み、長剣を王へと振るう。
しかし、王はその一撃をサッと躱すと、長剣の刃をむんずと掴んでからそのまま力を込めて引っ張り、その力で光真の手から長剣が奪われた。
「まずっ……!」
「……ほう、中々良い剣だな。手入れもされていて、装飾の宝玉もまた見事だ」
「……そうか、王の能力によって光真の長剣の使用者以外は持ち上げる事すら出来ない制約も無視が出来るのか」
「その上、こっちの攻め手は少し封じられた……けど、こっちには色々な能力があるんだ!」
「先程の白虎将スウトの力のようにか?」
その言葉に光真達が驚く中、王は余裕を崩さずに笑う。
「奴とは一度正々堂々と戦った事がある。己の拳や爪、能力を用いて跳ね上がったその身体能力を活かして挑んできたが、あれは実に良い戦いだった。あれ程までにこの体を流れる血が騒ぎ、神経がヒリついた戦いもなかったぞ」
「少なくとも、アンタの戦闘能力自体はアイツと互角って事か」
「いかにも。だが、この体を守る武具達は並外れた耐久性を誇る上に精神を惑わす力を無効にする力を持っている。よって、その自慢の能力達もその多くは歯が立たないのではないか?」
「ぐっ……!」
「図星のようだな。もっとも、それすらも無効にする力でもあれば話は別だろうが、そのような力を持つ者などそうそういない。お主らの復讐もここまでだ」
落ち着き払った様子で王が言い、光真達が悔しそうに項垂れる中、真言だけは項垂れずに王を見ていた。
「いえ、まだ終わっていませんよ」
「ほう?」
「真言……?」
「光真君、少しだけ苦しくなりますけど、後でちゃんと優しくしてあげますから我慢してくださいね?」
そう言うと、真言はパチンと指を鳴らした。その瞬間、光真の体はビクビクと震え、顔が紅潮する中で荒く熱い息を吐く口からは涎が垂れ始めた。
「ま、まこ……と……」
「ちょっと、何してんのよ!?」
「……今だけ私達の力を無効に出来る権限を光真君から剥奪しました。これで光真君は私の接触隷属の支配下に置かれます」
「そうだが、この後はどうするんだ?」
「接触隷属の支配下に置かれた人は何人たりとも私の命令に背く事は出来ませんし、その命令はちゃんと遂行します。そして光真君にはまだ
「ふむ……正面から挑もうというわけか。しかし、その小僧を失った後、お主らに手立てはあるのか?」
「ありません。けれど、貴方にもそれだけの力を無効にする力はありません。よって、後は光真君を信じるだけです」
真っ直ぐな目をしながら言う真言の姿からは光真への強い信頼が感じられ、王は真言のその姿を見ながらニヤリと笑った。
「面白い。ならばその力、ワシに見せてみろ!」
「……お願いします、光真君」
「……わかった」
接触隷属によって苦しそうに息を荒くしていたが、光真は真言の言葉に素直に頷くと、足を軽く引いた。
そして先程よりも遥かに速い動作で王との距離を詰めると、王は未だ余裕を崩す事なく光真から奪った長剣と己の大剣を同時に振りかざした。
「……さらばだ、小僧!」
「負け……るか……!」
日本の剣が振り下ろされた瞬間に光真は素早く横に跳ぶと、衝撃で砂煙が立つ中で自身の長剣を持った手を斜めに蹴り上げ、その力によって長剣は宙に舞い上がる。
そして蹴り上げられたダメージで王が顔を歪ませながら軽く上体を屈める中で光真は蹴りを放った足をそのまま王の首元へと勢いよく落とした。
「ぐうっ!?」
王は首にかかった衝撃でそのまま地面に叩きつけられると、光真は荒い息遣いで倒れる王を見下ろしながら落ちてきた長剣を難なくキャッチし、真言達三人は王の動きを警戒しながら光真へと駆け寄った。
「光真君、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だよ。というか、もう制約を戻してくれたんだな」
「はい。あんな風に苦しそうな光真君は見てられませんから」
「接触隷属なら毎夜かけてるでしょうに……まあそれは良いわ。後はこの王様だけど……」
王を強佳が見下ろす中、倒れている王からは楽しそうな笑い声が聞こえ始めた。
「くく……はっはっは! 中々良い一撃だったぞ、小僧!」
「コイツ……!」
「あれを食らってもまだ余力が……!?」
「いや、ワシの負けだ。ワシの一撃も速かった中でそれを躱した後に一撃を与えて倒したのだ。これ以上の事は望まんよ」
「それなら良いですけど……どうして負けを認めてくれるんですか?」
「言ったであろう? どのような力であっても勝利によって強さを証明したのならばそれで良いと。その小僧は実際にそれをやってのけた。だからだ」
「……貴方も白虎将スウトと同じで潔いんだな」
「当然だ。奴も負けは負けであると素直に認める武人であり、それはワシも同じだからな。ワシの力と能力はお前達の復讐の糧とするがいい」
仰向けになった王が満足そうに笑う中、真言は王を見下ろしながら問いかけた。
「……王様。あの時、私が逃げずに何かしらの力で勝利していれば、その強さを認めて城に置いてくれましたか?」
「……そうだな。だが、これは言い訳にしか聞こえぬかもしれんが、ワシはお主がいなくなった事を後から聞いたのだ。お主もワシの姿は今日になって初めて見ただろう?」
「え……は、はい……」
「真言、どういう事だ?」
「あの時、城内には元クラスメートとお姫様、後は近衛騎士と数人の兵士しかいませんでした。それで、能力がないとわかった瞬間にお姫様と委員長達が私は慰み物として使い潰そうと言い始めて……」
「その時、ワシは私用で城にはいなかった。そのため、ワシの不在時に転移の魔術を使った事について処罰は与えたが、お主の話は後になってから聞いたのだ。
戦いたくなくて逃げ出したと初めは聞いたが、よくよく聞いてみた結果、お主が言ったような出来事が起きていたとな」
「そ、そんな……」
「それじゃあ、真言の件で一番悪いのって……」
その呟きに王は静かに頷く。
「あやつらだ。だが、部下の管理も出来ていなかった事は王であるワシの責任だ。今さらではあるが、本当にすまなかったな」
「王様……」
真言が王の手を握る中、王は満足そうに笑ってから事切れ、四人のみが残されたコロシアムに勝利の余韻はなかった。
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