第27話 その後の女神ルーナ
イアンナはレオと、どうしてもと言うヘンリー&エレンを伴い、チロル園へ通い続けた。
数年かかったしまったが、チロルの存在と住民の努力もあり、ソルナ国から贈られたシープと名付けた豚羊の魔獣の家畜化は成功し、また、バーグ領の野菜も根付いてくれて食糧難は解決する。
もちろん、畑を開墾したのはレオとヘンリー、そしてチロルだ。チロルは巨大化して手や顔をドロドロにしながら楽しそうに岩を除いてくれた。
住民はそれを見て「自分たちも!」と自発的に開墾に参加し、畑や牧場を維持してくれるようになった。
そして国の真ん中にあった宮殿と貴族の屋敷は売払われ整地され、巨大なマーケットが開かれる場所となる。
なお、レンガなどは住民たちの家の建築に再利用されたので、マーケット周辺がとても美しい町並みとなったのは嬉しい誤算だった。
冒険者ギルドと商業ギルドの支部がファールン国の出資で立てられ魔獣は生態系を崩さない程度に狩られ、各国の商会が我先にと商店を作ったおかげでチロル園に住む者たちは人並みの生活をできるまでに生活が向上し、国外へ散っていた人たちが戻って来れる故郷となった。
特別な薪をくべる暖炉により冬でも温かく過ごせて、雪景色が非常に美しい場所を手に入れようとした国があったが、いつの間にかつけられていた聖魔獣チロルの加護により軍隊は国境を越える事が出来ず…そのような行いをしようとした国は女神が天罰を与えるまでもなく、周辺諸国の白い目と物理的な物資がが途絶えて代替わりなどをしたのだった。それ以降、チロル園を狙うものは表立っていなくなる。
落ち着いた頃を見計らって、イザベルはかねてより準備していた魔族との交流をチロル園で開始した。
チロル園とファールン国をきっかけに、魔族は次第に人々の中へと溶け込んでいき…また、人も魔族の国へと旅行したり、住民となったりするのはまた数十年後の話だ。
◇◇◇
そんなチロル園で、27歳になったイアンナとシャルル、そして…女神ルーナは温泉に入っていた。
「いや〜…チートですね」
とろりとした白濁の湯はとても心地良い。ほのかに香る硫黄の香りが懐かしかった。
「温泉ありがとうございます、ルナさん」
「いいえ!私も入りたかったの〜」
女神ルーナは20歳くらいの姿に変化し、黒髪にして髪をアップにしている。目も焦げ茶色にしているせいか、派手な容姿のイアンナとシャルルの前では霞んで見えた。
3人の目の前には、シャルルの子供である双子の女児がキャッキャッとはしゃぎながら泳いでいる。ちなみにもう8歳だ。
もう一人、5歳になる長男も連れてきているが、ルイスが男湯の方で面倒をみてくれていた。
イアンナの胸の中には、3歳になる女の子が母にしがみついている。
「あったかいねぇ、レイナ。…温泉を利用して湯を沸かさなくても野菜を茹でられるって、とても評判ですよ」
乾燥要らずの煤の出ないゆっくりと燃える薪の木もあるが、やっぱり冷たい水を沸騰させるとなると時間がかかる。
シャルルの発案とお願いにより温泉が沸いてからは、更に生活が向上した。
温泉に入るのが当たり前の文化となりつつあり、冬の病気も格段に減ったのだ。もちろんサウナもある。
「なるほど、温泉ってそういう使い方もできるのね…」
地球での研修中、仕事が忙しくて日本全国をゆっくり見て回る事が出来なかったのだ。
そこまで真面目に”人間の人生”を全うしなくても良いのだが、ルーナは真面目なのでやらなくていいことまでやってしまっていた。
「足湯も作ったから、観光の方に評判なのよね」
「貴族があそこまで食いつくのはちょっと意外だったかも…」
雪国観覧ツアーはエレブルー公爵家の立ち上げた旅行会社が担っている。
貴族の女性でもズボンを、スパイクのついたブーツを履いてもらい暖かい毛皮のコートを着させてライトアップした樹氷や滝などをトナカイの引くソリに乗って見に行くツアーだ。
もちろん、シープの牧場にてプリン、チーズ、ケーキ、ウィンナー、ジンギスカンなどの食事もいただける。
ルーナの希望で、北国でも育つ麦とホップを託されて…更に製法を教えてもらい作ったビールは大人気だ。
最近はウィスキーも作られ始めた。
「でも分かるわ。温泉に久々に入ったけど疲れが溶ける気がするの」
「うんうん、ワカル。子育て大変で…」
奥様トークができるくらいに、余裕が出来たようだ。ルーナはほっとして温泉に浮かぶ。
なお、こちらの温泉は水着着用だ。室内に別途、体や髪を洗う場所がある。
「はぁ〜…気持ちいいわね〜」
「ふふっ。ルナさん嬉しそう」
「神殿建てておいてよかったわ」
チロルの加護もあり園は発展したため、女神ルーナに対する信仰も復活したのだ。
ファーマーズマーケットが見える位置の土地をイザベルの助言により確保しておいたので、バーグ領の神殿を建てた際に余った資材で神殿は建てられた。もちろんルーナの部屋付きだ。
(皆と一緒に何かするほうが楽しいって…私、神に向いてないのかしら)
天界で一人きりで下界を…大変そうだが楽しそうに生き生きと作業している人々を見ると、見ているだけというのが辛くなってくる。途中からルーナは姿を変え下界に降りて園の復興を手伝っていたのだ。
しれっとチロル園の住民となり、ルナさんと呼ばれる彼女は凄腕の魔法使い・冒険者として一目置かれている。
「で、なんで魔獣退治なんかしてるんです?」
チロル園を運営するほうに回ればいいというのに。なお、運営にあたっているのは他国から丸投げされたファールンと、ソルナだ。正確には第二王子のジョシュアとメーアの2人。
今更、他国があれこれと人を寄越してくるが、元々の住民や悪意の分かるチロルが受け入れていない。
園には冒険者ギルド、商業ギルド、農業ギルド、鍛冶ギルド、家事ギルドなど様々なギルドがあり、ゆくゆくはその長たちでチロル園を運営できるようにするつもりだ。
「だって、考えるの苦手なんだもの」
「おーい…それ仕事〜」
「でもわかります。私もそうだし」
「いやいや、何言ってるの!フラグ折った人が!」
「あれは目の前にあったものだから…」
イアンナ的には目の前にある問題を解決しただけのこと。チロル園もそうだった。
ルーナとシャルルは目を見合わせて苦笑する。
「どうやったら彼女みたいになれると思う?」
「私にはできないんで、訊かないでくださいよ」
自分だけのことを考えすぎていたし、ちょっと行き過ぎた感もあるがそれが普通だ。
「まぁ…今はルナさんなんだし、温泉上がったらお酒飲んで美味しいもの食べて、忘れましょう!!」
「そ、そうね。せっかく居るんだから、楽しまないとねっ」
まだ先になるがイアンナとレオの信仰度計はもう満タンになった。いつでも天界へ招く事ができる。
レオに睨まれつつ「寿命より前に呼ぶな。あと”その時”は俺も一緒にしろ」と言われているが。
「ルルカ、リリカ!上がるよー」
「はぁい」
「え、もう?」
ピンクの髪色をお団子にした、緑の目のそっくりな双子の姉妹が泳いでやってくる。
「本当に、大きくなったわねぇ」
「早いわよ〜。レイナちゃんもあっという間よ」
レイナは温泉で温まったからか、少しウトウトしている。黒髪の毛先が黄金色で、目は空色。レオが溺愛してやまない可愛らしい女の子だ。
「ロイス君はおとなしいのね?」
「うん、こっちのほうが煩いくらい」
ルイスとシャルルの未子は、父に似た銀灰色の髪に青い目の子供だ。ロイスから見たお爺ちゃんになるエドワーズがとても喜んだのは言うまでもない。
彼女たちは知らないが、乙女ゲームの裏設定であったシャルルとその母マリーの、”遠縁に王族がいる”設定をなくそうとルーナがちょっと”いじった”結果だった。
「可愛いなぁ。子供、いいなぁ」
それ以外の遺伝は全くいじっていないのだが、やはり乙女ゲームの登場人物の子供たちだ。とても可愛らしく、将来が楽しみで仕方ない。
「ルナさんも結婚すればいいじゃないですか」
「えっ!?」
「そうねぇ。今はルナさんだものねぇ。…その体、人間ですよね?」
「え、えぇまぁ…」
地上へ降りるにあたり、一応体は人間仕様にしている。だが。
「考えたこと、なかったんだけど…」
着替えつつ呆然としていると、シャルルが苦笑している。
「普通、そーゆー事は考えないのかな?」
「他の方はともかく、ルナさんがそうしたいならそうしては?」
「!」
シャルルが「あーそれ言われたわ」と言っている。確かに自分はシャルルに加護を授けた時にそう伝えた。
では自分は?
「…この世界のルールはルナさんが決めていいんですよね?」
「もうここまで楽しんでるんだから、そのまま楽しんじゃえ!」
「何をー?」
脱衣所を走り回っていたルルカがやって来て母に飛びつく。
「恋愛よ!」
「!!!」
ルーナは目を見開く。
確かに自分は乙女ゲームの世界を模して、この世界を創り上げた。
それは生で見てみたいから、の他に…。
「やっぱ体験してこそ、経験が増えるってものよねー」
「それは同意するわ」
「ルナさん人気あるし、よりどりみどりっしょ」
「シャル、ルナさんにも選ぶ権利があるわよ…」
なんだかもう自分が恋愛をする前提で話をされている。
(神は神同士でするものと思ってたんだけど…)
だが例外はもちろんある。自分のように創った世界を愛しすぎて結婚しない者、創った生き物に恋した者もいる。
彼らには罰則はない。神の世界は他の世界に迷惑をかけない限り、自由なのだ。
(じゃ、じゃあ私は?)
今までは敷かれたレールの上を走っていたようなものだ。失敗して、目の前にいる人達に色々と修正してもらったりした。
その彼女たちが言うのだ。経験をしろ、と。
「……ちょ、ちょっと、頑張ってみようかな…」
研修中に恋愛はしなかった。特に禁止はされていないが、別れが辛そうとか勝手に想像して…また、仕事が忙しくて出来なかった。
だから乙女ゲームに嵌ってしまったのかもしれない。
「うん、それがいい!!よーし、私たちがここにいる間に決めてくださいよ!!」
「えっ」
「シャル、それは短すぎるわ」
彼らは1週間ほど滞在して領地へ帰ることになっている。
「いやいや、こういうのは勢いも大事っていうじゃない」
「そ、そうだけど…」
イアンナとシャルルが恋愛について話している間に、ルルカとリリカはルーナへ微笑みかける。
「ルナちゃん、好きな人いるのー?」
「誰?内緒で教えて!」
「えっ!?えっとぉ〜…」
気になっている人はいるのだが、なんだか口にするのが恥ずかしい。
(は、初めての気分だわ…)
「ルルカちゃんとリリカちゃんはいるの?」
話を反らすと彼女たちは顔を見合わせて言う。
「うん、お父さん!!」
「それは駄目!!ルイスは私のよ!!」
その途端にガッと首を回して即答するシャルルだ。
「ママの次は私と結婚するのよ」
「リリカが先だもん!」
「あんたたちは別の人見つけなさい!…あっ!こらーー!」
着替え終わった双子はあっかんべーをして脱衣所を飛び出していく。慌てたようにシャルルは追いかけていった。その姿はもう、美しく育ったヒロインではなく、オカンだ。
「…げ、元気な双子ね…」
「ふふ。とってもいい子たちですよね」
レイナはすっかりイアンナの胸の中で寝ている。その小さな体を山吹色の結界が包んでいた。
「ほんっとうに溺愛してるわね…」
見えない場所にも結界を張れるようになっている。
「ええ。お嫁に行く時どうなるのかしら?今から怖いです」
「ちょっとそれは…相手がかわいそうね…」
あの父親に勝てるくらいの人が来たら、それはもう勇者だろう。
(そんな人がこの先に生まれるのかしら?)
もしかしたら、そういう未来もあるのかもしれない。
自分で創った世界だが、ルーナはとてもワクワクした。
「あ、そうそう。今日の宴会にギルドから差し入れを頂いたの。ルナさんもたくさん飲んでね」
「え?ギルマスから?」
冒険者ギルドのギルドマスターは、自分がお酒大好きなのを知っている。
「そちらではなくて、商業ギルドのほう。ええと…ノワールさんだったかしら。副長の方」
「!」
「色々マメな方で、助かっているの」
「へ、へぇぇ、そうなんですね」
ノワールとは黒髪に青い目をした少し線の細い35歳の青年だ。
聖王国ルーナ時代に、駄目な国王たちに変わりなんとか国が潰れないように運営していた者の息子だったか。
国が滅亡し、父親はそれまでの疲れが出て一線を退いたが、彼が復興に関わってくれて本当に助かったのだ。
なにせ、外から来たイアンナたちには、有力者の名前すらも分からなかったから。
(ば、バレてないかな…?)
ほうぼうに顔のきく彼のことはもちろん知っているが、挨拶くらいで話したことはない。
ちょっと疲れ気味の表情が格好いいとか思っていたりする。
「今日、もしかしたらいらっしゃっているかも」
「エッ」
「あとで一緒に挨拶に行きましょうか。いつも良質な素材を持ってきてくれるルナさんと話してみたいって、以前言っていたの」
「!!」
同じ黒髪仲間だから気になるのねきっと、とイアンナは気がついた様子もなくニコニコしている。
(て、天然て恐ろしい)
イザベルが「利用するまでもない」と言うほど、彼女はサラリと何かをやってくれる。
「あ、嫌なら言ってね?」
「嫌じゃない、です。その、素材を高く買ってくれているみたいなので…」
「じゃあお酒を持っていきましょうね。ルナさんと同じで甘いものとお酒がお好きなようだから」
(そうなの!?ありがとうイアンナ!!)
我が子をあやしながら世間話のように彼の好物を教えてくれた。これはもう行くしかない、とルーナは決心する。
結果、ルーナは…いや、ルナはノワールからはにかみながら「以前から貴女が気になっていました」と告白を受けて、自分もそうだと勇気を出して伝えた。
そうして初めての恋愛を楽しみ、結婚をして子供を設け、様々なことを経験してまた空へと昇っていった。
出迎えたのは、自分より10年ほど前に天に召されて神様となったイアンナとレオだ。2人の容姿は18歳頃に戻っている。なお、チロルはたまに戻ってくるが相変わらず下界にいてチロル園で楽しんでいた。
「おかえりなさい。ルナさん」
おかえりといってもらえる人がいて、嬉しいルーナだ。
「ただいま…です。ここではルーナでお願いします…」
老婆から元の姿に変化した彼女は照れながら言う。
「どうだった?人間の人生は。面白いだろう?」
「そうね…大変なこともあったけれど、楽しかったわ…」
人間のルナとしての子供たちには孫も生まれて、これからもきっとしたたかに生きていくだろう。
なにせ商業ギルド長とチロル園の初代園長を勤めた夫との自慢の子孫なのだから。
「ほんと、イベントなんて駄目ね。無意味だわ!」
すっかり"ルナさん"の口調が板についてしまっているルーナだ。
「そうだぞ」
「レオ、もうそれはいいじゃないの」
困ったように笑いながら、イアンナがお茶を用意してくれる。
彼女たちは神となったが手作業だ。貢物がたくさんあるのでその中から選んでくれている。
「この世界は乙女ゲームと似て非なるもの、よ」
「似せたのはコイツだろうが…」
「でも、だから私たちは出会えたでしょう?」
「ぐっ」
魔族の崇める神でも、相変わらず愛した人には勝てないようだ。
ルーナは微笑む。
「乙女ゲームはもう卒業だわ。これからもずっと未知の世界だけれど…二人とも、よろしくね!」
「はい、もちろん。一人でやるのは大変だもの」
「アンが言うならしょうがないな…ん?」
チロルが窓からビューンとやってくる。
『ルーナが帰ってきたなら、お祝いするー?』
手にはたくさんのフルーツがある。もちろんツヤツヤした緑色のブドウも。どうやらバーグ領から持ってきたようだ。
ちなみにシャルルは野菜のおかげでまだ存命中だ。もう少しで天界へとやってくる彼女には、"農業の神"という役目が用意されている。
きっとこうして、この世界には神が増えていくのだろう。
「たまには羽目を外しましょうか、ルーナ」
「明日から忙しいから、それがいいだろう」
「えっ甘やかしてくれるの〜」
『今日だけならボクに寄りかかってもいいよ!』
殺風景だった自分の住処は暖かな家庭のようだ。もう少ししたら夫が天へ召されるから…神様権限でここへ連れてこようと考えている。きっと自分が神様だと知っても、変わらずに接してくれるだろう。
「ふふ、神っていう職業もまんざらではないわね」
ルーナはようやく神としての自覚を持ち、自分の創った世界を愛して末永く…仲間とともに世界を見守るのだった。
★★★
最後はおまけページでした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
m(_ _)m
悪役令嬢は聖女です 竹冬 ハジメ @reefsurk
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