第24話 決意

「どう責任を取ったらいい?」

「距離を置かれるの、嫌だ。前みたいに接してよ。どこにも行かないで、側にいて」


 リィエンはヒックと喉が鳴る合間に、途切れ途切れ答える。


「……叶えてやりたいが、私は国に戻る必要がある。だから、これ以上、距離を縮めるべきでないと思った。結果として君を傷つけることになって済まない」

「ずっとここにいればいいのに」


 まるで幼子のようだと思いながらも、駄々をこねた。


「それはできない」 


 意志のこもった力強い声に、リィエンはびくりと肩を跳ね上げる。

 怒られたのかと思ったが、クアンはただ真剣なだけのようだ。


「黙っていたことだが、私は現ホアダイ国王の一人息子、つまり次期国王となる立場だ」


 彼は緑の美しい目で、リィエンを真っ直ぐ見つめて言う。

 その瞬間、リィエンの思考は停止した。


「……は?」

「この地へは、お告げに従い、伴侶を探しに来た。悩んだが、決めたよ。リィエン、離れたくないという気持ちがあるのなら、どうか私についてホアダイへきてくれ」


 リィエンはしばらく固まった後、絶叫する。


「はぁぁぁぁ!?」


 驚きで吃逆しゃっくりがピタリと止まった。


 裕福な家の息子だろうとは思っていたが、まさか王族、しかも次期国王だとは。


 幼少期を華国で過ごしたリィエンには、皇帝の概念が薄っすら頭に残っている。


 皇帝や王というのは村のおさとはわけが違う。普通の人間は一生かけても会うことが叶わない、崇高で絶対的な存在なのだ。


「駄目だろうか」

「そんなこと、急に言われても……王族って、冗談だよな?」

「本当だ。お告げのことなど半信半疑だったが、今はリィエンこそが運命の相手なのではないかと思っている」


 動揺するリィエンの頬を、彼の大きな手が優しく撫でる。


「運命って……男との結婚なんて許してもらえるわけないだろ。世継ぎはどうするんだ」

「どうにかしよう。元より私は、異性に性的な興味が持てない人間なんだ」


 クアンはリィエンの体を支えながら、ゆっくり寝床に押し倒す。


「好きだよ、リィエン」


 その言葉に胸がどくりと疼く。


「本当に?」

「嘘をつく必要がどこにある」


 彼の甘やかな声音と、蕩けるように優しい眼差しに、リィエンの猜疑心は薄れていく。


 がっしりとした背中に手を回し、彼の首元に顔を埋めて息を吸うと、仄かに甘い香りがした。


「いい匂い」

「私もリィエンの匂いは心地良い」


 クアンもリィエンを真似て、首元の匂いを嗅ぐ。それから顔を上げ、慰めるように優しくリィエンの頭を撫でた。


「眠いのか?」

「ん、眠くなってきた」


 昂った感情が一気に冷めたせいか、ほっとしたからか、まだ夕方前だというのにリィエンは強い眠気に襲われる。


 眠るには惜しいが、眠ってしまいたい。

 葛藤していると、クアンは体勢を変え、リィエンの首下に腕を差し入れてくれる。


「日中、出掛けた疲れが出たのだろう」

「一緒に寝てくれる?」

「勿論だ」


 リィエンは彼の逞しい体に抱きつくようにして眠った。


 そして、久しぶりに母親の夢を見た。

 母はいつものように獣姿のリィエンを撫で、優しい声で語りかける。


「もし、この人のためなら死ねるという人が現れたのなら、その時は正体を明かしなさい。母さん、後悔していないのよ」


 素直に頷くことは未だにできなかったが、リィエンは母の言わんとしていることが、分かるような気がした。


 親しい誰かと別れることは、辛く悲しいことだ。心を許した誰かに裏切られるようなことがあれば一層、深い苦しみを味わうことになるだろう。


 それなら最初から一人でいた方が良いと思い、リィエンは孤独を選んできた――けれど、思い出してしまったのだ。


 一人では決して得ることのできない、泣きそうなほどの温もりと幸福の存在を。


「母さんは正体を知られて、殺されても良いと思うほど、父さんのことが好きだった?」

「ええ」

「父さんに裏切られて、辛くなかったの?」


 母は首を左右に振り、柔らかく微笑んだ。


「いつかその日が来ても構わないと覚悟していたもの。それに、父さんは裏切ってなんかいないって信じてる」


 初めて聞く言葉だった。

 生前、母の口から聞いた記憶がないので、リィエンが夢の中で都合良く作り上げた、妄想だったのかもしれない。


 どういうことかと母親に尋ねたが、夢はそこで終わってしまった。


 意識が浮上すると、眼前にクアンの胸板がある。リィエンは存在確かめるように、彼の鼓動を聞く。


 ――オレは、クアンのためなら死んでも良いと思えるだろうか。信じて正体を明かし、裏切られたとしても赦せるだろうか。


 自問自答をするが、明確な答えは浮かんでこない。


「リィエン、起きたのか? まだ夜だ。もう少し寝よう」


 クアンは低く優しい声で語りかけると、リィエンを護るように抱き締めた。


 難しいことはまだ分からない。


 正体を明かす勇気もないが、かつて家族と暮らしたこの地を離れることと、クアンと別れて一人の暮らしに戻ることの、どちらが辛いかを天秤にかけてみれば、自ずと答えは出る。


 ――クアン、決めたよ。オレ、ホアダイに行くことにする。


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