鯉の食欲

こぼねサワー

【1話完結・読切】

ずいぶん前、仕事ガラミの知り合いのJさんに、ちょっとコジャレた料理屋さんに連れてってもらったことがある。


キッカケは、私が、

「川魚って苦手なんですよねぇ。やっぱ、ほら、どうしても泥クサさが」

って、ナニゲに言ったから。


グルメを気取ってるJさん、

「よし、そんなら、川魚の真髄しんずいを教えてやろう」って。


床の間に壺と掛け軸が飾ってあるようなお座敷で、忘れもしない武藤ベアーのTシャツとジーンズ姿の私は、

「いや、ほんとスイマセン。フツーに居酒屋いくんだと思ってて……」

と、恐縮したものだったが。


おかまいなしのJさんは、お品書きも開かず、とりあえずの瓶ビール2本と同時に、

「大将にね、川の魚をかたっぱしから見つくろってもらって。腕にヨリをかけてもらってよ」

って、仲居さんに。


まあ、旬とか時期とかあるんだろうから、ほとんどは養殖モノだったろうけど。

定番のアユの塩焼きはもちろんだけど、オツクリと魚卵をモリアワセにしたようなやつが、とにかく、めちゃめちゃイケた。

ケイジ以外の魚の種類はぜんぜん覚えてないけど。

ブタに真珠、貧乏人に高級魚。


で、シメにこいコクが出てきた。

鯉料理って、味の主張がはげしいっていうイメージあったけど、濃厚な風味をソフィスティケートした感じで美味しかった。


けど、鯉の身の部分を食べてる途中で、「ガリッ」と。

歯に、なにか、硬いものが当たった。


ワリバシの先につまんだソレをまじまじと見たら、金色のリングだった。

いわゆる彼ピッピが意中のカノジョに捧げる、俗に給料3か月分といわれる、アレ。

すなわち、エンゲージリングのようだった。


「Jさん、まさか、これって、サプライズ? 私に指輪を……」


「ナイナイナイ! 違う違う違う!」

YouTubeで見かけたことある『座ったまま腹筋エクササイズ』ばりに、両手をあげながら全力で腰からスイングして、Jさん、力いっぱい私の妄想を否定した。


いや、こっちは、冗談のつもりだったのに。

――そこまで必死にリアクションせんでも……と、ちょっぴりガッカリしたことは否めない。


とりつくろうように、Jさんは言った。

「それって、あれじゃん、昔話なんかで見たことある。魚料理をナイフで切ったら、海に落っことしてた指輪がハラから出てくるやつ」


「じゃあ、この鯉、池に落ちてた誰かの指輪を食べちゃってたんですかね?」


「だと思う。鯉って悪食あくじきらしいから。なんでも吸い込んで食っちゃうらしいよ」


「へぇ。詳しいですね」


「昔、マンガで読んだんだ。古いお屋敷に住んでる女のヒトが、自分が殺したダンナの死体を庭の池に沈めるんだよ」


「えっ、……まさかの、ソッチ系の話ですかぁ」


「その女が、『鯉は悪食だから、死体をキレイに食べ尽くしてくれて、死体処理にはモッテコイよ』ってドヤってた」


「え、ヤダなぁ、それって……」


「ん?」


「この鯉が食べてたのって、ホントに、ですかね? もしかしたら、じゃなくて……」


「うーん。背中にモンモン入れたコワモテのお兄さんが、ケジメのために左手の薬指をチョッキーン、……それが近くの池にポチャーンと落ちて、……とか?」


「うえぇっ!」

オオゲサでなくメマイがして、顔を冷や汗がつたった。



まあ、結局のところ、指輪は、その店の女将おかみさんが料理を盛り付けしているときに、うっかりナベの中に落としてしまったものだった。


おかげで、とっておきの蔵出し酒を店からのお詫びにサービスしてもらえたから、Jさんは、かなりご機嫌だったけど。

「人肉をむさぼった魚を食べた」という感覚をリアルにバーチャル体験してしまった私にはトラウマが残った。



おわり



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