第35話 命の危機か
「今日が命日になったりして……」
リィエンは華国語で溜め息混じりに呟く。
今現在、丸裸にされ、ホアダイ王国の広大な浴場で体を洗われているところなのである。
リィエンの世話を焼く少年は片言の華国語を話すが、状況を正しく理解していないのだろう。
ざばりと大雑把に湯をかけ、リィエンの体を流しながら「ダイジョブ」と言って笑う。
――全くもって大丈夫じゃない!
ホアダイに着いてから、既に七日は過ぎただろうか。
その間ずっと、リィエンは豆鹿のマイと共に地下牢で監禁されていたのだ。
陽の光が当たらない、汚くて狭い場所に閉じ込められるというのは、気が滅入るものだ。
食事も、朝夕に味の薄いスープと、干からびた米が出るだけだった。
ボロ小屋で、ひもじい暮らしをしてきたリィエンだからこそ、どうにか耐えることができた。
――これは全て、アイツの仕業に違いない。
ユンという側近の男は、王子の指示だと冷たく言い放ったが、リィエンは違うと思っている。
恐らく、リィエンのことが気に食わないユンの独断行為だろう。
クアンが助けに来ないのは、来られるような状況ではないか、言いくるめられているのか、そうでなくとも何か理由があるはずだ。
リィエンは昼も夜も分からなくなり、寝ていたところを叩き起こされた。
久しぶりに牢から出されたと思えば、こうして全身丸洗いだ。
リィエンはユンによって売りとばされるか、私刑に処されるのではないかと身構え、逃げ出す隙を窺っている。
「少しはましになりましたね」
外で待ち構えていた長髪長身の男は、入浴を終えたリィエンを蔑んだ目で見て言う。
嫌味には腹が立ったが、リィエンはぐっと堪えて「おかげ様で」と返事をするに留めた。
「こちらにお着替えください」
ユンから渡されたのは白色の薄い布だった。広げてみると、向こう側の景色が透けて見える。
「何これ」
「見ての通り、お召し物です」
「こんなに薄いものが?」
ユンは静かに頷く。
彼も、先ほど体を洗ってくれた少年も、布を被って腰紐を巻いただけの簡素な衣装ではあるが、しっかりとした布地を身に纏っている。
この透け透けの衣服が、この国の標準というわけではないだろう。
「そちらが気に食わないようであれば、裸で過ごして頂いても構わないですよ」
他に選択肢が与えられていないのなら、裸よりましだと思って着るしかない。
リィエンは仕方なく袖を通す。
服を着た後、性悪男に案内された先は牢ではなく、大きな部屋だった。
リィエンが山中で住んでいたボロ小屋よりも遥かに広い。
「中へどうぞ」
ユンに促され、リィエンは一歩足を踏み入れる。
入り口からすぐの場所に、木製の椅子や机が置かれ、奥には三、四人分ありそうな寝台が見えた。寝台の上には黄色い花が散りばめられている。
「ここは?」
「貴方の部屋です」
「へ?」
暗くて狭っ苦しい地下牢から、急に日当たりの良い豪華な部屋に連れて来られ、「貴方の部屋です」と言われたのだ。思考停止して当然である。
「元いた場所の方がよろしければ、そちらをご案内いたしますが」
「それは遠慮しておく。で、マイはどこ? 一緒にいた小さい鹿なんだけど」
「あの豆鹿なら餌をたらふく食べ、今頃別の部屋で寝ていますよ。では、私はこれにて失礼します」
ユンは軽く頭を下げ、部屋を出て行こうとする。
扉に手をかけた時、彼は思い出したかのように振り返り、冷たい目でリィエンを睨んだ。
「ああ。私はまだ貴方を認めたわけではありません。賭けに負けただけです」
「どういうことだ?」
リィエンは尋ねるが、ユンが詳細を説明することはなかった。
「くれぐれも陛下に失礼のないよう。何かあったら私の命を懸けてでも、貴方を追い出しますので」
彼はそう言い残して出て行った。
外に控えていた使用人により、重厚な部屋の扉がゆっくり閉じられる。
――全く、何だったんだよ。
賭けに負けたということは、リィエンのことで、誰かと何かを賭けていたのだろうか。
ホアダイまでの道中にそんな話は出なかったが、よく考えればリィエンが理解できるのは華国語での会話のみで、彼らがホアダイの言葉で喋っていたのなら、知らなくて当然なのだ。
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