第36話 王子の伴侶
――たぶんオレ、あの男に敵対視されてるよな。
恐らく、ユンはクアンを特別に好いているのだと思う。
ユンはクアンに対しても容赦なく小言を並べるが、カウカイからホアダイに至るまでの間、ふとした瞬間、彼がクアンに向ける視線が優しいことにリィエンは気づいた。
その好意が、敬意から来るものなのか、恋愛感情から来るものなのかまでは分からないが、彼はとにかく、クアンを奪おうとするリィエンが目障りなのだ。
――それにしても、急にどういうことだ?
恐らく部屋の入り口は、衛兵によって終始見張られている。
大胆に開いた窓の外にも、見張り役らしき兵士の姿があり、完全に自由というわけではなさそうだ。
それでも、牢に比べたら格段に待遇が改善された。
急な扱いの変化に戸惑いを覚えるが、立っていても状況は変わらない。
リィエンは室内を観察しながら、寝台へ向かう。
ベッドに散らされた黄色い花を潰してしまわぬよう拾い上げ、脇に置かれた水瓶にそっと浮かべた。華国では見かけない、南国の花だ。
寝台に倒れ込むと、柔らかな弾力がリィエンを包む。
牢に入れられてから今日まで、ぐっすり眠れた試しがなかった。
寝不足に加え、入浴で体が温まったことにより、リィエンは睡魔に襲われる。
どれくらい微睡の中にいただろうか。
外の廊下をバタバタと走る音を聞いた時、リィエンは飛び起きて扉の方へと駆け出していた。
誰なのかは足音ですぐに分かる。
「クアン!!」
「リィエン!!」
扉が開ききる前に、リィエンはクアンの胸に飛び込んだ。
温暖な国だからか、クアンは日に焼けた逞しい上半身を露出させている。
彼は首に抱きついたリィエンをひょいと抱き上げると、寝室まで連れていく。
寝台にそっと下ろされたリィエンの上に、クアンが覆い被さると、いかにも王族らしい、金の首輪がじゃらりと揺れた。
美しく、愛おしい人が目の前にいる。
それだけで、リィエンの胸はいっぱいになる。
「この服はどうした」
クアンは肌の透ける薄い衣の上を、節くれだった指で撫でた。
「クアンの側近に、これか裸のどちらかだと言われて仕方なく着た」
「これは夜伽用の衣だ」
「ヨトギ?」
リィエンは聞き慣れない華国語に小首を傾げる。
華国出身のリィエンよりも、クアンの方が難しい言葉を知っている。
彼は幼少期から、王となった時に困らぬよう、英才教育を受けてきているのだから当然だろう。
「夜伽とは、夜、共に寝てまぐわうことだな」
「なっ!?」
クアンは目を細めて愉しそうに笑うと、リィエンの唇を奪う。
発情しているわけではないのに、リィエンの体は熱く火照る。
揶揄われただけなのに簡単に反応してしまうのが悔しくて、リィエンは拗ねた口調でホアダイに来てからの扱いに文句を言った。
「オレ、ここへ来てからずっと牢に入れられてたんだけど、どういうこと? 話と違う」
リィエンは薬にされても構わないという覚悟でホアダイに来た。
何が起きてもクアンを責めるつもりはなかったが、真に受けた彼の表情はすっと凍りつく。
「牢だと? この部屋ではなくてか?」
本当のことなのでリィエンは頷く。
やはり、彼は知らなかったのだ。
「側近はクアンの命だって言ってたけど」
「ユンの仕業か……リィエン、本当に済まない。これには深い訳が……いや、牢に入れられていたことに関しては、言い訳できない」
クアンは急に元気をなくし、気まずそうにリィエンから視線を逸らす。
「あはは! クアンがそんなふうに狼狽えるとこ、初めて見た。別にいいよ、たぶんそんなことだろうと思ってたから」
リィエンはそれで話を終わらせるつもりだったが、深刻な表情のクアンは寝台を下りようとする。
「ユンと話をしてくる」
「待って」
リィエンは、彼を追うようにして上体を起こす。
「折角久しぶりに会えたのに、他の男のところに行かないでよ」
クアンがユンの元へ向かってしまったら、それこそ思う壺だろう。
あちらが敵対視するつもりなら、こちらもそのつもりで抵抗してやる。
「リィエン……それは、無自覚なのだろうな……」
クアンは手で顔を覆って呟く。
何を言っているのかよく分からなかったが、結果的にクアンはリィエンの元へ戻ってきた。
「ここにいて」
「ああ。そうするよ」
リィエンはクアンに抱きついて、首元に顔を埋める。
幸いにも今日が命日になることはなさそうだ。
安心したせいか、リィエンの腹はぐうぅと鳴る。空腹だったことを今まで忘れていた。
「お腹すいた」
「すぐに食事の準備をさせる。服も普通のものを用意させよう。説明はそれからだ」
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