第22話 お悩み相談②
明らかに家族に対する好意ではないと認識した瞬間、恋という言葉が腑に落ちた。
母や弟妹、トゥアたちに抱いてきた感情とは全く異なるではないか。
『少し、混乱してます』
『そのうち気持ちが纏まるだろう。焦らなくとも良い。ただな、リィエン。世の中はお前さんが思うよりもずっと、広く、多様なものだよ』
クアンに対する感情をバハ様は普通と言うが、カウカイでは同性同士の恋愛など聞いたこともない。
女は十六を超えたら嫁に行く。二十にもなって貰い手が見つからなければ、哀れみの目で見られることになる。
嫁と子、自身の親を養うのは男の役目。それが当たり前の幸せだと、誰もが信じている。
カウカイでの暮らしに大きな不満はないが、人々が思う幸せを、幸せと感じられないリィエンは、時々息苦しさを感じるのだった。
それに、リィエンは男である前に半獣だ。人間ですらないということは、同性への恋愛感情よりもずっと大きな問題である。
もし広い世界のどこかに、自分のような中途半端な存在を受け入れてくれる国があるというのなら、行ってみたい。
『ババ様はホアダイ王国を知っていますか』
物知りのババ様なら知っているかもしれないと、リィエンは尋ねてみる。
答えに期待はしていなかったが、彼女は深く頷き、驚くべき発言をした。
『ああ、知っているとも。訪れたこともある。歴史は浅いが、資源に溢れ、豊かで寛容な国だ』
『えっ!? 行ったことがあるんですか?』
彼女はにっと笑うと、その昔、閉鎖的な村が嫌で飛び出し、踊り子をしながら各地を旅していたことを教えてくれる。
『結局、延々と追いかけてくる爺さんにほだされて、村に戻ってきてしまったがな。あの頃は私も若かった。良い思い出だよ』
どこか遠くを見つめ、老婆はしみじみと語る。亡き夫との壮大な恋物語を思い出しているのだろう。
リィエンが、慣れ親しんだ土地を離れることは恐ろしくなかったのかと尋ねると、彼女は狭い世界で一生を終えることの方が恐ろしいと話す。
『お前さんにはここの暮らしよりも、ホアダイの暮らしの方が合うと思うがな。弟や妹のように、一度くらい外の世界を見てきたらどうだ』
『……考えてみます』
一瞬、その気になったリィエンだが、クアンのことを思い出して答えを濁す。
少し前のクアンなら、リィエンが頼めば喜んで連れて行ってくれただろうが、今の彼はどうだろうか。
トゥアたちがいるこの地に残った方が良いと言う気がする。
もしかしたら、クアンはリィエンの甘えが、家族や友人の範疇を超えていることに気づき、距離を置こうとしていたのかもしれない。
リィエンはしゅんと項垂れる。
『どれ。仲直りできるよう、ババ特製の願い紐をやろう。一本は彼につけてもらうと良い』
ババ様は、民族衣装と同じ布で作られた小さな肩掛け鞄から、色とりどりの糸で編まれた紐を取り出す。
一瞬、遠慮の言葉がリィエンの頭を掠めたが、礼を言って素直に受け取ることにした。
『ありがとうございます』
『よいよい。年寄りの暇つぶしに付き合ってもらった礼だ』
彼女が皺いっぱいの顔で嬉しそうに笑うので、リィエンも嬉しくなった。
この喜びを教えてくれたのは他でもない、クアンだ。
今すぐ彼に会いと気持ちがはやる。
感謝と好意を伝えよう。
受け入れてもらえる可能性は低いが、理由も分からず素っ気なくされるよりましだ。
ババ様にもう一度礼を言うと、リィエンは家に向かって走り出す。
坂道を転がるように駆けながら、持ってきた赤色の果実を齧り、からからに渇いた喉を潤した。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます