逃走劇③
結局アミィを抱えたままキスクに入った俺は村人から怪訝そうな顔で見られたが、これ以上怪しまれたらたまったもんじゃないとすぐにアミィを下ろした。自分で走らずずっと抱えられていたとはいえそれなりに疲れたんだろう、ゆっくり頭を前後に揺らして今にも寝そうだ。
取りあえず先に宿だとアミィの手を引いて歩き出す。抱えてもよかったが自分で歩くと言うもんだから好きなようにさせる。結構スピードを上げてきたおかげであの騎士たちは撒けているはずだ。
とはいえ、向こうも俺たちがキスクで休むことぐらい頭にあるだろうから、ゆっくりはできないが。だからといってこのまま大陸を渡ればアミィの体力が持たない。一泊できるかどうか、というところだが少し休む時間ぐらいはあるだろう。
「おやおや、兄妹で旅行ですか?」
「ああ。同じ部屋で頼む」
「お嬢ちゃん、すぐにベッドで休むといいよ。今にも寝そうだから」
「うん……」
髪の色も見た目も全然違うっていうのにムーロの人間もキスクの人間も、よく俺たちが兄妹だと思うなと思いつつそれを口にはしない。勘違いしているのなら好都合、空いていた部屋に案内してもらい今にも寝そうなアミィをベッドに運ぶ。
「腹減ってないか?」
「うん……」
「あー……取りあえず寝ろ」
これは何を聞いても生返事だと判断し、アミィをさっさと寝かせて俺は飯を取りに行く。アミィも飯は食っておいたほうがいいと思ったが、やっぱり子どもなのかどうかは知らないが睡眠のほうを先に欲したようだ。
部屋に戻り急いで飯を腹の中に入れる。ベッドではスヤスヤと寝息を立ててよく眠っていた。俺も一先ず体力回復を優先させるが、アイツらの気配を感じたらアミィが寝ていようとなんだろうとまた抱えてキスクから出ないといけなくなる。
このキスクもバプティスタ国の管轄内、つまりムーロと同じ現象が起きる。騎士に何かを聞かれたら何も答えないという手段を村人が選ぶわけがない。何も知らない人間よりも騎士たちに従うほうが当然だろう。窓から外を眺め、村の様子に目を走らせる。今のところ騎士たちはまだ到着していないようだ。
「……ハァ。ったく、とんでもねぇ拾い物したな」
ただ落ちていた子どもを助けただけが、まさかそれが『人間兵器』と呼ばれるヤツでそれを知ったバプティスタ国の騎士が必死に探して回るだなんざ。我ながらとんでもないことに巻き込まれているような気がしてならない。
とはいえ、この子どもを大人しく騎士に渡すというのも後味悪くなる。バプティスタ国は世界地図で見ると中心部の下にある大陸。その上にはまた別のフェルド大陸がある。
このフェルト大陸というのがまた厄介だ。その大陸にあるイグニート国はとにかく他の国を制圧したがる。すべて自分のものにして自分たちだけが裕福な暮らしをしようという思考を持っている王で、そして国民だった。バプティスタ国はいつも国境沿いで攻め込んでくるイグニート国に手を焼いている。
そこで降って現れた『人間兵器』だ。見た目が子どもだろうとなんだろうと、利用しない手はない。あの金髪は一応見た目が子どものため「保護をしろ」という命令でも受けているんだろうが。
もし俺が国のお偉いさんだったら。例え見た目が子どもだろうと使えるものは使う。
外の様子を眺めているとベッドの上の姿がもぞりと動いた。起き上がり、あちこちキョロキョロ見て眠そうな目をパシパシと動かしている。
「……?」
「起きたか。取りあえず飯と水を腹の中に入れろ」
そう言うとタイミングよろしく小さい身体からクゥ〜と空腹を知らせる音が響いた。恥ずかしかったのか知らないがパッと腹に手を当てて顔を少しだけ赤くさせている。
別に腹が鳴ろうとそんなもん生理現象で気にする必要ないだろ、と思いつつ持っていた軽食と水をアミィに手渡した。
「ここからまた別のところに行くの?」
「ああ。遠回りになっちまったがまた別の大陸の港に行かねぇと」
「おふね!」
「まぁ……目的地はどう足掻いても船に乗らなきゃなんねぇけどな」
ただそのままパージ港で船に乗れていればすぐに目的地のリヴィエール大陸に行くことはできたんだが。今から行くところはリヴィエール大陸と正反対にあるウィンドシア大陸だ。アルディナ大陸には港が一つしかないのが面倒臭ぇなと思いつつ、小さい口で必死に飯を食っているアミィをなんとなしに眺める。
「食い終わったか?」
「うん! アミィぜんぶ食べたよ!」
「よし、なら出発するぞ」
「……カイムはちゃんとごはん食べたの……?」
「お前が寝てる間にな。ほれ、抱えるから来い」
「ア、アミィ歩けるもん……」
「そうかい」
子どものこの謎のプライドってなんなんだろうな。取りあえず歩けるっていうのなら歩いてもらおうと荷物を整理し、すぐに部屋から出る。宿屋の店主が目を丸くして「もう行くのかい?」とか聞いていたが、世話になったと一言だけ告げてアミィの手を引いた。
「次はどこ?」
「そうだな、次は――ああ、クソ」
ただ子どもがうたた寝しただけの時間だっていうのに、もうガシャガシャと耳障りの音が聞こえてきた。もしかして別働隊か。ヤツらに見つかる前にウィンドシア大陸側の出口を目指していたらだ。
「しつこい男は嫌われるぜ?」
「もう逃しはしない」
相当必死に追いかけてきたのか、初めて会った時はあれだけ涼しげにしていた顔の額には汗が浮いていた。ただそれでも態度を変えることはなく、容赦なくこっちに剣先を突き付けてくる。
金髪の騎士は一人だったが、その後ろから今まで見た騎士とは違う部隊がこっちに向かってきているのが見える。明らかに、先頭に立つ男は佇まいが違う。恐らくこの金髪騎士よりも格上の人間だ。
「そこの黒髪の男と傍にいる女児で間違いないか、ウィル」
「はっ、間違いございません」
「そうか。そこの男、随分と手間をかけさせてくれたな。お前もそこの女児と共に処する」
どう見ても金髪騎士と違って腕が立つ男は、きっとこの騎士団の隊長だろう。威圧感が他とは比べ物にならない。アミィはすっかり怯えて顔が真っ青になって必死に俺の後ろに隠れようとしている。
「脅しか?」
「脅しではない。『人間兵器』を生かしておく理由がどこにある。国を脅かすものは即刻始末する」
アミィを利用する、ということはなさそうだが。そもそも最初から生かす考えもなかったというわけだ。逃げていて正解だったなと思いつつ、囲まれつつある中で退路の確認をする。このままじゃアミィだけじゃなく俺も間違いなく始末される。
ところがだ、あれだけしつこく俺たちを追いかけてきた金髪の顔色がよろしくないのが見えた。アイツは確かに「保護」と口にしてはいたが。
「……待ってください、カヴァリエーレ団長。俺たちはあの子どもの『保護』という命令しか聞いていません。『始末』とまでの命令はなかったはずです」
「ウィル、お前は賢い男だがその青さが難点だ。言っただろう? あれを生かしておく理由がどこにもない。ならば我々がやるべきことはただ一つだ」
「し、しかし! あの子……あの、『人間兵器』は、まだ子どもです。保護して我々の監察下に置けば……」
「その間にイグニート国に奪われたらどうするつもりだ?」
何やらいい感じで揉め始めた。頭カッチカチの金髪はどうやら正義感が強いようで、そして無駄に真っ直ぐすぎるようだ。恐らくこの場合はこの隊長と呼ばれている男のほうに騎士たちは賛同するはずだ。まぁ、村人なら金髪騎士のほうかもしれないが。
様子を探りつつ、ゆっくりゆっくりと後退しているとアミィに袖を引っ張られた。目を向けてみたがさっきよりは顔色もマシになっている。
「ねぇ、カイム……あの金色のおにいちゃん、いい人……?」
「さぁな。ただ融通の利かない頭なだけかもしれねぇけど――逃げるぞ」
アミィを抱え込むと咄嗟にしがみついてきた。ほんの僅かにできた隙きを見逃すわけがなく、騎士たちの間をぬって駆け出す。
「生死は問わない。止めろ!」
「ハッ!」
「っ、団長!」
「ウィル、これ以上邪魔をするとお前にも処罰を下すことになるぞ」
「っ……!」
一斉に剣を向けられるが応戦することはせず、かわしながらも出口を目指す。すると真後ろから気配を感じ反射的に身を屈めれば、隊長と呼ばれていた男が俺に対し剣を横に振り払ったところだった。避けずにいたら背中をバッサリ斬られていた。
「女児は置いていけ」
「怯えている子どもを置いていけとか、アンタ中々鬼畜なことを言うな。随分と立派な騎士様だ」
「減らず口を。貴様から始末する」
上から振り下ろされた剣は取り出したダガーで弾き返す。気迫とでもいえばいいのか、そこらの騎士とは随分と違う。手練の騎士だなとひとりごちりながらも、アミィを抱えながら攻撃をかわすのは至難の業だ。だからといって渓谷と同じように放り投げるわけにもいかない。
攻撃を塞ぎかわし続ける俺に業を煮やしてきたのか、剣先が腕の中にいるアミィに向かう。小さい悲鳴を上げて顔を真っ青にしたアミィに対し、ある意味で俺の肝も冷える。
この状態で魔術を暴走されたらこの村もだが、抱えている俺もひとたまりもない。
「っ、団長!」
金髪が目の前に躍り出る。しかも、こっちに剣を向けてきたわけじゃない――自身が団長と呼んでいる男に対してだ。
「何をしている、ウィル!」
「あっ……」
どうしてこんな行動を取ってしまったのか、そういう考えがありありとその表情に出ていた。
金髪の男は団長に剣を向けられ、それだけじゃなく仲間である他の騎士たちにも一斉に剣を向けられる。
「――お前もついてこい!」
金髪男が躍り出てきてくれたおかげで騎士たちの間から抜け出ることができた俺は、男にそう声をかけた。別に俺はその男がどうなろうと知ったことじゃなかったが、腕の中にいるアミィがしきりにとこを気にしていたから仕方なしにだ。
男は迷いを見せていたが、仲間の一人に剣を振り下ろされそれを弾き返したところで俺たちのあとをついてきた。
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