第15話 攻略対象者のイベント

 母が主導権を握るであろうお茶会が開かれている部屋にルイスとヘンリーは足取り重くやってきたのだが、予想外の状態が展開されていた。

(…ど、どういう状態だ…?)

 なぜか父も一緒にいて…厳しい表情を浮かべている。

 対して、いつも高慢な微笑みを浮かべている母の顔は真っ青を通り越して真っ白になっていた。

(シャルル?)

 対面に座るシャルルは勝ち誇った顔をしており、エレンは苦笑いをしていた。どうやらシャルルが何かやったようだ。

 ローテーブルの上にあるのはとっておきの茶器ではなく、書類の束。

 父は一番上に置かれた書面にサインをするように母へ促していた。

「な、何かの間違いでは…?そ、そうよ、嘘に決まっているわ。あなた、このような小娘の言うことを信じるというの?」

「えー、オバサン最初はバーグ子爵令嬢様って散々ちやほやしてくれたじゃん!」

(うわぁ!)

 母の大嫌いな、年齢を示すような言葉を言ってしまった。

「なんなのこの娘は!!…やっぱり庶子の血が混じるとろくな子供にならないのよ!」

 案の定、額に青筋を立てて叫んでいる。

 父はその様子に冷たい顔をして言った。

「…自分の子供がそうだというのに、よくそんな事が言えるな」

 するとハッとして言い訳をし始める。

「い、いやだわ。二人は別よ。わたくしがお腹を痛めて産んだ子なのだから!とても愛して…」

「離れに住んでて一切関わろうとしていないのに?」

「そ、それは…そう、わたくしには持病があって…」

 聞いたこともないような話をつらつらと始める。

 父もシャルルも呆れ顔になっていた。

 話の途中で打ち切るように父は言う。

「申し訳ない。二人は退室して下さい。のちほど、お礼を」

 少女たちは頷いて立ち上がった。父は自分に視線を送ってきたので頷いて見せる。

 四人は廊下へ出ると、別の部屋へと足早に遠ざかった。

 使用人が用意してくれた部屋へ入ると、そこには今度こそ、お茶とお菓子が並んでいた。

 ホッと息をはきつつ、ルイスは我慢できなくなり質問をした。

「シャルル、一体何を言ったんだ?」

「んーと、オバサンの不正」

「は!?」

 とりあえず座ろうよ、とエレンが言って四人は男女に別れて座る。

 もちろんヘンリーはエレンの隣で、ルイスはシャルルの隣だ。

「不正って?」

「うーん…どっから話そうかな」

 シャルルが考えるように斜め上を見ている。

(どうしようかな。転生の話はしないほうがいいよね)

 自分が誰かを攻略しようとしているなどと、友達には言いたくない。

 少し考えてから、シャルルは言った。

「えーっとね、ちょっと前に、夢を見て」

 ルイスの母が部屋の隠し金庫の中に、良くないものを隠している夢だという。


 もちろんこれはゲームの話だ。

 ルイスルートで父と兄が裏稼業へ手を染める事になるキッカケを作ったのは母なのだ。

 ギャスラン男爵という領地のない、しかし金貸しで富を築いている一家の出身で…裏稼業に手を染めている。

 王妃亡き後、貴族向けの服飾を扱う商家が立ち行かなくなった時に、悪魔の囁きをした一族。

 ルイスとヒロインから罪の告白を受けた王子たちは、ギャスラン一家の邸宅を捜索するが何も出てこない。

 もしやと二人で母バネットの離れを探ったところ、隠し金庫があり、そちらに重要な書類が収められていたのだ。


(そのオバサンが目の前にいるんだもんなぁ)

 貴族との商談の部屋だろうな、というような場所へ二人で置かれてルイスとヘンリーが来ると思いきや、ゴテゴテに着飾ったオバサンと、少しだけ仕立ての良い服を着たルイスにそっくりのイケオジがやってきた。

 イケオジとエレンを全く無視をして自分にだけ話しかけてくるし、やたらとルイスとの関係を聞いてきた。

 自分と同じようなドレスを仕立ててあげると言ってきたり、商会の扱う宝石を見ないかと誘ってくる。

 興味がなさそうにしても気が付かないフリをし、既に身分は平民だというのに貴族の女性としての先輩面が酷く色々と押し付けてくる。全くもってシナリオ通りの人格だった。

(こんなのがいて、ルイスの家が傾いたら困る)

 王妃は生きているから裏稼業に手を染めていないと思われるが、バネットの実家の悪行の証拠がこの家にあるというのは非常によろしくない。

 だからシャルルは「愚息を呼んでまいりますわ」というバネットを見送った後、”お告げ”という言葉でルイスの父、エリックへギャスラン一家の悪行を話した。その証拠の在り処も。

 エリックは訝しげな表情だったが、少女二人が光魔法を使えるということを聞いて「確認だけなら」と離れを大至急探ったところ本当に貸し金庫があり、メイドの慌てようから重要な書類があることを知り、それを手に入れた。

 それは良くない噂のある…またはあった商会や少々毛色の違う傭兵団や暗殺者ギルドなどとの契約の書類。数年前に粛清された大神殿の高名な神官の名前もあった。

 エリックの興したクロス商会の押印は一切無いが、ギャスラン一族の悪行の証拠がこんな場所にあれば関係を疑われてしまう。


「やたら具体的な夢でね。お人形がたくさん置いてある所に隠し金庫があって」

「か、隠し金庫?」

「うんそう。その中が黒い靄で包まれてて…ドレス着たオバサンがその前でニタニタ笑ってるんだ」

「まさか、それが…?」

「うん、さっきのオバサンで、驚いちゃった!あ、ゴメン、ルイスのお母さんだっけ」

 ゲームのような世界とはいえ、ルイスを産んだ母親なのだ。

 慌てたように謝るシャルルにルイスは首を振る。

「いや、育ててもらってないから母という感じはない。…そうだったのか…」

「よくお前のトーチャンが信じたな!」

 ヘンリーが言うと、エレンが笑った。

「今、光魔法を持つ人は女神様に認められた人だけだから」

 過去の大神殿掃討の件で、そういった認知が広まっているのだ。

「いったいなんの書類なんだ…?」

「さぁ?」

 シャルルは知っていたがしらばっくれた。あまり詳しいと自分の家も疑われる。

 ルイスルートではギャスラン一家の不正の証拠だが、第2王子のジョシュアルートで課金するとプレイできる”王妃暗殺の謎”というクエストで、手の黒い貴族と暗殺者ギルドの仲介になった証拠が出てくる。

 どちらの内容が書かれているか分からないが、そんな事を知っていると言った日には、自分の実家も家宅捜索されそうで嫌だ。

(知らない人が大勢来たら、シャーリーが熱出して倒れちゃう)

 エレンはすごいすごいと褒めてくれた。

「夢で見るなんて、聖女様みたいね!」

「お野菜聖女様、だっけ」

 ヘンリーがいたずらっぽく言うが、シャルルは胸を張った。

「そーよ、敬ってもいいのよ!」

「ははぁ〜!!って感じか?」

「やっぱムカつく」

「なんだよ、それ!」

 三人が小芝居をして笑うので、ルイスもつられて笑ってしまった。

 詳細は後で父に聞けばいい。母にサインを迫っていた書類はなんとなくわかったから。

(少し前から、”頃合いかも知れない”と父さんは言っていたしな…)

 それが早まっただけ。母は父の用意した書類がなぜ家にあるか、少しでも考えたのだろうか。

(いや、考えてないな。昨日は宝飾職人を呼んでいたし…)

 このまま行けば湯水のように金を使い続けていたはずだ。

「…で、今日、急にウチにきたのは?」

 王都でも有名だから家はすぐ分かるだろうが、今まで招待したことはない。

 すると、シャルルは急に黙った。

「えっ?ど、どうした?」

 するとエレンが苦笑しながら、足元に置いた鞄から包みを取り出しながら彼女に声をかけた。

「ほら、シャルちゃん」

「う、うん…」

 さっきまで笑っていた少女が急にしおらしくなっている。

 というかシャルルにしては珍しい表情だ。

(照れてる…?)

 そんな顔も可愛いと思う。

「じゃ、いっせーので渡すよ、シャルちゃん!」

「は、はい」

(いったい、なんだ?)

 少女たちは傍らに座る少年へと包みを持って向き直る。

「いっせーの…どうぞ!」

「…どうぞ」

 消え入りそうな声で押し付けられるように渡されたそれを、ルイスはまじまじと見る。

「開けても?」

「開けなきゃ見えないでしょ…」

 シャルルは見たくないのか、そっぽを向いてしまった。

 ルイスは緑色のリボン、ヘンリーはチョコレート色のリボンを解き包みを開くと。

「ハンカチ?…あ、すげぇ!」

「えへへ。頑張ってみたよ〜」

 ヘンリーの驚く声と、エレンの照れている声が聞こえた。

(刺繍…)

 貴族ではよくある贈り物だ。

 平民では道具や刺繍糸が高いので中々手が出しづらい。

 見る限り、この糸は貴族用のお高いものだ。

(でもこの柄って)

 他では見たことがない。それがシャルルらしくて、それを貰えたことが嬉しくて、笑みがこぼれた。

「…野菜、美味しそうだ」

 トマトとナス、とうもろこしにキャベツ…たくさんの野菜がハンカチの四隅に刺繍されていた。

 線はところどころ曲がっているが、どれもツヤツヤしていて可愛らしい。

「う、うん。ウチの特産だし」

 相変わらずそっぽを向いている。

 ルイスは彼女たちが一ヶ月、この事に頑張っていた事に気がつき、感動した。

「ありがとう」

「いや、道具の対価だし」

 反対側ではエレンが「素直じゃないな〜」と呟いているが、真っ赤になっているシャルルには聞こえないようだ。

「一生大切にする」

「重いよ!」

 思わずルイスを見たシャルルは驚く。あまりにも、優しい笑顔を向けてくれていたから。

「よ、喜んでくれて良かった…」

「もちろんだよ。ヘンリーのは?」

 あまり追い込むとシャルルが逃げ出しかねない。ルイスが対面へ話を振ると、シャルルから脱力感が伝わってきた。

(意識してもらえてるってことか…?)

 嬉しくなりつい二人の間にあった隙間を、体を寄せて詰める。

 ホッとした様子のシャルルは気がついてなさそうだ。

「オレのは、炎と、杖と、王宮魔道士の紋章と、女神の紋章だ!」

 じゃーんと広げて見せてくれる。

「気が早いなぁ」

「形からって言うでしょ?」

 エレンもニコニコしている。彼が王宮魔道士の試験に合格すると信じて疑わないようだ。

 ヘンリーは興奮したようにキラキラした目でハンカチの刺繍を見ているから、きっと彼の熱意が更に燃え上がったことだろう。

「そっちは?」

「ほら、美味しそうだろう」

「おっすげーな!おもしれぇ、さすがシャルル!」

「ふふっ!シスタークロエも初めて見たって言ってたよー」

 図案を決めるにあたり、定番なのは植物だそうだがかなり難しい。

 野菜なら多少不格好になっても、色と形で判別出来るでしょ!とシャルルが決めたのだ。

 シスタークロエは斬新ね、と褒めてくれた。

 保護院で刺繍を教えてくれた女性も、私もやってみるわ、と言っていたから流行るかもしれない。

「まぁ、お野菜聖女様だしねっ!バーグ家といったら野菜でしょう!」

 照れてるのか早口で言うシャルルの頭を撫でる。

「!」

「…本当に、ありがとう」

「ど、どういたしまして」

 やっぱり赤くなったシャルルが、益々可愛いと思う。

(なんだろう、食べたいと思っちゃう俺って…やらしいのかな?)

 女神ルーナにより少々効果が強くなった付与魔法に頭を悩ませるルイスなのだった。


◇◇◇


 その日は是非にと引き止められてルイスの家で夕食を頂き、学園の寮へと馬車で送られて行った。

 馬車を見送ると四人は日の落ちかけた通路を校舎へと歩いて行く。

 学園の塀は少々高いので夕焼けは見えず、茜色が少々混じった空が見えるだけだ。

「ふぃ〜腹いっぱい…」

「同じく」

 ヘンリーはお腹をさすっており、シャルルも同意した。

 日本人の心と、幼少期の貧乏体験、なおかつ農畜産物に直に触れる生活をしていたせいで、お残しは許せないのだ。貴族のようなコース料理ではないが、中々品数が多くとても美味しかった。

 二人を微笑ましく見ていたエレンがルイスに言う。

「お兄さん似てたねぇ」

「ああ。目の色以外はそっくりって言われるな」

 父エリックは手続きなどで忙しいようで、5つ上の兄ロイドが夕食の席に同席してくれた。

「逆に言うと、おば…お母さんに似てないよね」

 エレンまで”おばさん”だと言いそうになっている。ルイスは苦笑した。

「顔立ちは全部父さん似なんだ」

 バネットはきつい目つきで、髪は金色。父は銀灰色の髪で息子たちに遺伝した。

(だから、一応は本当の子供なんだろうな)

 小さい頃から疑っていた事だ。本当だと言われても違和感が拭えなかった。

「まぁ、生まれた後に俺たちを育てたのは乳母と使用人たちだし、まともに会ったのは大きくなってからで…そのあともずっと避けられてたよ。母親って感じは本当にしないんだ」

 そのくせ貴族が来店すると表に出てくるし、それが若い女性だと兄と自分を引っ張り出す。

 貴族でもないのに政略に使う気満々だった。

「そういうの、毒親っていうのよ」

「毒!あー…なんか分かる。感じが蛇っぽいよな」

「ヘンリーまで」

 ここまで言われてしまうといっそ清々しい。

「これで悩まずに済むかな」

 思わずそう言うと、シャルルが見上げてきた。

「ほんと?」

「え?」

 聞き返すと、頭をかいている。

「いや…お告げとはいえ、人んちの家庭のことだし…」

(気にしてないようで、気にしてるんだよなぁ)

 柔らかい髪に触れる。

「大丈夫だ。…父さんは、離婚しようと機会を伺ってたようだから」

「えっ!?」

 見開かれた綺麗なすみれ色の目を堪能しながら、微笑む。

「貴族でもないのに毎日違うドレスをとっかえひっかえ着ていて、仕事はまるでしないし…消費するばっかりなんだ」

「そういうの、無駄飯食らいって言うんだろ」

「ヘンリー!」

 エレンがたしなめるがルイスは笑った。

「いや、その通りだよ。だから、シャルルが気にすること無い。むしろ、絶対にノーと言わせない状況だろうから、父さんは内心笑ってると思うぞ」

「うわぁ。貴族よりも貴族っぽいわね」

 シャルルの父エドワーズは実直だ。恐妻が亡くなったからと言って愛した女性を迎えに行けないくらい不器用で…打算で動けない。

「だから成功してるんだろ。俺はちょっと向いてないかも」

「いやいや、道具をいっぱい作ってくれてるじゃない。そういうのも才能でしょ!」

 困ったことを口にすると、すぐに作ってくれる。

 自分では”作ろう”と思えない。日本の思い出から、不便だなぁと思うくらい。

 ルイスは少し驚いた顔だったが、すぐに笑顔になった。

「ありがとう」

「本当のこと言ったまでだし!」

 照れたのかそっぽを向いてしまった…が、そちらの方向に何かを見つけ、反転したかと思うと必死な顔で自分に突っ込んできた。

「ぐふっ!?」

「きゃあっ!」

「わっ!?」

 慌ててシャルルを受け止めたのだが、勢い余って背後にいたエレンにぶつかってしまった。

 上空を何かが飛んでいった、と思ったがそれどころではない。

 そのまま三人とも倒れる…と覚悟をしたが、柔らかい何かに受け止められる。

「おおお…あぶねぇ〜…」

 体がふわりと浮かぶと、元の姿勢に戻される。

(ヘンリーの魔法か…)

 そちらを見ると、エレンが驚いた顔でヘンリーを見上げていた。

「すごい。いつの間に…制御が…」

 少し前なら強い風が通り過ぎただけだろう。早速成果が出たようだ。

「お、おう、これくらい、当然だな!」

(そういう事にしておいてやろう)

 シャルルの柔らかい体を抱きしめられたのだ。むしろ感謝したい。

「…というか、何に驚いたんだ?」

「あーっとね、シャルちゃん、コウモリ苦手で…」

 エレンが空を指差す。

 外灯が照らす空をヒュンヒュンと飛んでいる。少し大きめのコウモリだが、人にはぶつからないし、ダンジョンにいるものと違って吸血もしないから皆無視している。

「い、いっぱいいる…いっぱいいる…」

 シャルルはカタカタ震えながらルイスにしがみついるので、ヘンリーは呆れ顔だ。

「コウモリ以外もだろ。ほんっとーに駄目なんだな…」

 実習でも小さな魔獣を前にしてへっぴり腰だ。ちょっとでも牙を向けられようものなら、叫んで逃げて行く。

「あ、ゴメン」

 ヘンリーが気がついたように支えていたエレンから体を離すと、エレンは苦笑いを浮かべた。

「ヘンリーならいいのよ」

「へあ?でも…」

「さっきのハンカチ、気がついてないから言うけど…女神の紋章のところは、私も一緒ってことなんだけどな…」

「ん???」

 急な告白を受けて、ヘンリーが思考を停止している。ルイスは二人の過去を聞いているので黙った。

「いつも一緒にいたいから…」

「い、一緒にいるじゃん」

「もう…子供じゃないんだから。卒業後も、その後もずっとだよ?」

「お、おう」

「だから、触っても平気なの!」

「で、でも」

 いつもの勢いがない。これは尻に敷かれるなぁと思っていると、エレンが言う。

「言うことは一つだけよ。さぁどうぞ?」

(エレン、我慢してたのか…)

 今ひとつ煮えきらない幼馴染に。

 いつも一緒に居るくせに、恋人でもない。一度聞いたことがあるが「そーゆーんじゃねーし」と言われて、じゃあなんなんだよ、と思ったことがある。

 恋人でもないのにヘンリーを束縛するなとエレンが女子生徒から言われているのをシャルルから聞いたこともあり、親友の態度にはルイスも少々苛ついていたのだ。

(さぁ、どうする?)

 じぃっと気配を殺して見ていると、ヘンリーは意を決したように伝えた。


「結婚して下さい」


 少しの沈黙のあと、エレンがくしゃりと笑った。

「もう、飛びすぎだよ…」

「えっ!?違ったのか!?」

(なんだ、とっくに決めてたのか…)

 ヘンリー以外の周囲が悩んでいたのが馬鹿みたいだ。それならそうと、さっさと言えばいいのに。

 貴族ではないけど、それならお互いに”婚約者”と言っても誰も咎めない。

「ヘンリー、大好き。…もちろん、結婚するよ」

「えっ」

 抱きついてきたエレンを受け止めつつも、困った様子だ。

 ルイスは苦笑しながら言う。

「恋人になって下さいって言えばよかったんだよ。…じゃ、今日をもって二人は婚約者ってことだな」

「!」

「そう言えば、エレンに近寄るやつもいないぞ?」

「!?」

 驚いた顔から一変、険しい顔になった。

 エレンは可愛いし気立ても良い。それに光魔法が強いから貴族の男子からもアプローチされているのだ。

「気付いてなかったのか」

「うっ」

「これから気をつけてやれよ」

「わかった」

 真剣な顔で伝えると、ヘンリーは口を引き結び頷いた。

(よしよし、まとまった…ま、こっちはまだだけどな)

 しがみついたまんまのシャルルの背中をポンポンと叩くと「終わったぞ」と声をかける。

 途中からシャルルの体の硬直が解けていたからだ。親友の告白に気がついて黙っていたのだろう。

(暗くて…顔が赤いか見れないのが残念だな)

 シャルルは目線を合わせずに言う。

「…タックルしてごめん…」

「はは、大丈夫だ。受け止められなかったから、鍛えないとなぁ」

「ムキムキにならなくていいわよ」

 どうやらシャルルは筋骨隆々は好きではないようだ。

「安心しろ。父さんがそうじゃないから、騎士のようにはならない」

 あえて話を反らすと、シャルルはホッとしたのか乗ってきた。

「ルイスのお父さん、イケオジだよねぇ」

「いけ??」

「イケオジ。イケメンなオジサンの略」

 本当は違うが説明が難しいのでそういうことにした。

「ぷっ!なんだそれ」

 二人でクスクスと笑っていると、ヘンリーとエレンが体を離してこちらを見ていた。

 エレンが「そっちは?」という目をルイスに向けているが、彼は首を小さく横に振った。

(まだ、シャルルが気付いてないから)

 心の声が伝わったかはわからないが、彼女は苦笑している。

「そうね、ゆっくりね」

「ああ」

「なんのことだ?」

「シャルルが魔獣に慣れるようにって」

 ヘンリーの質問にエレンが言うと、シャルルは叫んだ。

「絶対に!!慣れない!!」

「お、おい、大きい声を出すと」

「えっ?…ぎゃっ!!」

 その声に驚いたのか、コウモリたちがまた勢いよくビュンビュンと飛び出した。

「も、もうやだ!!」

 今度はエレンに抱きついている。用意していたルイスは少々残念だった。

「おいおい、俺の彼女に抱きつくんじゃねぇよ」

 ここぞとばかりに言うヘンリーにエレンが笑っている。

「うっさいわね!ヘンリーあれ追い払って!!」

「出来ねぇ。あいつらネズミ食うから討伐するなって言われてるんだ」

「ううっ、地元に帰りたい…」

「もっといっぱいいるんじゃないの?」

「森にいるから人里に来ないのよ!」

 その言葉にルイスはふぅん、と思う。ということは、きっとシャルルは卒業後は領地に戻るのだろう。

 高位貴族ではないが野菜のおかげでお金はたくさんあるというのに、王都の街で豪遊はしたりしない。ドレスも動きにくいと言い、古着屋や冒険者風の服を見ていたりしている。買い物終わりのカフェで、街は人が多くてちょっと疲れるわね、と言っていたこともある。

(それに…)

 野菜に魔法を掛けられるのは、今のところ彼女しか居ない。

(てことは、俺が婿養子になればいいのか)

 そうすれば彼女の父親も了承するだろう。シャルルが言うには、あまり貴族らしくない、のんびりした父だと言っていた。

(領地経営か…それは少し難しそうだな…)

 しかしやりがいはある。シャルルも一緒ならできそうだ、とも思う。

 だがその前に。

「コウモリ避け、作ろうか」

「!!…お願い!!」

 エレンからガバッと顔を上げて、今度はルイスにしがみついてくる。

「…あれ、別にぶつからないよなぁ」

「しぃっ!」

「なんでもいいから、あーゆーの来ない道具、作って!!」

「わかったわかった…」

 苦笑しつつ、ルイスはシャルルの頭を優しく撫でたのだった。


◇◇◇


 後日談。


 傾くだけでまだ家を保っていたギャスラン男爵家が、クロス商会へと嫁いでいた娘もろとも捕らえられ没落した。

「危なかった…」

「本当に」

 クロス商会の一室で、ルイスの父エリックと兄ロイドが脱力したようにソファへ座っていた。

 一緒に作業をして疲れ切った使用人たちはもう下がらせてある。

 シャルルが来た日に半ば強引に離婚届へサインさせ、早急に提出し受理された後にバネットを実家へ返した。

 同時進行で発見した書類を提出することにしたのだが…迷いに迷い、大神殿に来訪していた王弟オスカーへ直接手渡した。

 それが功を奏したのか、予見の姫がこの一件に絡んでくれて「クロス商会に非はない」と証言してお咎めなしとなったのだ。

「正直、罰金刑は覚悟していたが…」

「本当に咎められませんでしたね…」

 商会にまつわる悪い噂も流れず、今までどおりの日々。

 むしろ、ギャスラン男爵家が捕らわれた方が話題になった。

 金融業は裏の側面を持ちやすいが、粛清された大神殿と関係があるとまでは思っていなかった。

 調査では彼女が購入していた宝飾品はある程度使用したあと、バラされてギャスラン男爵家へ送られていたことが判明した。

 関係性ありと裁定されて、商会が潰されてもおかしくはない。

「金を借りるために、バネットと結婚するのではなかったな…」

「いや、それすらももしかしたら謀られた事なのかもしれませんよ、父さん」

 貴族のドレスを扱うクロス商会だが、一時、傾いたことがあった。

 ある貴族へ納品したドレスに針がついたままだったとか…。その賠償金が高額で、当時、付き合いのあったギャスラン男爵家が、行き遅れた娘を貰ってくれるなら金を出してもいいと言ってきたのだ。

「お針子の針は全て箱にあったと聞きましたよ。あれは…」

「まぁ、過ぎたことだ。バネットを甘やかさずにいればよかったのかもしれん」

 貴族の行き遅れとなると、老人の後妻か一生を屋敷で過ごすことになる。

 可哀想にと妻に迎えたが…商会が順調になってきたことから我儘を叶えてしまった。

 貴族の矜持を捨てない妻を、諌めなかった。

「あの人は、どうなりますか?」

 あまり母という感覚がないロイドはバネットをそう呼ぶ。そんな彼を申し訳なさそうに見つめながらエリックは言った。

「…おそらく、修道院へ送られる」

「そうですか。あの贅沢グセが治ると良いですがね」

「さぁな」

 領地のない男爵家だというのに、本当に贅沢品ばかりを集めていた。

 もしかしたら損な役回りのはけ口だったのかも知れないが…。

「これでシファと結婚できますね!」

「…もう少し、あとだが」

 シファとはエリックが若かりし頃に結婚しようとしていた相手で、ロイドとルイスの乳母でもある。

 ロイドとルイスを我が子のように育ててくれたし、様々なことを我慢しながらエリックの側に居てくれた女性だ。

「かなり待たせていますよね?さっさと結婚するべきです」

「……わかったよ」

 こうしてゲームのルイスには居なかった妹や弟が、その後にクロス商会に誕生したのだった。

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