8−4「決意②」

「貧富の差、格差、差別」


 指折り数え、言葉を続ける老婆。


「差が広がることは互いを分断することにも繋がり、分断は孤立を生み、争いを生み出す。その差を埋めるために、まずは資本の価値を見直し、人々の水準を上げるため、私はこの制度を娘と共に考案し、世界に広めたいと考えたのさ」


「世界に?」と問いかける亮。

「そう、ゆくゆくは宇宙に」とそれに答えるように老婆はウインクをする。


「最初は娘が日本から戻ってきたのがキッカケでね、なんでも夫と自分で社会の扱いに差があると。これからは自分らしく生きたいと言ってきてね。そこから、立場も身分もなく自分の道を進める制度がないかと娘と考案したのが始めだね」


 遠く離れたアメリカの家、若い女性と母親が話す様子。

 亮は、なぜかその光景を知っているような気がした。


「だからね、お母さん」


 そう言って、亮の母親へと顔を向ける老婆。


「アンタは息子と同じく、したいことはないのかい?」


「え?」


 それに亮の母親は面食らったような顔をし、ついで老婆は手に持ったスマートフォンを彼女に見せる。


 そこには中東系の女性に囲まれて赤十字と花火の旗を持つ女性の写真。


「…あ、私が海外の取材に行った時のものだわ」


 驚く母親に「そう、海外派遣の活動に参加した時、お前さんに撮ってもらった写真だよ」と答える老婆。


「懐かしいね、息子さんが大きいから二十年以上も前の話になるかえ?あの頃のアンタは戦地でも物おじしない気丈きじょうな女性だったさ」


 それに亮の母親は目を泳がせ「…ずいぶん、昔の話ですね」と答える。


「今はただのパート社員ですし、ついこのあいだ疲労骨折でうまく歩けないまでになって。息子もそんなに出来が良い子じゃないので、うまく働けなくて」


 話しながらも、辛い気持ちになってきたのかうつむく母親。


「…ふむ、だからここに来たと」と老婆。


「でも、お前さんの人生はまだまだこれから。また写真を撮る気はないかい?」


 それに母親は「でも」と目を泳がすも「ああ、心配事はそのあたりに」と老婆は母親の肩へと手をやる。


「私の孫に医者がいるからね。アンタが仕事ができるように体調面でも仕事面でもサポートできるようなツテを用意しよう。メディアやアーティスト関連に詳しい孫がいるからそっちとも話をつけて、徐々に始める形にした方が良いだろう」


「…でも、私は」と声をあげる亮の母親。


 それに「アンタの目が、まだ写真を撮りたいと言っているように思えてならないのさ」と老婆は彼女の目を見据えて言葉を続ける。


「アンタは、自分にも諦めるように言い訳をしているようだが、くすぶるものがあるのなら、生きているあいだに燃やしておかなきゃ損だとは思わないかい?」


「…!」


 その言葉に亮の母親の瞳が見開かれる。


「疲れているのなら休んでも良い。でも、出来ないからと言って、周りがそうなのだからと言って歩みを止めることは停滞ていたいにしか繋がらない」と老婆。


「停滞は、動かないことと同義どうぎ。生物において動かないことは、死を意味する。アンタは違うだろう?歩みを止めちゃあいけないよ」


「そう…ですね」


 そう言って前を見据えながら「でも、どうして。見ず知らずの私たちに、ここまで?」と老婆にたずねる。


 老婆はそれに「なあに。本当は今日ここに来る予定はなかったのだけれどね」と、かたわらにいる少女に目をやる老婆。


「注文していた品が、何の手違いかここの住所に届いてしまってね。後日に行うこの子の誕生祝いだったんだが、急遽きゅうきょこの場所で回収して渡すことになってしまったんだよ。ねえ、マーゴ」


 そう、名を呼ばれた少女は恥ずかしげに老婆の後ろに行き、手に持った小箱を大事そうにポケットに隠す。


「今年で十一になるのだけれどね、まだまだ人見知りが強くて」と老婆は困ったように微笑んで見せる。


「一応、飛び級で博士号を取ったまでは良いけれど、頭の中はまだ子供だからね。これから社会を学ばせるためにも、子供向けの天文学の専属講師としてリモートワークの授業をさせてみようと思っているのさ」


「よかったら、少し話してみるかい?NASAの話とかもこの子は詳しいよ」と老婆は亮に顔を向ける。


 そう言われ、亮はマーゴに顔を向けると彼女も小さくうなずく。


(なぜだろう、他人という感じがしない)


 そんなことを感じる亮の横で「じゃあ、手配を頼むよレッド」と、老婆が声をかけ、レッドが「ええ、ここまでの音声は録音済みです」とタブレットを叩く。


「…まあ、それにしてもアンタを昨年からここの非常勤として就職させておいてよかったね。おかげで日本の地方都市における市役所の内情も知れたろう?」


 それにレッドも「ええ、おかげさまで」とタブレットから顔を上げず答える。


「いくつかここの課題も見えてきましたからね。雪国ならではの除雪の効率化と福祉課における非常勤に対する給与に釣り合わない仕事内容の問題が…」


「レッド」と、問題を列挙するレッドを老婆はたしなめる。


「マインにも言っているけれど、あんたたちは基本、まじめに働きすぎ。いくら、社会見学に行けば良いと言っても全て自分で処理しようと思ってはならないよ。ウチの会社に任せて少しは休みな。何なら上に言っておくよ」


 それに「えっ…と」と、狼狽ろうばいするレッド。


「ですが、就業時間もありますし。会社にこれからの報告も」


『その辺りのことは、こっちでしておくから任せな』


 気がつけば、レッドの持つタブレットに目の前の老婆と同じ人物が映り『やれやれ』と首を振る。


『この子は本当にサポートAIとの通信をすぐに切ってしまうんだから。この程度の仕事量なら何の問題もないよ』


 それに「おや、私元気かい?」とタブレット画面に手を振り、画面向こうの老婆も『おかげさまで』と声をあげる。


「さすがは娘と孫の完成させた人工知能だね。どうだい、レッドのスケジュールは。働きすぎじゃあないかい?」


 老婆の声に画面の中の人工知能の老婆は『ああ、まったくさ』と憤慨したように声を上げる。


『ちょいと気張りすぎで睡眠時間も体力もやや落ち気味。明日は休みにして整体に行かせるようにスケジュールを組み直してみたよ」


「おや、それは良いねえ」と感心した声を上げる老婆に「…それって、アミ姉さんがハマっているところですか?」と聞くレッド。


「帰ってくるたびに体が軽くなるのは良いんですけど、あれ痛いって」


「いいから、働きすぎは良くないよ」


『そうそう、もうすぐウチの会社に戻ってもらうのだから。体は資本、心身ともに大事にしてもらわなければならないんだからね』


「…いえ、あの」


 レッドと祖母とAIのやりとりを聞いていたマーゴはクスクスと笑う。


「うちの家族、いつもこんな感じなの」


 それに亮も「…なかなか楽しそうだね」と答え「ウチの双子もこんな感じだけれどその比じゃない」と続ける。


「へー、お兄さんの家族って双子なんだ」


 そう聞くマーゴに「いや、亮で良いよ」と答える亮。


「じゃあ、私もマーゴで良い…というかさ」


 そこでマーゴは少しためらいがちに「なんだか、私たち他人という気がしないよね」と答え、亮も「そうなんだよね」とうなずく。


「なんだか、ずっと前から知ってるって感じ」


「俺も、こんなに歳も離れているのにね」


 そう言って笑い合う二人。

 ついで、亮はマーゴの持っている箱に気がつく。


「そういえば、その中には何が入っているの?」


 それにマーゴは「ここにはね」と箱をゆっくりと開け…

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