逃走劇④

「君たちは逃げているつもりだろうが相手は訓練されている騎士だぞ、すぐに追いつかれるに決まってる!」

「んなもんわかってる!」

 後ろでまだグダグダ言っているが喋る余裕があるなら走れと言いたい。俺はまたアミィを抱えて走っているし、後ろの対応はヤツに任せるしかない。

「そもそもなんの考えなしに逃げてるわけねぇだろ!」

「そうなのか……⁈」

 もう少し走ればアルディナ大陸とウィンドシア大陸を繋ぐ橋が見えてくる。

「わわわ~目がまわる~」

「おい! そんな抱え方をして走るな! 子どもなんだ、もっと丁寧に……!」

「そしたら走りづらいだろうがッ! ――よし、見えてきたな」

 ようやく国境を繋ぐ橋が見えてきた。アルディナ大陸とウィンドシア大陸の仲はそこまで悪いわけでもなく、交流もそれなりにある。そういうわけで一般人でもこの橋の行き来は自由だ。一応見張りは立っているものの何かあった場合の時のみ対処するだけで、通る時は軽い検問だけをされる程度だ。

 とはいえ、それは通常時であって。今どこからどう見ても騎士に追われている俺たちがすんなり橋を通れるとは思えない。内ポケットをまさぐった俺はそこから球体を取り出すと、俺たちの様子に気付いた見張りに向けてそれを投げ飛ばす。

「うわっ⁈」

「な、なん、だ……」

 ボフボフっと立て続けに煙に襲われた見張りは二人とも頭をフラフラと動かし、そのまま力なく地面の上に横たわった。

「何をした⁈」

「うるせぇな、眠らせただけだ。アミィ、先に橋を渡れ」

「うん!」

 俺の腕から降りたアミィは素直に先に橋に向かい、唖然とした表情で俺を見ていた金髪にも顎で先を促した。アミィ一人を先に行かせるわけにもいかないと思ったのか、続いて橋へと足を進める。

 二人がしっかりと先に行ったのを確認した俺は、今度は腰に着けているポーチからとある物を取り出した。カチカチと音を立てながらダイヤルを回し、同じように橋に乗った俺は地面に向けてそれを叩きつける。

 最初はただの四角の小物だったそれは叩きつけられたことによって機械が動き出し、ガチガチと音を立てて大きく展開し人間を阻むバリケードへと変化した。

「これで少しは時間稼ぎできるだろ」

「すごーい!」

「い、一体何者なんだ、君は……」

「ねぇねぇカイム! あれってなに?」

「ただのガジェットだ。知らねぇのか?」

「がじぇっと?」

 本当に何も知らないんだなと思いつつも再びアミィを抱きかかえる。それなりの耐久性があり多少は時間稼ぎできるとはいえ、距離は大きく離したほうがいいに決まっている。

 そのまま長い橋を走り出そうとしたものの、金髪から「待て」と声がかかった。ここまで来て今更一体なんだと眉間に皺を寄せながら短く「なんだ」と言葉を返す。

「つい共にここまで来てしまったが……なぜ僕を助けようとしてくれたんだ」

「俺は別にそのつもりねぇよ。戻りたかったら戻れよ。ま、今戻ったところであの頭の固そうな隊長殿が黙っているとは思えねぇけどな」

「……確かに、今戻れば処罰だが……」

「そもそも助けたのは俺じゃねぇ。アミィがお前を気にかけていたからだ」

 アミィが俺に抱きかかえられたまま金髪に視線を向ける。

「だって、おにいちゃんわるい人には見えなかったから。アミィたちのことたすけてくれたでしょ?」

「っ……、そ、それは」

「おにいちゃんが痛い思いするの、ちょっとイヤだなって」

 子ども故に、その言葉に嘘偽りがない。正直な言葉に金髪の騎士の表情が小さく歪む。グッと歯を食いしばって目を手で覆い隠している。

「僕は、子どもに……なんてことを……」

「グダグダ言ってねぇでさっさと行くぞ。追いつかれる」

「……ここから北西にあるラピス教会に向かうといい。あそこは僕たちバプティスタ騎士も負傷した時に世話になっている。事情を説明すれば匿ってくれるはずだ」

「そりゃいい情報を聞いたな。行くぞ」

 どうやら金髪は俺たちについてくることを選んだようだ。次の目的地が決まったのであればのんびりしている暇はないと駆け出す。長い橋だったが渡り終える頃にようやく向こうのほうで騒がしい音が聞こえ、これなら十分逃げられそうだと向きを変えた。


 橋を渡って北西の方向を目指して走れば、ようやくそれらしき建物が見えてきた。道中村でもあれば少しはアミィを休ませることができると思っていたが、残念なことに村など一つもなかったためアミィは俺の背中でお休み中だ。

 途中金髪が代わろうと言ってきたものだから、そしたら頼んだとアミィを一度渡しはしたものの。子ども慣れしてねぇっていうかそれとも不器用なのか。アミィを抱えようとしたもののお休み中のお子様の身体はぐにゃぐにゃしていて、渡した瞬間アミィの頭がぐにゃりともげそうになったものだから結局俺が抱きかかえるままになった。

「すまない……女児を抱えたことがないんだ……男の子なら、あるんだが……」

「ああ、そう」

 俺だってねぇよ、と言いたかったけど。それを言ったら尚更ジメジメと落ち込みそうでそれもそれで面倒だったから結局口を噤んだ。

「おい、あれがそうか?」

「ああ、間違いない。ラピス教会はどんな人だろうと受け入れるから入るには問題ないはずだ。説明は僕に任せてくれ」

「盗人と人間兵器だ、ってか?」

「そ、そんな誤解を招く言い方はしない。ちゃんとオブラートに包むさ」

 その言葉を信じるわけじゃないが、当人が説明するっていうんなら任せるとしよう。

 ようやく教会前に辿り着いた俺たちは、まずは金髪頭が軽く扉をノックした。しばらく待てば扉が開き中から人が現れる。

「これはこれはウィル様、遠征中でしたか?」

「いいや、少し事情があってね……取りあえず入ってもいいだろうか?」

「ええ、もちろんです。お連れの方もどうぞ」

 そう言って金髪と喋っていた人間は俺たちに視線を向け、そう告げると教会の中に入るよう促してきた。自然と金髪と目が合い、向こうが頷いたのを見てその背中に続いて俺とアミィも教会の中へ足を進めた。

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