第十四話 狂いゆく日常

 大きな足跡を立て朝食をとっている皆のもとに伝令役の門兵がやってきた。


 チェスカ様、至急お耳に入れたいことがございまして。

 なんだい、騒々しいね…。

門兵はチェスカの耳元で囁き、その話を聞いているチェスカは安堵の表情の後に怪訝そうな表情を浮かべた。


 朝食中にすまないね、少し私は外に出なければならない様だ。皆んなはゆっくりしていてくれ。

チェスカはそう言うと、口元を拭い、足早と門兵と共に外に立った。


 大丈夫かの?

 この町の町長だからな、色々な厄介ごともあるだろうさ。

 しかし、チェスカ殿のあの表情は少し気になるところですね。

 気になる…。

屋敷に残された4人はチェスカの表情に一抹の不安を感じながら、朝食を黙々と進めた。


 それから5時間程度の時間が経った頃、チェスカが帰ってきた。顔からは血の気は引いており、挙動もどこかぎこちなく、玄関のホールで立ち尽くしていた。


 チェスカよ、帰ったのか。何かあった様じゃな?

 …。あぁ、あの男が広場で首を吊って死んだそうだ。

 なんと…、か、家族はどうなったのだ!?

 家族も皆、亡くなっていた様だ。

 なんと言うことじゃ…、救えなんだか…。

マローは落胆の表情を見せた。


 チェスカはマローの落胆の表情を見てこう続けた。

 しかも、不可解な点があってね。家族は何者かに首を絞められていた様で、男の方も広場のモニュメントに人一人で首を吊るのはどう考えても不可能なんだよ。

 第三者がこの件には絡んでおると、言いたいのじゃな…。

 あぁ。死体を下ろすときにも一人じゃダメだったので、何人かで対応したとの事だったよ。

二人は訝しげな表情を浮かべた。


 チェスカ、男の死体はどこにあるのだ?

 この町のリショウ薬師の家に運んで丁重に弔ったと聞いているよ。

 そうであったか…。その死体に異変はなかったと言うことでよいかの?

 それが、わからないんだ。その亡くなった男の名誉に関わることだからと、リショウ薬師が町民達に緘口令を強いた様で、町長である私にも話せないの一点張りで。

 町長のお主にも話せないとは、大層なことじゃの。これは最悪のパターンを考えた方がよかろう。

 あぁ、その点なんだが、陛下から町の封鎖のお許しが出たよ。しかし、お許しは出たものの陛下の印を押して通達を出すためには7日程かかると言うことだそうだよ…。

 7日後…、吉とでるか凶とでるか…。十中八九、凶であろうが…。

 政の話だからね…、こちらではこれ以上は動く事はできないね…。

お互い苦い表情で顔を見合わせ、二人は頭を抱えた。


——— 中央通りモニュメント前


 鳥の嘴を形どった奇妙なマスクをつけた集団のトップであろう男が大声で民衆に対し演説を行なっている。


 この国に大きな黒き災がふりかかろうとしている。私は皆を救う手立てを持っている。

 町民達は何のことかさっぱりわからない様子だが、演説を聞いている人を見て次々と野次馬の様に人が集まっている。


 選ばれし者だけが今後この国の楽園に導かれるであろう。さぁ、我々と共に楽園へ向かう同士はいないか?

 奇妙な格好をした男はそう言うと、小さな包とキセルの様な道具をばら撒いた。


 それは楽園に至ることができる鍵だ。もし、救済を求めるのであればその薬を服用するが良い。楽園に至る最初の手伝いは私がさせて頂こう。

 誰が、こんなよくわからない薬を使うってんだ!

 そうだ、そぅだ!不安ばかり煽りやがって。

 町民の反発を受けた奇妙な格好をした男はおもむろに被っていたマスクを脱ぎ去った。


 リショウ薬師…、あなただったのですか。

 あぁ、皆の事を不安にしてしまって申し訳ない、私は皆を楽園に導きたいのだ。これはさるお方からの天啓なのだ。

 しかし、黒き災とはいったい何なのですか?この薬と何か関係があるのですか?

 私の口からは言えんが、みょうにち中にはわかるであろう。

 リショウ薬師はそう言うと、選ばれしものだけが楽園に導かれるという演説を何度何度も続け、薬園の鍵と呼ばれる包みを配り続けた。


——— 町長の屋敷


 皆一同、客間に集まり最悪の状況に具備するための話し合いが行われている。いつもの様な和気藹々という雰囲気からは程遠く、皆一同顔は強張っている。


 はてさて、どうしたもんかねぇ。

 我々では政には手も足も出す事はできんじゃろうが、病魔の原因を探る事はできよう。

 それしかないだろうな、あの薬師を洗ってみるか?

ガロンの提案は的を得ていたが、チェスカとマローの表情はより険しくなった。


 リショウ薬師は町民からの信頼も厚く、後ろ盾には皇子がついてるからねぇ…、なかなか手が出しにくいんだよ。

 いっそのこと、バレない様に侵入しちまうか?

 自分の研究室は薬師にとっては命そのもの、同じ薬師としてそれはしたくないのぅ。今は、あやつがぼろを出すのを傍観するしかなかろう。せめて、亡くなった遺体さえ調べられれば…。

 あの家族の遺体はリショウ薬師が弔ったと聞いているからね…先手を打たれたんだね。

その時ガロンがおもむろに精巧な義手を取り出した。


 マローよ、あいつ霊薬に関して興味があったよな…。危ない賭けにはなるが一つ試してみないか?

 霊薬…仙丹か…、ふむ、なるほど…。しかし、その義手でどこまでやれるかのぅ。

 あいつがどこまで興味を持つかだな…、この義手が本物の様に動いている事を見せつけて屋敷の中に入れてくれれば…。

 そうじゃの。しかし、深い事は聞けんじゃろうな…、亡くなった家族の事を聞く程度なら何とかなりそうじゃ。

ガロンは義手をキリキリと動かし、マローはまるで悪戯を考えている子供の様な表情で作戦を練った。


 リショウ薬師の件は任せたよ。私は町長としての役割を果たすことにするよ。あんた達は悪いが、アオとコウを借りて、それとなしに町民達の健康状態を見回らせてもらうね。

 あぁ、アオとコウにはどういった病魔かは既に伝えておる。お主も十分に気をつけるのじゃぞ。

 そうとなったら、明日から早速取り掛かるよ!今日は体力付けて明日に備えな。

少しの光明が見えて、皆一同安堵の表情を見せた。


———翌日


 義手の調子はどうじゃ?

 バッチリだぜ、何てったてこのガロン特製の義手だからな。

ガロンは自分の義手の出来栄えに満足な様で、鼻高々に笑った。


 さて、行くとするか。チェスカ、町の様子の方は頼んだぞ。

 あぁ、そちらも何とか糸口を掴んでくれよ。

一行は軽くお互いを激励し、マローグループとチェスカグループに分かれて屋敷を後にした。


———リショウ薬師の屋敷


 リショウ薬師、話があるのじゃが、おられるかの?

マローは扉を叩き、中にいるであろうリショウ薬師に声をかけた。慌てた様子でリショウ薬師は扉から顔を出し返事をした。


 マロー殿、少々お待ちいただけますでしょうか、今先客が来ておりまして。

 それはすまなんだ、外で待たせて頂こうかの。

ほんの数分後、患者であろう先客が扉から出てきた。


 頭が痛い…、楽…鍵あれば、治る…、もっと欲しい、あれがないと…。

出てきた患者は顔色が悪く支離滅裂な言動をぶつぶつと呟いていた。


 マロー殿申し訳ない、患者が頭が痛いと言うもので、頭痛に効く生薬を処方しておりました。して、本日はどの様なご用件で?私も忙しい身でして。

 なに、薬師同士すこし話をしたくてよらしてもらっただけじゃ。

マローからの目での合図を受けて、ガロンは義手をつけた腕でお土産を渡したら。


 …。

少しの沈黙し、まじまじとガロンの義手を確認した後、口を開いた。

 これは、これは大層なお土産まで頂きまして。お茶ですか、早速お入れしましょう。どうぞ、立ち話も何ですから。

リショウ薬師は何かを確信したのだろうか、笑顔でマロー達を屋敷に迎え入れた。


屋敷は先日の様子とは打って変わり、さっぱりとした印象を受けた。


 申し訳ない、患者が暴れましてね…、部屋に違和感があるのはそのせいだと思います。

マローの表情にいち早く気付き、リショウ薬師は聞いてもいないのに答えを返した。


 お主に怪我がなかった様でよかったわい。

 お心遣い感謝いたします、マロー殿とまではいきませんがこちらにも優秀な者たちがおりますので。

他愛のない話をしているうちに、一人の男が茶を運んできた。その男は少し異質なツンとする匂いを伴い、お茶を置いた際にその匂いがほのかに香った。


 マロー殿、申し訳ございません。

マローにリショウ薬師は謝りを入れるとともに、茶を運んできた男を叱った。


 お客様がいる時は身だしなみに注意せよと申したであろう。薬師見習いとして、清潔さを大事にせよと教えたのだが。

男は縮こまり、リショウ薬師のお叱りを真摯に受け止めている様子であった。


 まぁまぁ、リショウ薬師、誰でも失敗はありますので、お気になさらず。

 弟子の不始末申し訳ございません、せっかく良い香りの茶を頂いたのに。

リショウ薬師は目で弟子を威嚇しつつ、謝罪の言葉を述べた。弟子も深々と頭を下げ、足早と部屋を出ていった。


 さて、本題に移ろうか…。

マローが話を切り出そうとした時、リショウ薬師がその話を遮る様に質問をしてきた。


 マロー殿、今回いらしたのは昨日お伺いした病魔に対する対抗薬の話ですかね?いや、言わなくてもわかります、ガロン殿の腕を見ればすぐにこのリショウ、ピンと来ましたよ。

義手をまじまじと見つめ、興味津々に義手に手を伸ばした。ガロンは男に触られるのは好かんと言う戯言を並べ義手に触れられるのを拒んだ。


 いやはや、かの霊薬ここまでとは思いませんでした、これがあればどんな病も治すことができそうですね。しかし、ガロン殿も幸せものですな…、…、…。

何も説明していないのにリショウ薬師は勝手に自己完結し、話が止まらなくなった。


 あぁ、まぁ、ホントウニ驚いたよ。

リショウ薬師があまりにも食いつきが良すぎる為かガロンもすこし引いている様子である。


 ん、ん、ん。

マローは咳払いをし、話を元に戻そうとした。


その咳払いを聞いたリショウ薬師は我に返った様子で話を続けた。

 あぁぁ、申し訳ないです、全薬師が目指す最終地点であるかの霊薬の効果を拝めるとは思っておらず興奮を隠しきれませんでした。聞きたい事は山ほどありますが…、ここは我慢ですな。

急に借りてきた猫かの様に静かになったリショウ薬師をみてマローは少し戸惑いを覚えたが、本題に移った。

 お主に尋ねたいのは、昨日亡くなった家族のご遺体を見せて頂けないかの?試したい事があって。

リショウ薬師は遺体の話を聞きすこしピリッとした雰囲気を醸し出した。


 あぁ、あの家族のご遺体ですか。昨日早々に、火葬し天へ帰して差し上げました。

 火葬じゃと!?何故じゃ、土葬が一般的であろう。

マローは足掛かりとなるであろう遺体がすでに葬り去られていることに憤りの表情を見せた。


 マロー殿が教えて下さったのではありませんか!、あの家族は病魔に侵されていると。

リショウ薬師は自分のやった事は正当な事だと主張するかの様に発言を続けた。

 あの男の妻と娘は病魔でなくなり、あの男も家族の死と自身が病魔に感染してしまった事を苦に首を吊ったのでしょうから。感染の危険性がある以上、火葬するしかないと考えました。

 うむむ…、お主の判断は正しい…、しかし…。

マローの発言を遮る様にリショウ薬師は畳み掛けてきた。

 マロー殿、病魔ですよ。しかも、かの霊薬でしか治すことが叶わない、危険な病魔なのですよ?

リショウ薬師の発言に反論はできなかった。


 リショウ薬師殿の判断は正しい、声を荒げてしまってすまなかった。

マローは深々と頭を下げた。

 マロー殿、頭を上げてくだされ。マロー殿の気持ちもよくわかります、もう少し早ければ治すことができたのに…、私も何度も後一歩で救えなかった経験がありますゆえ。

リショウ薬師はここぞとばかりにマローに擦り寄ってきた。


 故に、マロー殿、お願いがあるのですが。その…、かの霊薬の生成に関しまして、私にもお手伝いできる事はないでしょうか?

リショウ薬師は今まで見たこともない力強い表情で詰め寄ってきた。


 そうじゃの…、人は多い方が作る効率も上がるじゃろし…。そのためには、お主の地下にあると言う研究室を見せてもらえんかの?設備がないと作れん故、それを見て判断させてもらいたい。

その発言を聞いて、リショウ薬師の顔色が変わったのがわかった。


 マ、マロー殿とはいえ、それは無粋ではないでしょうか?研究室は薬師の命と同じですよ。

明らかに動揺した様子でリショウ薬師はマローに食ってかかった。


 お主の言うこともわかる。しかし、わしの命とも言える研究成果をこちらも提示すると言う事を忘れておらんかの?

マローは強気に対応した。


 …。

少しの沈黙の後、リショウ薬師は先の発言は無かったことにしてくれとマローに伝えた。その言葉には微かな殺気がこもっていたように感じた。


 マロー殿、ガロン殿、私はこれから別件がありますゆえ、この辺りでお開きにさせて頂きたい。

そう言うと、リショウ薬師は弟子を呼び出し、マローとガロンを家の外に案内する様に命令した。


 リショウ薬師殿、お時間いただけてありがたい、今回はここで失礼させて頂きます。

マローとガロンは弟子に連れられて家の外まで案内された。


 屋敷に戻る道すがら、マローとガロンは感じた違和感を伝えあった。


 なぁ、マロー。リショウの野郎は何であんなに霊薬に固執するんだ?

 長生不老を求めとるんじゃろうな…、薬師としてはその霊薬の完成は目指すべき頂きではあるものの…。

マローは少し口籠った後、続けた。

 仙丹や霊薬と言われるものは、それを服用したものは人より上位的な存在になってしまう。簡単に言うと、この世の理に縛られない存在、神に等しい存在じゃ…。人には過ぎたる力だと思うが、欲する者も多かろう…。

マローは思うところがあるのであろう、自分の中の葛藤が言葉の端々に見てとられた。

 じゃあ、それを服用したらしい、わしはもう神なる存在とのことだな!それはいい!

ガロンは場を和ませるためにすこし茶化した。


 ありがとう、ガロン。お主は元々ドワーフ、人とは違う存在だから、本当にそうなのかもしれんの。

 ここにない霊薬の話なんて考えても仕方ねぇ。まぁ、あいつが口を滑らせた事で、今回おまえさんを尋ねてきた男も感染していたとわかっただけ一歩進んだじゃねぇかな。

ガロンは義手を復活した腕と装うのに手一杯だとマローは思っていたが、冷静にリショウ薬師の言葉を記憶していたことに驚いた。


 その他にも、あやつの部屋がさっぱりしていた点と患者が暴れ出したと言うのも気になるところじゃ。

 患者が暴れたと言うのはあながち間違いではなさそうだぞ、上手く隠していたが額に殴られた様なアザがあったんでな。部屋がさっぱりしていたのは少し妙ではあるが、本当の事を言ってるのかもしれん。

マローはガロンの洞察力に驚いたとともに、自分は俯瞰的に物事が見れていない事を少し悔やんだ。


 ガロンがいてくれて良かったわい、リショウ薬師の全てを疑ってしまっておたったので、悪と決めつけて話を整理してしまっていたわ。

 いや、マロー…、あんたの勘は正しいと思うぞ、それを確信に変えるためにはやはりあいつの研究室を見てみないことにはな…。

マローとガロンはリショウ薬師の研究室に入れる次の手をあーだこうだ議論し、考えながら屋敷に戻った。


その一方、チェスカ達は…。



 

 

 


 









 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

じいやの語る×物語りI ろぶんすた=森 @lobsuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ