月とアンタレス

こぼねサワー

1話完結【派遣切り失業3か月目のオレが異世界を無双】

月のない夜でさぁ。ダークムーンっていうんだってな?


まあ、いつもみたいに、アパートの近くのコインランドリーに行ったんよ、イキツケの。

そこ、いっつも新刊のマンガ雑誌を置いといてくれっから。

発売日を目がけていくわけ。ライフハックね、いわゆる。


んで、コインと洗濯もの放り込んで、スイッチオンして。

椅子に座ってマンガ読んでたらさ。


ガタガタ、ガタガタって。

なんか、ヤバそうな物音がするわけ。


立ち上がって見に行ったら、1台の洗濯機から音がしてた。

ヒョイッと腰かがめて、丸い窓のぞいたらさ、色あざやかな和服っぽいのがグルグルまわって乾燥されてんのよ、中に。

カラシ色の生地に、ピンクやら紫やらの花柄の。


てか、キモノなんて、洗濯機で乾燥なんかしていいもんか? しかも、コインランドリーで。

実際、キャパオーバーみたいな感じの音だして、洗濯機が細かくガタガタ震えてるし。


ビックリしながらジーッと中をのぞいてたら、重なり合った布のスキマから、ギロッ……って。

ニンゲンの目がね、見えちゃったのよ。……しかも、思いっきり目があっちゃった。


オレもう、「ウワーッ!」ってなって。

バッと後ろに飛びのこうとしたら、それより早く洗濯機のドアがバタンッと内側から開いて。

着物がひとりでにシュルルルッと伸びてきて、オレのカラダにまきついたんだ。

いやこれガチだから!


そんで、洗濯機の中に引きずり込まれて。

全身がものすごいイキオイでグルグル回転するうちに、頭ん中も真っ白んなって。


ハッと気付いたら、戦場のド真ん中よ。


ホント。マジだって。ガチの戦場。


ちがうちがーう! 戦車とか空母とか戦闘機とか、そっちの世界線じゃなくて。

大河ドラマに出てくるような、ニッポンの戦国時代の風景よ。

そーそー、弓とかヤリとか刀とか。そっち系。


月も星もない真っ暗闇んなかでさ。

とーぜん外灯なんてないし。あっちこっちに松明たいまつがいっぱい置いてあるだけ。


スモークたいてるみたいに霧も深いから、地形とかは、見通しわるくてわかんなかったけど。

とにかく、行く手にボンヤリ見えるのよ、軍勢が。

大河ドラマの戦場シーンに出てくる、足軽っぽい風体の連中が。ズラーッとね。


で、先頭の馬に乗ってる総大将っぽいのが、なんつーか、ほら、あれ……あ、そうそう、牛若丸みたいな。

なんかこう、オマエ本気で戦う気あんの? みたいな、ヒラヒラしたカッコしたヤツでさ。

ムカつくくらいにコギレイな顔してて。真ッ赤ッ赤な髪をファサーッっと、こんなふうにカキ上げちゃってさ……絶対ナルシだわ、あれは。


「どうじゃ。そろそろ観念して、余の伴侶はんりょとなれ、ツキ姫」

とかなんとか、カン高い声で叫んでんの。


したら、オレの横で、

「おだまり、サソリ! 月の光の加護のない夜ばかり狙って闇討ちしてきおって、本当に卑劣なヤツ!」

と、背スジがゾクゾクするような色っぽい声で怒鳴ったのが、こっちの軍勢の女大将なわけ。


カラシ色のキレイな着物のスソをゾロリと地面に引きずって、銀色の長い長い髪がその上に絹糸みたいにキラキラ広がってんの。

顔? そりゃもう、声のまんまよ。見てるだけで腰がくだけちゃいそうな。すげぇ美人!


どっちの大将も、ハタチそこそこって感じだったわ。

ゆーてオマエらそのカッコ、絶対ホントに戦う気はねーだろ……って、突っ込みたくなったけど。


したら、オレの心のなか読んだみたいなタイミングで、赤毛の大将の軍勢から、いきなり矢がまっすぐに飛んできて。オレのオデコに「トンッ」って。

いや、「トンッ」ってより、「ポンッ」って感じ?

「ポンッ」って矢の先が当たったとたん、「ポトッ」と地面に落っこちたのよ。


向こうの大将、驚いて、

「なっ、なんじゃ、アヤツ!? 皆の者、あの面妖な風体のヤツを狙い撃ちにせいっ!」

って。


オレ、弓矢のいっせい射撃くらったんよ。

いやいやいや、マジでマジでマジで!


見た目フツーの立派な矢なんだけどね。ぜんっぜん威力ないのよ。

例えるなら? そうだなぁ……こーゆーストローを投げつけられてる感じ?


いやまあ。今だから笑えるけどさ。

そんときは、わりと生きた心地しなかったよ。


んで、

「今日はこのくらいにしといてやる! 者ども、引け引け引けーい!」

って、赤毛の大将、猛スピードで馬を走らせて真っ先に逃げだしてやんの。

その後を足軽たちがワーッて転げそうなイキオイで追っかけてって。

ゲームクリアー。


オレもハヤリの異世界転生アニメとか見て、さんざん思ってたけど。

マジでチョロいよ、異世界。


どういうシカケか知らんけど、"こっちの人間"はモレなく異能のチート無双になるみたいよ。

オレみたいなヒョロガリチー牛でも。


味方の軍勢は、大盛り上がりよ。

みんな両手をふり上げて、ウオー! イヤッフー! ってなもんよ。


んで、一躍ヒーローとなったオレは、ツキ姫様のお屋敷に招かれて、

「このまま、わらわの右腕として、この屋敷におとどまりくださいませ」

なんて、ウットリした目で口説かれちゃってさぁ。


そんで、お姫様がキレイな白い手を「パン」て叩いたら、美女がわんさと出てくる出てくる。

うまい酒とゴチソウ持って、次から次へと。

寄ってたかってオレにシナダレかかってきて、「はい、あーん」なんちゃってさぁ。

すこぶるファンタジーよ。


『派遣切りで失業3か月目のオレ、コインランドリーから異世界に転生し、戦乱ハーレムをイッキに無双する』って、どーよ、これ。


食い物も悪くないし、露天風呂つきの客室まで用意してもらっちゃったし。

高級温泉旅館に泊まって、毎晩、芸者遊びをするような感じ? めくるめくパーリナイよ。


は? なんで、そんなチート無双のハーレム世界から、"こっちの世界"に帰ってきちゃったかって?


オマエさぁ、……オレの潔癖、知ってっだろ?


あのなぁ、異世界にはなぁ、……温水洗浄便座シャワートイレが、ないんだぞっ!?


ムリムリ、絶対ムリ!

どんだけ色っぽい美人のお姫様ったって、トイレのあとにオシリを洗ってないんだぜ?

トイレットペーパーもマトモにないんだから。

ほら、こんな紙ナプキンよりもゴワゴワの、葉っぱみたいなので拭いてんだぞ? ケツを!


百年の恋も冷めるわ。

てか、それ以前に、オレのケツが悲鳴をあげるわ。


つーかさ、そもそも。

よくよく話を聞いてみりゃ、サソリとかいう敵の大将のこと、ホントはマンザラでもなさそうだったんだよな、あのお姫様。

親が勝手に決めた縁談なもんで、なんか気に入らないだけっぽい。


だからさ。どっちも、マジの戦なんかしてないんよ。


ダークムーンの夜だけ、"こっちの世界"との入り口がつながるらしくてさ。コインランドリーの洗濯機の扉に。

なので、"こっちの人間"をテキトーにラチって、テメェらの軍の最前線に立たせて、敵の攻撃の的にするわけ。

そらそーよ。自分たちの世界の兵士には、1ミリもケガはさせたくないんだろ。


まあ、そんなフザケた話だから。

"こっちの人間"をどんだけスカウトしても、向こうに定住してくれるモノズキな人材は見つからないらしい。


意外っちゃあ意外?

いやあ、ゆうて、どんだけ不満があったって、現実世界への執着は、なかなか消せないもんよ。

少なくともオレは、それを実感した。


推しの声優がヒロインやってるアニメの二期も決まったしな。

異世界でノンビリ無双してる場合じゃねえって。


そうそうそう。それなのよ。

つまるところが、ツンデレお姫様のラブコメ由来の戦乱なんだもん。

茶番よ、茶番。アホくさくて、もう。

さっさと素直になればいいのにと思ったけどさ。


ただ、……ちょっとだけ、気になんだよな。


サソリって、"さそり座のアンタレス"のことなんじゃないか、ひょっとして?

んで、ツキ姫ってのは、"月"を象徴する存在だったとすると……


2人が結婚なんかしたら、月とアンタレスが衝突しちゃったり……って、それは、さすがに発想が飛び過ぎか?

アハハ……


てかやっぱ、ここんちのミートドリア最高!

最近ゴチんなってばっかで、わりいな。っぱ、持つべきものは友だよな……

こっちの世界、サイコー!


おう。めげずにガンバるわぁ、ハロワ通い。



(完結)

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月とアンタレス こぼねサワー @kobone_sonar

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