逃走劇①

 子ども――アミィはよく眠れたようで起きてきたのは昼頃だった。

 朝食と昼食一緒にはなったもののそれでも別に構わないかと思い、淡々と口に運ぶ隣でこぼしながら食べるアミィを見ているとついつい顔に付いた食べカスなどを取ってしまったりしていた。

 こんなに世話焼きだったか? と自分でも思いつつ部屋に戻り今後のことを考える。アミィは被験者なのだろうから早々に安全な国に早く保護してもらうべきだ。そうなると行く先はここから東――リヴィエール大陸となる。

 リヴィエール大陸に行くにはまず船で渡らなければならない。となると次の目的地は港町、パージ港だ。

 そこまで決まるとあとは早い。ここに長居する理由もないのだから直ぐ様向かった方がいいだろう。時間を掛ければ掛けるほど追手の数は増えていくのだから。

「アミィ、食ったらすぐ行くぞ」

「うん。どこに?」

「別の港町だ。また船に乗ることになるだろうけどな」

「……! アミィ、おふね大好きだよ! 行こっ、カイム!」

 本人は大層『海』が気に入ったらしい。今度は早く早くと急かされ渋々昼食を流し込み宿屋を出た。

 真昼となれば人通りもそれなりに多い。人混みに紛れやすくもなるが、一方で追手も紛れ込んでいる可能性があるということだ。特に寄り道はせずに早くここを出た方がいいのかもしれないとアミィの手を掴み歩き出す。

 だが残念なことに子どもの歩幅は大人より狭いし、早く歩けるスピードもなければ体力もない。こうなれば抱えた方が早いのかと見下ろしてみると、本人は未だに街中に対して興味が失せていないらしい。

「……アミィ、また今度な」

「見ちゃ、だめ?」

「駄目だ。あのでっかい塔に戻りてぇか」

 はっきりと告げれば直ぐ様横に振られる頭に溜め息を吐き、人混みを掻い潜るように歩き出す。そしてもう少しで出られるか、というところだった。

 辺りが騒然とし始め、まさかと思いつつ騒ぎの方へ視線を向けてみる。まだ距離があるためそう良く見えないそれは近付くにつれ徐々に形を成す。

 そこには甲冑を纏った数人の男。そしてその先頭に立つ男はその隊をまとめている奴だろう、黄金色の髪を持った若い男は注意深く辺りを見渡していた。それを見て素早くアミィを俺の後ろへと隠す。

「ピンク色の髪をした少女を見なかったか?」

 声を張り上げる先頭の男の言葉に顔を歪めた。あの甲冑――今いるアルディナ大陸の中心であるバプティスタ国の騎士団だ。

 スピリアル島はどこの国にも属していない独立した都。だと言うのに他所の国が血眼でアミィを探している。たかが、一人の子どもをだ。それはつまりアミィがただの被験者ではないということになる。

 このムーロはバプティスタの支配下にある。その王国の騎士から直々にものを尋ねられたら言わないわけがない。この街に来てからアミィが周りの物珍しさであちこち見て回っていたため覚えている人間は覚えているだろう。なんせアミィの髪色はピンクという珍しいものだからだ。

「アミィ、急ぐぞ」

「う、うん」

 背中を押しさっさとこの街から出ようとした瞬間――一人の男がこっちに指を指し騎士団の男に告げる。

「ピンク色のお嬢ちゃんならついさっき向こうに歩いて行くところを見ましたが……」

 声と共にアミィの手を掴み走り出す――明らかに、騎士団の男と目が合ったのだ。街の人間に悪気があったわけではないということはわかってはいるが、今は忌々しく思う。

「退け!」

 人混みを掻き分けながら門の方へ急ぐ。後ろから複数の足音が聞こえ甲冑が鳴り響く音がかなり不愉快だ。怒号なども耳に届き不安な顔をしているアミィに気を遣っている場合でもない。

 かなり苦しそうな息遣いも聞こえ抱えた方が早いかとアミィを見下ろしたと同時に、目の前から人の気配を感じて急いで顔を上げる。門もしっかりと騎士団によって立ち塞がれていた。

 足を止めれば一斉に周りを囲まれ逃げ道を塞がれる。アミィは俺にしがみつきその肩を抱き寄せる。騎士団の男が剣を引き抜きながら一歩ずつ近付いてきた。

「君がその子を連れ去ったのか? 一体何に使う気だ……返答次第ではここで君を斬ることになるのだが」

「……ハッ、『使う』? 何言ってんだテメェ」

「全くもって白々しいな、知らずに奪っていったと言うのか? その子は――」

 黄金色の顔が険しくなり、刺すような視線がアミィへと向かう。

「人間兵器だろう?」

 勢い良くアミィに視線をやれば、本人は『兵器』という言葉に首を傾げているようだった。だがその言葉でようやくわかった、なぜ身体に直接つけることを禁止されている媒体をつけているのか。しかも首にだ。アミィが飛び降りたあの塔で一体何が行われ被験者に何をしていたのか。そして他国の人間が探していたのか。

「こちらに手渡してくれ」

「……テメェら、こいつ捕まえてどうするつもりだ」

「それを君に答える義理はない。どうしても抵抗するというのであれば――処分する」

 周りの兵士が一斉に剣を構えこっちに向ける。『連れ戻される』ということがようやくわかったのか、小さい身体は震えだしその身体を更に抱き寄せる。

 正直アミィが人間兵器だなんて知らなかったし、ただ落ちてきたものを拾っただけの身でこうやって剣を向けられることなんぞ何ひとつやった覚えはない。だからと言って潤む瞳で「助けて」と訴えてくる子どもを騎士団に「渡せ」と言われたところで、「はいどうぞ」と渡してしまうような人間になった覚えもない。

 状況はかなり最悪なわけだが、どうやってこの状況を打破するかと相手の様子を伺っていると、だ。

「やれ!」

 その言葉が響き渡り剣がこちらに向かって一斉に振り下ろされようとしていた。

「いやぁああああ‼」

 アミィの悲鳴と共に、アミィ中心に魔法陣が展開され突風が巻き起こった。騎士団の人間は風によって吹き飛ばされ中には風の刃が襲ってきたのだろう、血を流している者もいたが風は止むことなく次に上から氷の刃が降り注いでくる。一度にどれだけの魔術を展開させるんだと驚愕していたがその被害は騎士団だけに留まらなかった。

「きゃあああ!」

 風で街の人間も煽られ転んでしまったり、壁に身体を打ち付けたりしているのが視界に入る。腕を眼前に構えて風から身を守りつつ急いで足元に視線を向ければ、うずくまりながら泣き叫ぶアミィの姿があった。

「おい止めろ! 力の制御すらできねぇのかテメェは!」

「やだ! やだぁ! 怖いよぉ!」

「チッ……!」

 舌打ちをしアミィを抱きしめる。その間風やら氷やらが身体に当っていたもののそんなものを気にしている場合じゃない。ただひたすら抱きしめてあやすように背中を叩く。

 そうしてしばらくしてようやく落ち着きを取り戻してきたのか、目を真っ赤にさせながらゆっくりと顔を上げ俺と目が合ってようやく安堵した顔つきになる。俺も内心ホッと息を付いた。

「力の制御ができねぇのか」

 今度は静かに問いかける。本人が落ち着きを取り戻したところで展開された魔法陣は未だに健在で、突風も氷の雨も止んではいない。俺の問いかけにアミィはゆるく首を横に振った。

「……やったこない。やる必要がないって……言われた……」

 研究の奴らはよくもとんでもない教育をしてくれたなと忌々しく思いながらもその感情を落ち着かせるために一度息を吐き、顔を上げその両肩に手を添える。

「取りあえず深呼吸だ。そんで気分が落ち着いてきたら徐々に力を弱めてみろ。できるか?」

「……やってみる」

 言われた通り深呼吸を始めしばらく待ってみると、足元にあった魔法陣が徐々に縮小されていくのが目に入った。今まで制御をしたことがないと言ったわりには筋がいいのか元から持っている才能か。

 やがて氷はなくなり風も止み、上手く制御できたことに安堵の息を吐きその頭を多少乱暴だったが撫でてやった。

 だが辺りは変わらず騒然としており、騎士団は倒れている仲間や怪我をしている街の人間の対応に追われているようだ。俺たちを視界に入れている者はどうやら今はいない。

 俺はアミィを抱え直ぐ様門へ向かいムーロから飛び出した。

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