十六日目 計略
シュオンの北方に位置する大国、ゲブ王国。北方に位置する事で厳しい寒さが身を凍らせようとする王国であるが、その環境に適応するために進化した独自の魔物などもおり、寒気対策のための料理や衣服なども豊富な場所である。
そんなゲブ王国の王城の廊下を半透明の板のような物を持った一人の少年が不満げな顔で歩いていた。
「はあ、さっむ……俺達そんなに待遇が良くない組は本当に損しかしてないな。能力の良さに関わらず、委員長や副委員長達だけ待遇が良くて、俺達はそんなに良くないなんてわけがわからないっての」
少年はブツブツと言いながら歩いていたが、その道中にあった部屋の一つの前で立ち止まると、部屋の中から聞こえてきた談笑に表情は更に不満げな物に変わった。
「……委員長達、暖かい部屋の中でぬくぬくしながって……俺達みたいに周辺の様子を探れる能力持ちが頑張ってるからお前達はのんびり出来てるんだぞ。
それなのに、それへの感謝もなくこき使いやがって……本当にふざけんなっての……!」
少年は怒りを露にしていたが、やがて諦めたようにため息をつくと、その場を静かに離れた。そして再び歩き始めると、周囲を見回しながら少し安心したような表情を浮かべた。
「……とりあえず敵の反応はないな。俺のこの周囲にいる敵の反応を感じとる能力は防衛には役立つけど、戦闘にはあまり使えないから良かったのか悪かったのか微妙だよな。
一応、相手が友好的だったら青い点、敵意や殺意があったらすぐにこのレーダーに赤い点として反応が出るみたいだし、相手の位置を予めわかっておけるのは助かるから、いざとなったらみんなを裏切ってここから逃げ出そう。
元の世界に戻る方法はわからないし、生活の水準も今よりは低くなるだろうけど、それでもここに居続けて、使い潰されて終わるよりは絶対にマシだ。戦う力よりも部下を率いる地位よりも戦わずに生き残る事が出来る能力の方が絶対に良いに決まってる。そう、生き残りさえすればいずれは良い事が──」
その時、少年のレーダーからピコンという高い音が聞こえ、少年はレーダーに目を向けたが、一瞬で少年の顔は驚きと恐怖の色に染まった。
「1、2、3……いや、それどころじゃない数の敵の反応!? それも城内に既に入られ──というか、さっきの部屋や入り口からも反応があるぞ……!?」
少年がレーダーを見ている間にも敵対者の反応は増えていき、その光景に少年の体はガタガタ震え始める。
「ま、まさか……この敵対反応って、この城内にいる全員から向けられている物なのか……!? そんなバカな、だって俺はこれまでちゃんと探知結果を正直に話してきたし、女王様達に反抗した事だってないのに……!」
そしてレーダーに映る敵対反応の数はやがて少年の恐怖心をこれでもかと煽り、少年は顔を青くしながら忙しく辺りを見回し始めた。
「に、逃げないと……! このままじゃここにいる全員に捕まって、何も出来ずに殺される……!」
完全に恐怖に支配された少年が逃げ出そうとしたその時だった。
「……だいぶ狼狽しているな、お前」
「ひっ……え、お前は……い、猪狩……!?」
「久しぶりだな、お前達が能力を持たない俺を追い出して以来か」
そこには光真を連れた敦史の姿があり、顔を青くする少年の姿に光真は不思議そうに首を傾げた。
「だいぶ怖がってるけど、そんなに敦史がいるのが怖いか?」
「ち、違う……! このままだと城内にいる全員から殺されるんだ……!」
「殺される、か……今は生きているが、俺はお前達に追い出された事で本当なら死んでいたかもしれない。そんな事をしておいて、自分が殺されるかもしれないと思ったら恐怖を感じるのか?」
「と、当然だろ! 猪狩……お前でも良いから、俺を助けてくれ……! 助けてくれたら、俺の能力で助けてやるから、今すぐにここから逃がしてくれよ……!」
「ふむ……条件としては悪くないか。因みに、その能力について簡単に聞かせてもらっても良いか? 俺達も助けるからにはそれ相応の見返りがあるか知っておきたいからな」
「わ、わかった……!」
少年は恐怖に支配された状態で自身の能力について説明を始めた。焦っていた事で、時折噛んでしまったり声を上ずらせたりしていたが、やっとの事で説明を終えると、敦史は納得顔で頷いた。
「なるほど……およそ5kmの範囲にいる使用者に対して敵意や殺意を持った相手の位置を赤い点として察知出来、自分の周囲の建物や地形の形などもわかる能力か。たしかにそれは中々有用だな」
「だな。でも、相手がうまく悪意や殺意を隠して近づいてきたら、それには反応出来ないのが少し困るか」
「違いない。だが、その場合は相手の様子などから察知し、それ以外の場合は事前に感じ取って反撃や逃走する事が出来る。その点は中々使えると思うぞ」
「そ、そうだろ……!? だから、早くここから逃がしてくれよ! 今は何故か来ないみたいだけど、早くしないと本当に来ちゃうんだよ……!」
「そうだな。だが、その前に一つ答えてもらうが、このレーダーの能力のように索敵が出来る能力者は他にもいるか?」
「えっ……い、いないよ。目の前の相手の考えを読み取る能力とか俺の下位互換みたいな目の前の相手の悪意や邪念を読み取る能力はいるけど、後は使い道があまりなかったり戦闘系だったりだから、俺の能力は唯一無二だよ」
少年の返答に敦史は満足そうに頷く。
「それは良い事を聞いたな。これならば、これからだいぶ楽に事に移れそうだ」
「そうだな。加えて、厄介そうな相手の情報も手に入ったし、そんなに苦労はしなそうだ」
「苦労はしなそうって一体何を言ってるんだ……? というか、そもそも猪狩達は他の奴や兵士達も見回ってる中でどうやってこの城内に入り込んで──」
その時、少年のレーダーに再び反応があり、不思議そうにレーダーを見た少年の表情は再び驚きと恐怖の色に染まった。
「え……さっきまで赤かったのが全部青になって、お前達の反応が赤く……!?」
「ああ。お前を一時的に周囲から憎まれるようにしたからな。べらべらと正直に話してくれて本当に助かったよ。ありがとうな、憎まれ役の裏切り者」
「う、裏切ってなんか……!」
「仲間達に殺意を向けられて気が動転していたとはいえ、突然現れた俺達をしっかりと疑わずに助けを求め、言われるがままに情報を話したんだ。計略にハマったからという言い訳は通じないだろうな」
「そ、そんな……! だ、誰か助け──」
「光真、頼んだ」
「はいはい」
返事をした光真が何事かを呟くと、少年は目に涙を浮かべながらそのまま倒れ込み、倒れた音の後にすうすうという寝息が聞こえると、光真は小さく息をついた。
「よし、これで良いな。敦史、コイツを持ってくれるか?」
「ああ、わかった。しかし、兵士達を篭絡しに行った真言達の方は大丈夫だろうか」
「大丈夫だと思うけど、まずコイツを運び込んだ後に俺が様子を見てくるよ。俺も心配ではあるからな」
「ああ、すまないな」
「どういたしまして。それじゃあお前の復讐のために少しずつ準備をしていこうぜ」
「承知した」
敦史が頷いた後、二人はそのまま姿を消し、近くにあった部屋からは二人の少年少女が不思議そうな顔で廊下へと出てきた。
「あれ……さっき何か物音がしたと思ったのに、何もないな……」
「そうだね……でも、索敵班や兵士達が見回ってるのに物音がするって事は、知らない内に誰かが入り込んでるのかな……」
「いや、そんなはずは──って、あれは……?」
少年が不思議そうに覗き込んで来る中、どうにかワープを終えると、少年は不思議そうに首を傾げた。
「あれ……?」
「どうしたの?」
「いや……たぶん気のせいだな。ごめん、とりあえず寒いから部屋に戻ろう。後で索敵班や兵士達に聞けば、何かわかるだろうしさ」
「うん、そうだね」
少女が返事をすると、二人はそのまま部屋へと戻り、誰もいなくなった廊下は何事も無かったかのように静まり返った。
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