第26話 悪役令嬢は聖女です

「ぬぅぅ…さすがはヒロインとタメ張るだけはありますね…」

「負け惜しみが凄いわよ、シャルル」

「でも、本当にきれいですわ…」

『ボクのパパとママだからね!当たり前だよ!』

 王都の大神殿で行われている聖女の結婚式。

 パイプオルガンの荘厳な音楽が流れる中、最前列でシャルル、イザベル、チロルを膝の上に乗せたメーアがコソコソと話していた。

 もちろんエレンもいるが、聖女推しの彼女はもう涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。その様子を背後の席から見ていたヘンリーが苦笑しつつ、新しいハンカチをエレンに風魔法で届けていた。

(不思議な髪色がすっかり溶け込んだわね…)

 イザベルは感慨深そうに女神像前のイアンナを見る。

 長い黒髪は背中まで伸びており、その先はもちろん美しい緋色。真珠色のエンパイアドレスにそれがとても良く映えていた。

 宝石のように美しい緋色の目は、同じように宝石のように美しい青い瞳を見つめている。

(良かったわ…)

 イザベルは、ほぅ、と息をつく。

 同い年だが初めて会った時はまだ可愛らしい令嬢だった。

 それがどうだろう、今では立派に聖女として努めてくれている。急な要請にも嫌な顔一つせず、チロルに乗ってやって来てくれていた。

(今回も…本当は領地で式を挙げたかったようだけど、申し訳ないわね)

 女神像の左にたたずみ新郎新婦を見守っているのは、ファールン国の国王であるアイザックとグレース王妃だ。領地で静かな式を、と望んでいた彼らにアイザック王が「頼むから王都で式をあげてくれ」と懇願したのだ。

 幼い頃から既に聖女にはレオという騎士がいて学園卒業後の結婚は秒読みと思われたのか、各国の王族からの「聖女の婚姻の儀はいつか」「式にはぜひ呼んで欲しい」という問い合わせが絶えず、外交のためにも呼ぶしかなかったためだ。

(過去の大神殿と完全に決別する事にもなる、と王妃様は仰っていたわね…)

 きっとそれはその通りになっただろう。

 新郎新婦が王宮から馬車に乗り大神殿とやってくるその道中、彼らをひと目見ようと平民たちは路上と屋根を埋め尽くしていた。聖女の式が行われる、ということで大神殿の掃除を子供たちが手伝ってくれたり、バザーでたくさん買い物をしてくれる商人もいたのだ。

 過去に誰も近寄らなかった場所が真逆になり、グレース王妃も安堵していることだろう。

(だからかしらね。騎士が多すぎるわ)

 聖魔獣チロルとレオ、国一番の魔道士ヘンリーと司祭エレンがいれば大抵の敵は排除できるが、アイザック王と騎士団長のユージンはまるで王と王妃の結婚式のように騎士団を配置した。

 参列者には王族がズラリと…国内の有力貴族、外国の王族から貴族まで、列席者は100人以上に登っているから仕方がないのかもしれない。

(外交は大成功ね。しばらくは周辺諸国もおとなしいでしょう)

 イザベルは女神像の右側に佇むハッセルバック公爵を見る。侯爵から公爵になった。というか、王と宰相により、そうされた。緊張しているようだが、目は真っ赤だ。

 きっと娘の花嫁姿に控え室で号泣したのだろう。傍らにいるオリビアも目元をうるませている。

(見れなかったはずのものが、見れたのだから当然ね…)

 おそらくイアンナの兄のデリクもそう思っているだろう。

 

”健やかなる時も、病める時も…”


(誓いの言葉だわ)

 なお、今回の結婚式も日本式だ。正確に言うと日本古来のものではないそうなのだが、ちょっと説明が難しいの、とイアンナは笑って話していた。


”愛することを誓いますか?”


 その言葉にレオとイアンナは目を見合わせて微笑み、二人で正面を向いて「はい」と返事をした。

 相変わらずイアンナには薄い山吹色の膜が張られている。女神の加護もあるというのに、信用していないらしい。


”では、誓いの口づけを”


(……)

 そっと触れるだけの口づけだ。

 1年後に自分もこの式を行うことになるのだが、少々気恥ずかしい。

 しかしイアンナとレオはとても幸せそうに微笑んでいる。彼らには周囲が見えているとは思えなかった。

(運命と言えば運命なのでしょうけれど…乗り越えたから今がある…)

 レオは魔王の器だった。それは間違いないだろう。

 奇しくも魔王の核を持つ少女に助けられ、別の道を辿ることになった。

 女神の采配、というよりはイアンナの性格のおかげだ。

(やっぱり、貴女は聖女なのよ…)

 ふふ、と微笑みイアンナを見ると目があった。

 照れたような微笑みを浮かべていて…そしてレオに一つ頷くと、スッと歩み寄ってきた。

「?」

 こんな予定はなかったはずだ。どうしたの?と視線を向けると手にしたブーケを手渡してきた。

「未来の、王妃様に」

「!」

 自分も、ヒロインが逆ハーレムルートを辿ると断罪されエレブルー公爵家は没落したという。

 フラグが折られ女神がイベントを白紙に戻した今、そのような事は起こらないのだが…聖女が現れてファールンは女神に愛された国と囁かれ、繋がりを持ちたいのか王女を差し出し婚姻を打診する国があるにはある。

 王子二人は既に婚約者が居ると断っているが、万が一、そのような事にならないために、各国の王族が居る前で知らしめるつもりなのだろうか。

 …と、一瞬の内に考えていたらイアンナがこっそりと伝えてきた。

「このお花、チロルとレオが取ってきてくれたの。安息効果があるから、後でお茶にして下さいね」

「!」

 そこはドライフラワーするのではないの、と思いつつ受け取る。

(こういうのを、マイペース、というのね)

 女神のペースに巻き込まれず、自分のペースを守ったからこその今。

 きっとこれからもその手を誰かに差し伸べるのだろう。 

「後日、皆で一緒にいただきましょう」

「はい!」

 ふわりと微笑むとイアンナはレオの元へ戻って行く。

 新郎新婦の退場に席を立って拍手をする。

「おめでとう!」

「お幸せに…」

 あまりにも自然に、幸せそうにしている彼らを見て列席者は一様に微笑んでいた。

「なんだか、みんな顔が緩んでますね」

「聖女効果かしら?」

「きっとそうです!」

 シャルルが周囲を見回しながら言うと、メーアが感心していてエレンも同意している。

 しかしイザベルは首を横に振った。

「いいえ、きっと…イアンナだから、よ」


◇◇◇


 その後のご令嬢たちは、相変わらず仲良くお茶会をしていた。

 今日は王都にあるエレブルー公爵家のタウンハウスにて、美しい庭で犬に囲まれながら女子会をしている。

「アンちゃんの結婚式、とっても素敵でした〜」

「そう?自分ではよくわからないけれど…ありがとう。今日のエレンの装いもとっても素敵よ」

「!…あ、ありがとうございますっ!」

 エレンは薄い水色の落ち着いたドレスを身に着けている。王族に仲間入りをし、父親となったオスカーからたくさん贈られたのだ。女性から見ても羨ましい体型をしているので、過保護な父からたくさんの護衛を付けられている。

 野菜サブレをいただきつつ、シャルルがたずねた。

「式をあげて、どんな気分です?」

「日本では独身だったから…そうね、嬉しかったわ」

 杏奈の父母は結婚についてとやかく言わない人だったが、”結婚してない”事がどこか心の中で引っかかっていたらしい。ホッとした気持ちになった心の一部にそれがある気がした。まぁ、日本に居る本体はどうしているかわからないが。

「ですよねーー。私は喪女だったから…なんか、隣に絶対的な人がいるっていうのが不思議だけど、安心しましたね」

 毎日のように耳が溶けそうな言葉を囁かれて未だにそれだけは慣れないが、愛されていると実感する。

(でも…あっちの自分は結婚してなさそうだな)

 推し活に満足してそう、とも思う。女神ルーナにそのうち訊いてみようと考えた。

「二人とも羨ましくって妬みそうだわ」

 幸せオーラを振りまく二人にメーアが苦笑しつつ言うと、エレンが申し訳なさそうにした。

「伸ばしちゃってすみません…」

 王子たちの結婚式に、エレンたちの式も追加することになったためだ。

 王弟と外務大臣の間で相当揉めたらしいが、宰相が間に入った結果、ヘンリーが婿入り、という事に落ち着いた。王子二人がしっかりと育ったから、アイザックのスペアだったオスカーは領地を貰って独立する事になったからだ。

 そこで急遽、王子たちの結婚式に追加されることとなり、準備が半年ほど伸びている。

「エレン、そこはいいのよ。質素にしなさいと指示したのにこっそり豪勢にしようとしていたようだから」

 結果、余裕があったはずの準備期間が短くなり準備を担当している者は自分で自分の首を締めていたのだが、エレンの式により期間が伸びて安堵していた。

「そうそう。追加はエレンのドレスくらいよ」

 メーアも笑顔で言う。参列者は変わらないからだ。

「やっぱり白なんですか?」

 この世界では、王侯貴族の結婚式でのドレスの色は不問だ。黒でもいいとされているくらい。

 シャルルは日本の文化を持ってきて白いドレスを仕立ててもらったのだが、かなり評判でバーグ領のチャペル付きホテルで挙げる式では貸衣装もやっているが白を選ぶ人が圧倒的に多い。

「ええ、白だけどデザインは違うわ」

 イザベルはマーメイド、メーアはプリンセス、エレンはエンパイアタイプだ。

 ちなみにイアンナがエンパイアタイプだったので、今でも王都で流行っている。

「楽しみだわ。3人ともきっと綺麗よ…」

 王子とその婚約者は、乙女ゲームに関連するだけあり美男美女揃い。メーアも王女だけありとても可愛らしい。

 国民たちはそれぞれ”推し”がいるとも言われている。

「私たちの花嫁姿が見たいのなら、アン、式には必ず戻ってきなさいね?」

「ええ、もちろんよ!」

 イアンナは最近、レオとチロルとともに聖王国があった土地へ頻繁に赴いている。

 デリクとシャルロッテに助言を受けて、国内外の商人たちに協力してもらい聖王国の宮殿に残された様々な調度品や贅沢品、そして城自体を解体して売り払い、元聖王国の国民への救援物資資金に充てている。

 メーアが心配そうにたずねた。

「まだ落ち着かなさそうなの?」

「うーん…落ち着いてはいるの。でも、どうやって生活を支えたらいいか分からなくて」

 国民へ無理な命令をしていた指導者が居なくなり、さながらブラック企業に勤めていた者たちも回復はしている。もう指導者は立てたくないと彼らは言っていたのだが、誰か纏める人がいないとやはり立ち行かないのだ。

「誘われたのではないの?」

「ええ、まぁ…」

 イアンナは当然、新聖王国の指導者になって下さいと一部の人たちに懇願されたのだが辞退をした。

 ”特別な自分”は一代限りなのだし、イザベルのような統治力もない。

「他の国が手に入れようと、攻めようとはしないんですねぇ」

「ええと、兄様が言うには”価値がない”のですって」

 季節は冬が殆どを占める北方の厳しい土地は、誰も要らないという。

 作物も育ちにくいし、そのため人も家畜も増えない。外から得た金が一箇所に集中していた貧乏な国だから魔石も買付け出来ず、冬に必要な薪を用意するだけでも一苦労だという。

「薪かぁ…それ大変そう」

「そもそも神官の修行場所なのだから、当たり前よ。ウチも要らないわねぇ」

 他の国からは、聖女を有するファールンが属国としては?と無責任に丸投げ同然で言われているのだが、アイザック王は「要らん」と言った。愛する王妃を殺害しようとした国に関わりたくないのが本音だ。

「うーん…雪国って言うと、綺麗な景色があるのに…」

 シャルルの頭の中は、会社の出張で行ったことのある青森のイメージだ。

「観光なんてものは、衣食住揃ったあとよ」

「そうなんですけど」

 バーグ領がいい例だ。住民が潤って余剰が出来たから、道を敷いて街を綺麗に出来たのだ。

「ソルナも北の方は寒いところがあるけれど…寒さに強い魔獣を持っていくのはどうかしら?」

「メーア、人が減っちゃいますよ!」

 なんてものを持っていくのだ、とシャルルが咎める。しかしイアンナは「なるほど」と呟いた。

「チロルがいるから、大抵の魔獣はおとなしくなるの。いい案かもしれないわ」

 感覚で強さが分かるのか、知性の低い魔獣はチロルを見るまでもなく逃げる。

 レオが聞いた所によると、言うことを聞かせることが出来る、とのことだった。

「家畜化するのね?」

「ええ。できるかも知れないわ。トナカイはいるのだけど数が少ないの。移動手段にも使っているし…家畜が増えるなら乱獲が減るもの」

「ま、魔獣を家畜に…」

 苦手なシャルルはちょっと遠い目をしていた。エレンはクスリと笑う。

「メーア様、ふわふわとか、モコモコした可愛いのいませんか?」

「ええっと…見た目だけならいるわ」

 顔は子豚風でそれ以外は羊のような外見だが、中々凶暴なのがいる。餌を求めて牧場を襲撃するので、彼女の国では頭の痛い魔獣だ。なお、その魔獣から取れる乳から作ったチーズは高級品である。

「じゃあその子たちを連れて行って…」

 そうすると羊毛と肉と乳が採れる。

「飼料は?」

「ジャガイモがどうかしらと思うのだけど、シャル?」

「あっはい。…うちの子なら丈夫だし寒いところでも平気かも。根菜類、いけそうですね」

 北海道をイメージして言うが、元聖王国はそれよりも更に北に位置するような土地だ。

「今は何があるのかしら」

「夏限定だけれど、ベリー系はとても美味しくて種類があるわ」

 夏にたくさん収穫して、煮詰めて保存食にするという。少しだけ採れる野菜は酢漬けが基本。

「川はないんですかね?」

 ベリーと聞いてフィンランドやノルウェーなどを想像し直したシャルルが訊くと、イアンナは答える。

「一応あるわ。でも、魚を取りたくても魔獣がいるから採れないと話していたの」

 白熊のような魔獣がいるのだ。成人男性くらいのサイズで、人は簡単に吹っ飛ばせる。

 罠などで狩る事が出来れば毛皮や肉はとてもよい素材になると聞いた。

 その情報を聞いてイザベルとメーアが同時に言う。

「あら。じゃあ冒険者ギルドを作って…素材を買い取らせればいいじゃないの。商人はたくさんいるのでしょう?初期投資すればすぐに回るわ」

「少しソルナの建国時に似てるわ!それなら、マーケットもいけるかもしれない」

 エレンが首を傾げた。

「マーケット?」

「ええ。ウチは牧畜の国だけれど、昔は魔獣だらけだったんですって。それを少しずつ家畜化して…地域ごとに違うから、年に2回ほど中央で巨大マーケットを開くのよ!」

 それ以外は地方でマーケットが常に開かれていて、他国からも買付にやってくる。

 ルイスに色々と教えてもらい商売っ気が出てきたシャルルが言う。

「ファーマーズマーケットですね!…いいなぁ。楽しそう」

 もう既に出来上がった像を思い浮かべているシャルルにイザベルが笑った。

「幸い通貨は大陸共通だものね。…ウチが提案して…聖女イアンナがいれば他の国も食いつくかしら」

「そういう役目なら喜んで」

「ソルナ国はお任せ下さい!お父様とお兄様に伝えて絶対に支援させます!」

 イザベル、イアンナ、メーアが予定表のごとく話し出すとエレンがそれを見ながらポツリという。

「…私も、行こうかな」

「エレン!?…いやいや、王族なんだしいいじゃんもう」

 幼い頃に苦労したのだから、悠々自適な暮らしをすればいいのにとシャルルが言うと、彼女は首を振る。

「王族だからって言えばいいのかな…」

 今までは何も責任なく自分たちの将来のために勉強して遊ぶ事が出来たが、王族となりそうもいかなくなった。

 数年後にはオスカーたちとともに領地へと行くが、ゆくゆくそこを運営するのはヘンリーと自分だ。

 ヘンリーは仕事で忙しいから今までと方向性の全く違う勉強をしている暇はないし、あまり向いていない気がする。だから自分がなんとかしないといけないな、と考え始めていたのだ。

「オスカー様には学園へ推薦していただいた恩もあるし…それに」

 エレンはイアンナを見る。

 彼女は聖女ではないと常々言っているが、自分と関係ない人の行く末を考える彼女はやはり特別だ。

 救われた恩を返したい。あわよくば始終一緒に居て行動を見ていたい。

(あー…エレンは聖女推しだからなぁ、止めても駄目そう)

 そうなるとヘンリーも一緒に行くだろう。4人が入れば無敵な気もする。いや、チロルがいるから魔獣なんて目じゃないだろう。

「…しょうがないな。野菜で支援するよ」

「うん!耕すのは得意だよ」

「いやいや、王女様が耕すって…地面が硬そうだからヘンリーにドカンって魔法で耕してもらいなよ」

 そこら辺はヘンリーとレオがいればすぐに開墾できそうだ。

 開墾後は、イアンナかエレンが住宅地に結界を張れば魔獣も入ってこない。

「あとは…冬の薪になりそうな植物は、そうだなぁ…ルーナ様に頼むか」

「そんな事できるの?」

「うん」

 実を言うと、最近バーグ領で育て始めた果実がそうだ。日本の果物が無性に食べたくなり、ルーナに相談したらあっさり「いいですよ」と言われて種を創ってくれた。

 もちろん貢物にとても甘くて美味しい日本の果物が上がったのは言うまでもない。

(たぶん、ルーナ様も食べたかったんだよね)

 貢物はきちんと食べてくれるし、割と食いしん坊だと思っている。

「この世界にない植物でも作れるからねー」

「すごい、女神様!」

「そりゃ凄いよ。世界創っちゃうくらいだし」

 日本に、煤も出ずゆっくり燃える木に変わる何かがあったはずだ。

(確か、キャンプでそういうのあったよね)

 自分はもうあちらの世界は見れないが、女神なら見れるだろう。参考にして新しい植物を造ってほしい。

「あら、なんの話?」

 だいたい話を纏め終わったイザベルが2人を見てたずねると、シャルルが説明する。

「なるほど、それはいいわね」

「気軽に頼んでしまっていいのかしら…?」

「そもそもお名前があった国をなんとかするのだから、良いのでは?」

 滅びた国の名前は聖王国ルーナなのだから。

「新しい呼び名が必要ねぇ」

 いつまでも元聖王国、というのも長すぎるし新しく生まれ変わろうとする場所にそぐわない。

「聖の広場イアンナってどうでしょうか!」

「そ、それはちょっと…」

「エレン、個人名は駄目だって。もうそのまんま、ファーマーズマーケットでいいんじゃないですか」

「マーケットが立ち上がったらそれでいいと思うけど、それまでは?」

「「「うーん…」」」

 聖地という名前はあまり使いたくない。

 4人は悩み、考えるのに飽きたシャルルが面倒臭そうに言った。

「公園でいいんじゃないです?もう。ちょっと大きいけど」

「公園?」

「ベル、日本には必ずあったものなの」

 普段は住民の憩いの場として、有事の際は避難所にもなる事を伝える。

「では、ルーナ公園といったところかしら?」

 ちょっとは責任をとってほしいとイザベルが名前を入れると、シャルルが渋い顔をする。

「女神様の名前入れると、また悪い人に利用されそうな気がしません?」

 はいはーいとエレンが手を挙げた。

「チロルちゃんの名前を使ったらどうでしょう!」

「チロル公園…聞いただけではなんだか分からない名前だけど、可愛いわねっ」

 メーアが賛成すると、イアンナがふふっと笑って訂正する。

「”公”がついていると少し変なので、チロル園ですね」

 あの場所はもうどこの国にも属していないのだ。

「……。でも、幼稚園みたいじゃない…?」

「これから育つ意味も込めて、ね!」

 ということで、元聖王国ルーナはチロル園という名前で仮に呼ばれる事になった。



「バーグ領は順調かしら?」

 チロル園の話が一段落をして、イザベルがシャルルへたずねる。

「はい!…伯爵家になったけれど、あまりかわりないですね」

 野菜を作り売ることには変わりない。それに昔から育てていた薬草と、最近加わった果物を広め始めたところだ。

 それ以外には、外国からの来賓がバーグ領の野菜を食べて虜になり…デリクとシャルロッテが販路査定に加わって外国にも輸出を開始している。

「お母様が、モモが食べたいからまた送って、と言うの」

 桃は色も可愛いしとても甘いので、貴族の女性に大人気だ。「食べた後の種を取っておいて、植えてしまったのよ!」とメーアが笑う。一国の王妃がそんな事をするほど、美味しいのだ。

「ふっふっふ。桃の次は皮ごと食べれる種のないブドウがありますからね〜、期待してて下さい!」

 日本のシャインマスカットの事だ。女神ルーナが大好きらしく、コレお願い!と託された。

「ふふ、アレね。ものすごく期待してしまうわ」

 杏奈も家族も大好きだった。給料日に奮発して買って帰ると英雄のような扱いになったものだ。

「えっ…アンも期待するくらい?そんなものがあったら…ソルナが破産しそう」

「大丈夫ですよ。そこまでたくさん育てられないので、たぶん国内限定です」

 バーグ領の特産はあくまで野菜だ。果物は秋冬の副業としたい。

「…私は食べられるけど、お母様が怖いから黙ってましょう…」

「そんなに?…うーん、まだ開拓していない土地があるからもう少し広げようかなぁ…」

 バーグ家は予告通り伯爵家となり未開の地域を任されたため、土地だけはたくさんある。

「資金が必要なら出資するわよ。儲かりそうだもの」

 イザベルがニヤリと笑いながら言う。

「ベル、税金上げないでくださいね!」

「ほほほ。金の卵を生む雌鳥を虐めるようなことはしなくてよ」

「ウチってカモネギだなぁ…」

「シャルちゃん、また変な言葉言う〜」

「どういう意味なのかしら?」

 シャルルはなぜかカモネギの説明をすることになった。イアンナはその様子を微笑みながら見ている。

(良かったわ…シャルルもすっかり馴染んだわね)

 2人だけでたまに会い、日本のことなどを話している。学生の頃の誘拐事件がある前までは、どこか現実感がなかったと彼女は言っていた。自分は特別だと考えていたから、ちょっと周囲から浮いてたと苦笑していた。

 同郷のシャルルが本来の貴族たる性格をしているイザベルとメーアに認められるのは嬉しい。

 ニコニコと微笑むイアンナをチラリと見つつ、シャルルが声を落とす。

「あの、いつもあんなんです?」

 彼女の周囲に山吹色の膜が見える。結界だ。

「そうよ」

 イザベルは澄まして答えた。

 メーアも肩をすくませて笑いながら言った。

「彼の愛が重いけど、アンったら気がついてないから…丁度いいのかもね」

 今居る場所からは見えないが、あちらからは見える範囲らしい。

「ヘンリーはそこまでやってくれないです」

「それが普通よ」

 四六時中見張られているようで落ち着かないわよ、とイザベルは苦笑する。

「どうしたの?」

「ええっと…レオはいつもこうなの?」

 イアンナは首を傾げた。

「こうって?」

 本当に気がついてないようだ。

 聞けば5才児の頃から一緒にいると言うし、レオの気配に慣れすぎているのかもしれない。

「過保護なのかと聞いているのよ」

 イザベルがわかりやすく言うと、イアンナは微笑む。

「いつも気にしてくれるのは、ありがたいことだわ」

 嫌味ではないらしい、感じたことをそのまま言っているようだ。

(ヒロインは魔王に束縛されるけども、悪役令嬢からの聖女は、魔王を虜にするってこと??)

「……なんかもう、負けるわ」

 シャルルが呆れると、イザベルも笑った。

「そうでしょう?勝てる気がしないのよ」

「アンちゃんは聖女様ですから」

「私もジェシーを虜にして、たくさん愛してもらわないと!」

 メーアが意気込むとイアンナも同調しふわりと微笑んだ。

「ええ。みんなで、幸せに、なりましょうね」

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