第5話 フラグ掃討 その1

「なんだ、ここは…どうなっているんだ」

 騎士が腕の中にマントで包んだ少女を抱きながら、苦しげに呟く。

 先程、売春をされようとしていた所をすんでの所で救ったのだ。

 相手は、神官の服を着ていた。

 傍らで作戦に参加した冒険者も、憮然としている。

「少なくとも神殿じゃない。…地獄だな」

 スタンピードより酷い、と呟いた壮年の剣士は別の部屋へと入っていく。

 そこには鎖に繋がれ壁に貼り付けにされた赤毛の少年がいた。

「おい!治癒できるやつ、頼む!」

 鍵は先程捕縛した神官から奪い取ってある。

 手枷足枷の鍵を外すという慣れない作業をしていると、冒険者の治癒師がやってきた。

「酷い…」

 治癒を施すと、苦しげな顔が眠るような顔になる。

「この子も外へ」

「はいっ」

 若い騎士へ託すと、他の子供も救出にあたる。

 神殿に併設された治療院へ続々と子供たちや女性が運ばれて行く。

(こんなにも、腐っていたのか…)

 大神官を更迭するのに1日、そして神殿へ突入するために部隊編成をしたのが昨日。

 とある貴族令嬢の予見からたった3日後の話である。

 騎士団長のユージンは運び込まれる状態の酷い者たちを中庭で見ながら、もっと早くに踏み込むべきだった、と奥歯を噛み締めた。

「おぇぇ…」

 少し離れた木の根元では、今回の作戦に参加させよ、と王妃に命令され連れてきた息子が嘔吐している。

 7歳の子供にはキツイ光景だが、ユージンは手を貸さずに見守ることにした。

 なぜなら、別室で同じ年齢の貴族の令嬢がこの地獄を作り上げた神官を断罪しているからだ。

 神殿の掃討作戦をするきっかけになった予見をした少女は不思議な力を持ち、聖石を大量に縫い付けた服で隠したとしてもその者の性質を見抜くらしい。

 傍らに黄金色の獅子のような髪をした少年だけを従え、次々と裁定して神官を牢屋送りにしている。

 幼いながら作戦へ参加する決心と強い眼差しを見たからには、ぬくぬくと真っ直ぐすぎるほどに育っている息子に手を貸すのは間違いだと思われた。

「ユージン、どうだ」

「ディラン」

 背後から来たのは宰相のディランだ。傍らには青い顔をしたアイザック王の叔父であるアルフィ司教もいる。

「どうもこうも。奴隷商の倉庫か、娼館のようだ」

 ユージンは吐き捨てるように答えた。

 孤児院へ貴族が慰問する際は、巧妙に隠していたようだ。今まで誰も気付いていない。

「…なるほど。孤児院にも、救護院にも金が使われていない。有り余るほどの金を得て…その行く先は、あちらか…」

 ディランは北の空を見上げる。今まで国や貴族が寄付した金は全て、神官たちの贅沢と、ルーナ教のお膝元である聖王国ルーナに流れているようだ。

 これから正式に抗議する予定だが、通じている者全てが捕らわれた今、だんまりを決め込むだろう。

 しかしこれで彼の国からこの国に対する圧力や口出しも全て跳ね除けられる。

 考えていた政策が実行できそうで、ディランはニヤリと笑った。

「お前、この状況でよく笑えるな…」

「ん?いや、別のことを考えていた」

 彼等の話が途切れると、アルフィが何かを袖から取り出して2人に見せる。

「これを見て下さい」

 彼の手の上には、半透明の楕円形の白い艶のある石もあれば、大粒の宝石のようなものもあった。

「…石?」

「魔石か」

「ええ、そうです。それも高品質の、です」

 魔石は魔力を貯める石だ。高品質の魔石は魔法を貯める事も出来るので、騎士や高ランク冒険者の間でも重宝されているし、貴族も護身のために複数持っていることが多い。

「…なるほど」

 それだけでディランは分かったらしい。ユージンが首を傾げると、アルフィは言った。

「イ…予見の姫が裁定を行い、神官失格となった者が必ず持っていました。…中には、治癒や浄化などの神聖魔法が入っています」

「!」

 その石を持つ理由は一つしか無い。神官の身でありながら、神聖魔法が使えないという事だ。

 やっと気がついたユージンが尋ねる。

「中身は、誰が入れたんだ?」

「子供を盾に、魔法が使える神官や治癒師を囲って入れさせていたようです」

「どこまでも腐っているな」

 ディランが吐き捨てる。

 道理で神殿がこのような状態でも機能している訳だ。

 神殿は不可侵領域とはいえ、今までこんな物で目くらましされていたとは、非常に腹立たしい。

 ディランはアルフィに質問する。

「予見の姫の裁定は確実か?」

「ええ。それに、裁定後に傷をつければ分かりますから」

 神官の身で、治癒魔法を使えない者はいないはずだ。

 その判定はさすがに貴族の令嬢がいる部屋とは離れた、防音の部屋で行われていた。

「王はさっさと首を刎ねろと激怒していたよ」

「一応、裁判がありますから…」

 ディランの言葉にアルフィは苦笑する。どう転んでも行く末は極刑だが。

 そこへ一人の少年が駆け込んでくる。ボロボロの貫頭衣を纏った痩せすぎの赤毛の少年だ。

 救助された孤児院の子供だが、欠食児童そのものでハァハァと肩で息をしている。

「どうした?」

「俺も!!!俺にも!神官を捕まえさせてくれ!!」

「ヘンリー!!」

 少年の名を呼びながら続いてやって来たのは、真新しいローブを羽織った少女だ。

 その名前にディランは片眉を上げた。

(確か…孤児院にいる、攻略対象の一人ですね)

 少女は少年の腕を引く。

「邪魔しちゃ駄目よ!あっちに行こう」

「俺だって、少しくらい魔法使える!!…お前を連れてったやつを殺すんだ!」

 子供の口から物騒な言葉が出てきたのを見て、アルフィ司教は悲しみに顔を歪める。

「だから、大丈夫だったんだって!騎士様が助けてくれたの!」

 何もなかったんだから、と少女は赤い顔をして言い、ヘンリーと呼んだ少年の腕を強く引っ張る。

(ああ、そう言えば売春されそうになっていた子を救ったと言っていたな…)

 騎士団が踏み込むなり、女性や子供たちがあの部屋へ早く!と急き立てたのだ。

 踏み込んで見れば、薬で動けなくした少女の服を神官が楽しそうに剥いているという場面。

 怒りで頭に血が上った騎士の盾に神官はふっ飛ばされ、重傷のまま連行されている。

(なるほど)

 ディランは少女の様子に身が清い事を知り、そしてヘンリーの状態を観察する。

 攻略対象ヘンリーの物語は、幼馴染が無頼漢に穢されて心を病み亡くなった事から始まる復讐劇だ。

 ヒロインがその心を癒し、復讐心を魔王にぶつけ、新たな人生を共に歩むことを誓うという物語だったか。

 無頼漢ではなく、まさか神官だとは。

(期せずして”フラグ”を折った様子…これで逆ハーレムにはならなさそうですね)

 幼馴染は元気で、ヘンリーは神官嫌いになっただろうが矯正の範疇内だ。

 ディランは彼らの前に歩み寄ったユージンに場を任せることにした。

 ユージンは少年少女の目線に腰を落とすと、その肩に手を置く。

「…ヘンリー君、騎士に助けられた彼女は清いままだ。今はその彼女を護るのが先決ではないかね?」

「えっ」

 自分を助けてくれた騎士が言うのだ。ヘンリーは一瞬考えるように動きを止めた。

「…そうなのエレン?」

 振り返ったヘンリーの頬を平手で打つエレン。

 バチンといい音が響いた。

「だから、さっきっからそう言ってるじゃん!!!」

 真っ赤な顔でそう言われて、ヘンリーはしゅんとなりすぐに謝った。

「ご、ゴメン…」

「もういいから。ほら、あっちにお姫様がいるの。近寄れないけど、見に行こう?」

「えっっ姫???」

「そう!私たちを助けてくれたんだって。ほら早くっ」

「引っ張るなって…わかったよ!あ、おじさん、ごめんなさい」

 ヘンリーはユージンに頭を上げると、エレンに手を引かれて出て行く。

 ユージンは手を振って見送ると、立ち上がった。

「…姫は部屋の中だよな?」

「ええ。でも、見える場所を知っているのかも?」

 アルフィは苦笑しつつ言う。子供ならば大丈夫だろう。

 皆が姫と呼ぶので誤情報が広まってしまっているようだが、王と王妃からはバレてもいい、誇張していてもいい、と言われている。

 ゴードは嫌そうだったのでそれが少し申し訳ない。ユージンがそんな事を考えていると、ディランがくつくつと笑いながら言った。

「そうか…お前もおじさんなんだな…」

「!…ディラン、お前だって同じ年だろう!」

 王、宰相、騎士団長は学園の同期なのだ。

「まぁまぁ、私に比べればまだ2人は若いですから…」

「いえ、アルフィ司教もまだお若いですよ」

 とってつけたように言うディランに、何か役目を押し付けられるのか、と気がついたアルフィは頬を掻いて別室へ行きましょうと促した。

 ユージンは息子を目線で探したが、どうやら復活して作戦に参加しているらしい。

 頑張れよ、と呟きながら自らも護衛任務のためディランたちについていった。


◆◆◆


 何かこそこそとした気配がする。

 それは小動物が息を潜めているような感じだ。

「いいのか?」

「うん。強い悪意とかはないから」

 イアンナは傍らにいるレオに伝える。

「もう仕事、終わったんだろう。帰ろう」

 こんな所にイアンナをいつまでも閉じ込めて置きたくない、と言う。

「大丈夫よ。鏡もこちらからしか見えないし…お茶もお菓子もある」

 急遽しつらえられた部屋は、懺悔室のようにも見える。

 しかし相手からイアンナたちが伺えないマジックミラーから見えるのは、全く反省していないような汚れた心だった。それが魔王の核に強く反応する。

 皆一様に太っていて、貴金属宝石を纏い、白すぎる法衣を着ている。

 こんなにいるのか、と途中で辟易したが…自分にしか出来ないことなのだ。

(ここの子供たちが助かるなら…)

 イアンナは前世を完全に思い出す前から、孤児のことを気にする子供だった。

 どうも彼らを見ると自分だけがぬくぬく贅沢に生活をしてしまって申し訳ない、と思うのだ。

 若干、杏奈の記憶を引きずってしまっているが、イアンナと杏奈は本質が似ているようだ。<ヒカコイ>で継母に虐められなければとても素敵な淑女に育ったのに、と思ってしまう。

「レオ、あーん」

「むぐっ」

 ふくれっ面をしているレオの口にクッキーを放り込む。

 彼しか護衛がいないのは、目くらましのため。

 ガチガチに護衛をしては重要人物が居るのを宣伝しているようなものでしょう?と王妃が言ったためだ。

 お陰でこの部屋に誰がいるとは知られておらず、皆、鏡だと思っているマジックミラーの前を素通りするだけ。

 むしろこの先にある、黒と判定を受けた神官が連行される元大神官の部屋の方が注目されていた。

「そろそろ17時ね…神官はもう掘り出したのかしら?」

 言葉はおかしいが、地下にある倉庫から、屋根裏、建物の隙間などからも隠れている神官が見つかったと聞いている。

「あっちこっちに隠れてるらしいからなぁ。取り損ねないで欲しいな」

 まるで芋のように言う2人だ。

 屋根裏からクスクスと囁くような笑い声が聞こえてくる。

(孤児院の子供かしら?)

 救出された人々は、神官が隠れられそうな場所を洗いざらい話しているという。

 きっともうすぐ帰れるだろう。

 レオはチラリと天井を見てから言った。

「そうそう、なんか姫って言われてたぜ」

「え?…姫じゃないのに…」

 姫と呼ばれるのは王族の王女だけだ。

(ただの侯爵令嬢なのに)

「俺は姫でいいと思うな!アンって綺麗だし!」

「あのね、勝手に決めちゃ駄目なの。不敬よ?」

「いいじゃん、大人は誰もいないし」

「聞かれてたらマズイでしょ」

 上にいる子たちはお腹空いてないかな、と思いクッキーを見ると、レオが一つ手にとって差し出してきた。

「あーん」

「!」

 自分がやるのはいいが、アラサーの記憶のある自分に対してやられるのは恥ずかしい。

(いや今は7歳だけど…)

 意識しなければ少し大人っぽい7歳で済むのだが、意識するとアラサーが表に出てきてしまう。

「あーん!」

「うう…」

 笑顔で差し出されるので断りきれず、口を開けるとチョコクッキーを食べさせてくれた。

 好みまでバッチリ覚えてもらっているようである。

(レオにあーんするのはやめよう…)

 しかしこの後はレオにあーんを強要されるイアンナだった。



 一方屋根裏に居たヘンリーたちは、仲睦まじげに話す小さなお姫様と騎士に釘付けだ。

「かっこいい…」

 エレンがうっとりとレオを見て言うので、ヘンリーは焦る。

 彼女を助け出そうとして乗り込んだのだが、逆に折檻を食らって死にそうになっていたのだ。

 エレンは騎士に助け出されていたこともあって、さっきから騎士様カッコいいを連発しまくっている。

「お、俺も騎士になるぞ!!」

「え?ヘンリーって力ないじゃない」

「ま、魔法使えるからっ」

 適正はあると聞いているし、火種くらいは今でも発動可能だ。

「なら魔道士ね。私は神聖魔法使えるけど…」

 神官はやだなぁ、と呟く。

 問題のある神官は王都の大神殿の中だけなのだが、世界が狭い彼等は知らない。

「じゃあさ、冒険者にしようぜ」

「ダーメ!魔物と戦うなんて…危険よ。せっかく助かったのに。…それより、学園に行きたいなぁ」

「学園?」

 孤児院に行けば自立のためにある程度の事を教えてもらえると聞いていたが、全くの嘘だった。

 日々、雑用ばかり。

 しかし、ここに入ってくる女性に聞く限り王都には紳士淑女の通う学校があり、平民でも推薦さえあれば通えるという。

「あの子達も行くんだろうな」

 エレンは屋根裏の隙間から二人を見る。

 少女の方も珍しい髪色だが、顔立ちはとても美しいし服装も質素にしてはいるが、育ちの良さが滲み出ていた。

「ならさ、そこに行こうぜ」

「え?…15歳からよ?そこまで生きられるかなぁ」

「さっき、シスタークロエが言ってたぞ。これからはきちんと食べれるし、勉強も出来るって」

「そうなの?」

「うん」

「良かったぁ…クロエ様も助かったんだ…」

 シスタークロエは彼等の唯一の癒しだった。

 閉じ込められた者たちの怪我も病気も今まで彼女が居たからこそ、克服出来たし生きてこられた。

 大神官が王宮へ行ったまま帰ってこなくなり、王家へ密告したのではないかと勘ぐった悪徳神官たちに監禁されていたのだが、騎士たちに救い出されたのだ。

「じゃあ、ヘンリーも一緒に行こう?」

「え」

 勉強は正直得意ではない。

「魔道士になるんでしょ?…それに、あのお姫様にお礼を言いたいの、私」

 今日までなんとか無事に生きてきたのだが、朝食にしびれ薬を盛られて倒れた時は、もう終わりだと思っていた。

 騎士に助け出されて仲間たちの元へ戻れば、神官たちの悪事を見破った姫がいる、と聞いた。

(王女様は今いないから…でもきっとあの子は貴族。それなら学園に通うはずだわ)

 平民からは貴族に対して馴れ馴れしく話しかけることは出来ないが、学園だけは身分平等という不思議な規則があるというので、そこでなら会話もできるだろう。

 ヘンリーは熱心に小さなお姫様を見つめるエレンの横顔を見て決意する。

「分かった!じゃあ、俺も行くよ」

「やった!ヘンリー大好き!」

 首に巻き付かれ、思わず真っ赤になるヘンリーだがここは暗闇のため分からない。

 ヘンリーはエレンを抱きしめた。

 そしてその重みを、温かさを大事にしよう、護ろう、と決意するのだった。

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