第22話 星祭り

(どっと疲れた…)

 女神と話したのは数分だが、現実に戻ってくるときに"何もないですよー"と装うのが大変だった。

 当然、エレンとルイスは気が付いて「大丈夫?」と訊いてくれたが「大丈夫」と答えるしかなかった。

(女神ルーナと話したって言っても、イアンナみたいに加護もないし誰も信じないよねぇ)

 別の意味で「大丈夫?」と心配されそうだ。

(後で…神殿建てる時に夢で見たって、前みたいに言おう)

「店に行こーぜ!オレ、肉がいい」

「食べざかりだな…と言いつつ、俺も」

「ハイハイ。…エレンは?」

「うーん…チョコバナナといちご飴と綿菓子とたこ焼きと焼きそば!!あ、あとかき氷!」

「食べ切れんの!?」

(てか、なんなの、その日本の出店のオンパレードは!!)

 今なら分かる。女神ルーナは研修先の日本文化に嵌ってしまったのだと。

「一通り買って…ウチで食うか?」

「あ、それいいわ」

 ルイスの家なら広いし危険もない。

(エレンがだいぶ…育ってきてるからちょっと危ないんだよね)

 自分は清楚系のヒロインのため控えめな凹凸だが、エレンは汚職神官に目をつけられていただけあり、女性でも羨む体型になりつつある。3年生になる頃にはとんでもない状態になっていそうだ。

「じゃあ、二手に分かれるか」

「え。…お前たち、大丈夫か?今日は人が多いけど」

 お金を受け取りつつヘンリーが心配そうに見てくる。

 ヘンリーとエレンは二人で攻守双方バッチリ出来るが、ルイスとシャルルのスキルは少々偏っているからかもしれない。

「大丈夫だ。ガードベルも持ってる。あ、ちゃんと持ってるよな?」

 ガードベルというのは、エレンのためにシャルルがルイスに頼んで作った防犯ベルの事だ。

 痴漢などにあった際、ガードベルに魔力を流すだけで結界が発動してなおかつ、物凄い音がするようになっている。クロス商会で商品化されていて、平民でも女性は大抵持っていて貴族用の物は指定した魔法が発動するようにもなっていた。

「持ってる持ってる!」

「これに頼る前に撃退してやらぁ」

 何故かヘンリーはガードベルに負けず嫌いを発揮していた。

「頼もしい。それじゃあ…日が沈む前にウチに来いよ?」

「おう!」

「うん!あとでねー」

 二人と分かれると、早速ルイスはシャルルの手を取り歩き始める。

 久々に二人きりな上に、女神との対話を思い出して恥ずかしくなってきたシャルルが早口で言う。

「…ガードベル、儲かってる?」

「ああ、ありがとうな。父さんも、考え直していたよ」

 貴族向けのドレスや小物の販売専門店だったが、そのせいで罠に嵌められ一度没落しかけた。

 幅広く商品を扱うのは大変だが、安心材料にもなるという。しかも平民と貴族両方の視点を持つシャルルが発案したものは確実に儲かるのだ。

「平民向けの商品をもっと増やそうって言ってたよ」

「まぁねぇ。一回の金額がデカいのは貴族だけど、平民のほうが山程いるからねぇ」

 特に女性が気になるような商品を出せば、口コミで広まるし家族にも使ってもらえる。

 ガードベルがいい例だ。子供に持たせる親も多い。

「他に欲しいものはあるか?」

「スマホ」

「…それはまだ無理だ…」

 以前訊かれた時に真っ先に口を出た単語だ。

 時計・スケジュール管理・通話・メッセージのやりとり等々いろんなことが出来る板と説明したら、とんでもなく高額になると言われた。少なくとも高位貴族くらいでないと払えない額らしい。

「せめてメッセージかなぁ」

「一言記憶させるだけなら、出来るかもしれないが…」

 魔石はエネルギー源でもあるが、”入れられる”魔道具でもある。付与魔法そのものをつけた魔石なら、話した言葉を記憶させることが出来そうだとルイスは言う。

「!」

 ハッと気がついてルイスはシャルルを見た。

 そしてニヤリと笑う。

「な、なによ?」

「実験が成功したら、教える」

「そうなの?それじゃ待ってる」

 自分を信用しているからなのか、シャルルはこういう時突っ込んでこない。

 今日戻ったらすぐに作ってみよう!と思いつつルイスは彼女の手を引いて露店巡りをする。

「べっこう飴もあるんだなぁ」

「ん?食べたいか?」

「んー、うん」

 ルイスは直ぐに買い求め木の棒に飴をくっつけたものをシャルルに手渡すと、それ以外をマジックバックに入れた。もちろん、ヘンリーにも手渡してある。

 舐めようとした飴をシャルルはしげしげと眺めた。

「これ…聖魔獣チロル?」

「そうみたいだな」

 ルイスも苦笑するぐらい、適当だ。知らない人が見たらウサギだと思うだろう。

「あ、あれ」

「ん?あー…早いな…」

 チロルの耳のようなカチューシャを付けた子供が母親に手を引かれて歩いている。

 ルイスの家でも商品を作ろうとしているが、まだ許可がおりてない。

「無許可でもいいの?」

「やったもん勝ちってのはあるが、儲けたぶんあとで罰金取られるからウチはやらない」

 商売は信用第一だ。そこら辺がクロス商会が成功している秘訣なのだろう。

「あ、カステラ焼きもチロルだ」

「はは!もう型を作ったのか〜早すぎるな!」

 商魂たくましいと商人の息子が言うくらい、浸透が早い。

(意外とミーハーだなぁ)

 それならアイドル業も儲かりそうだと一瞬思ってしまった。

 男性は攻略対象者たち、女性はイザベル、イアンナ、自分、エレンが思い浮かんだのは内緒だ。

「よし、けっこう買ったな!」

「被ってる気がするけど」

「置いておけばみんなも食べるよ」

 みんな、というのは使用人のことだ。ルイスは次男だからか彼らと距離が近く、仲間のような雰囲気で接している。

(きっとウチでもそうなんだろうな)

 ウチ、というのはバーグ領のことだ。

 ルイスが農民たちと仲良く話をしている像を思い浮かべて、その隣には当然自分がいて…顔が赤くなる。

「…バーグ領の人は、どんな感じなんだ?」

「!…ええと、のんびりしてるっていうか、たくましいっていうか…」

 考えていたことを見透かされたような気がして、早口で言うとルイスは微笑む。

「シャルルに似てるんだな、じゃあ大丈夫だ」

「どこが?」

 自分はせっかちだし、弱いと思っているのだが。

「花みたいだな、と思うんだ」

「?」

 じゃあ弱いじゃん、と思うがルイスは微笑む。

「育てるのは大変で花が咲いたら嬉しいけど、風が吹けば花は散ってしまう。それでもまた花を咲かせてくれる」

「???」

「…見えない所で努力してるってこと」

「!」

 ポンと頭に手を置かれて、目を見開く。

 あまりにも的を得ていたからだ。

 自分の今までの努力は王妃になるためのもので、今となってはもう無意味だな、と思っていた。

(そっか…今自分がここにいるのって…)

 勉学もマナーもそうだが、使える魔法を努力して磨き上げてバーグ領に金を呼び込み、爵位も上がり、学園には妹の代わりでもなく光魔法が強いからでもなく…当然のように入学した。

 この世界で生きていける自信がなければ、ルイスとの出会い方も違っていたかもしれない。

 暖かな気持ちが広がると同時に、ルイスに攻略されて良かったと思う自分が居て。

「も、も〜…言い方キザなんだから!」

 照れくさくなってルイスの腕を体当たりするように抱き付くが、全く動じない。

 前はこうするとちょっとよろめいたりしたものだが。

「…ひょっとして、鍛えた?」

「うん」

 見上げると、同じように照れくさそうなルイスが優しい目を向けていた。

「バーグ領は農地が多いだろう?農民のみんなに負けないようにと思って」

「……」

 それならまだまだ先だから、後でいいじゃないかと思った所で気がつく。

(私のため?)

 授業でも相変わらず魔獣相手にぎゃあぎゃあ言っていると、ルイスがいつも助けに来てくれる。

 思わず顔がニマァとしてしまった。

「そういう事にしておいてあげるわよ。…あ、あのたい焼き食べたいな〜?」

(…ほら、やっぱりたくましい)

 口には出さずに苦笑してしまうルイスなのだった。


◇◇◇


「おお〜…買いすぎたか、か?」

「そうみたい」

「被りまくりじゃないのこれ!!」

「いつも一緒にいるからなぁ。嗜好が似ているのかもしれない…」

 日暮れ直前にルイスの家へと入ると、既にいくつかある食堂の一つ…テラスのある部屋ではヘンリーとエレンが待っていた。

 マジックバックの中身を出したが、かなりの数が被っている。

 10人くらいでパーティができそうな量だ。

「なんで10個入りのたこ焼き4つも買ってるのよ!?」

「一人一つだ!」

「食べられないわよ!」

 日本のたこ焼きより一回り大きいのだ。10個食べればお腹いっぱいである。

「こりゃあ、みんな喜ぶなぁ」

 ルイスは苦笑しながら、食べきれないものをマジックバックへしまってメイドに手渡す。

 メイドは嬉しそうに「ありがとうございます!!」と言って退室していった。

 テラスに出て露店の食べ物を楽しみながら話していると、メイドが一度入ってきてルイスに何かを手渡し、また出ていった。

「…なんだそれ?」

 魔法がかかっているな、と思ったヘンリーが直ぐに訊いてくる。

「魔石。ジェームスに頼んでちょっと入れて貰ってる」

 仕事が早いなぁと言いつつ、魔石の入った箱をそっと横に置いた。

「なんか使うのか?」

「ああ。後でヘンリーにも渡すよ」

「おう!よくわからんけど貰う!!」

 テラスから見える空は既に日が落ちて暗闇になりつつある。

 ランタンの灯りが優しく4人を照らしていた。

「もうそろそろ?」

「そうね〜、今年はご降臨あるのかな?」

「えっ?」

 エレンの言葉にシャルルが驚くと、彼女は教えてくれる。

「去年あったの!聖女様の所にいらしてたとか…空に登っていく星が綺麗だったんだよ〜!」

 手を組み目をキラキラさせながら教えてくれる。

(去年去年…あ、お酒飲んじゃって寝てたわ…)

 うっかり父が飲んでいたお酒を、コップを間違えて飲んでしまい伸びていた。

 気がついたのは朝で流星は終わりかけ、ほんの少ししか見ていない。

 覚えているのは何故か一緒のベッドで寝ていた妹の可愛い寝顔くらいだ。

「見てないわ…登る流星かぁ」

「今年はいろいろあったし、あるんじゃねぇのかな?」

「そうだな。……!?」

 空を見上げたルイスが固まった。皆がその視線の方向に目を向けると、目を見開き、口を開ける。

 王都全体から熱気のような、「おおっ!?」という声が聞こえた。

「あれ、聖獣チロル!?」

「そっ…そうみたい!!ええとええと、祈らなくちゃ!!」

「すげぇ!!背中に誰か乗ってる!」

「…黄金の騎士と、聖女様、だな…」

 王都の空を体を煌めかせながら滑空している。その背にはイアンナが乗り、レオが彼女を支えていた。

 ヘンリーは立ち上がって手を振り、エレンは逆に手を組んで祈っている。

(父さんが教えてくれたけど、この目で見ると圧巻だな…)

 他3人に内緒にしていたことだ。父は聖女イアンナの衣装作成を任されていたので知っていた。

(ウチに非がないと言ったり、この日の衣装を作らせたり…ありがたい)

 王都の店を畳むのならバーグ領に引っ越そうと考えていたが、そんな事にはならなかった。

 シャルルも、聖女も、クロス商会に良くしすぎてくれている。

 非がないのは確かだが、そうもいかない風潮がある。それを聖女と、王家は”無し”にしてくれた。

(いったい、なんだろう…?)

 首を傾げつつシャルルを見る。言動は少々変わっているが、可愛い恋人にしか見えない。

(まぁ、いいか。これからずっと一緒に流星群が見れるなら…)

 ルイスとシャルルは座ったまま見上げて、あ、と声をあげた。

「流星群も始まったよ!エレン!祈ってる場合じゃないって!!」

「もうちょっとーー」

「ていうか、聖獣から光が溢れてないか…?」

「ちげー。あれは…聖女様のほうだ」

 小さな星のような光が細かいシャワーのように降っている。

「あれは…」

(祝福じゃん)

 ゲームの画面で見るのと、実際の目で見るのとは本当に異なる。

 とても日本では見れないような幻想的な光景だ。

(普通の祝福じゃないんだろうなぁ)

 <ヒカコイ>ではヒロイン固有のスキルで、聖なる光で敵対した相手のバフを消す一日一回しか使えない魔法。

 しかし女神ルーナは言っていた。もう乙女ゲームの仕様ではないと。

「どういう効果があるのかな…?」

 光のシャワーを受けつつブツブツ言っているとエレンが来て腕を引っ張る。

「シャルちゃんもお祈りしよう!」

「えっ、私は…」

 そう言えば故郷に神殿を建てるのだった。自分が建てると言うのだから、除幕式には自分が率先して祈らないと駄目な気がするが、正式な祈り方をすっかり忘れている。

「あー、そうね…たまには」

「うんうん、教えるから!!」

 テラスから芝生へ降りると、クッションを持ってきたエレンに参拝マナーのようなものを教わる。

 その様子を温かい目で見つつ、ルイスはヘンリーへ目配せした。


◇◇◇


 一方こちらは王都上空を滑空しているチロルとイアンナとレオ。

『気持ちいい〜!』

「あまりスピードを出すなよ、チロル」

『はぁーい!』

 元々チロルはうっすらと発光しているが、イアンナが振りまく祝福魔法で、更に輝いているようだ。

「……」

 レオは自分の胸元で祈るイアンナの腰に回す手を少し緩める。

(綺麗だな…)

 パーティが始まる前、王宮にバルコニーにひっそりとしつらえた女神用の席に、再び女神ルーナは顕現した。

 そして「乙女ゲームのイベント、および道具を消しました」と宣言してくれた。

 その場に居合わせたのは直々に席を飾り付けていた王妃グレースで、近くに居たイザベルとレオとデリクを急遽呼びつけた。

 聖魔獣ここにあり!と知らしめるためイアンナたちがチロルに乗り空を飛ぶことは決定していたが、空を飛ぶに当たり、”何か”があるといいのだけど、と提案したのはイザベルだ。

 女神ルーナはそれに乗り、イアンナに祝福の魔法を授けてくれた。

 元はヒロイン専用の魔法だったらしい。

 初めは”少しの期間だけ幸運になる”ようにしようかと言われたのだが、レオとデリクは猛反対した。悪人に攫われて魔法を利用されるのが嫌だったからだ。

 それならとグレース王妃が上げたのはとても良い案だった。

(人を愛する気持ちが少し増える、だっけ)

 正にイアンナのためにあるような魔法だと思う。

(小さい頃は、温かい何かをくれると思ってたなぁ)

 ふふ、とイアンナの髪に顔を埋めながら笑うと、彼女はくすぐったそうに身動ぎした。

「なぁに?レオ」

「…終わったか?」

「ええ。祝福、綺麗ねぇ」

 自分で振りまいた魔法だというのに、自覚がない。指摘するといつものように「借り物だから」と謙遜するのだろう。

「よし、じゃあ帰ろう!」

「空って安全ではないの?」

「そうだけど…空を飛ぶ魔獣や竜もいるから」

 心配性ね、と微笑むイアンナの腰を引き寄せる。

「今、いい?」

「…帰ってからでは駄目なの?」

「愛が溢れて死にそうだ」

「もう!」

 くすくすと笑うイアンナの顎をそっとあげると、口づけを落とす。

 恋人たちを隠すように側を滑空する流星の光が控えめになった。

(あと2年と少し、か)

 このまま領地へ帰りたいが、そうもいかない。

 胸にもたれかかったイアンナの肩を抱き、レオは黙って様子をうかがっていたチロルに「戻ろう」と声をかける。

「…あ、チロル。戻る前に少しだけ寄ってほしい場所があるの」

『うん!』

「みんなが心配しないか?」

「少しだけ!お願い」

 手を組んでじっと緋色の目で見られては敵わない。

「…少しだけな」

「ありがとう!ではチロル、北へ向かってね」

『は〜〜い!!』

 キュイイ〜!!という雄叫びを上げてチロルは方向転換した。

(……北?まさか)

 お願いを聞いてしまったことを、ちょっと後悔するレオなのだった。



 その日、巨大な魔獣を退けたファールン王国の王都を寿ぐ聖魔獣と聖女が、滅亡寸前の聖王国ルーナへ現れて祝福を行い去って行ったのが目撃された。

 もちろん、腐敗の原因となった王宮や神殿は除かれて…。

 圧政に苦しんでいた平民たちは「まだ女神ルーナ様は見てくれている」と考え、強権を振りかざす王家と癒着しすぎた神殿を攻めるわけでもなく、愛する人達との生活を選択した。

 彼らのために愛する家族が疲弊・欠落するのが突然恐ろしくなったからだ。

 奴隷のように使っていた人々が逃げ、残った者たちは何も出来ずに聖王国は国ではなくなったのだった。



◇◇◇


 シャルルたちは流星とサプライズのような祝福を楽しみ、そしてお腹いっぱいになって帰路につこうとしていた。

「もう食えねぇ…」

「食べ過ぎだよ〜」

「ヘンリーは35歳過ぎたらめっちゃ太りそう」

「なんで35歳!?」

 ルイス宅から出ると、馬車を呼んでいた彼が振り返る。

「こっちこっち」

「いつもすまないねぇ」

「シャルちゃん、おばあちゃんみたいな言い方!」

 わいわいしながら馬車へ乗るとすぐに走り出す。

「流星はまだ終わってないけど…道は大丈夫なの?」

「ああ。毎年こんなんだから馬車の道は確保されていて、騎士団が道に入る酔っ払いを追い払ってるんだ」

「大変ねぇ」

 他人事のようにシャルルは言う。

 もし王妃になったりしたら護られる側であり、そういう政策を考える側だ。

 つくづく自分を攻略してくれたルイスに、フラグを折りまくってくれたイザベルとイアンナに感謝したいと思う。

 そのまま馬車はつづがなく走り、すぐに学園へと到着した。馬車専用の道が作られていたせいか、普段よりも早い。

「はえー…」

「いつもこれならいいと思うんだ。荷物用馬車の専用通路があるとなぁ」

「今度イザベル様に会った時に言ってみるわよ」

「ぜひ頼む!!」

 少年少女は馬車を降りて御者に礼を言って見送ると、校舎左右にある男女の寮に行く前にとルイスとヘンリーがそれぞれの恋人を引き止めた。

「なーに?」

「??」

 エレンは首を傾げ、シャルルは何かあったっけ?という顔をしている。

 ルイスとヘンリーは懐から包みを出して二人へと渡した。

「え!プレゼント!?」

「そー。まぁ、出世払いになるけど…」

「おい、こういう時にお金の話をしないでくれ」

「エレンのはピンク色のリボンだ」

 彼女の目の色は濃いピンク色で、見る人を癒す効果があるとシャルルは常々思っている。

「ふわぁ、ここまでちゃんとしたの貰うのはじめてかも!」

「そ、そっか。良かった」

 正確には贈られそうになっているのだがエレンはヘンリーのために拒否をしている。シャルルはニンマリと笑った。

「エレン、モテるから気をつけなさいよね」

「分かってる!」

「そんなにモテないよぅ…シャルちゃんのほうがモテるよぅ」

「直接来ないで手紙ばっかりなのは、モテるって言わないと思うわよ」

 シャルルの脳内は乙女ゲーム仕様なので、モテるというとイケメンに囲まれてチヤホヤされている像が思い浮かぶのだ。その点、エレンは平民だからなのか教室に来るのを待ち構えられていたりする。

「で、これは今開けていいの?」

 今は二人とも目の前の人が唯一の人だ。話を反らすとルイスとヘンリーは顔を見合わせて強く言った。

「部屋に言ってからにしろ!」

「後で頼む」

 ヘンリーのほうが挙動不審だ。なんだろう、と思うが仕方ない。

「じゃあ、早く見たいから今日はもう戻るね」

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさい〜!」

「お、おやすみ」

 4人は別れて寮へと向かう。

「なんなんだろうーね?」

 ヘンリーは若干照れていた、という。

「さぁ〜…初めてのプレゼントだから…?」

 ルイスも少し照れていた。一体何が入っているのかとても気になる。

「戻って着替えたら、二人で見ちゃおうか?」

「そうね。エレンのも気になるわ」

 あのやんちゃ坊主が照れるような、普段選ばないような品物を贈ったのなら見てみたい。

 二人は女子寮へ入るとそれぞれの部屋へと一旦下がり、特待生の部屋は騒げないためシャルルの部屋へとエレンがやって来た。

「マチルダさん、こんばんわ。お邪魔します」

「いらっしゃいませ!どうぞどうぞ〜」

 マチルダは主の親友になってくれたエレンが大好きだ。お腹いっぱいとのことなので、バーグ領から取り寄せたほうじ茶が部屋に香っている。

「あ、ほうじ茶だ」

「お嬢様たちがお好きですからね、さっぱりしますよ」

 和やかに話しているとシャワーを簡単に浴びたシャルルが応接室にやってくる。

「ふわぁ…」

「シャルちゃん、おねむ?」

「うん…」

「ふふっ。ではプレゼントを見てからもう寝ましょうね。明後日から休暇ですし、明日は式ですから途中で寝ないようにしませんと」

 出来るメイドのマチルダは提案して、シャルルを座らせる。

 テーブルの上にはリボンの掛けられた小さな包み。急いでしつらえたように見えるから、ルイス宅での食事中にメイドが持ってきた物かもしれない。

「シャルちゃんのリボンは紫色なのね」

「うん、目の色だし…」

「王妃様と一緒っていいなぁ」

「…そうね」

 そっけなく返したが、正直に言うとすっかり忘れていて一瞬背中に汗をかいた。

 マチルダをチラリと見れば鉄面皮の笑顔だ。

(目の色…変えてもらえばよかったのかな…)

 紫の瞳というと王家に現れる色だ。ピンクブロンドは父親で紫の目は母親譲り。

 母マリーは商家の出身でそれとなく両親に訊いてみたが、王家とは全く縁はないと言っていた。

 女神ルーナは乙女ゲームの無理な設定をこっそりいじったらしい。

「さぁ、早く開けてくださいな。私も気になってしょうがないです」

 マチルダが話を逸らすように言い、苦笑しながらシャルルはリボンを解く。

「小さな箱が入ってるね?」

「うん。なんだろう…」

 小箱に綿が入っていて、それを取り除いたらば。

「ペンダントだ!」

「かわいい〜」

 両方とも薄い金色の鎖で、シャルルは緑の石、エレンのは濃い琥珀色の石がペンダントヘッドになっていた。

 石は両方ともオーバルカットでそれほど大きくなく、普段遣いに良さそうだ。

 ルイス手書きの説明書によると、防水・防汚加工済みだということ。

「二人の目の色ですね!いいですねぇ〜!!」

 二人というのはもちろん、ルイスとヘンリーのことだ。

「えへへ…」

「なんか照れるわね」

 エレンもシャルルもニヤついている。そしてマチルダに手伝ってもらい、首からぶら下げる。

「似合うよエレン」

 性格は控えめだが割と派手な容姿をしているエレンには、その落ち着いた色の石が似合っていた。

「シャルちゃんも!」

 可愛らしい容姿と色を持つシャルルの外見に、緑の石は引き締まるように映る。

「いいですねぇ、私もいい人を見つけたいところですねぇ…」

 褒めあっているとマチルダが遠い目をしている。

「ま、まぁまぁ、良さげな人はいるんでしょう?」

 授業中にずっと部屋の中にいる訳ではなく、お出かけしていいよとシャルルも言っている。

 だいたいまだ8ヶ月しか経ってないから、これからだろう。

「お気遣いなく…さぁ、お嬢様がた、もう寝ましょう!」

 もう22時を過ぎてしまっている。マチルダは温かいほうじ茶をお土産用にポットに入れてエレンを部屋まで送るために出ていった。

「はぁ〜…流星と祝福、綺麗だった…」

(プレゼントも貰っちゃったし…)

「幸せっぽいわ、私」

 明後日からは休暇で、婚約のことを双方の親に許しに貰いに行く。

 反対はされないと思うので、今のところ順風満帆だ。

 ペンダントを持ち上げて緑の石を見る。

「ふふ、ルイスの目の色…」

 魔力が籠もっている石はどうやら魔石だ。

(何か魔法がかかってるのかな?)

 ルイスのことだから何か仕込んでいそうだ。シャルルは躊躇なく石に魔力をそっと流した。


『キュイイ〜!!!』


 可愛らしい小動物のような声が聞こえる。

「ん!?…これ、チロルの声…?」

 そしてもっとよく聞こうと、石に耳を寄せたシャルルの耳にその声はダイレクトに飛び込んできた。


『シャルル、愛してる』


 数秒後、顔を真赤にしてソファへと倒れたシャルルだ。

(なっ…なんなん?今の、ルイスの声…?)

 慌てて周囲を見回すが当然いない。

「まさか」

 石を見る。ちょっと魔力を流してみた。

 小さな聖魔獣の声が聞こえた後。


『シャルル、愛してる』


「ごふぅぅっ!」

 クッションに思わず顔を埋めてしまう。

 どうやら露店巡りの時にニヤリと笑っていた結果がこれのようだ。

(聖獣の声も入ってるって事は、あの時作ってたんだ…)

 エレンにお祈りの仕方を習っている時。

 という事は…。

(エレンも、今頃)

 自分より魔力に敏いからきっと発見していると思う。

「うっわ、普段言わないだけに迫力ありそう〜」

 あんなやんちゃ坊主がこんなセリフを言うのだろうかと思うと、こっちも赤くなってしまう。

 明日は朝イチで捕まえて訊かなければ。


 ーそして翌朝。

 顔を赤くしたり、手で覆ったり、胸を押さえたりと、とても挙動不審になったエレンと目が合って、二人の少女はお互いに幸せそうな微笑みと苦笑を漏らしたのだった。

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