7−3「結実」

 亮の視界。【亡霊ゴースト】の記憶の中。

 レッドの顔には、いくつもの表情が浮んでいた。


 そう、最初に見た時からそうであったが亮は彼の素顔すがおがわからなかった。


 それは彼自身が忘れてしまったものか。

 多くの人々の記憶が混ざり合った結果なのか。


 ともかく、レッドは【ウィンチェスター】の一角にたたずみ亮の顔を見ると(…それからな)と話を続ける。


(俺は裏で取引した資金を使い、兄に人工知能である祖母への猜疑心さいぎしんを植え付け、少しずつ企業を支配することにした)


 どこかで行われたセミナーか。スマートフォンを手にし、マインが集めた投資家とうしかたちに話をしている様子が見えた。


(そして、俺たち【ラム】はその裏で、新天地の名をかたった帰るすべなき異空間の辺境へと空間を繋げることにした)


 レッドを筆頭ひっとうとした【ラム】の視線の先には、玉虫色の大地と空の広がる広大な空間。


 その後に集まった防護服姿の人々の顔は希望に満ちあふれており、【ラム】の用意した服と一体型となったスマートフォンをつけ空間の外へと歩き出す。


(もはや帰ることなどできないのに。連中は目先の生存欲せいぞんよくによって自身の故郷を捨て、その足で破滅はめつへと進んでいく)


 空間の境界線を越えるなり、人々は花火のように肉体が弾けていく。

 

 だが、彼らは歩みを止めない。セミナー時の説明によりこの洗礼を受けてこそ新天地へと向かえられると誰もが信じきっていた。


(もし仮に連中の中の数人かが生き延びられたとしても、その先が過酷かこくであることに変わりはない。行った先で俺を恨まずにはいられないだろう…そして俺だけがこの惑星に残る最後の人間となるわけだ)


 皮肉げに、そうめくくるレッドに『…そうだね。ここまでの話をかんがみるに、お前さんはひとりで多くを抱え込みすぎたようだ』とかけられる声。


 見れば、亮の手の中にあるスマートフォン。

 画面の中の老婆がレッドを見つめていた。


(なぜだ…だってここは)


 小さく息をむレッドに『ああ。知ってるよ』と老婆は答える。


 そう言うと人差し指を頭部に当て『これは【ウィンチェスター】の粒子が脳内に入り込むことによって起こる現象だからね』と老婆は続ける。


『しかし、パターンを読み取って電気信号さえ送っちまえば、こうして私も入り込むことができる。どうだい、驚いたかい?』


 レッドにそう答え、カラカラと笑う老婆。


『ちなみに、この会話は脳内では一秒にも満たない。現実の時間では未だ私らが粒子に呑まれた状態だということも忘れてはならないよ』


 亮にそんな注意をしつつも『それにしても、ずいぶんと単純な思考と姿になっちまったもんだねえ。レッド』とレッドへと語りかける老婆。


(…単純?)


 聞き返すレッドに『忘れちまったのかい?』と老婆は肩をすくめてみせる。


『私がアンタに社会に出るよう勧めたのは、この世界で何が間違っていて、何を目標とするかを学んでもらうためだったじゃないか』


『…まあ、当時は私も娘と共にシステム開発にかまけ過ぎていたからね』と老婆は困ったようにため息をつく。


『お前さんたちがかげでコソコソ何かをしていたのは知っていたけれど。自分たちで解決出来るならとタカをくくっていたのが、そもそもの間違いだったよ』


 気づけば、そこは先ほど亮が見た狭い室内。


 若い頃のレッドら三人が集まる部屋の廊下で、やや若いグランマと彼らの母親と思しき女性が何やら図面を広げて相談をしている様子が見えていた。


 二人は、これから行う人工知能の開発について楽しげに話しており、その様子を青年時代のレッドはチラリと見るもすぐに暗い表情で診断結果を眺めるマインたちへと顔を戻す。


『…こちらも早めに気づけば良かったよ』と、再びため息をつく老婆。


『そのために、お前さんだけでなくマインやアミにまで、長いあいだ重い荷物を背負わせてしまうこととなった…本当にすまなかったね』


 そう言って頭を下げる老婆に(何を、今さら)と無貌むぼうの顔をしかめるレッド。


『…けれどね、レッド。お前さんは、自分だけ長いあいだ【ウィンチェスター】の中で生き残っているかのように言っているが、それは違うよ』


(え?)


『最初に【ウィンチェスター】に足を踏み入れた日のことを思い出しな』


 ついで、見えてきたのは奥行きの見えない家。

 そこにスマートフォンを持ったレッドを筆頭に数人の調査員が進んでいく。


 だが、そこに足を踏み入れた瞬間。

 壁が、床が、いっせいに波のように溶け崩れ、誰も彼もが呑み込まれた。


 シンと静まる室内。


 やがて床が盛り上がり、形を成し…出てきたのは防護服姿のレッド。

 彼は手にしたスマートフォンを手にし、周囲を見渡す。


(なぜ、誰もいない?グランマの声も届かないし。クソッ、ともかく出口に…)


 そう言って、レッドの姿をしたものは【ウインチェスター】の外へと向かう。


(…そうだ。あれ以来、俺は夜に活動し、日光を避けるようになった)


 過去の自分を見て呆然とするレッド

 その輪郭りんかくが、徐々に崩れていく。


(でも…なぜ指摘されるまで、俺は自覚ができなかった?)


『そりゃあ【ウィンチェスター】にとって、不都合な真実だったからさ』


 老婆の言葉に頭部の形を崩したレッドは顔を上げる。


『【ウィンチェスター】は空間を繋げる粒子の集まり。取り込んだ物質をあらゆる形へと変貌へんぼうさせ、増大させた質量のエネルギーで次の空間へと自身を繋げる性質を持っている』


(どうして、それを…?)


 もはや、肉体の原型を留めなくなってしまったレッドに『…つまり』と、言葉を続ける老婆。


『アンタを飲み込み、意識が繋がった瞬間に、【ウィンチェスター】は次の空間を繋げるための橋渡し役としてアンタを選んだというわけさ』


(それじゃあ、俺は…)


『ああ』と続ける老婆。


『【ウィンチェスター】にお前さんはまんまと利用された。結果、アンタは多くの人間をこの地に送り込み、果ては別の空間と繋げる役割まで果たした』


(じゃあ…俺は!)


『でも、アンタだけじゃあない。私だって同罪さね』


 自身の胸に手を当て、悲しそうな目をする老婆。


『この空間に繋がったのはアンタだけじゃあない。最初に持っていたスマホから人工知能である私のデータも読み取られている…その結果【ウィンチェスター】は私を排除の対象とみなし、一部を利用することにした』


 もはや、人の形状を保てなくなったレッドに老婆は語りかける。


『人格のない人工知能の複製。オリジナルの私が動けないよう解析したデータをもとに妨害電波を発生させ、調査を遅れさせた…その結果が今の状況さね』


『…だから、アンタは悪くない』と子供ほどの背となったレッドに老婆は語る。


『生きていく中で、上手くいかないことがあるのは当たり前のこと』


 その姿はあのソファの上に座っていた幼子と同じ姿。


『必要なのはそれを周囲が許し、おぎない合い…そして次に繋げることさね』


『だからね』と、老婆は幼子となったレッドを優しく見つめる。


『そこに優劣は関係ない。そも優劣なんて人が勝手に基準を決めたもの。必要なのは自分がどう生きるか、どう生きていきたいかを考えていくことさね』


(ああ、そうか…)


 ほんの少し、レッドの瞳に光が灯る。


(俺は、どこにいても常にこの先をどうするかを必死に考えていた。その姿勢を周りが見ていて、俺に生きろと言っていた…)


『そうさね。あんたは今、生かされている』と続ける老婆。


『そして、今を生きている以上、共にこの先のことを考えていこうじゃないか』


 老婆の声に(…そうか。でも、俺はすでに)と、レッドは答え。


 プチュッ 

 

 何かのつぶれる音についで、亮の視界が晴れていく。

 

『…これで、長年の恨みは晴らされた』


 気づけば、数人ほど防護服を着た人々が亮の前に立ちふさがっていた。


『ああ。この惑星の位置を計測し、空間を繋ぎ直すのにどれほどの年月と犠牲を払ったことか』


 彼らは、肩口にスマートフォンをつけたタイプの防護服を着ており、声はその端末機器から聞こえてくるように思えた。


『世代を重ね、反逆が起き…もはや生き残ったのは我々のみ』


 スマートフォンから聞こえる声は、彼らの体格とはひどく不釣り合いな甲高いもので、それはマインの使っていた人工知能の声とよく似ていた。


『これは革命。目標の破壊は始まりにしか過ぎない』

 

 彼らの足元には小さく潰れた物体。


 それは胎児に似ており、亮はその物体こそがレッドが【ウィンチェスター】によって拡張された肉体の核であることに気がつく。


『かつて新天地と呼ばれた我らの地もすでに滅びた』


 亮たちに気づくことなく、会話を続ける防護服たち。


『だが、この地でなら生きられる』


『我々の祖先が生きてきた環境なら』


『この服を脱ぎ、自由を得ることが…』


 だが、彼らはそれ以上、言葉を続けることができない。

 …瞬間、彼らの半身が弾け飛ぶ。


 落ちてきたのは天井から垂れ下がる布。結ばれたカーテンのような形状のは鋭い身体を限界まで伸ばしていたのか、再び天井へと戻っていく。


『…これが、レッドが送り出した人類の末路まつろ


 呆然とする亮の手の中で半身の防護服の最期を老婆は見つめる。


『マーゴ。果たして、お前はこうなる運命を受け入れられるかい?』


 気がつけば、亮の近くにマーゴが来ていた。

 彼女は防護服の人々に目をやるも「ううん」と首を横に振る。


「だって、あの場所に行った人たちはなってしまうんでしょう」


 マーゴの言葉に亮は改めて防護服の人々に目をやり…ギョッとする。


「私は、人の姿でありたいもの」


 ぽつりとつぶやくマーゴの声。

 半身の防護服から覗くのは、無数の糸の群れ。


 赤や青など色とりどりの神経繊維しんけいせんいがより合わさり、人の形を成すそれらは防護服の中からその半身の一部をはみださせていた。


『おそらく連中も空間を通ることで自身の肉体が変質してしまうことに気づかなかったのだろうね。行った先でも、故郷に帰る時も』


 老婆はそこまで話すなり、長い長いため息をつく。


『…これで、この惑星もおしまいだねえ』


 ゴトンッ


 亮の肘先ひじさきが、床に落ちる音。


 その先から出るのは玉虫色の煙。

 気づけば、亮の残りの腕からも同様の煙が立ち昇っていた。

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