第15話 収穫ゼロ
ようやく市場に到着したリィエンは、久しぶりの光景に目を輝かせた。
クアンも隣で、興味深そうに辺りを見回している。
「相変わらず賑やかだなぁ」
「なるほど、村の市場よりも遥かに規模が大きい」
市場には様々な人が集まり、持ち寄った品を地面に敷いた布の上に並べていた。
民族ごとに少しずつ服装が異なるため、どこの出身かは一目瞭然だ。
赤い頭巾はこの近辺に住むドウァ族の印。地味な紺色の服はサィン族で、石細工が得意。
何も知らないクアンに対し、リィエンは大して豊富でない知識を元に教えてやる。
「今日の目的からは外れるけど、何か欲しいものや、食べたいものがあったら言って。ちょっとしたものなら、魚の干物や山菜と交換できるから」
「物々交換か。やはり通貨はないのだな」
「こんな辺鄙なところだからね。華国とは違うよ。クアンの国は貨幣が普及しているの?」
「一般的に硬貨が使われているが、農村部では未だに物々交換が行われているだろう」
すれ違う人々は、カウカイの民族衣装を身にまとうも明らかにこの地の人間ではない大柄なクアンを、不思議そうに見つめた。
その度にリィエンは迷い込んだ異国の者だと説明し、仲間に繋がる手がかりを探す。
二十、三十の人には聞いただろうか。
異国人の集団とすれ違いでもしたら、彼らは必ず覚えているはずだが、有益な情報はなかなか得られない。
「リィエン、あれはキビだろうか」
「さぁ、竹とは違うね。初めて見る。山の麓の方の植物かも」
「山を下ると温暖な気候だから、恐らくキビが採れるのだろう。私の国では果汁を飲む。甘くて美味い」
「飲みたいの?」
「そうだな」
珍しいものなので高価なのかと思ったが、家の裏で採れた山菜と交換ということで、あっさり話がついた。
竹筒に僅かに残っていた水を飲み干し、そこに水割りの果汁を入れてもらう。
甘くて少しだけ酸っぱい香りがふわりと漂い、リィエンは興味深く鼻を鳴らす。
良ければ飲んでみるようクアンが促すので、恐る恐る口づけた。
液体は舌に甘みと僅かな酸味を残して消えていく。
「甘い! こんなに甘いの、初めて飲んだ!」
「気に入ったようで何よりだ。私はあまり甘味が得意でないから、好きなだけ飲むと良い」
「なら何で飲みたいって言ったんだよ。喉が渇いたなら水だって簡単に手に入るのに」
そう言いながらも、リィエンはクアンの優しさを察していた。
きっと、彼はリィエンが喜ぶと思って勧め、たくさん飲ませようとしてくれているのだ。
「見つけて、懐かしくなったんだ」
「ふぅん。故郷の味ってやつ? 早く仲間が見つかるといいね」
「それはそれで寂しいだろうな」
クアンは眉尻を下げて微笑む。
宝石のように美しい緑の目は、リィエンを映していた。
甘い汁を口いっぱいに流し込み、残りをクアンに押し付ける。
これ以上、糖分を摂取したら倒れてしまいそうだ。
『あ、コンおじさん! どう? 何か情報入った?』
少し先に野菜を並べるトゥアの父を見つけ、リィエンは駆け寄った。
『いや、全く。知り合い伝手で探してもらっているが、今のところ何の進展もない』
『そうなると、カウカイの周辺にはいないのかもしれないね』
これだけ探しても手がかりが見つからないとなれば、クアンは見捨てられたのか、もしくは仲間に何かあったのではないかと思えてくる。
「おじさんのところにも情報なし。誰も見かけてないって。万が一ホアダイの人に会った時は村の方向を伝えるようお願いしておいたけど、言葉が伝わらないと難しいだろうなぁ」
「そうか。ありがとう」
残念な面持ちで報告するが、当の本人はあまり気にしていないようにも見える。
彼は人探しよりも、市場の方に興味があるようで、リィエンがトゥアの父と話している間も、楽しそうに周囲の様子を観察していた。
そんなクアンの姿を見ていると、聞き込みを続ける意欲がどんどん低下していく。
――今日のところはもういいか。
やれるだけのことはした。
人探しに関しては無駄足だったかもしれないが、彼が市場を楽しんだのなら、それがここへ来た意義になるだろう。
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