第25話 唯一持たぬもの(クアン視点)
早く寝たせいか、クアンは早朝に目覚めてしまった。
まだ外は暗く、ケケケと虫なのか獣なのか分からぬ声が聞こえてくる。
クアンは隣で丸まって眠る、愛おしい存在を見つめて顔を綻ばせた。
リィエンを起こさないよう、そっと柔らかな黄色の髪を撫でる。
こんなことを言ったらリィエンに怒られてしまうだろうが、正直、離れたくないと泣いてくれたことが嬉しかった。
リィエンが少しずつ、心を寄せてくれているように感じていたが、自惚れではなかったらしい。
この地に残れたら良かったが、クアンは一国の王となる立場にある。
責務を果たすため、どうしても国に帰らなければならない。
悩んだ末、リィエンとの距離を置こうとした。このままでは、無理にでもリィエンを連れ去ってしまいたくなると思ったからだ。
――リィエンは、やっと見つけた私の愛だ。
ここへ来るまで、クアンはある意味孤独だった。
両親は存命しており、従者にも恵まれている。その日限りの夜の相手だって、いくらでも用意できる。
けれど皆にとって、クアンは次期国王なのだ。
皆、クアンによくしてくれるが、それはクアンを愛しているからというわけではない。
大抵は地位や金目当てだろう。
それで構わないと思っていた。ある時、従兄弟にこう言われるまでは――。
「お前は何もかもを持っているが、一つだけ足りないものがある」
従兄弟は勝ち誇ったように笑った。
「それは一体何だ?」
「愛だよ、愛」
クアンはなるほどな、と思う。
自分は恵まれた人間ではあるが、確かに愛というものはよく知らない。
国や従者を大切だと思う気持ちや、弱きものを労る気持ちはあるが、それは従兄弟の言う愛とは違うのだろう。
以来、クアンは愛というものを探し求めるようになった。
初めこそ、探究心に動かされていたが、従兄弟が妻と仲睦まじく過ごしている光景や、街で幸せそうに笑い合う家族を目にして、次第に人として何かが欠けていることを自覚した。
愛を得られれば、真に立派な人間になれる気がする。
親に「早く伴侶を見つけて世継ぎをもうけろ」と言われても全く気にしなかったクアンが、ついには公務を休み、伴侶探しの旅に出るほど、愛する人を欲した。
けれど、偶然カウカイに行き着いて、リィエンと出会った時に、『愛とは自分を満たすためにあるのではない』ということに気づいたのだ。
それは天啓のようだった。
厄介でしかない異国の人間を助け、自分の食料を削ってでも怪我人に食べさせようとしてくれたリィエンの姿を見て、クアンは一瞬で心を奪われた。
愛とはもっと崇高な――自分を律し、相手に授けるようなものではないだろうか。
リィエンを見ていてそう思ったのだ。
他人に迷惑をかけぬよう、一生懸命自分でどうにかしようとしているところ。一人で生きていくと言いながら、本当は人肌に飢えているところ。
――とにかくリィエンの全てが愛おしい。
リィエンが望むことなら、出来る限り何でも叶えてやりたい。
彼の頑なな心が溶けるまで甘やかして、幸せで満たし、笑顔にしてやりたい。
そう思ったはずなのに、クアンは国を捨てる覚悟ができず、結局はリィエンを苦しめてしまった。
これまでに誰かを愛した経験があれば、もう少し上手くやれただろうか。
そうだとしたら悔やまれるが、リィエンほど愛しいと思える人に今まで出会ったこともなければ、この先も出会える気がしない。
「ん……」
あどけない顔で眠っていたリィエンが、うっすら目を開けた。
「リィエン、起きたのか? まだ夜だ。もう少し寝よう」
そう言って抱き締めると、リィエンはまた寝息を立て始める。
――リィエンなら恐らく、男でも世継ぎに困らないだろう。
クアンはなんとなく、リィエンの秘密を察していた。
しかし、確かめるのは今でなくても良い。リィエンであることが大事で、子を産めるかどうかは、最早大した問題ではない。
このまま放したくない。けれど、リィエンがここに残ると決めたのなら、放してやらなければならない。
リィエンの温かさを感じながら、クアンもいつの間にか微睡の中に落ちていく。
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