二十日目 城王
静まり返ったゲブ王国の城内。兵士や転移させられてきた少年少女の気配すらなくなった城内を武器を持った光真達は身を寄せて警戒しながら歩いていた。
「さて……これで後は女王だけだな。でも、女王はどこにいるんだ……?」
「わからないな。クラスの奴らや兵士達を始末しに来た時も女王の姿は見かけなかったからな」
「クスザ王国の時は堂々と玉座に座っていましたし、やっぱり玉座の間にいるんじゃないでしょうか……」
「それにしては気配を感じなくない? もうここにいないとか自分から命を絶ったとかその可能性はないの?」
「いや、この前手に入れた気配を感じとる能力だとこの城内から感じるはずなんだ。ただ、それさが少しおかしくてな……」
「おかしい、ですか?」
真言が首を傾げるのに対して光真は頷いて答える。
「ああ。この辺りみたいに決まったところから感じるんじゃなく、この“城全体”から感じるんだよ、女王らしい奴の気配を」
「城全体……まさか、ね……」
「強佳、何か気づいたのか?」
「……ええ。だから、ちょっと試してみるわね」
そう言うと、強佳はこれまで奪ってきた腕力を右腕に込めながら構え始め、光真達三人はその姿を見ながら軽く距離を離す。そして強佳は、目を閉じながら深く息を吐くと、構えていた拳を近くの壁にぶつけた。
その瞬間、城全体が大きく揺れたものの、壁自体には傷一つついておらず、その光景に光真達は驚いた。
「壁が壊れない……!?」
「今、城が揺れるくらいの力をぶつけたはずなのにどうして……」
「……予想通りね。女王、返事をしなさい。そうじゃないともう一発痛いのをお見舞いするわよ」
その時、城全体が再び揺れ、それに続いて女性の声が聞こえ始めた。
『……あら、小うるさそうな小娘だと思っていたけれど、そこそこ頭はキレるのね』
「これが女王の声……」
「でも、一体どこに……」
「……なるほど。そういう事だったか」
「敦史もわかったのか?」
「ああ。女王はこの城のどこかにいるんじゃない。この城自体が女王なんだ」
敦史が壁に触れながら言う中、城内には女王の声が響き渡る。
『その通りよ。私の能力は
「もうなんでもありだな……」
『だから、兵士達の働きやあの転移してきた子達の痴態を含めた日常生活の様子、そしてウチのバカ息子をあなた達が地下室でいたぶったのも全部見ていたの。もっとも、あのバカ息子には最近手を焼かされていたから、ちょうどよく消えてくれて助かったけれど』
「……母親として最低ね。あのデブの父親もいないけど、邪魔だからという理由で始末したの?」
『ええ。結婚という形が嫌だったからこの国の適当な男を捕まえてきて、誘惑して手を出させたけれど、その後に責任を取るだの私の事を大切にするだの面倒臭かったから手頃なナイフと融合して刺し殺してやったの。
まったく……顔もそこそこよくて若かったから手を出したけれど、あの面倒臭さは心底気持ち悪かったわね』
「そんな理由で何の罪もない人を……」
「……復讐のためとはいえ、色々な奴の心を壊したり殺してきたりした俺達が言えた事じゃないけど、お前も結構最低だな」
『何とでも言いなさい。さあ、散々この城の中で好き勝手にしてきた罰を受ける番よ。何も出来ずにこのまま押し潰されてしまいなさい』
そしていつの間にか目に悪い赤い肉の壁に変わっていた城の壁は低く大きな音を立てながら光真達に迫りだし、光真達が焦ったような表情で逃げ道を考え始めたが、そんな中でも敦史は慌てる事なく落ち着いた様子で天井を見上げた。
「……女王、今の発言でわかったが、どうやら貴女は俺が嫌いな部類のようだ」
『へえ、そう。だから何だというのかしら?』
「そして貴女は、他人から嫌われるという事について恐怖を感じた事がないようだ。だから、これから嫌われてもらおう」
『……兵士達にもかけていた能力をかけるつもりだけれど、私を他人が嫌ったところで何も意味はないわ。国民達が攻めてこようがこの城自体はどのような攻撃も衝撃も無効にする。落とされる事はないのよ!』
「……残念だが、俺の
『……なに?』
その瞬間、城が揺れだし、女王の痛々しい悲鳴が城内に響き渡った。
『ぎっ、ぎゃあぁーっ!?』
「……拒絶創造の対象が嫌われるのは人間や他の種族からだけじゃない。意思を持つならば動植物や超常的な存在からも嫌われ、殺意を持たれる。今、この城内に対して国民のみならず周囲に生息している動物達も殺意を持ち、その中には城内に容易に入り込める程の小動物もいて、下水には病原菌を持つ動物も少なからずいる。
そして、城と融合している以上、ここは貴女の体内のような物でもある。そんなところにさっき言ったような動物が入り込み、病原菌を撒き散らしながらこの肉の壁に齧りついたら……どうなるか容易に想像はつくだろうな」
『や、止めろ……! 私は女王だぞ、このゲブ王国を治める女王なのだぞ!?』
城が揺れる中で女王が苦しみの声を上げる中、敦史は淡々とした調子で話し始めた。
「俺は昔から他人に嫌われてきた。そしてその理由は母親にあった。母親はたいへんワガママな性格で、周囲からの見え方を何よりも気にするような人だった。そのため、父親にばかり金を稼がせるが、自分は家事一つやろうとせずに美容品や金品を買い漁り、父親の食事や掃除の出来が悪ければヒステリーを起こしていた。
そしてそれに耐えられなくなった父親が逃げた後、すぐに他の男を連れ込み、その男もあまり周囲からの評価がよくなかった事で俺も同じなのだろうと勝手に決めつけられてきたんだ。
だから、学校で何か無くなればいつも初めに俺が疑われ、犯人が俺じゃなくとも紛らわしいと言われるだけで謝られることもない。周囲もすぐに疑われる俺をよい身代わりが出来たと考えて俺に罪を擦り付け、その度に俺は疑われ続けて、何もしていないのにも関わらず嫌われ続けたんだ」
「敦史……」
「これが他人から嫌われるという事であり、俺が貴女を嫌いな部類だという理由だ。理不尽に暴力を振るわれたり謂れのない暴言ばかりを吐かれたり、そんな心身ともに傷ついてそれは徐々に蝕んで、いつしか滅びの道の終着へとたどり着く。高慢な考えの果てに待っていた地獄にて永遠に苦しめ、女王」
『い、嫌だ……! 私は他の大国すらも取り込み、この世界の女王となるのだ! こんな奴らに負け、死を迎えるなど……!』
「安心するといい。貴女の力と能力は光真と強佳が受け継ぎ、その力は他の大国への復讐の糧となって、この世界を掌握するのだから。結果的に貴女がこの世界を手に入れた事と同義だぞ? もっとも、その時にはもうこの世にはいないのだがな」
『く……くそっ、くそおぉーっ……!!』
「……ではな、凍てついた心の女王。自分へ向けていた愛をせめて誰かに向けていれば、このような事にはならなかったろうにな」
敦史が淡々と言った後、揺れ続ける城内には女王の悲痛な叫びだけが木霊し、そのしばらく続いた叫びを光真達は何も言わずに聞いていた。
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