『差』

8−1「補填」

『…マインもアミも、レッドさえも亡くなった』


 腕を無くし、片目を隠した亮とマーゴにスマートフォンの中にいる老婆は道を指し示す。


『あの子たちは父親さえ違えども私の可愛い孫であることには変わりなかった。それだけに、こんな形で亡くなるのはこちらとしても辛いからね』


「グランマ…」と、何か続けようとするマーゴであったが、同時に足元を揺れが襲い【ウィンチェスター】の天井にぶら下がる電球がいっせいにぶつかり合う。


 そう、先ほどから続く揺れ。

 それは半身の防護服たちが床に飲まれたところから始まっていた。


『…まずいね、連中の遺伝子を取り込み始めたよ』

 

 老婆が指摘した床には、もはや半分以上飲まれた防護服たちの姿。


 服からのぞく色とりどりの神経繊維はまたたく間に床と同化していき、壁も、天井も床の色でさえもきらびやかな色を帯びていく。


 また、彼らの防護服から取り込んだものか。足元には次々とスマートフォンの複製が浮き上がり『こちらです、こちらです』と機械的な音声を出しながら、赤く染まった画面を点滅させる。


『さっき連中のスマートフォンからデータをあさってみたのだけれど。さすが何光年も経っているだけあって、あらゆる空間を連結させることができるほどの膨大なエネルギーが一台一台に搭載されていたよ』


「つまり、あの端末によってアイツらは【ウィンチェスター】の先にある未来から、こちらの世界に来ることができたと言うことね」


 マーゴの言葉に「その通り、さすが私の孫だね」と沈んでいく部屋から退避たいひをうながす老婆。


『ざっと計算してみたが、明らかに太陽五つ分のエネルギーが内蔵されている。それだけの燃料を集め保存する技術を作り出すには、おそらく気の遠くなるような年月がかかったに違いないよ』


「ああ、彼らがそれだけの質量を持つエネルギーを使って惑星に来たから、二次災害として空間異常が起きたと…事象じしょうと前後したのは時差なのかしらね?」


 刻一刻と変化していく空間の中を見渡し、大きくため息をつくマーゴ。


「まったく、レッド兄さんが空間異常から逃した連中が根本原因となるなんて。どっちが先だか、わかりゃあしないわ」


『卵が先か、鶏が先か…』と冗談めかして口にする老婆。


『まあ、他にも要因はあるだろうが。大まかには相互的そうごてきに作用した結果と思ったほうが良いだろうね』


「…でも、あの連中もここまで技術を結実けつじつさせたわりには、かなり脆弱ぜいじゃくだった気がするのだけれど」と首を傾げるマーゴ。


「それに向こうを理想郷りそうきょうとしていたのだったら、あれだけのエネルギーを使って自分たちの今まで住んでいた土地を立て直すか、他の惑星を植民地にするという手もあったはずよ。なんで、ここ?」


『まあ、本能的ほんのうてきに故郷に帰ろうとしていた可能性もあるだろうが…』と、老婆は廊下の角を左に曲がるよう指示を出す。


『連中のログを見たら、かなり向こうも殺伐さつばつとしたところだったよ』


 砂嵐の混じる映像。

 そこには先ほどの防護服たちが食糧と思しき箱を奪い合う様子が見えていた。


『向こうは、エネルギーとなる資源は豊富だったものの、食料については乏しい環境だったようさね』


 防護服たちはドーム上の建物の中で食用の植物などを育てようとするも、明らかに少ない量の食べ物しか取れていないことが見て取れた。


『当初はいくつかのコミュニティが存在したが食糧の不足から上に対する暴動がよく起きてね。上の連中も恐怖政治で下の人間を積極的に粛清して、少ない食料の奪い合いが当たり前となっていたのさ』


 数人以上の防護服たちが、自分たちのいる場所とは別のドームを襲い、食料を奪う様子が見えていた。


『最終的には対立しあったコミュニティが惑星の質量を増大させて…結果、連中はもう住めないと開拓した土地を捨て、故郷の星に戻ってきたようさね』


「…なにそれ最悪。ますます行かなくてよかったわ」


 呆れた様子のマーゴに『ああ、私も見ていてウンザリしたよ』とかなりの高さの段差を上るようにうながす老婆。


『ただ、今言えることはこの世界の天秤てんびんもすでに破壊のベクトルに大きく傾いていると言うことさ。地下道や海洋、今や地殻ちかくにまで空間の侵食が入り込み、全体のバランスを欠いちまっていることは確かさね』


「…まあ、今までグランマの言うことは外れた試しがないからね」と溶岩の流れるエレベーターを一瞥いちべつするなり、あきらめ顔で回れ右をするマーゴ。


「侵食が進んでしまえば惑星の自重で崩壊するのも時間の問題…もはや手の尽くしようがないわ」


『でも、まだ私たちは動ける』と老婆。


『希望を失ってはいけないよ。この先の私たちの行動が未来を左右すると言っても過言では無いからね』


「そうね、まずは歩きださないと」


 そして、マーゴは亮の方を向くと「…ねえ、亮。腕は痛む?」と声をかける。


 亮はそれに「いや」と答えるも老婆は『もう、気づいているとは思うけどね』と言葉を続ける。


『アンタの腕はもう限界。今まで【根】によって支えられていたが体を構成している粒子が形を止めることができない時点まで放出されてしまったからね』


 それに亮は「…やっぱり」と答える。


 そう、薄々とはわかっていた。

 片目を失ってからの自分が薄く引き延ばされていくような感覚。


 最初はレッドによる操作のためかと思っていたが、彼亡き後も亮の肉体が崩れていく感覚はいまだ続き、腕がとれた時にそれは確信へと変わっていった。


「実はね、亮にまだ話してなかったことがあるの」


 気づけば、亮の顔をマーゴが見ている。


「私…」


 ついでマーゴが口を開きかけたとき『こちらへどうぞ!』と、どこか機械的な女性の声がかけられる。


 みれば、壁から巨大な板状のスマートフォンが生え出し、マグマを噴き上げる洞窟の中に合わせるかのように花火の映像を流し続けている。


「…人格がない人工知能もここまでくるとなんだか哀れね」


 マーゴのあわれむような言葉に『まあね』と老婆も答えるも『ただ、この声を選んだのは長男のマインだよ』と続ける。


 それに「ああ、マイン兄さんの元恋人の」と続けるも「でも、あの人も可哀想だったね」と訳知り顔でうなずくマーゴ。


「ポップ兄さんから聞いていたけれど、都内のセミナーで知り合った仲で、理由は忘れてしまったけれど別れた後に空間の事故に巻き込まれた連絡が入って。街に足を運んだところで、私たちと会ったって」


『…まあ、あの子にも色々思うところがあったからね』と答える老婆。


『誰よりも怖がりで、優しかったから…でも彼女の最後を見てから、どこか諦めのようなものが見えていたことは確かさね』


(もう、いいんだ。休ませてくれ)


 ふと、亮の耳元でした声。


 それに『ああ、私にも聞こえたよ』と老婆が亮へと顔を向ける。


『アンタの中には【ウインチェスター】の記憶がまだ残っているはずだからね。残滓ざんしくらいは読み取れるさ』


 ついで『…さて』と老婆は顔を上げ、一行の足が止まる。


『どうやら、何か見落としがあるようだね』


 そこは行き止まり。背後に先ほど入ってきたドアはあれど、周囲には何もなく、ただ筒のような形状の壁が上へ上へと伸びていた。


 老婆の言葉に思わず「え?」と声を上げる亮。


「…それって、【ウィンチェスター】が私たちを閉じ込めたってこと?」


 焦り出すマーゴに『まあ、落ち着きな』と老婆は続ける。


『連中が私らにするのは、閉じ込めよりも排除のはずだ。じゃないとこの空間内に早くも吸収されているはずだしね』


 ついで老婆は『となると、私らはここにくるまで何かしらの見落としがあったと言うことさ』と周囲を見渡す。


『私がここを選んだのは、脱出経路として一番安全な道を選んだ結果。しかし、その理由が検索しても見当たらない』


「…つまり、この先に行くには何がしかのプロテクトがかかっていること?」


 それに老婆は『そう、ただその鍵になるワードが出てこない』と答える。


 マーゴはその言葉にしばらく考え込むも「うーん、全然わからないなあ」と、あっという間に降参したように手を挙げる。


「だって、グランマにわからないことが、こっちにもわかるわけないじゃない。家族だけどさ、何か見落としがあるのなら…」


 そこまで話すマーゴの言葉に、なぜか違和感を感じとる亮。


「あ、あの…」


「ん?」


『何だい?』


 それに、マーゴと老婆はこちらを向くも、あまりに場違いな質問ではないかと思い、ためらいを感じた亮は「いや、なんでも無い」と慌てて顔をそらす。


『…亮くん。何かに気づいたのなら口に出して良いんだよ』


 優しく、さとすようにうなずく老婆。


『こう言う場合、どのような突拍子のないことでも良いんだ。そう言う時に出た言葉は案外思いもかけない結果を出すことがあるからね。私らの役に立つ可能性も十二分にある。笑ったりもしない、話してみな』


 そんな老婆の言葉に亮は迷うも、やがて息を吸い…こう続ける。


「一人、足りない気がします」


「何に?」と問うマーゴだったが、その目がふいに大きく見開かれる。


「そうだ、私たちは全員で六人兄弟…でも、一人の名前が足りていない!」


 ついで、上を向き「ネモ兄さん!」と叫ぶマーゴ。


 その瞬間、亮たちの眼前に巨大な扉が現れた。


 重厚で分厚い鉄の扉。


『ここは、NASAで人工知能を開発していたラボだね』と老婆は声を上げる。


「私の両親の勤め先。グランマはここで作られた試作品を見るために毎日ここに通っていた。事故の当日までそれは続いて。ネモ兄さんもここに来ていて…」


 そこまで話すと「…でも、なんでいまの今まで思い出せなかったのだろう」と困惑するマーゴ。


 老婆はそれに『たぶん、私らの中で認識のズレが生じていたんだね』と答えてみせる。


『それは、この空間異常による可能性が高いが…さて』


 そして、一行は歩き出し…


「君は?」


 気づけば、周囲は白い部屋。

 亮の視線の先には一人の子供。


 その顔にはいつぞやの夢の中で見た少女の顔の面影おもかげがある。


「ああ、祖母の子供姿はともよく似ているからね」


 白衣にネクタイを締めた子供。

 彼は亮の考えが読み取れるかのように話し、微笑んでみせる。


「僕はネモ。五番目の孫にして宇宙科学を専門とする研究者」


 亮の手に持ったスマートフォンには何も映らず、またマーゴの姿も見えない。


「そして今は空間異常の研究者であり、拡大を続ける宇宙の一部となっている」

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