逃走劇②
パージ港に向かって東にあるリヴィエール大陸に渡る予定だったが、恐らくその考えはあの騎士に読まれている。このまま素直にのこのことパージ港に向かったら取り囲まれて捕まるに決まっている。ただ捕まるだけならまだしも、下手したらまたアミィが魔術を暴走させてしまうかもしれない。
擦り傷をアミィから隠しつつ、パージ港へ向かおうとしていた場所を正反対の方向へと向ける。道は他にもある。遠回りになってしまうが強引に突破するよりも、子どもの体力等を考えると別に悪手というわけでもないと小さな手を引いた。
「……あのこわい人たち、追いかけてくる……?」
「ああ、あの様子だとそうだろうな」
「……ねぇ、にんげんへいきって、なに?」
思わず一瞬だけ動きを止める。けれど本当に一瞬だけ。すぐにまた足を動かす。
『人間兵器』だなんて、言葉だけでも決して穏やかじゃないものだってすぐにわかる。その名の通り『兵器』だ。持って生まれた才能、魔術の蓄積量、それを悪用しようと考える人間がいてそしてそういう『兵器』を作り出そうと手を出す。
それを、この子どもにどう説明しろというのか。素直にお前は兵器として使われようとしたと告げろとでも言うのか。見た目も精神的にもまだ子どもがそれを理解できるだろうか。
短く息を吐き出しピンクの髪をわしわしと撫でる。
「お前の名前は『アミィ』だろ。それ以外の何者でもねぇ」
「うん、アミィはアミィだよ?」
「それでいいんじゃねぇの。それより船に乗るのはやめだ」
「……ええっ⁈ う、うみは……?」
「どうせ奴らが待ち伏せしてる。目的地に対して遠回りになるが渓谷を越えて国境沿いのキスクっていう村に向かうぞ」
そう言ったところでそれがどこなのかわからないだろうけど。船に乗れないとわかってショックを受けたアミィをそこまで慰めることもせず、急いでキスクに向かう。だがさっきアミィにも言った通り、キスクに向かうにはまず渓谷を越えなきゃならない。
流石にあの重々しい甲冑姿だと渓谷を越えるのもそう簡単にはいかないだろうが、騎士であるには変わりはないためどうせ馬鹿みたいに体力があるに決まっている。のんびりしているとあっという間に追いつかれてしまう。
子どもの体力であの渓谷を越えられるかどうかというところもあるが、最悪抱えるしかないだろう。手を引っ張ると短い足が必死で俺の後をついてきた。
「わわっ、みどりたくさん!」
渓谷の入り口に辿り着くと真っ先に出た言葉がそれだった。一体この子どもは今まで何を見てきたのだろうか。そもそも出身地はどこだ。まさか生まれながらあのスピリアル島にいたとでもいうのか。それならそれでガキの頃から刷り込まれてきた教育であの場所から「逃げる」という選択肢を取りそうにはないが。
あそこは研究が盛んだがそれに比例して手段も選ばない。どこからか被験者を掻っ攫ってくるという噂もよく聞く。恐らくアミィもその口だと思ったんだが。
「っと、急がねぇとな。足を滑らせて川に落ちるなよ」
「とうめいできらきら〜」
「……落ちるぞ」
見るものすべてが新鮮なのか、街の中でもそうであったようにすべてに興味を引かれている。物見遊山で来たわけじゃないんだぞと内心ぼやきながらその小さい手を引っ張る。
恐らく街での騒動のせいで騎士たちも身動きできていないんだろう、今のところ追手は来ていないようだ。だがあの如何にも頭でっかちというか、金髪のカチカチ頭が簡単に諦めるとも思えない。命令には絶対で、どうやってもアミィを連れ戻そうとするだろう。
あの厄介なヤツに追いつかれる前にさっさと越えてしまおうと、アミィを抱きかかえて段差を飛び越えた。
一応キスクはこのアルディナ大陸の一部で、大陸の中心部であるバプティスタ国の管轄内だ。渓谷はあるがアルディナ大陸の人間は行き来しているため道はそれなりに整えられている。危ない箇所や疲れてきたのを見計らってアミィを抱え、そして足を止めることなくひたすら歩き続けた。
「おい、こっちに来い」
「はぁ、はぁ……アミィ、まだ歩ける……」
「そんだけ息切れしてんのにか。いいから来い。また抱えてやる」
「……でも、カイムも疲れちゃう……」
「お前と鍛え方が違うんだ、一緒にすんなよ。おら」
降りるってバタついたもんだから降ろしてみれば、自分で歩けると言って歩いていたもののすぐに息が上がった。まぁ、さっきの言葉からして俺の心配でもしたんだろうが、それよりもまず自分の心配をしろと言いたい。
少し前屈みになって手を伸ばせば、落ち込んだ顔をしながらもこっちに小さい手を伸ばそうとしていた。そしたらだ、耳障りな金属音が聞こえ顔を顰めながら急いでアミィをこっちに引き寄せた。
「二手に分かれて正解だった」
「チッ……しつこいヤツだな」
「その子どもをこちらに渡してもらおう。その子はただの人間じゃない、人々を脅かす『兵器』だ」
騎士らしく強引に進んできたかと舌打ちをする。こっちが子どもが一緒だったからずっと走って逃げるわけにもいかなかった。
「ハッ、その人々を護ってる崇高な騎士様は子どもを怯えさせるのが仕事ってわけか」
「……どうやら言葉が通じないようだ。君が思っている以上に事態は深刻なんだ。我々に逆らわず『兵器』を渡せ。そうすれば今ならばまだ情状酌量の余地がある」
「おいおい、他所の国の人間を勝手に裁くってか。随分横暴だな」
「偏見で申し訳ないが、君は我々のように真っ当に生きている人間には見えない。裁く理由はそれで十分だ」
それを横暴って言うんだろうが、と内心毒づく。このカチカチ頭に何を言ったところで「兵器を渡せ」と機械のように同じことを繰り返すに違いない。
すっかり怯えてしまったアミィは必死に俺の足にしがみついてくる。国の騎士がどれくらい偉いのかは知らないがこの子どもを拾ったのは俺で、安全な場所まで面倒を見るのが筋ってもんだろう。
「真っ当なことを言っておきながら、どうせお前らもこの子どもを『兵器』として使うつもりなんだろ」
「バプティスタ国は決してそのような卑しいことなどしない! 我々は『兵器』としての子どもを保護するだけだ!」
「どうだか!」
アミィの胴体を掴み、思いっきり放り投げた。それこそ騎士の上を通り過ぎ流れている川へと向かって。放り出されたアミィは目を丸くし、そしてそれは騎士たちも同じだった。唖然と上を見上げて誰も彼も初動に遅れている。
俺はバックルからワイヤーを伸ばし突き出している樹の枝へと括り付け、そのまま騎士たちを飛び越え放り出されたアミィを抱き留め川を越えた。
「び、びっくりした……」
「楽しかっただろ?」
「ふぇ……」
急なことで半ば放心しているアミィを抱え直し、後ろを振り返ることなく地面を蹴り駆け出す。
「しがみついてろ」
「うん!」
このままだとそのまま振り下ろしてしまいそうで、そう口にすればアミィは素直にしがみついてきた。後ろからは怒声が聞こえガシャガシャと耳障りな音が響いてくる。だがあの甲冑であの川を渡れるわけがない。遠回りするしか手段はなく、その間俺は距離を稼げばいい。
更にスピードを上げれば金属音がどんどん遠ざかっていった。このままキスクに辿り着けば一先ずは難を逃れることはできそうだ。
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