第13話 家族

『気分はどうだ?』


 軒先の小さな椅子で、茶を飲んでいたトゥアの父は、風呂上がりのリィエンに尋ねる。


 昔は毎日休みなく畑に出ていた人だが、息子に仕事を譲り渡し、のんびりと老後の生活を送っているのだろう。


『かなりいいよ。溜まっていたものが外に出た気がする』

『そりゃ良かった。あまりに調子が悪いようだったら、先生に診てもらうようにな』


 リィエンは頷くが、呪術師の祈祷に効果がないことを知っているので、病にかかったとしても利用するつもりはない。


 体調は問題なさそうだ。今朝、目覚めた時点で身体の異常はなくなっていた。


 風呂に入ったことにより、残っていた不快な感覚もなくなり、晴れやかな気持ちだった。

 湯から上がって尚、体の芯は温かく、幸福に包まれている。


『リィエン、良かったら野菜炒めを持っていって。お腹が空いたっていうから沢山作ったのに、トゥアったらキノコ入りは嫌だってたくさん残して困ってたの』

『トゥアのキノコ嫌いは相変わらずなんだ。ありがとう、助かるよ』

『好き嫌いばかりして、大きな子どもなのよ』


 幼馴染の嫁は、呆れ顔で包みを渡してくれる。

 いつものリィエンなら遠慮していたかもしれないが、今日は違った。


 木の葉で包まれた、まだ仄かに温かいご馳走を受け取り、礼を言う。

 横に立つクアンをちらりと見上げると、彼は笑顔で頷いていた。


 リィエンはトゥアの父へ向き直り、心を込めて頭を下げる。


『コンおじさん、いつも本当にありがとう。おじさんのおかげで、天国の母さんも安心してると思う』

『おおお、泣かせるようなことを言わないでくれリィエン。家族なんだから、助けるのは当たり前のことだろう』


 そう言って彼が目に涙を滲ませるので、リィエンもつられて泣きそうになった。


 クアンも片言の礼を言い、二人は帰路につく。


 重たい荷物でもないというのに、クアンは当たり前のように小包を持ち代わってくれた。


「あれで良かったかな」

「コンさんはとても嬉しかったと思うよ。家族とは、血の繋がりだけで成立するものではないと、改めて感じさせられた」


 雌鶏が小さな雛を数羽連れ、地面を嘴で突きながら歩いている。

 トゥアの家が放し飼いにしている鶏だろう。


 そういえば、クアンから祖国の話を聞いたことはあっても、家族の話を聞いたことがない。


「クアンは家族に会いたい?」

「どうだろう。私の場合、確かに血は繋がっているが、家族と呼べるような関係を築けているかは怪しいな。口煩い側仕えはいるが……家族という仲でもない」

「そっか」


 リィエンは、これ以上追求すべきでないと思い、口をつぐむ。

 クアンの人柄からして、家族にもお金にも恵まれて育ったお坊ちゃんだと思っていたので、意外だった。


「仲が悪いわけではないから安心してくれ」

「……ここにいる間は、オレのこと家族だと思ってくれていいから。弟たちの世話で慣れてるし」


 自分の口から飛び出した言葉に、リィエンは驚いた。

 口にした後で恥ずかしくなり、リィエンは俯く。


「ありがとう、リィエン」


 彼は茶化すことなく、いつも通り優しい声音で礼を言った。


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