第8話 異変

 ――んんんんん? 何だこれ。動けない!


 朝目が覚めて、リィエンはまず一番に体の異変に気付く。


 起きようと思っても、全身にずしりと重石を乗せられたようで、体を起こすことができない。

 無理に起き上がろうとすると、視界がぐるぐる激しく回転するではないか。


 昨日、川からの帰りに感じた目眩は、気のせいではなかったらしい。


 起こしてくれという言葉を発することもできず、リィエンは抗うことを止め、再び眠りに落ちた。


 それからどれほど経ったか分からないが、優しく肩を叩かれて再び意識が浮上する。

 薄っすら目を開けると、クアンが心配そうに覗きこんでいた。


 朝餉を用意してやらなければと思うが、リィエンの体は相変わらず言うことを聞きそうにない。


「リィエン?」

「ごめん、調子悪いみたい。お腹がすいたら昨日もらった果物とか、なんか適当に食べて」

「私のことはいい。大丈夫なのか?」

「ん、たぶん寝てれば治ると思う」


 風邪を引いたのか、体が熱い。顔が火照り、目が潤む。

 気怠さはあるが、どこも痛くはないので重篤な病ではないだろう。


「熱っぽいな」

「手、気持ち良い」


 額に当てられたクアンの手がひやりと冷たく、心地よい。

 リィエンは彼の、怪我していない方の手首を掴んで、頬を摺り寄せた。


 クアンの体から花のような甘い香りがして、リィエンは小さく「あ」と声を上げる。


 ――この匂いだ。この前から時折、僅かに香っていた甘い香り。やっぱりコイツの匂いだったんだ。

 

「どうした」


 この匂いをいつまでも嗅いでいたい。

 そんな衝動に駆られて大きく息を吸い込むと、全身の熱が昂っていく。


「なんか、頭が変。体もおかしい」

「薬はあるか? それとも、トゥアを呼んでこようか」

「行かないで」


 ――このまま側に居てほしい。一人は心細い。


 リィエンは咄嗟にクアンを引き留めたが、少し前まで「一人でも寂しくない」と主張していた自分を思い出し、恥ずかしくてウウウと唸る。


 クアンはそんなリィエンを馬鹿にすることなく、隣に寝そべり、髪を梳くようにして撫でてくれた。


「体調が優れぬときは、人肌恋しくなるものだ」

「いつもはこんなことにならない」

「そうか。よほど調子が悪いのだろう。今日はゆっくり休むといい」

「クアン……」


 リィエンが潤む目でクアンを見つめると、彼はリィエンの額に唇を落とし、優しい声で「眠るまで側にいる」と囁いた。

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