第20話 ヒロイン攻略と後始末
その日から一週間、学園は臨時に休校をして封鎖された。
警備に問題がないかを洗い出し、不埒者を手引した者たちは粛清される。
シャルルは三日ほど部屋に籠もっていたが、毎日ルイスが見舞いに来ていた。
マチルダがいちいち取り次ぐし、心配させた手前断るわけにも行かずに女子寮の1階にある個室のサロンで会う羽目になっていた。もちろん、男女が二人きりで個室に入るのは許されないのでマチルダ同伴だが。
(慣れるもんだわ…)
「ヘンリーたちは?」
「元気だよ。暴れたりなかった!って言ってて…さすがだよな」
「いやどっちが魔獣なの…」
「ははっ!魔獣、学園からも見えたぞ」
教師も学園を護っている護衛も、寮生たちも真っ青で…身を守る結界を張るために講堂に集められたそうだ。
小さな瓦礫が飛んできたりしたが、護衛や教師たちの魔法により粉砕されていたという。
(良かった…)
「そのあとに白くて巨大なやつが見えて…それでみんな、少しは緊張がとけたと思う」
聖獣チロルのことだ。
確かにあの可愛らしい姿を見れば、ワクワクする気持ちも出てくるだろう。
(ぜんっぜん違う姿だった)
ゲームと同じ人が乗れるサイズの聖獣ならば、皆の目から見えなかっただろう。
そうなれば不安が増大し瘴気が増してしまう。
本当に、同じ道筋を辿らなくてよかったと思うシャルルだ。
「ぬいぐるみとか、商品化するの?」
「もちろん!…みんな作ろうとしてるだろうな。まぁ、まずは許可を取らないと」
王都はもちろん、周辺諸国からも見えたかも知れないと彼は言い、きっと王家も外貨獲得のために許可するだろうと言う。シャルルはやる気満々の彼の姿に微笑んだ。
「それならストラップつけて、ぶら下げられるようにすれば?」
「…小さいのを作るってことか」
「そう。デッカイのは貴族用、小さいのは平民用。中に防護の魔法を込めた魔石を入れるのもいいかも」
他も同じようなことをするだろうから差別化すればいいと言うと、ルイスは流石だなという視線を送ってきた。
(いつも通りだな…)
最初こそ恥ずかしかったが、ルイスがくれる話題が普段と変わりない。
シャルルが鈍感で奥手なのを知っててルイスがそうしていたのは、彼女の知らない所だ。
ルイスの方は頃合いを見てプロポーズをして、子爵家に婿入りする気満々な状態であった。
「明日は、城か?」
「うん。ちょっとしか手伝ってないけどね。呼ばれてて…」
王から直々に書面を受け取ってしまったのだ。子爵家として断れない。きっと今頃父はひっくり返っていることだろう。
正直、もう攻略が面倒になってきたので、城に行ったら王太子に会える事など、どうでもよくなっていた。
むしろ今までイザベルを敵視していた分、敵だと思っていた人に囲まれる自分がどうなるのかわからない。
「ドレスはあるのか?」
「制服でいいって」
学生だからと言っていたが、平民のヘンリーとエレンがいるからだろう。
「そうか。残念だな…」
「何が?」
「ウチが仕立てて…見てみたかった。可愛いだろうなぁ…あ、制服姿も可愛いぞ?」
「バッ…カ!!」
あの日以来、ルイスが今まで言わなかった言葉で褒めてくる。
自分が可愛いのは知っているが、同年代の近しい異性からは褒め慣れてはいないのだ。
ルイスから目をそらすと、いつの間にか彼の座るソファの背後に移動したマチルダが目に入る。
その目は何かを訴えていた。さっさと言えと。
(分かってるわよ…)
城に行く際、同伴者が一人許されている。
シャルルはマチルダを連れて行こうと考えていたが、マチルダは断った。
「あ、あのさ。頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「城に…一緒に行ってくんない」
「!」
鮮やかな緑の目が見開かれる。
「ちょっと不安…じゃない、同伴者が必要で…。用事があるなら、マチルダ連れてくから…」
下を向いて手でスカートを弄んでもじもじしてると、ソファが揺れた。
「ん?」
(近っ!?)
隣にルイスが座っていた。そして満面の笑みで言った。
「もちろんだ。ぜひエスコートさせてくれ」
「…べっ、べつに、夜会じゃないんだけど!?」
「ああ。でも俺はシャルルの騎士になりたい」
「なっ!?」
(あらまぁ、うふふふふふふ…)
マチルダはニンマリと笑う。普段大人びているシャルルの顔が年相応の少女のように真っ赤だ。
これ以上見ているのは無粋かなとソファの影に隠れるようにしゃがむと、ルイスが苦笑した。
しかし貰ったチャンスは物にしたい。
マチルダからは、シャルルが高位貴族にも人気だと聞かされたからだ。
城から戻ったあとではもう遅いかも知れない。
「なぁ、シャルル」
「な、なに」
相変わらずこちらを見ない。
「話があるって言ったろ」
「うん。城から帰ってから、だっけ」
「今していいか?」
「…どうぞ」
努めて冷静に言うが自分の心臓の音が煩い。
ここまで来て野菜の専売特許が欲しいとか言われたらどうしよう、とか思ってしまう。
「俺は、シャルルを愛してる」
「!」
直球だった。
(ほ、本当に??)
やっぱりよく分からない。
「なんで私…?」
他にも令嬢はいっぱいいる。もっとお淑やかで普通の娘たちが。
自分にはヒロインというステータスしかない。しかもそれは乙女ゲームを知る人限定だ。
「一緒に居て楽しい。商売の話をしてもつまらないと言われないし…」
「…まぁね」
一般の令嬢ならば、ドレスや香水やスイーツなどを購入する側だ。販売する側の話をしてもそっぽを向かれることが多い。逆に社交界の話をされてもルイスには分からないが、シャルルは友人の前で貴族に関する話をした事がなかった。
「平民でもバカにしない」
「バカにしてどうすんのよ」
これも貴族にはあまりない感覚だ。侮ってはいなくてもどこかで線引きをしている。
「それにシャルルの野菜は美味しい」
「当たり前ね!」
むふん!と胸を張ったシャルルにルイスは笑う。
(本当に可愛い)
今まで隠していたし、シャルルは鈍感だ。自分がそう思っていることなど彼女にはわからないだろう。
「そこらへん、全部ひっくるめて大好きなんだ」
口説かれてることを思い出したのか、彼女の顔が再び真っ赤になる。
(ほんっとーーーーに、可愛い)
そんな彼女とずっと一緒に居たいと思う。
「だから、俺を婿に貰ってくれ」
「!?…嫁じゃなくて?」
思わず聞き返してしまう。
「ああ。シャルルはバーグ領に戻りたがってると聞いた。なら、俺が行くほうがいいだろう」
次男だから家を継がなくていいし、とも言う。
(…マチルダの言う通りに…)
ルイスは穏やかな視線を向けてくる。
「それに、野菜の品質を保つ事を悩んでるんだろう?俺も一緒に考えるよ」
「!」
確かに悩んでいたが相談する相手がいなかった。
ほうぼうに伝手がある豪商の息子なら最適かもしれない。
オマケにイケメンだ。声も声優さんの声そのものだが、一番の好みだったりする。
(あれ?逃げ道が…)
画面越しではなく、自分自身で選択しなければならない状況に救いを求めて、ソファの向こうを見ればマチルダがいない。
(うひょおおおぉぉ!?)
「シャルル」
ルイスは真剣な目で見つめてくる。
「は、はひっ」
「俺はシャルルを愛してる。シャルルは俺をどう思ってる?」
(ど、どうって…)
沸騰する頭で考える。
授業で困った時も助けてもらってる。お昼だっていつも一緒だ。なんなら放課後も。
貴族の友人が居なくても寂しくないのは、ヘンリーにエレン、そしてルイスが居るから。
そしてあの日、帰りを待ってくれていたのは、ルイスだけ。
「い…」
「い?」
「一緒に居て…楽だと思う…」
その言葉を精一杯伝える。
愛してるだの、好きだの、前世でも今世でも異性に言ったことがないのだ。
俯いてそう伝えるシャルルに困りルイスが顔を上げると、ソファ向こうにマチルダの手がニュッと突き出て、丸を描いて引っ込んだ。
(なるほど、これがシャルル流の愛してる、か)
クスリと笑うと、ルイスは彼女の腰を引き寄せた。
「な、なによ?」
「!」
自分の腕の中でこっそりと見上げてくる、上目遣いのすみれ色の瞳に射抜かれる。
いつもの強気な目線とは違う、不安げな瞳。
そのまま空いた手で彼女の顎をあげて、口づけをした。
(あ…)
初めての感覚と感触にドギマギしていると、キィンと高い音がする。
シャルルはルイスの口づけに思考が溶けつつ、精霊の加護だ、と思い出していた。
ヒロインと攻略対象者の思いが一つになった時にもたらされる、精霊の加護。
(そっか…ルイスのこと…好きだったんだ…)
前世が喪女なだけに、どういう状態が人を好きになった状態なのか今ひとつピンと来ていなかった。
だから自分は攻略対象者を攻略して、明確に誰かを”好き”な状態になろうとしていたが、まさか自分が攻略されるとはまったくもって考えていなかった。
「ん…」
「ああ、すまん」
(やりすぎた)
つい深く口付けてしまった。息遣い荒くふんにゃりしたシャルルを腕の中に抱きしめる。
腕の中の少女が愛しすぎてこのまま押し倒してしまいたいくらいだが、卒業までにあと2年半弱ある。
我慢できるかな、とルイスは苦笑した。
「時間まで、一緒にいていいか」
「ん」
シャルルが手を伸ばしてきゅっとルイスの制服を握った。
急にデレてきた彼女に戸惑うルイスだ。
(やばい。我慢できるんだろうか、俺…)
なお、このあとはサロンの使用時間ギリギリになってマチルダが姿を現し、レフリーストップとなったのであった。
◇◇◇
ヒロインが攻略対象によって完全攻略されていた頃、ハッセルバック家の王都のタウンハウスではささやかな食事会が開かれていた。
「ようやく…終わったのか…?」
ゴードンの言葉にレオは断言する。
「おそらく。瘴気は無くなりました」
「レオがそう言うなら本当だな。長かった…」
デリクがほう、と息を吐く。
7歳のあの事件から、8年だ。ようやく平穏が訪れたのだ。
(いや、レオを助けたところからだと、10年か…)
随分と長かった。その間、自分と母は死なないようにずっと気を張っていたのだ。
「これで安心して赤ちゃんを産めますね」
オリビアが大きくなったお腹を撫でて微笑む。
「男の子かしら?女の子かしら?」
イアンナもニコニコ顔だ。
「お腹の中で暴れ回っているから、男の子かしらねぇ」
「王女殿下もお生まれになったことだし、皆の成長が楽しみだな」
グレース王妃は双子の女の子を出産したのだ。第一、第二王子ともにデレデレらしい。
もちろん、アイザック王も。毎日頻繁に育児室に通ってはオスカーに執務室へ戻されている。
「アイザック様は少しはしっかりなさったのかしら?」
「ああ。武力の面ではな。ユージンと一緒に素振りをしているぞ」
腹黒い部分は無理だと、せめて鍛えると言い、公務の合間に騎士団と一緒に鍛錬している。
「あの陛下が…」
オリビアは感心したが、レオはふんと鼻を鳴らした。
「それくらいしてもらわないとな」
「レオ!」
「はは、でもまぁ、その通りかも」
「兄様まで…」
策略家な部分はウィリアムも、ジョシュアもない。そこはエレブルー公爵家の…宰相であるディランと、その息子ダニエルが担うだろう。
デリクは父の跡を継いで外交を担う大臣となる。
なお、騎士団長の息子であるジャックは先日の騒動の際に現場にいたらしい。
全く目立たずに、他の騎士と同じように黙々と役目をこなしていたと後で聞いてイアンナは驚いた。
(良かった…みんな生きてる…)
使用人もどこか安堵した表情だ。
自分の知っている範囲内だが、誰も欠けること無くここまできた。
「あとは、女神様に苦言を言うだけかな」
「えっ」
デリクの言葉にイアンナは驚く。
そうそう、と頷いたのは自分以外のみんなだ。使用人すらも頷いている。
「どうして?」
「アン、気が付かないのか?」
「イアンナは、ちょっとおっとりさんだから」
オリビアも苦笑している。
宰相とともに様々な事業を興した人物とは全く思えない。
(そこが良いところなのだけど)
ふふ、と母は穏やかに微笑みながら、お姉様に似ましょうね〜とお腹を撫でた。
その様子を微笑みつつ見ながらゴードンはコホンと咳払いを一つした。
「女神様は…この世界を創造されたお方。もちろん、敬愛はしているが」
「父上、ハッキリ言ったほうが通じるそうですよ」
デリクの言葉にレオが頷いている。ゴードンは苦笑して言った。
「乙女ゲームの”イベント”を、全て消してもらわねばならん」
「!!」
ようやく気がついたように、イアンナが目を見開いた。
(そうだわ。…確かに、残ったまま…)
邪教誘拐もイベントの一つだ。この先、まだまだイベントは盛りだくさんなのだ。
課金クエストも含めたら…と考えてイアンナは青くなる。
苦笑しながらレオは言った。
「イベントは卒業まで。だけど卒業まであと2年とちょっと、あるだろ?それまでに起きるかもしれないイベントを消してもらわないと、全く落ち着かない」
デリクも頷く。
「母上も私も、巻き込まれるのは怖いですからね。…これ、聞いていらっしゃるかな?」
乙女ゲームでは既に亡くなっている自分が、いつそうなるのか恐ろしい。
跡を継ぎたいし結婚もしたいが、その心配のせいもあり女性と交際出来ていないのだ。
「報奨授与の日が星祭りの日だ。その日に、正式に願おう」
「それはいいわね!あなた、私の代わりにお願いしますわ」
今年は身重のために王宮で行われる星祭りに参加できないからだ。ゴードンはもちろんだと頷く。
イアンナはルーナのことが心配になり、口を出す。
「女神様のこと、あまり怒らないであげて…」
レオは呆れたように言った。
「アンは優しすぎるぞ。女神が忘れててあんな事になったんだから」
『そーだそーだ』
テーブルの上でお座りをして食事をしているチロルも参戦してきた。
チロルはうっかりした女神に、怖がりなヒロインに放置されて、死にかけたのだから。
「あ…そうねぇ…」
そこについてはちょっとだけイアンナも女神に怒っていた。
今ではふっくらしているが、肋が見えるほど衰弱していたのだ。
「決まりだな。陛下やディラン殿にも伝えておこう。現れるかは分からないが、祭壇も用意しておくか」
ゴードンがそうまとめて一家は乾杯をする。
「これからも、共に…仲良く、健康に、あり続けよう」
「「「はい!」」」
★★★
その様子を天界にて覗き見ていたルーナは真っ青になっていた。
「忘れてたわ…」
未来に仕込んだ乙女ゲームに似たイベントたちはまだたくさんある。
演じ手がまるで変わったというのに、シナリオがそのままなのだ。
今回のようにヒロインではなく悪役令嬢が被害を被る可能性もある。
もしくは、それ以外の人も。
今回も予想外の展開があり、危うく王都に住む人々が犠牲になるところだった。
せっかく信仰が回復してきたところなのに、また減ってしまう。
「もう、もう!!私の馬鹿!!」
慌てたように手を動かしかけて、深呼吸を一つする。
「こういう時は焦ると駄目って先輩が言ってたわ。慎重に…」
ゆっくりと”時間”を操作して”予定表”を開くと、乙女ゲームに関するイベントを削除していく。
なお、それ以外は全く白紙だ。
その中で一部の人達だけ道筋が決まっているのは、本当に妙な事だった。
(未来を埋め込んでは駄目だったのね…)
参考にするのはいいのだろう。しかし、人の未来を決めるのはよろしくないと今回の事で悟った。
ついでに魔王の魔力を封じ込めてしまうような特別な道具たちも削除した。
全てを消して”予定表”が真っ白になったことを確認し、時間を操る手を止める。
「イアンナ以外の人はわかっていたのかしら…」
彼女の側にいる黄金の騎士。
彼が辿るはずだった、別の道、別の姿。
引き離すのではなく、あえて側にいさせよう、という感じがした。
特に王妃やイザベルの態度からそう思えた。家族もレオの異質な力でおそらく気がついているのだろう。
自分は”設定した”から”知って”いた。
しかし彼女たちにはイアンナが告白した乙女ゲームの知識しかない。完全に状況証拠だけだ。
「私も見習わないと…」
はぁ、とため息をつくと信仰度計を見る。
黄金の砂は6割まで増えていた。おそらく、先日の一件で神々しい光を振りまく聖獣を見たからだろう。
「まさか、聖魔獣になるなんて、予想もしなかったわ」
イアンナにあった魔王の核を受け取り、光と闇の力をその身に宿した聖魔獣は、今一番自分に近い。
そのうち天界に呼ぼうと思う。
「い、いえ、もふもふが触りたいとかではなくて…」
誰も居ないのに言い訳をしつつ。
「…聖女と黄金の騎士もここに呼べたらいいわね」
特にイアンナの方は信仰の対象になり、自分に向かうはずの一部の力が彼女に注がれている。
「重荷になったら申し訳ないけど、私も期待しちゃうわ」
お人好しでちょっと天然な、思慮深い聖女。
(というかお願い!手伝って…)
ついつい、ルーナは祈ってしまった。
神の願い=確定事項だ。
そののち、天に召されたイアンナが女神を補佐する慈愛の神となり、レオが魔族を見守る神となったのは、未来の話である。
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