第3話 誰が為のフラグか
そして登城の日を迎えた。
王城より迎えの馬車が侯爵家へ到着し、ゴードとオリビア、そしてイアンナが乗り込む。
デリクとレオは心配そうな顔をして見送ってくれた。
その姿が見えなくなるまで手を振ると、馬車の中に押し込まれる。
「令嬢が身を乗り出しては、はしたないですよ」
「はぁい…少しだけ見てもいい?」
「カーテンの隙間からね」
「はい!」
デビュタント前のイアンナは領地から出るのが今日が初めてだ。はしゃぐのも無理もない。
昔からあまり子供らしくない言動でイアンナに驚かされ続けた2人だったが、年相応の姿を見て目を細める。
「髪が…あなたも伸ばせばあのような色になるのかしら?」
イアンナの髪は頭から肩を少し過ぎた部分までは艶のある黒色だが、その先は徐々に緋色となっている。
親の欲目か美しい色だと思うのだが、一部の人間には忌み色と言われる。
特に5歳の時の神殿での洗礼で、大神官に蔑まされた目で見られたのが一番、二人を苛立たせた。
ゴードもオリビアもそれ以降、神殿には近づいていないし寄付金も減らしていた。
「ああ、きっとなるだろうな。儂の祖母がそうだったから。イアンナを見たらさぞ喜んだだろうが」
既に他界してしまっている。その祖母の息子であるゴードの父は祖父に似たのか髪は銀色だった。
だからハッセルバック家には黒か銀の髪色の子供が産まれるのが通説である。
オリビアは外に夢中になっている娘を横目に言った。
「…王妃様は、どのような状態なの?」
前日に登城の本来の目的を知らされたオリビアは夫に尋ねる。
「…もう長くはないそうだ。だからこそ、藁にもすがる思いだったのだろう。…子供の見た夢など本来は見向きもされなかったはずだ」
だが、それは仕方のないことかもしれない。一国の王と王妃にしては珍しく、彼等は恋愛結婚だ。
王は王太子の時に、伯爵令嬢に恋をした。
少しだけ身分差のある恋の成就に、国民は一様に祝福したほど王妃は人気がある。
「あの話は本当なの?」
「…そうだ。だが、証拠がない」
王妃をその座から蹴落とそうとしたのかは分からないが、暗殺は今までに多々行われてきた。が、主犯格が見つかっていない。
今回も、王妃が倒れたのは暗殺者の仕業だと思われた。毒ではなかったのに一向に回復しない。
王は重い病だと発表したし、一部以外の貴族も平民もそれを信じて王妃の回復を日々祈っている。
だと言うのに、神の奇跡は王妃へ届いていない。
「…そのような状態の王宮へ、子供を連れて行きたくないわね」
「ああ。本当に」
これで妻と娘に何かあったらどうしてくれよう、とゴードも思っている。
だから彼等の馬車を守る騎士は、まるで王族の護衛のように多い。
王はそれなりの人数を用意したが、親友の騎士団長が命を狙われたばかりの侯爵夫人のために増やしてくれたのだ。
しばらくの間は領地内を休憩を交えて走り、王都の門が見えてくるとイアンナが声をあげる。
「お父様、お母様、見えてきたわ!…大きい、あれがお城??」
身を乗り出そうとした可愛い娘の腰を掴んで膝の上に乗せたゴードが言う。
「そうだぞ。手前のは王都を囲む城壁だから…まだまだ遠い。あの上だけ少し見える塔で、私は働いているんだ」
「すごいわ!」
屈託なく笑う娘に、そうだろうそうだろう、とゴードは目尻を下げて頷いた。
その間にもどんどんとお城は近づいてくる。
「あのお城の舞踏会でお父様と会ったのよ?」
「舞踏会!!…みんなドレスなの?」
「そうよ、色の洪水よ!…あの時は、翡翠色のドレスを身に纏っていたの。そうしたら翡翠色の瞳のお父様がいたのよ」
うっとりとオリビアが言うと、イアンナもうっとりとした顔になる。
ゴードは苦笑しながら言った。
「そうだったな…。緋色の瞳に射抜かれてしまったよ」
「なんて素敵なの!」
自分もそんな恋がしたい、と娘が目を輝かせている。
彼等も貴族には珍しい恋愛結婚だったのだ。なお、オリビアは伯爵家の娘なので、身分差もあまりなくすんなりと結婚が出来た。
イアンナもデビュタントを終えれば、もちろん王城の舞踏会に出席させる予定だ。
そこで素敵な男性を捕まえてほしい、もしくは、いずれ通う学園でもいい。素敵な恋をしてほしいと2人は願っていた。
王都の門をノーチェックで通過し丘の上に立つ王城へ到着すると、騎士団長のユージンが待っていた。
「おう、ゴード。今日の護衛は俺だ」
「忙しいのにすまないな。儂は侯爵なのに…」
彼が日頃護衛するのは王または公爵である宰相だ。手間を増やして申し訳ない、というとハハハと笑い飛ばした。
その様子をイアンナは見てコッソリ思う。
(騎士団長の息子って脳筋だったわよね。親もそうなのね)
ヒロインの攻略対象には騎士団長の息子もいた。
多くの乙女ゲームにありがちな、脳筋な…良く言えば裏表もない真っ直ぐな性格。
だからこそ、ヒロインにのめり込むと悪役令嬢を非常に憎んでくる。
(当たり前だけど、もう息子さんはいるのよね。会わないといいけど)
そんな事を思いつつ、ひっそりとした廊下を歩き連れられていった部屋に居たのは、この国の王妃であるグレース王妃だった。
「グレース様…なんてこと…」
その青白い、生気のない顔を見るなりオリビアが絶句する。
元気な頃は公爵夫人とともに、お茶会でもご一緒させて頂いていた。
その美しい姿が見る影もなくやつれてしまっている。
(少しずつ、精気をとって…病気での衰弱死に見立てているのね。酷いわ)
イアンナは室内の張り詰めた空気に、母の後ろに隠れてドレスをギュッと握った。
(…私の中の核と、共鳴している)
気付いた時からその身にある、魔王の核は邪な物に強く反応する。まるでそれに惹かれるように、それを発するものを取り込もうとするように。それが強ければ強いほど反応するのだ。
だからこそ、呪いが事実だと確定してしまった。
(かなり強そうな呪いだわ…)
あとは自分のことがバレないように言うだけだが、良い案は思いつかない。
(今、私は小さい令嬢だわ。素直に伝えたほうがいいのかも)
そんな事を考えていると、扉が開いて誰かがやって来る。金の髪に金の瞳、白いシャツに黒いトラウザーズというシンプルな装いだ。
しかし両親が丁寧な礼を取ったことで、その人物がこの国の王だという事に気がつく。
「よく来てくれた。…そちらへ座ってくれ」
室内には王妃の眠るベッドから少し離れた場所に、急遽しつらえたのか応接セットがあった。
既にお茶菓子なども用意されている。
国王であるアイザックが座ると、その対面にゴードとオリビアがイアンナを間に挟む形で共に座った。
唯一の出入り口である扉には騎士団長のユージンが扉を背にして立っている。
「今日は人払いをしてある。…して、その娘か」
「は。我が娘のイアンナと申します」
父の紹介にイアンナは両手を膝の上に置いて、頭を下げる。
足がつかないので丁寧な礼が出来なかったが、今日は非公式の場だ。王は疲れた顔でイアンナに少し微笑んで、ゴードへ瞳を向けた。
「なんでもいい、解ることを教えてくれ…」
よほど憔悴しているのか、額に両手をつけて俯いてしまう。
それほど王妃の容態が悪いという事に、侯爵夫妻は青い顔で目を見合わせた。
事前に相談した話の内容、イアンナの夢は不定期で、自分たちに関する未来は先日初めて見ただけで、それ以降ないと言うことを伝えねばならない。
できるだけ王の不興を買わないように、落胆させないように言葉を選んで伝えようとゴードが口を開きかけた所で、イアンナが発言した。
「王妃様には、呪いがかかっています」
「「「えっ!?」」」
王はガバッと顔を上げ、ゴードもオリビアも娘を見る。
何を突然言い出すのかとオリビアが口を塞ごうとした所で、王が強い光を宿した金の目をイアンナに向けた。
「まことか」
小さな令嬢は王の視線を受けてなお、頷いた。
「はい。…病ではありません」
その断言に王は立ち上がり、ユージンに伝える。
「大神官を連れてこい。それとアルフィも大至急だ」
アルフィは城の中にある神殿の司教を務める、アイザックの叔父だ。
「はっ」
国教とは言え、ルーナ教を掲げる神殿は基本的に不可侵領域だ。
それを引っ立てるように連れて来させるとなると、女神ルーナを崇める神聖王国に抗議されないかとゴードはヒヤヒヤしつつ問う。
「今までは、解呪は?」
「しておらん」
王は静かに、そっけなく呟いた。
呪いがわかるはずの大神官に確実にご立腹だ。
これ以上、王に話し掛けるのはやぶ蛇だと外務大臣であるゴードは察して、オリビアに目配せをすると彼女も頷いた。
ここから先は事が終わるまで空気になるしかない。
(…怖かった…)
王の気迫に今になって当てられていたイアンナも気が抜けていた。
「うっ…」
突然、苦しみだした王妃の側にアイザックは駆けつけ、手を握る。
「グレース!…大神官はまだか!」
とても長く感じる十数分が過ぎたあと、きらびやかな法衣に身を包んだ大神官がユージンにお姫様抱っこされてやって来た。
法衣は重く、また、老人とまではいかないが年老いており、更に飽食で太っているので歩みが遅いためだ。
不機嫌そうな顔を隠しもせず、王妃に気づいていながら気遣う素振りもせず、大神官ローガンは王に向かってだけ苦言を伝えようとした。
「一体全体なん…」
「解呪だ。最大級の解呪を行え。命令だ」
「!」
今、神殿は王から命令を受けないものです、などと言えば背後に控えたユージンに即刻切り捨てられそうである。
一瞬口を引き結んだローガンは顔を仮面のように変えて腕を組んだあと、苦しむ王妃に向かって手を差し出し神聖魔法を唱えた。
それをアイザックと、王とどこか似ているが神官服に身を包んだ初老の男性ーアルフィ司教が見つめる。
(なるほど、不正ができないように呼んだのね)
神聖魔法以外を唱えたら、即刻中断できるように。
王は大神官を疑っているのだろうか。
しかし王妃の呪いを、彼女の死後に王子とヒロインが解決するシナリオは<ヒカコイ>では課金対象だったので、無課金でゲームをしていたイアンナは犯人を知らないのだ。
こんな事になるなら課金してでもやっておくんだった、と思いつつ成り行きを見守っていると、ローガンが光り輝く手を下ろして息をついた。
そして、苦しんでいた王妃は沈黙した。
「グレース!?」
「…ご安心を。呪いが解けて苦しみから開放され、眠っているだけです」
抑揚のない声音でアイザックへ伝えると、ローガンは素早くソファにいる3人を視た。
イアンナへ視線を移した際に、その灰色の瞳が少しだけ険しくなる。アイツか、とでも言いたげな目だ。
(ものすごく、嫌な感じ)
しかしローガンは一言二言王に告げると、グレース王妃の枕元から立ち上がり、用は済んだとばかりに退室して行く。ユージンがそのあとを追った。
一国の王相手にずいぶんそっけない、と室内の誰もが考えたが、アイザックだけは考え込んでいる様子で床を見ている。
その後は、アルフィに声を掛けられて我に返った王により医者が呼ばれて王妃を診察したが、心音の乱れもないし今までとは全く異なります、おそらく脅威は去ったでしょう、と伝えると王はグレース王妃のベッドの側で崩れ落ちた。
(これで帰れるかしら?)
アッサリ解呪されてイアンナはホッとしていたが、王は3人を引き止めた。
「もう少し話が聞きたい。今日は泊まっていってくれ」
「…承知致しました」
王が願えば頷かなければならない。
急遽、国外の貴賓が使う部屋を充てがわれて、3人はそこへ放り込まれる。
「ひとまず、なんとかなった…」
使用人が去った後にゴードはソファに座り首元を緩める。
オリビアもほう、と息をついて用意された紅茶を飲んだ。
「イアンナ…何かが視えたの?」
聖職者の中には、邪悪なものや呪いを視認することが出来る者がいるという。
「ううん。なんとなく。夢で見た気がして…」
父がしようとしていた言い訳と同じく、夢で見た事にした。
「今日まで言わなかっただろう?なぜだ?」
「王妃様の顔、知らなかったから…」
父に若干責めるように言われて、言い訳のように伝えると母が隣から立ち上がって父の頭を扇子でペチリと叩いた。
「この子はまだ7歳ですよ!デビュタント前なのです。…この国の重鎮の顔を全員知っている訳がありません」
顔は怒っていないが真剣な様子で、しかし強い声音で伝えると、父はあっさりと謝った。
「すまん…そうだったな。王妃様が元気だったのはもう何年も前か。…会っていなかったな」
正確には赤子の時に会っているのだが、当然覚えていないだろう。
その事に思い至ったゴードはオリビアに対して白旗を上げた。
「まったく…ご自分の娘を信じてあげてください」
「ああ。すまないな、イアンナ」
「い、いえ…大丈夫です」
なんと言ってよいか分からず、イアンナは日本人がよく言う言葉を言ってその場を濁した。
(はぁ…もう、暫くはこんな事ないよね??)
ついでに子供らしくしよう、とテーブルに置かれたクッキーを食べる。
「!」
(お、おいしー!!)
さすが王宮のコックが作ったお菓子である。
家のももちろん美味しいが、素材がより良いものを使っているようだ。
ニコニコしてクッキーを頬張る娘を見ながら、とんでもない運命の元に生まれてしまったのではないか、と危惧していた両親は目を合わせて苦笑した。
自分たちは娘を守るために居るのである。
この先、何があってもイアンナを信じて、守ることが出来るのは自分たちしかいないのだ。
そう決意した2人は、その夜は大きなベッドでイアンナを挟んで寝ることにした。
(2人で寝ればいいのに…)
ちょっと恥ずかしかったイアンナは、二人が寝たあと父に母を寄せて、自分は母の背中でスヤスヤと寝るのだった。
◆◆◆
その夜。
グレース王妃のベッドの側にアイザック王が椅子を寄せて座っていた。
「あなた。私も聞いていましたよ。あの子に無体な事をしてはなりません。あくまでも客人です」
「しかし…」
大神官の言葉を思い出す。
ーアレは魔王と関係する者。
ー醜い髪色に邪悪の気配がする。
ー呪いはアレのせいだ。
「そもそも、あの侯爵家ですくすくと育った7歳の女の子よ?私は伏せる直前に会っていません」
髪色も、侯爵自身が黒髪なのだ。黒は別に忌み色ではない。
「だが、現に魔力は尋常ではないほどある。既に魔王になってるやも…両親すらも騙しているのかもしれん」
「ゴードとオリビアは国のために諸外国と交渉して上手く纏めて働いてくれている。それくらい見抜けるわ。そうでしょう?」
王妃の言葉に王は詰まる。
「しかし、誰もわからないことを見破った」
「子供ですから、皆と視点が違うのではなくて?」
今まで、大神官も、医者も、薬師もグレースの元へ来たが呪いのことは気づかなかった。
その事実をただの子供がひっくり返すなんて。
アイザックがそう言うと、グレースは苦笑する。
「神官はともかく、薬師は領分が違うでしょう。彼等はよくやってくれたわ」
痛みを軽減する薬など処方してもらい、なんとか持ちこたえていた。
それに城の薬師の筆頭は、王弟のオスカーだ。
「まずは、話を聞きましょう。それからよ」
「む…分かった。君が言うのなら」
王妃に非常に弱い王は、渋々頷いた。
「ウィリアムと…そうね、イザベルも呼んで頂戴」
「公爵令嬢も?…わかった」
アイザックはグレースの頬にキスを落とすと、髪を一撫でして部屋を出て行く。
扉が完全に閉まってから、グレースは呟いた。
「私が…居なくならなくて良かった。居なくなってたら、どうなっていたことか」
王は公務の場では強く見せているが、私室では今のように妻のことだけで手一杯になるほど不器用で弱い人だ。
王が弱くなると、国も弱くなる。
その事を周辺諸国に気付かれないように、宰相も、ハッセルバック侯爵家はよくやってくれているというのに。
(でも…もう犯人はわかってしまったわね。明日は答え合わせだわ)
心の中でそう呟くと、明日に備えるために布団を被った。
痛みもなく寝れることがこんなにも素晴らしいとは。
(あの子を絶対に守らないと)
自分を救ってくれた小さな令嬢。
2児の母として、オリビアの友人として、息子の婚約者候補として。
彼女はそう誓うのだった。
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