第3話 幼馴染の家

 男を連れ帰ったリィエンは、自らの藁敷きの寝床を貸し与え、しばらく眠るよう促した。


 彼が素直に横になったのを見届けて、知り合いの家を訪ねる。

 自分一人なら空腹を我慢できるが、弱った男をそのまま放置するわけにはいかないだろう。


『おー、リィエン。お前から来るなんて珍しいな。何かあったのか?』


 軒先で苗床を作る作業をしていた男が手を止め、顔を上げた。


 彼は所謂、リィエンの幼馴染だ。歳は一つか二つしか変わらないが、既に二児の父親である。

 嫁を貰う前はやんちゃ坊主だった彼も、今ではすっかり落ち着いて、一家の大黒柱だ。


 幼馴染が父親として立派に家庭を支えている一方で、リィエンは自分のことすらままならない。

 比べると惨めな気持ちになるが、今日は自尊心を捨て、頼むしかない。


『トゥア、急なお願いで申し訳ないんだけど、食料と薬草をいくらか分けてくれないか』


 彼はリィエンを見つめたまま数度瞬きをすると、嫌な顔をするどころか笑顔を見せた。


『そりゃ勿論、喜んで』

『ありがとう。今度田植えを手伝うから、それで相殺にしてほしい』

『リィエン、お前はもっと人を頼っていいんだぜ』


 トゥアは手についた土を払いながら言う。


『いつまでも世話になるわけにはいかないよ』

『水臭いこと言うなって。俺ら兄弟みたいなもんだろ。父ちゃんなんか、リィエンはどうしてるんだってしょっちゅう言ってるし。あの人、お前の母ちゃんに惚れてたからな』


 トゥアの父親は早くに妻を亡くし、男一人で七人もの子を育てていた。

 女一人、子連れで異郷の地へ逃れてきたリィエンの母親に同情したのだろう。


 今の家を与えてくれたのもトゥアの父親で、食料調達から力仕事まで、彼には随分と世話になった。

 逆にリィエンの母親は食事を作ったり、洗濯をしてやったりと、男女の間で上手いこと協力関係が成り立っていたのだと思う。


 トゥアの父にひとこと挨拶をしていこうと思ったが、今日はここから山を二つ越えたところにある市場に出ているらしい。


 片道だけでも半日かかる距離なので、日が昇る前に出発し、夜遅くまで戻らない。

 この地の人間の逞しさに、リィエンはいつも感服する。


『また顔を出すよ』

『そうしてやってくれ』


 トゥアは麻袋に米をいくらか分け、芋や根菜、朝とれたばかりであろう卵までつけてくれる。


 薬草も裏の小屋から出してきてくれて、十分すぎるほど袋に詰めてくれた。

 この地では時々薬草を煮出した風呂に入るので、どの家にも大抵備蓄があるのだ。


『ほい。ひとまずこれだけあれば十分だろ。どっか痛むところでもあるのか?』

『いや、実は行き倒れている男を見つけて連れてきた』

『へぇ、異国人? 珍しいな。明日鶏を一羽絞めるつもりだから、肉を届けがてら見に行くわ』


 カウカイの人々は、よそ者に対して親切だ。というより、危機感が欠如していると言った方が正しいかもしれない。

 侵略された経験がないからだろう。


 人が迷い込むこと自体、数年に一度あるか、ないかなので、そうした時はちょっとした非日常の催しとして扱われる。


 あっという間に集落内で話が回り、明日には人々がリィエンの家を覗きに来るだろう。

 困ったものだが、異国人を匿っていると迫害されるよりはましだと諦めるしかない。


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