第14話 自覚のないイベント
シャルルは悩んでいた。
(シャーリーに頼んで道具は手に入れたものの…)
魔力制御訓練用の道具を作ってくれたルイスに渡す対価のための道具だ。
マチルダに言えば買ってきてくれるだろうが、今までやったことのない…むしろ避けてきた事に手を出せば絶対に食いついて理由を訊いてくるだろう。対価だと言っても信じてくれなさそうだ。
道具一式はベッドの下に隠してある。見つかればニヤニヤされるだろうが、妹が勝手に送ってきたとか理由を付けておけばいい。
(あとは…やり方よね…)
領地で行っていた王妃教育(とシャルルは思い込んでいる)にも、もちろん含まれていたが課題以外で道具を持ち出すことは一切なかった。
教本などもないし細かい部分を忘れてしまっている。
(貴族に声かけるのは嫌だし)
上手にできる人が多そうだが、態度に反して初心者並みの自分の作品を見せたくないし、趣味だと思われて毎度誘われるのも嫌だ。
(神殿の保護院でやってたよね、たしか)
以前、エレンたちが居たという大神殿に併設されている保護児童院、保護院、救護院を見せてもらいに行った時に、保護院にいる女性たちの作品がバザーで売られているのを見たのだ。
目的は自分が聖女認定されるという大神殿を見たかっただけなのだが、エレンは喜んであちこちに案内してくれた事が今になって役に立つとは。
「あ!エレンーーー!!」
「ほえ?」
放課後、女子寮へ続く渡り廊下でシャルルは目的の人物を見つけて捕まえることに成功した。
「ねぇ、エレン」
「どしたの?シャルちゃん」
人懐っこいエレンは色んな人を色んな呼び方で呼んでいた。
「えっとさ…裁縫とか、得意?」
「…あんまり」
エレンはとんでもなく肩を落とした。
「えっ、いや、私も得意じゃないよ。そんなにしょんぼりするほど?」
「シスタークロエが得意なの…」
聞けば、エレンが憧れるシスターがとても得意なのだそうだ。保護児童院の子供たちの服も、保護院の女性とともに彼女が縫っているらしい。
だから自分も!と頑張ったのだが、どうやってもうまくいかなかったそうだ。
「人には得手不得手があるって言うから」
「そうなんだけどねぇ。…私、お金ないしヘンリーに何かあげたかったんだ…」
学園の特待生である彼女たちは授業料や寮費、食費、制服や教科書ノートのような雑費は全て無料だが、それ以上の補助はないので物品を新たに購入して渡すことはできない。保護院に布と糸と針なら寄付のものがあるから、ヘンリーの持ち物に何か刺繍をしたかったと言う。
「服とかは難しくて」
「わかる〜。型紙で切るまではいいけど、縫う時にわかんなくなっちゃうわよね!」
「そうそう〜」
こんな会話は貴族同士ではできないので、シャルルは楽しくなってきた。
「あ、じゃあさ!…保護院の人に、習えないかな?」
「頼めばたぶん大丈夫」
プラス、心ばかりの寄付があればなおいいかな、とも言う。
「お金?」
「ううん。必要なものが保護院の受付にある”ギフトリスト”に書いてあるから、それを見てどれかを寄付すれば大丈夫だよ」
「ギフトリスト???」
保護院、保護児童院、救護院で必要なものが…足りないものが書いてあり、寄付したい人はそれを見てお金ではなく物品を寄付するのだそうだ。
「お金じゃないんだ」
「そう。大神官様…じゃなくて、神殿長様が変わってからそうなったって聞いたよ」
「へぇぇ。あまぞ…ううん、商家さんみたいね」
「うん。洋服もいっぱいあってね、選び放題なの!」
よもや悪役令嬢イアンナがそうしたとはこれっぽっちも思わないシャルルだ。
「じゃあさ、私が何か寄付するから…これから一緒に行かない?」
「うん、いいよー!じゃあヘンリーも」
「ちょ、ちょっと待った!!」
それでは仲良しグループに含まれるルイスにも知れてしまう。貴族である自分が刺繍を満足に刺せないことを。
エレンを引き寄せて耳打ちする。
「出来上がるまで内緒にして、プレゼントして驚かそうよ」
だいたいヘンリーは女子が裁縫をする所を見ても楽しくないだろう。
エレンを解放しろと「まだかー?」と急かされるのも嫌だ。
「プレゼント…」
「布代とかは出世払いでいいから」
街へ遊びに行く時に財布役になっているのはシャルルとルイスだ。一緒に楽しみたいから!と無理を言って払っているのだが二人は最初渋っていた。
なので「出世払いでいいから」と言って、やっとこさ、払うことに納得してくれたのだ。
「いいの?」
「うん!糸もたくさんあるんだ。妹が送ってくれたから」
予想以上にシャーリーは色とりどりの刺繍糸を送ってくれた。刺繍を刺す時に使う輪っかの道具も複数あるし、針もどういう場面で使うのか分からないが数種類ある。
これ私に使い切れるの?と思ったのは内緒だが。
その話をすると、エレンの目がキラキラしだした。
(よし食いついた!!)
「ね、女の子の秘密ってやつ、いいでしょ?」
「…たまには、いいかな?」
「いいってぇ!だいたいヘンリーったらべったりくっつきすぎだよ」
授業中も、演習中も、放課後も、お互いの寮に行くまではずっと一緒だ。
唯一、エレンが神学を学んでいる間は別の教科なのだが、授業が終わるとエレンのいる教室に迎えに行く徹底ぶり。
小さい頃から一緒だから違和感がないのだろうが、周囲からは夫婦よりも仲睦まじいと若干揶揄されている。
「そうかな?」
やっぱり全く違和感がないらしい。溺愛コースまっしぐらにちょっと羨ましいシャルルだ。
「たまにはいいじゃん〜」
シャルルが甘えてみせると、お姉さん気質のエレンは笑った。
「しょうがないなぁ」
「やった!エレン大好き!!」
思わず抱きついてきたシャルルにエレンは驚きつつ抱きとめ、クスッと笑ったのだった。
(素直じゃないなーシャルちゃん。ルイスは下手でも気にしないと思うよ?)
記憶力の良いエレンは過去に話した内容とシャルルの申し出を結びつけて、裁縫が得意じゃない女の子が好きな男の子のために内緒で習おうとしている、と判断していた。
(私もヘンリーにあげたいし…いっちょ頑張りますかー)
そろそろ脱・お友達をしたい。
ヘンリーはいつも自分を護ってくれるし最優先してくれるが、それが保護児童院からの延長なのか愛情なのか…おそらくは愛情からくるものだろうが、少し物足りないと思っていた。
(あんな事があったから、手も握ってくれないし)
大神殿の最低最悪な時代に貞操の危機があったせいか、ヘンリーは気を遣ってエレンに触れない。
そのため、同じ院出身だから一緒にいるだけじゃない?と囁かれていて、一部の女子生徒はヘンリーに恋文を送ったり、告白したりしているのだ。
そういう時、彼は自分の預かり知れないところで自分の意思で全て断っているが、そのツケが自分に回ってきたりしている。
シャルルと友達になってからは、女子寮でのエレンに対する虐めを彼女が見るとすぐに大声を上げて相手を怒ってくれたので寮長に知られることとなり、くだらないいじめは収束したのだが…。
(うん、今度は私が行動する番だわ)
ヘンリーは自分を助けるために命を落とすところだったのだ。せめて、何かを返したい。
これを逃すと”お返し”は卒業、就職をしてお金を貯めた…しばらくした後になってしまう。
抱きつくのをやめてホッとした笑顔を向けてくるシャルルに微笑む。
「シャルちゃん、ありがと」
たまに挙動不審だけど、温かい不思議な魔力を持つとても良い子だと思っている。
子爵という身分だというのに平民どころか保護児童の自分たちの面倒をみてくれている。お陰で王弟の推薦を受けた事による貴族からのやっかみや擦り寄りも減ってくれた。
「ん?頼んだのは私だけど…?」
「いーのいーの。じゃあ、着替えて街にいこっ!」
「がってんだ!」
(がって???)
たまに不思議な言葉を言う親友の恋が実る事を、神殿に行ったら女神様に祈ろうと思ったエレンなのだった。
◇◇◇
「あいつら、最近何か隠してるよなー?」
ヘンリーが男子寮へ続く渡り廊下を歩きながら、ルイスに文句を言う。
今日は街に行こうと誘ったが、ちょっと用事があるの、と女子二人に断られた。
「年頃の女の子なんだから、秘密の一つや二つくらいあったっていいだろ」
ルイスは苦笑しながら言う。
「それより、魔力制御道具の出来栄えはどうだ?」
「あ、燃えなかった!」
「そうじゃなくて…」
布団針よりも大きい、それでいて針の尖った部分を無くした道具を作って三人に渡してある。
ヘンリーは最初に「燃やしそう」と言ったので、針も糸も燃えにくい素材を使った。
「わかってんよ。…難しーのな」
「どうやってる?」
「ふつーに魔力を乗っけて…てい!って」
どうやら勢いでやっているようだ。ルイスは呆れた。
「先生が言ってただろ!勢いじゃなく、静かなゆっくりとした動作でも均一に魔力を保てって」
「そうだけどさ…」
魔力量が多いとそれが大変なのは分かるが、少しは調節というものをしないのだろうか。
「絞れ絞れ言われても、どうやって絞ったらいいかわかんねぇんだよ」
「でもそうしないと、魔力が切れるの早くなるだろ?」
「…それも分かってる。だから、どうしたらいいのか…」
雑そうに見えてきちんと考えているようだ。ルイスは考える。
(ヘンリーもシャルルも魔力が多すぎるからなぁ…)
シャルルなどは広大な畑に半年の間保てる魔法をかけられるのだ。授業で使うくらいなら問題ないだろうが、卒業後の進路で困るだろう。
(貴族のシャルルはともかく、ヘンリーが魔力制御できないと就職先が限られてくる)
彼ほど魔力があれば王宮魔道士も夢ではないが、制御出来ない場合は辺境の高難易度ダンジョンや鉱山の発破役などに回されてしまう。それは非常に勿体ないし、ついていくエレンが可哀想だ。
「魔力が見えりゃなぁ」
「!?」
思わず、と言った風に呟いたヘンリーの言葉にルイスはぎょっとする。
「…見えないのか?」
そう言うと、ぽかんと口を開ける。
「…え、見えるのか?」
「普通見えると…あ、お前ら普通じゃないか…。ちょっと待て。考える」
二人の魔法の使い方は一撃で遠慮なくドーンと使う。先生も呆れるほどの威力だ。
その姿は楽しそうで…感覚で魔法を使っているように見えた。
(ある意味天才なんだけどな)
逆に制御は完璧だが的あてが苦手な生徒を思い浮かべる。
(打つ前から当たるかな、とか、外したらどうしよう、とか考えている様子だった…)
魔法を打ったあとも揺らぐ魔力を見て慌てて修正している様子だった。
(自信のなさが魔力制御に現れている)
かたやヘンリーたちは、結果を想像して魔法を使う。当たるのは当たり前。
経緯は…的に至るまでの魔力をまるで見てない。
絞れと言われたら、”結果の規模を小さくする”しかできないのだ。
普通なら魔力を流すパイプの太さを変更するのだが、二人の魔力を流すパイプの太さは威力に関わらず同じなのだろう。多く流すか、少なく流すかはおそらく感覚でやっている。
「なるほどなぁ…俺たちと全く感覚が違うのか…」
「全然わかんねぇんだけど」
立ち止まったルイスにへの字口を向けている。
エレンと一緒に居れないから、その不満もあるのだろう。
いつも一緒にいるのだ、少しくらいエレンを解放してやれと思うのだが幼少期に体験した出来事が彼をそうしている。
(こういう真っ直ぐなヤツは無理に言うと意固地になる)
それはシャルルもそうだ。
「ちょっと実験体になってくれないか」
「は?」
「魔力制御用の道具を変えようと思うんだ。…うまく制御できるようになって、二人を驚かそうぜ」
「ええ〜」
面倒くさそうだ。ルイスは真面目な顔を作って言う。
「お前さ、王宮魔道士になるんだろう?」
「まぁな」
シスタークロエと聖女が大好きなエレンのために、王都で就職先を見つけたいと言っていた。
ヘンリーなら夢ではないと、王弟にも言われたそうだからきっとその職につける。
彼は期待されているのだ。
足りないのは、熱意だけ。
「今の状態じゃ無理だぞ」
「えっ」
ハッキリ言うと驚いたようだ。ルイスは呆れる。
「だってなぁ。威力が高すぎる魔法を10回使って倒れる魔道士なんていないぞ?」
「うっ…」
「それに、王宮魔道士を目指す奴らなんて山程いる」
「そうなのか?」
「ああ。試験もあるし…ウチでも過去に出された設問集を取り扱っているけど、飛ぶように売れるからな」
二浪三浪は当たり前。中には20回落ちている人もいる、と言うと顔が青くなった。
「に…にじゅっかい…?」
試験は一年に二回。ということは、10年かけても受かってないということだ。
「そ、そいつってどうやって生活してんだ…?」
「貴族だよ。伯爵家だったかな?そこの三男だとかで…だからそんな事できるんだよ」
毎年今年の分も、と声がかかるのでいつ受かるか内緒で賭けられていたりする。
(まぁ、そんなに長い間受ける人はその人だけだけど)
大体の人は三回落ちたら諦める。試験代もかかるので、お金に余裕のない平民は懸命に働いて数年掛けてやっと一回受ける、という有様。なので三回と言っても同じくらいの年数がかかっている。
「この学園に通ってる生徒なら、卒業前にある初回の試験だけは無償で受けられる。…そこで受からないと、一度どこか別の場所に就職しないと試験を受けられないぞ?」
しかもここは王都。そこいらにあるような普通の技能では就職出来ない。
王立学園の卒業資格よりも、技能や人柄、そして即戦力が優先されるのをルイスは知っていた。
その事を話すと少し現実がわかったのか、ヘンリーの顔がすぅっと引き締まった。
「…頑張る」
「そうだな」
問題はどう頑張るか、なのだが。
「試験はお前の頑張りでいい。魔力制御は、俺に任せてくれよ」
「あー…それでさっきの実験体か」
やっと分かってくれたらしい。
ヘンリーには現実が必要なのだ。
「うまくいったら、シャルルも使うだろうから」
「なんでだ?」
「だって、同じような魔力制御のお前が先を言ったら悔しがるだろうから」
「あ、それ分かる」
シャルルは可愛い顔とは裏腹に、かなりの負けず嫌いだから。
「じゃあ、この後俺んち行こうぜ」
「おう、目にもの見せてくれるわ!!」
悪役のようなセリフを吐いてやる気満々になったヘンリーに苦笑するルイスなのだった。
◇◇◇
その一ヶ月後。
別々の場所で少年少女たちは歓喜の声を上げていた。
サイド:女子チーム
「やっと…やっとできたぁぁぁ!!」
「シャルちゃんおめでとう!」
周囲に居るシスターや保護院の女性も拍手をしてくれている。
「苦節十年…いや、一ヶ月だけど…」
「最初は布が血まみれになったもんねぇ…」
エレンは感慨深く、シャルルが掲げたハンカチを見る。
彼女らしい図案だ。きっとルイスは喜んでくれるだろう。
「エレン、待たせちゃってゴメン」
「いいって。私のも最初のはちょっとアレだし…」
エレンに必要だったのは”慣れ”だったようで、何度も同じ作業をしている内に糸で描く線が綺麗になっていった。
「二人とも、頑張ったわねぇ」
シスタークロエも褒め上手で、どんどんと刺繍がうまくなっていった。
といってもやっと、バザーに出せるかな?くらいの出来栄えだが。
「なんか…好きになれた気がする」
「うん。勝手に苦手って思ってたかもね」
シャルルの言葉にエレンも同意する。
二人が刺繍を刺したハンカチを見ながら、シスタークロエは「あら?」と声をあげる。
「どうしました?」
「何か…付与されているような…」
じっとハンカチを見ている。彼女は少しだけ”鑑定”の技能を持つのだ。
だから聖王国から派遣された神官たちの不正を早くから見抜き、子供や女性たちをできる限りで護っていた。
「エレンのは、”結界”の魔法よ。あの子を護るためね?」
「あー…すぐ怪我するから…」
えへへ、とエレンが照れ笑いしている。
「私のは?」
乙女ゲームのヒロインでも鑑定は使えない。ワクワクして尋ねるが彼女は困った顔をした。
「…なんて言ったらいいのかしら…」
不思議な魔力が宿っている気がする。
「これを刺す時に、何を思い浮かべたの?」
「え?えっと…なんだっけな…」
見れるものが作れればいいと必死だったからあまり良く覚えていない。それでもちょっと不出来だったら、ウチの領地で採れた野菜を今度持ってきてルイスに食べさせよう、くらいだ。
その話を聞いてシルタークロエは微笑む。
「…では大丈夫ね」
「え?」
大丈夫とはいかに。
「そのまま渡してごらんなさいな」
「えっ?ちょっ…一体どんな効果付いてるんです!?」
「私の口からは言えないわ」
「どんな魔法ですそれ!」
…という一悶着があったが、シスタークロエは微笑むだけで教えてくれたなかった。
片付けをして早速これから渡してくる!という二人を見送るクロエに、女性が話しかける。
「どういう効果が付与されていたんですか?」
恋に恋する女の子たちを見て、みんな興味津々だ。
「そうねぇ…一種の魅了かしら…」
「魅了!」
「私を見てって感じかしらぁ」
「きゃあ、可愛い!」
皆、うふふ、と想像しあって笑っている。クロエはそれを見て微笑んでいた。
(野菜のせいかしら…”私を食べて”って気持ちが伝わってきたけど…極々少しだから、大丈夫かしらね)
シャルルは少々不思議な子だが、邪気はない。むしろ、光魔法は強い。
恋人であるオスカーから理由を言わずに”注意してほしい”と言われたが、なんのことはない、ちょっとおませな女の子だ。
好きな男の子に渡すハンカチにせっせと刺繍を刺す、どこにでもいる女の子。
(本人は対価対価と言って気が付かないようだけど)
手を血まみれにしても諦めなかった。
もう少しいいやつ!と言いながら図案を何度も書き直したりしていた。
針を布に刺す横顔はとても真剣で、真面目さが伝わってきた。
(彼女の想いが、通じますように)
そんなシスタークロエの祈りと親友の恋が実りますようにというエレンの祈りに、ちょうどヒロインを観察していた女神ルーナは少々悩むのだった。
サイド:男子チーム
商会の一室、工房のような場所でルイスと職人が息を呑んでヘンリーの手元を見ている。
「……」
少し太いストローのような銀色の筒の中に、ヘンリーが魔力を流している。
片方は穴が開いており、片方は丸い透明な水晶のようなものが穴を塞いでいた。
その水晶が徐々に膨らんでいっている。
(昨日まではこれが割れてしまったけど…割れるまでの時間は長くなっている)
ルイスは祈るように見ていた。
ガラス工房のガラス吹きをヒントに、魔力を制御する棒を造ったのだ。
息のかわりに魔力を流すとスライムを素材とした硬い水晶のような魔素材がゲル化し、徐々に膨らんでいく。
先端に十字の切り込みを入れてあるので、魔力を流しすぎると破裂してしぼんで元の硬質な状態に戻る。
ある程度膨らませたまま維持すると、魔力が行き渡り虹色に輝くようになっているのだが、まだ虹色の状態を見たことがない。
「ここで、維持…」
ヘンリーが低く呟いて魔力を制御している。
額には脂汗をかいていて、普段大技を苦もなくぶっ放している姿とは真逆だった。
(それほど魔力が多いのか。羨ましいな…)
目線で応援しつつ、心の中でそう思う。エレンもそこそこ魔力量が多いし、シャルルは本当に多い。
四人のうち自分だけ少ないのが寂しかったが、シャルルはそういう些細なことは気にしない。自分の自慢だけで、他人が少ないことを卑下しないのだ。
魔力の多さを羨ましいと言ったら、自分の魔力が多いのはやることがあるからってだけで、商人なら別にいらないでしょ、とアッサリと言われた。
(一刀両断って感じだったな…)
片親が貴族なだけに少ないことを悩んでいた自分が居なくなった瞬間だった。
シャルルはこうも言っていた。
人には役割ってものがあるから、あんたの役割には魔力がいらないんでしょ、と。
(俺の、役割…)
ゲーム中でもルイスルートでは、復活した魔王を弱らせるために戦いはするが、それほど戦力にならない。むしろ、ヒロインと二人で材料を探し復元させた古代の魔導具を使って封印するのだ。
お金を稼ぐことや謎解きなどでとても時間がかかるので、魔王封印までの戦闘時間はかなり短くなっている。
…ということを知らないルイスだが、シャルルの言葉に心が軽くなるのを感じた。
授業での些細な会話がきっかけだったが、それ以降、彼女が気になる存在になっていった。
(可愛いとは、何か違うんだよな)
彼女に心を寄せる者は大抵が容姿と父親の爵位、そして財産を見ている。
(そこじゃないんだ)
貴族の令嬢…いや、平民の女性とも違った感性で、楽しく飽きない会話が出来るのだ。
たまに突拍子もないことを言うが、それすらも彼女の個性として捉えている。
「で、出来たぞ!!」
「!」
ハッとして我に返り、ヘンリーの手元を見ると…。
「虹色になった!これで正解だな!?」
ぷっくりと膨らんだ透明な風船が虹色に輝いている。
思わず職人と目を合わせ、彼が頷いたのを見て走り寄る。
「凄いぞヘンリー!」
「こんなの、朝飯前だ!」
と言う割に一ヶ月もかかってしまったが、半分くらいは道具作成に費やしている。
二週間ほどでやり遂げたヘンリーは、やはり大物になるのかも知れない。
「全身使うなぁ、これ」
「はは、魔力の流れを制御しますからね。体を鍛えるのもお忘れずに」
職人は笑いながら彼の手元を満足気に見ている。
まだ、キレイな虹色の風船を維持しているから、会話しながらもきちんと制御している証拠だ。
「どうしてだ?」
「騎士と同じです。腕の力だけでは剣は振れません」
足の踏み込みが弱ければ、みぞおちに力が入っていなければ威力が半減してしまうと言う。
ルイスははたと気がついた。
「…ということは、魔力制御できれば少ない魔力でも今の威力が出せる?」
開発にあたりヘンリーの魔法と魔力量を生で見た職人は微笑む。
「そうですね。今の状態ですと、大変勿体ない使い方をしていると言えます」
「なるほどなぁ…だから魔法の授業でマラソンとかあるのかー」
ヘンリーとシャルルはマラソンが嫌いだ。なんで走り続けなくちゃならないのかともぶつくさ言ってる。
「そうそう、魔力を全身に巡らせると、疲れないと言いますね」
「そーなのか?」
「身体強化という…体の内部に使う魔法ですね。騎士なんかはよく使ってますし、魔道士も結界だけでは防げない攻撃をそれらで防いでいる、と聞きました」
「そんなのがあるのか〜」
魔道士とは魔力と実技でなんとかなるものではない、ということだ。
ヘンリーは納得したように筒を職人へ渡す。
ひゅっと風船がしぼんで元のスライムの核に戻った。
ルイスは考える。
(そんな危険な所に就職はしてほしくないけど…)
「お前は研究者ってガラじゃないもんなぁ」
「おう」
王宮魔道士にも色々ある。騎士と強力をして王都を魔物から護る戦闘員、魔法を生み出す研究者、魔道具を作り出す職人、古代遺跡の探求者などなどだ。
その中でヘンリーに向いているのは戦闘員か探求者。王都にいたいなら戦闘員だろう。
スタンピードなどの持久戦もあると聞くから、魔力が長く続くこと、大量にあることに越したことはない。
「エレンが心配しそうだなぁ」
「連れてくに決まってるだろ」
「あのな」
「人間の中に置いておくよりいい」
「……」
過去のことは聞いている。助かったとしても、忘れられるものではないようだ。
(これについては俺が何を言っても駄目だな)
「そのエレンの」
就職先はどうするんだ、と質問しようとして声が遮られた。
「ルイス、ここにいたの」
「!」
ありえない声を聞いた気がした。
そうっと振り返ると工房として使っている部屋の入り口に、その場に全くそぐわないドレス姿の女性がたたずんでいた。自分と同じ色の目だが、全く違う色に見えるほど厳しい視線。
「バネット…母さん」
「母上と呼びなさい。…それはそうと、あなた、バーグ子爵家の令嬢様とご友人なのね?どうして今まで黙っていたの」
(チッ…バレたか…)
「寮におりましたから」
「手紙があるでしょう」
「ふふっ。…母上は私などの手紙なぞ読まないでしょう」
内容について信じるとも思えない。結果論だ。
「…まだその事を根に持っているの?あれは使用人の手違いだと言ったでしょう」
ルイスが生まれた後、産後の肥立ちが良くないと言って実家へ帰っていた母。
5歳を過ぎても戻らず、拙い手で書いた手紙を送っていたが返事はなかった。
7歳になりようやく戻った母は冷たく、また、自分の顔も分からず手紙の内容も覚えていなかった。
手紙を託した使用人にどうしても教えてほしいと詰め寄ったところ、渡したが捨てられた、と申し訳なさそうに教えてくれた。
(まぁ、それはどうでもいい)
「それで、なんの用ですか」
「バーグ子爵家の令嬢様がいらしているの。お茶の席をご用意したから、さっさとこの子汚い場所から出なさい」
「…はい」
どうしてだかわからないが、シャルルが来たらしい。
シャルルが家名を名乗ればまだ貴族だと自負している母が食いつくだろう。
しかも自分の実家よりも爵位が高い。どう考えてもすり寄るのが目に見えていた。
母が去った後、訪れたのは沈黙。
ヘンリーがたまらず声をかけた。
「お前のカーチャン、こえーな…」
「怖くはないぞ。話が通じないだけだ」
いつも自分の都合の良いように物事を曲げる。もう貴族でもないのに、未だにしがみついている。
7歳の時に戻ったのは実家が傾いたためだ。
毎日ドレスを着てメイド3人にかしずかれるという贅沢な暮らしをするために戻ってきた、何もしない女主人に皆嫌気が差している。
お互いの益だけで結婚した二人に愛はないようで、父と母の部屋はいたく離れていた。
自分のためだけに別棟を建てさせ、その場所以外とは全く違う生活をしている母。
そこでようやく、母は平民の暮らしに未だに馴染めないのだ、と悟った。
「ごめん、ジェームス。ちょっと行ってくる」
職人は心配そうな顔だ。
「…お気をつけて」
何かと息子たちに難癖をつけてくる母なのだ。
貴族の女性とお付き合いをして、結婚…婿入りをしなさいとしつこく勧めてくる。
あわよくば自分もおこぼれにあずかるために。
「気をつけようがないな。あ、ヘンリーはこっちにいろよ」
「いや、行く」
「えっ!」
性格的に全く合わないと思ったからそういったのに。
「…楽しくないぞ?」
「シャルルが来たってことは、エレンもだろ」
「あー、そっちか」
ルイスは苦笑した。確かに今日は二人で神殿に出かけると言っていた。
「わかった。じゃあ、お前は汗を拭いておけ。服は…制服だから、このままで行こう」
「おう!」
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