第25話 幸せなヒロイン

 シャルルの結婚式当日。

 支度を終えた花嫁を、イザベル、イアンナ、メーアが取り囲んでいた。

「とても綺麗よ、シャルル」

「ヒロインだから顔だけはいいものね」

「わたくしも早くこちらの国へ来たいわぁ」

 その言葉にシャルルが憤慨する。

「ちょっとちょっと!褒めてくれたのアンだけじゃないですか!」

「そんな事はないわよ?ドレス素晴らしいわね」

 昔から貴族のドレスを扱うクロス商会が素材と針子に金をつぎ込んだだけはある。

 プリンセスラインのふんわりとした、レースが重ねられた美しいものだ。

「いや、こういう日は花嫁を褒めるもんでしょう!!特にベル!!」

「ごめんなさいね。こちらの式は本当に面倒で羨ましくて」

 イザベルは「ほほほ」と悪びれもせずに扇の内側で笑っている。

「あー…それは仕方ないでしょう、二人とも王子妃なんですから」

 そんなものと比べないでほしい。こちとら地方領主の娘なのだ。

(…で、良かった〜)

 王族の結婚式の準備について素材面で手伝っているが、式は年単位で先だというのにしょっちゅう野菜の注文数が変わったりしている。バーグ家は用意する側だから良いが、企画する側は大変だ。きっと上が無茶振りしているのだろうと考えてしまう。

「でも規模は過去のものより縮小するのですよね?」

 そう訊いたのはやはり準備を手伝っているイアンナだ。レオと聖魔獣チロルとともに”悪しき心”を主に取り締まっている。ハッセルバック侯爵とデリクは来賓対応だ。

「ええ、そのつもり。でも、臣下や…仕事を託している平民の方々が張り切ってしまっていて」

 ドレスも宝石や金銀糸をあまり使わないように、と言っているにも関わらず、生涯一度のことなのだから!と寄付までされる始末。

 イアンナはふふ、と微笑む。

「皆、ベルに期待しているのよ」

「ウィリーがやっぱりどこか頼りないせいかしら?」

 ウィリーとは婚約者のウィリアム王太子のことだ。将来の国王にも辛辣である。

「アンがフラグ折ってくれたんですから、そんな事ないですよ。ゲームと比べたら月とスッポンですよ!」

 父が疎かにしていた外交に力を入れていて、鍛錬も欠かさない。だが、ダニエルとともに王宮で飼っている軍用犬ではない犬と遊んでいたりもする。まだまだ子供っぽい、と思うイザベルだ。

「まぁそうね。及第点といったところかしら?」

「王太子にそこまで言えるなんて、さすがはグレース王妃様に瓜二つと言われるベルね…」

 メーアは隣国であるソルナの第二王女だ。牧畜の国で、国風がのんびりしているせいかメーアも穏やかだ。同じ王子妃となるが、イザベルをとても尊敬している。

「あら、逆に誰かが言わないと誰も言えないのよ?いつまでも王妃様が言うのも変でしょう。ならば、わたくしが厳しいことの一つや二つ、言わないと」

「そういう考えが出てくる時点で、グレース様と同じなんですよ…」

 シャルルが呆れたように言うと、ベルはより一層笑った。幼少期から比べてよく笑う子になったと、エレブルー公爵夫人は彼女の友人たちに感謝していたりもする。

「さぁ、そろそろかしら?」

「ルイス様を焦らす役は大変だわ」

「…よくいいますよ」

 たぶん扉の向こうでレオが慰めていることだろう。

「チロルは?」

「レオのところにいるわ。あの子、段々と男の子っぽくなってきたから…女性だけの場は駄目だって連れて行かれてしまって」

 <ヒカコイ>では中性的で性別がなかったのだが、男性である魔王の魂が混じったせいなのか、そういう傾向が出てきている。男性たちとパワフルに遊ぶのも楽しいが、女性たちに囲まれて撫でられるのも好きだ。

「息子がデレデレしてるのを見たくないんですかねぇ」

「たぶんそうね。女性には人気だから」

 どこか遠い存在だと思っていた聖魔獣が愛らしいのだ。それは仕方ないと思うのだが、レオは「ゲームの魔王のように他人の恋人に手を出す節操のない男は駄目だ」と言い、教育している途中である。

(自分がそうなるはずだったから…余計にそういう行動してほしくないんだろうなー)

 とシャルルは思ったが、口には出さなかった。

「それじゃあ、皆さんは貴賓席へ行って下さい!」

 何故か花嫁のシャルルが皆を追い立てる。

「ええ、絨毯はゆっくり歩いてね。大丈夫でしょうけど」

「転んだとしてもルイスが支えるでしょう?気にしなくていいと思うわ」

「ルイス様、逞しくなりましたものね」

「ちょっとちょっと、転ぶ前提にしないで下さい!」

 最後までにぎやかな女性陣を追い出し終わると、ホッと息を付くシャルルの前にルイスが現れる。

「ごめんて」

 なんとも言えない顔にそう言うとルイスは笑う。

「突撃しようと思ったよ」

 メーアの言ったとおり、本当にたくましくなった。攻略対象の一人、騎士団長の息子ジャックに負けず劣らずの体型をしている。

 卒業後に社会勉強と称しバーグ家へ泊まり、日々鍬を握り、農園を飛び回り、兵士に混じって鍛錬もしていたからだろう。中型の魔獣くらいなら一人で倒せる腕にもなった。

(騎士っぽい服が似合うなぁ…ベルがデザインしたんだっけ)

 ルイスは少し青みがかった落ち着いた銀色の、騎士の服のような装飾の付いた衣装を身に着けている。

 儀礼用の剣も腰に吊るしていた。

「…なんだって?」

 腰に手を回して服が乱れないように抱きしめながら、ルイスが訊いてくる。

(くっ…)

 未だに率直な感想が言えていない。そろそろ慣れないの?とエレンからは言われているが。

(慣れないもんは慣れないけど)

 今日は特別な日だ。流石に言わないと、と思う。

「か」

「か?」

「格好いいです…」

 顔を赤くしてうつむき気味に伝えると、ルイスは満面の笑みでベールをかけた頭にそっとキスをしてくれた。

「ありがとう。美しい花嫁さん」

「う…はい…」

 本当に溺愛コースは日本人に向かない、と火照った顔で考えるシャルルなのだった。



 新しい神殿のお披露目も兼ねた式は厳かに執り行われていたのだが。

(あれ?これって…)

 神父様の言葉が「健やかなる時も病める時も…」と始まったのを聞いて、日本と同じなんだなと思った。

 指輪の交換、そして誓いの口づけも全て日本で列席したことのある式と同じだ。

 そして。

「さぁ、お披露目とブーケトスだよ、シャルル」

「へぁ?」

 思わず間抜けな声が出てしまった。白いバージンロードを歩いて重厚な扉から外に出ると、講堂には入りきれない平民たちが揃ってお祝いの言葉を叫んでくれている。

「……!」

「シャルルの晴れ姿を見たいって言っていてね」

「みんな…」

 見慣れた人々を見ると涙腺が緩んでくる。

 少しすると、講堂にいたはずの貴族女性たちもぞろぞろと出てきた。

「??」

「ブーケトスだよ。…ニホンであったんだろう?」

「!」

「イアンナ様が色々と教えてくれたんだ。きっと馴染みがあるだろうって」

 確かにそのおかげで式では緊張しないで済んだ。指輪も仕事の邪魔にならないためなのかシンプルなものと大振りな石がついたものと二つをつけていた。

 この世界はそういうものなのかなと思っていたが、片方は普段使い用で、片方は夜会用と教えてくれる。

「……アンったら…」

「いい友達を持ったな」

「うん」

 日本の事は彼女としか話せない。時折無性に寂しくなり、手紙で愚痴ると翌日にはチロルに乗ってやって来てくれる。転生前の年齢が上なだけあり、なんとも頼もしいお姉さんだった。

(あれ、アンもいる)

 ブーケトスを待ち構える中には、イアンナもいるが。

「はは、前に出されてる」

「他の人がって思ってる顔ねぇ」

 レオという相手がもういるのだ。式はまだ挙げていないがもう婚姻届は出しているらしい。

 聖女としてのイアンナを狙う人たちは国内外含めてたくさんいるから仕方ない。

「…ん?」

 なぜか空から花びらが降ってきている。

 そんな事をしそうというか、出来るのはあの二人だけだ。

「エレン!ヘンリー!」

 空に向かって手を振ると、銀の箒に乗ったヘンリーが背中にエレンを乗せて滑空している。

 そのエレンは花びらを大量に入れた背負いかごを背負い、撒いていた。

「間に合ったよ〜シャルちゃん〜!!すっごい綺麗ー!!」

「おめでとー!!」

「「ありがとう!!」」

 二人でお礼を言うと、そのままクルクルと上空を旋回して花を撒き散らしてくれる。

 とても甘い香りの、白いプルメリアのような花だ。

「さ、シャルル。行くぞ」

「ん?ルイスも投げるの?」

「俺もやりたいって言ったらイアンナ様に笑われたけどな」

 なんでも君と一緒にやりたい、と言われれば赤くなるしかない。

「よーし、じゃあどこまで投げれるか競争よ!」

「いや、そうじゃない」

 ルイスはツッコミをいれつつ顔を見合わせて笑うと、「せーの」と声を合わせてブーケを投げる。

「あ!」

 それは空に居たヘンリーの風魔法ー花を散らせるために使っていた風に巻き込まれ上空へ駆け上り、そしてゆっくりと落ちて…とある二人の手の中へと収まる。

 わぁっ!と声が上がった。

「勝負にはならなかったな」

「えっと…誰のとこ?」

 シャルルがワイワイしている二箇所をじっと見ていると、いつの間にかそこにいたのは。

「シャーリー!?」

 白い可愛いブーケをシャルロッテが驚いた顔で持っていた。真っ赤になっている。

「おや、珍しい」

 こういう席では絶対に出てこないのだが。居ても、目立たぬように端っこに寄っていただろう。

「隣はデリク様か。…なんだかもう嫁に行った感がすごい」

「本当に…」

 周囲をそれとなく牽制してシャルロッテのことを護ってくれている。既に夫のような貫禄だ。

 昨日イザベルに呼び出されて聞いたが、フリーである彼女は国内外からとんでもない数で目をつけられていたという。「下手な所に出したら人質になっていたわね」と言われて父と青くなった。「それくらいあなたたちが成した事は凄いのよ?自覚なさいね」と言われて本当に勝てない相手だ、と思ってしまった。

「で、もう一人は…。ははぁ、なるほど」

「何がなるほどよ?」

「ほぼ最後尾と言っていい場所に居たのにあそこまで飛んだってことは、きちんと式を挙げなさいという女神様の言葉だろうな」

「だから誰…あ、父様じゃない!」

 もう一つの白いブーケを受け取ったのは、なんとバーグ領当主のエドワーズだった。

 エドワーズは驚きすぎていて、隣でマリーが苦笑している。

 周囲で屋敷の使用人たちが笑いながら彼の肩を叩いていた。

「なるほどねぇ…」

 エドワーズとマリーは婚姻届けを出したが式は挙げていない。後妻ということ、しばらく静養していたこと、マリーが平民ということもあり、二人が自分たちでそう決めたと言っていたのだが、屋敷の使用人たちは働き者で優しい女主人が大好きで、式を挙げましょうよと散々言っていたのだ。

(あ、ルーナ様)

 妙に体毛が光っている黒銀の猫が最後尾を通り過ぎていった。

 目はもちろんオッドアイで…彼女がこの世界を楽しむ時の姿だ。尻尾をゆらゆら揺らしていた。

 この事は乙女ゲームを知る者にも内緒で、シャルルとイアンナしか知らない。が、レオは気がついたようで睨みつけていたし、イザベルはちょっと呆れた顔をしていた。

「それじゃ、もう少ししたらまた結婚式ね!」

「ああ、準備は任せろ」

 こうして賑やかな日本ぽい結婚式は滞り無く終わり、その後はバーグ領のチャペル付きホテルで異国風の結婚式の申込みが殺到したのだった。


★★★


(もう少し、日本の文化を混ぜればよかったのかしら?)

 女神ルーナは神殿の一室…彼女専用の部屋でくつろいでいた。

 今日は晩餐の時間にとても美味しそうな野菜が盛りだくさんの、調理済みの料理が貢物として上がったのだ。

 上機嫌でお酒とともに頂いている。

(この中つ国…ファールンが良くなったから、周辺諸国も穏やかになったわね)

 アイザック王とグレース王妃が収める国は大陸のど真ん中に位置している。

 乙女ゲームの舞台となるし特別な国だと意識してそうしたのだが、結果的に他国の仲を取り持つように機能していた。

 どこか一国が強ければいいのかと思っていたのだが、そうではなかった。

 本当に、人間は御し難い。

(でも今は…見ていて楽しいわ)

 そう思える状況に軌道修正してくれたイアンナには感謝しかないし、新しい野菜や今までにない文化を広めてくれたシャルルはとても頼もしい。そして異国の記憶など何もないのに様々なことを調整してくれるイザベルには頭が上がらない。

(イザベル…あの子、人間よね…?)

 今となっては申し訳ないのだが、亡くなる予定だからと思いグレース王妃はスペックを高くした。そしてイザベルは将来王妃になる予定の人なのだから、と彼女とほぼ同じスペックにした。ただの人よりは抜きん出ているのは当然なのだが。

(人は環境が育てると言うけれど、本当にそうなのね…)

 ゲームではイザベルという公爵令嬢は課金後のウィリアム王太子攻略ルートに出てくる障害で、冷たく人間味のない令嬢なのだが、グレース王妃が亡くならなかったためきちんとした王妃教育が成された。

 複数人の大人による思惑の絡んだ教育ではなく、王妃として、一人の女性としての心ある教育だったのだ。

 そして高い能力をフラグ折りに使い結果が出たことで、変わらないはずだった世の中を冷めきった目で見ることもなかった。

(イアンナとシャルル、面白いものね)

 魔王はいなくなり悪役令嬢が聖女となり、聖魔獣チロルが誕生しヒロインは准聖女となる…乙女ゲームのシナリオは良い意味で破綻した。

 そして庶子の血が流れているシャルルが王族に認められる事で、「やれば評価してもらえる」という風潮が国内に広まっている。益々発展しそうなファールン国だ。

(次は何をしてくれるのかしら?)

 少し前までは現状に落ち込み、寝て起きて十数年経っても変わらない世界にため息を漏らしていた。

 それが今は、自分と世界を同期してまでゆっくりと過ごしている。

(そうしないと彼女たちの活躍が見れないわ!)

 信仰度計は7割近くになっている。もう少し上げて程よいとされる8割をキープしたいところだが。

(あの国…いえ、もう国ではないわね。どうにかしないと)

 かつて自分の名前が冠されていた、名ばかりの聖王国のことだ。

 いや、元はとても清貧な修行の場であったはずなのだが。

 何百年前かの魔王誕生時の瘴気にあてられて悪い気を起こした人間が、彼らを見て「金になる」と考えたのが発端だった。一介の商人に過ぎない男は野望を持ち、神官たちを利用した。

(身から出た錆よね…)

 乙女ゲームの設定そのままに魔王を作ったのがいけなかった。

 魔王ではないが、ある意味、その人間も裏の魔王たるのかもしれない。なにせ、聖王国ルーナの初代国王なのだから。

 彼自身や子孫は暗殺されて玉座を取って代わられたりしたからもういない。なんとも血なまぐさい玉座だ。聖女や勇者に封印・倒される魔王よりもたちが悪い。

(でも…手出しは止めましょう)

 神託を出すのはもう余程の事がない限り、駄目だ。

(きっとなんとかしてくれる)

 人から見たら丸投げだろうが、色々手を出しすぎて状況を悪化させた前科がある。

 今はイアンナが気にしていてくれているのだ。困ったことが発生し頼ってもらえたら手を出せばいい。

 その代わりと言ってはなんだが、万が一、矢が魔法弾が…魔獣に襲われたり自然災害に巻き込まれても死なない程度のとても強い加護をイアンナにつけてある。

(他の人が英雄に加護を与え、神にする理由がわかったわ…)

 彼女の言う人とは、神のことだ。誰も皆、正解が分からず…一緒に悩んでくれる仲間が欲しいのだと気がつく。

(まぁ、彼女が来るのは当分先でしょうけど)

 世界と同期を取ったため、自分の時間もゆっくりになっているがこれからの果てしない時間の中から見れば一瞬のことだろう。

 ルーナは空になったお皿を重ねて置き「ごちそうさま」と言いながら手を合わせ、天界へと一瞬で戻る。

 金の砂がサラサラと流れる大きな試験管のような信仰度計の隣に、小さな2つの信仰計が存在していた。片方は黒と緋色、もう片方は黄金の砂が流れている。それを見てルーナは順調だなと微笑んだ。

 ちなみに二人とも何かに気がついた魔族たちからも崇められている。

 魔王が顕現すれば自分たちは己の意思に関係なく従わなければならない。それがなくなり、女神ルーナそっちのけで感謝の意を込めて祈りを捧げられているのだ。もちろん聖魔獣チロルも信仰の対象だ。

『そうだったわ、魔族に対しても何か…。うーん、…もう少し我慢しましょうか…』

 魔族には「もう魔王は二度と顕現しない」と既に伝えてある。

 亜空間に住む魔族たちは、人から生み出される魔王や魔王を生み出してしまう人の世界を恐れて今まであまり人間の世界へ来ていなかった。が、本当はお互いに興味津々なのだ。

 きっとそこはイザベルが何かしてくれるだろう。

『!…そうね、彼女にも加護をつけなくっちゃ』

 今居なくなっては困る王妃グレースには既に加護をつけてある。

 イザベルからは「余計なことを」と嫌な顔をされそうだが、期待の意味も込めてエイッと手を振った。


◇◇◇


「!!??」

 ふわり、とイザベルの髪が舞い体が発光し、晩餐後の談笑をしていた皆が驚く。

 レオは呆れつつ直ぐに伝えた。

「女神ルーナの加護がついたな」

 イアンナとオリビアに加護がつくのを間近で見たことがあるのだ。

「さすがは自慢の婚約者だ」

「殿下、心にも思っていない事を言わないでくださいまし」

「いや、加護を持って当然だと…本当に思っているよ」

 ウィリアムは笑顔だ。しかしイザベルは渋い顔をしている。気持ちは分かる、とレオはウンウンと頷いていた。

「今までの功績でしょう」

 イアンナが嬉しそうに言うが、イザベルは疑わしい顔を向けた。

「…そうかしら」

「すごいわ、さすがイザベル様!」

 ジョシュアの隣でメーアも喜んでいるがイザベルはため息をつく。

「…これ以上、何をさせるのかしら?」

「自然体でいいらしいですよ」

 シャルルが苦笑しつつ教えた。女神は世界を静観すると言っていたから、きっと”何かしてくれそう”な人に死んでもらいたくないのだ。当然、シャルルも加護持ちである。ある日、畑のど真ん中で体が光り輝いたのだ。

 つい「もうヒロインじゃないのに、なんかしなくちゃいけないの!?」と叫んだが、女神からは「あなたのしたいようにして下さい」と言われている。

 それを聞いて「どっかの悪神みたい」と思ったのは内緒だ。

「ならいいわ。見えない鎧がついたと思えばいいのね?」

「はい」

「姉さんの加護は凄いぞ!この前うっかり魔弾が当たりそうになって消えたからな!」

 というのはヘンリーだ。兄弟にあこがれていた彼はレオを兄貴と、イアンナを姉さんと呼んでいた。

「ちょっとちょっと、どういう状況よそれ」

「レオさんと打ち合いしてたの。私たちは見学してて」

 エレンが、王宮の騎士団の練兵場で2人が魔法の打ち合いをしていたと教えてくれる。

 白熱しすぎて流れ弾があちこちに飛んでしまったのだが、壁の結界に当たったのは爆発したくせにイアンナに迫った魔弾は霞のように消えてしまった。

「しかも魔力に戻って、チロルが吸収したんだよ」

『美味しかったよ?』

 悪びれもせずにチロルはイアンナの膝の上でお腹をさすっている。もちろん、晩餐で食べすぎたためだ。

「どっかの国が攻めてきたら、加護持ちとチロルを前面に置けば無敵だと思うんだ」

「ヘンリー!」

 エレンが彼の頭にげんこつを落とす。

「でもまぁ、その通りね」

「騎士の損害が少なそうです」

 イザベルとイアンナが平然と言うので、シャルルがツッコミを入れる。

「使い方間違ってますよ!…だいたい、私は嫌ですからね」

 戦場となると確実に血が流れる場所だ。見たら即刻倒れる自信がある。

「大丈夫だ。俺が護るから」

 と旦那様に言われた花嫁はもちろん真っ赤だ。

「相変わらず甘〜い」

 エレンがニコニコしながら言うと、更に真っ赤になりルイスとソファの隙間に顔を埋めてしまう。

「貴女、本当に逆ハーしようとしてた人なの?」

「それは言わないで下さい…」

「そうですよ。彼女は今溺愛ルートで幸せなのですから、イザベル様」

「ちょっ…それもやめて…」

 溺愛という単語を聞いただけでも恥ずかしい。

「そう言えば新たに生まれたカップルの方たちは?」

 メーアが室内を見回すが、デリクとシャルロッテはいない。

「書庫で、外交対策を練っているそうなの。邪魔をしては悪いから、そっとしているのよ」

「もう夫婦みたいな感じだ。あれは入り込めない」

「ふふ、収まるところに収まったと言うところね」

 イアンナとレオが言うと、イザベルは満足そうに微笑む。ちなみに兄のダニエルは式と晩餐に出席して王都へトンボ帰りしている。妹の式の準備で忙しいのだと理由をつけていたが、犬が恋しいんだろうなとレオは思っている。

「…ダニエルは?良かったのか?」

 レオが真剣な顔をして見てくるが、イザベルは一笑に付した。

「犬好きな令嬢が目標なのよ。一緒に世話をしてくれる人がいいそうよ」

 もちろん物理的にだ。そんな令嬢がいるのかと皆は思うが、シャルルのような土いじりをする地方領主の娘なら期待がもてるかもしれない。

「…地方に行った時にそれとなく見ておくよ」

「ええ、お願いね。見つからなくてもいいけど」

 身も蓋もない話をしていると、イアンナが首を傾げる。

「そういえば、ジャック様は?」

 気配を殺しすぎて影が薄いジャックは、乙女ゲームの笑顔ばかりの脳筋男から180度変わっている。今日ももちろん来ているのだが、談笑に参加せずサロンの廊下で見張っている。

 気軽に近寄れない雰囲気を醸し出し過ぎていて、貴族女性から全くモテない。

「先日地方で起きたスタンピードの時に出会ったとかいう、冒険者の女性の事をやたらと気にしていたという報告だから…うまくいけば纏まるかしらね」

「え!?そんな人いたか…?」

 同じ場にいたレオは気が付かなかったらしい。

「しかも伯爵令嬢なのですって。物凄いお転婆ね」

 一部界隈では有名らしい。

「それは、すごいな…」

 スタンピード対応が出来る冒険者は当然のように実力がある。それが伯爵令嬢だとは。

 そう言えばやたらとすばしっこい、軽鎧を身に着けた優男がいたなぁと思い出す。髪が短かったから男だと決めつけていたが、顔は中性的だった。魔法と軽いレイピアを使っていたから、もしかしたら女性かもしれない。

「はい、その話はもう終わりでーす!」

 ルイスの背後から復活したシャルルが手をパンと打つと話を打ち切る。

 乙女ゲームの事はヘンリーとエレンには話していないのだ。

「ではシャルル、子供は何人の予定なの?」

「ぶはっ!」

 イザベルがニコリと笑いつつ言うとシャルルは吹き出した。ルイスは真面目に答える。

「そうだな、最低3人は欲しいですね」

「おっふぁ!?」

「バーグ領って広いからもっといけるんじゃねぇの?」

「5人くらい大丈夫そう」

「…だってシャルル。どうだ?」

「ぅえっ!?………っ!!」

(そうだ、忘れてた。今日って結婚式で…)

 その夜は当然、”初夜”とかいうものに分類される。

「ひぃやぁぁぁぁぁ!!!もうムリーーーーーー!!」

 皆から笑顔の目線を向けられた花嫁は顔を真っ赤にして、脱兎のごとく部屋から飛び出していったのだった。

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