第十三話 発生

 やけに屋敷の前が慌ただしいのぅ。

マローは友を送り届け、屋敷に戻ろうと歩みを進めていた。


 お願いです、こちらに高名な薬師様がいらっしゃると聞きまして。どうか妻と娘を見てもらえないでしょうか。お願いします。

そこには門番に懇願している一人の男がいた。


 身体を駆け巡る様な黒いあざができて、高熱でうなされているんです。飯も水分もろくに取れない状況でして。何卒、お願いします。

その男は一心不乱に門番に語りかけている。


 そうは言われてもなぁ…。私の一存で決められぬので、使いの物が今チェスカ様にお伝えしているところだ。しばし待たれよ。

 ありがとうございます。

男が深々と頭を下げた時、使いに立った一人の門番が帰って来た。


 あぁ、今チェスカ様は手が離せない様で、生憎だが日をあらためてもらえるか?

 そんな、妻と娘は虫の息で…、何卒、何卒…。

 ええい、今は時間ないと言うているであろう!

門番は食い下がる男を振り払った。


 うぅぅ…。

男はその場に崩れ、泣き始めた。


 どうしたのじゃ?

マローは遠目にその光景を見ており、男に声をかけた。


 申し訳ない…、こんなところで…邪魔でしたね。どうしてもここに来られているという薬師様のお力を借りたくて、こちらにまいらさせてもらいましたが、主人の都合が悪い様で取り合って貰えず…。

 ふむ、してどの様な要件であったのじゃ?

 妻と娘が病に倒れまして…どうしても薬師様に診てもらいたくて。

男は嗚咽で声が裏返りながらも必死で説明した。


 ふむ、この老耄が力になれるか分からんが一度、診させてもらうとするかの。門番殿、主人に少し帰りが遅くなると伝えておいてくれ。

 こ、これは、マロー殿、承知致しました。お手数お掛けいたします。

 ふむ。では、行くとするかの。お主の家に案内してくれるかの?

 ほ、本当ですか、ありがとうございます。私の家は中央通りのすぐそばです。

そう言うと男は涙を拭いとり、立ち上がりマローを連れて自分の家に向かった。


 男について、中央通りまでやってきた。


 中央通りは活気に溢れ、果実、新鮮な魚、野菜などの屋台が多く出ている。またその中心には人2人分の高さはあろうであろう大きなモニュメントが建てられており、あの災厄の日に失われた命、人々の名前が刻まれている。


 ここも、ずいぶん変わったのぅ…、こんな石碑まで立っているとわの…。

 薬師様、どうかなされましたか?

 いや、独り言じゃ、気にしないでくれ。

マローは名が刻まれた石碑を遠い眼差しで見つめていた。あるはずもない、影の英雄カトーの名を探して。


 少し気になったのじゃが、この町には薬師はおらんのか?

 この町にも薬師様は一人いらっしゃるのですが、なにやら皇子殿に呼び出されたとかで明日までいらっしゃらない様なんです。

 そうであったか…。皇子からの呼び出し…。

マローは少し訝しげな表情を浮かべた。

 皇子殿と言っても、あの弟ぎみの方でして、貴族で集まって豪遊してるんだろうともっぱらの噂です。

 あぁ、あやつか…、であれば納得であるな。

マローはこの町への来訪に合わせて、ツルギが何かこの町の薬師に対して手を回したのかと思ったが、それは杞憂であった。


 薬師様、つきました、こちらになります。

 ふむ、ではお邪魔させていただこうかの。

マローは魔法で自身の身体についているであろう汚れを吹き飛ばし、男の家に足を踏み入れた。


 その男の家のベットには、ほとんど動かない、いや、動けない様子の妻と娘が横たわっていた。部屋は換気がされていないのであろうか、少し空気が澱んでいる。また、妻子の足元には男が献身的に介護したのであろう、汚れたバケツや衣服が無造作に置かれていた。


 薬師様、いかがでしょうか?

 お主が言っていた症例通りじゃな…。


 呼吸は浅く、熱があるのであろうか、体はじっとりと汗で濡れている。身体中の血管が心臓の動きと連動する様に浮き出て、皮膚が黒ずんでいる様に見える。それはまるで、身体中に百足がまとわりついているかの様である。時折、痛みからか小さく唸り声をあげる。


 何とも言えんな…。今までに見たことがない症例じゃ。

 そんな、薬師様…、妻と娘はどうなるんですか。

 この症例に効くかは分からんが、鎮痛効果のあるこの薬を渡しておこう。それと、この病魔に勝つためには体力も非常に大事じゃ。滋養強壮のための生薬も出しておくので、湯に煎じて飲ませるが良い。

 ありがとうございます、薬師様。

 ちと気になる事があるのじゃが、この病からは魔の気配が漂っている…普通の病ではなく病魔に侵されている言って良いじゃろう。ここ最近で魔獣などに傷を負わされたなどあったかの?

 最近、鼠の魔獣はよく見る様になりましたが、あいつらは穴蔵に隠れていて攻撃してくるなんて事は無いので…。生まれてこの方、魔獣や魔物なんかとは無縁の生活をしておりましたよ。

 ふむ、そうであるか…、杞憂であったかの。しかし、お主も気をつけるのじゃぞ。また、何かあればこの町の町長の元を訪ねてくるが良い。門番にはお主が来た場合、私に繋げと言含めておくのでな。

マローは男に生薬の説明をひとしきり行い、元来た道を辿り屋敷向かった。


 しかし、あの症例は…。魔の気配を含む病…新種の病魔。鼠の魔獣…。これまで魔獣とは無縁の者…魔に耐性の無い者達…。

マローはぶつぶつと呟き、思考しながら屋敷に戻った。


 マロー殿、おかえりなさい、今門をお開けいたします。

 すまんのぅ…。感染はするのか…?妻から娘へ?はたまた、娘から妻への感染か?双方原因があって同時に感染したのか?

マローは門番にかるく挨拶し、さらなる思考に耽っていた。そして、ぶつぶつと呟きながら前を見ていなかったマローは屋敷の扉に衝突した。


ドンッと扉は大きな音をたてた。その音に反応するかの様にドアが開いた。


 ずいぶん乱暴な呼び鈴だね。どうしたんだい?

 チェスカか、すまん、考え事をしておった…。

 そうかい、しかしあんたがそこまで考えるとはよっぽどのことの様だね。尋ねてきた男に関係あることかい?

 あぁ、その通りじゃ…。ちと、悪い予感がする。

 詳しく聞かせてくれるかい?

 その前に強い酒を持ってきてくれんかの?

 あぁ、構わないが…。

そう言うとチェスカは人が飲むと喉が焼けてしまうと言われる、喉殺し注意という貼り紙がついた瓶に入った酒を持ってきた。


 すまんが、浴場でこの酒を浴びようと思っておる。全部使ってしまうことになりそうじゃ。

 それは構わないが…風呂で浴びるほど酒を飲むなんてあんたらしくないね…。

 違う違う、この酒で身体中を洗おうと思っておると言うことじゃ。

 あんた、変なことするねぇ、まぁ、止めはしないよ。終わったら、応接室まで来てくれるかい?

 あぁ、すまんの。

マローは浴場にて全身を清め、チェスカのいる応接室へ向かった。


 あんた、すごい匂いだね…。三日飲み通した後のガロンと同じ匂いがするよ。

 酒はあらあ流したつもりじゃったが、匂いまではとれなんだか…。それは、さておき、かなり不味そうな事が起こっておる。

チェスカの表情が変わった。


 先ほど、男の家にいる病に侵された者たちを見に行ったのじゃが…、病ではなく病魔に侵されている様であった。

 本当に病魔だったのかい?本当に病魔であったのなら、伝染性と致死性が高いからこの町の自体を封鎖しないと大変なことになるね…。

 正確な事を言うと分からない。魔の気配は感じたのだが、ここのところ魔鼠が町に多くいると言うこともあり、思い違いの可能性も考えられる…。

 確証がないことではこの町の町長としては動けない…、マロー申し訳ないが引き続き調査をお願いできるかい?

 あぁ、この件は引き受けよう。しかし、お主もいざという時の準備をしておいてくれ。

 必要な書類を準備しておくよ。

 明日にはこの町の薬師も帰ってくる様じゃから、明日はそのものに話を聞いてみることにするわい。

 あぁ、頼む、もし町長権限の文が必要であれば言ってくれ。

 まぁ、そこまでは大丈夫であろう。今日は色々と疲れた…先に床につかせてもらうとするわい。

マローは自室に戻り、今日あった出来事を整理しながら就寝した。


 ———翌朝


 マロー。お、出かけるのか?

療養生活がいよいよ嫌になってきたのか、身体を動かしたくてうずうずした様子のガロンが声をかけてきた。


 ちと用事でこの町の薬師と話をしてくるんじゃ。

 そうかそうか、ならわしも一緒に行こうか。

そう言うと、ガロンは周りをキョロキョロと見回した。


 さては、アオとコウから逃げてきた様じゃの。

 献身的で非常にありがてぇんだが、このままじゃ干物になっちまいそうだわ。わっはっは。

大きな声でガロンは言い放った。


 ガロン殿!こちらにいましたか!ダメですよ、療養しとかないと!!

ガロンはアオの声を聞いた途端、悪いことした後叱られない様に隠れる子供の様にマローの後ろに隠れた。


 マローがそろそろリハビリしていかないとと言ってるんだ。今日はマローの付き添いの元外に出るんだ。

 な、ガロン…。

マローは呆れてため息をついた。


 アオ、今日はわしがガロンの面倒を見るのでの。コウと一緒にゆっくりしておいてくれ。

 師よ、しかし…。

 大丈夫じゃ、ガロンもこの通りもう元気じゃしな。

 承知いたしました…くれぐれも酒は飲ませないで下さい。陛下より賜った酒を何度も隠れて飲もうとしておりました故に…。

それを聞いたマローはガロンを白い目で見た。


 何はともあれ、少し用事を済ませてすぐ帰ってくるのでの。チェスカにも昨日話は通しておる。

 承知いたしました、お気をつけて行ってくださいませ。

マローはガロンを引き連れて町の薬師の元を訪ねた。


 ———この町の薬師の屋敷


 この町の薬師はあんまりわしは好きではないんだよな。一度、工房で怪我した時に尋ねた事があるんだが、腹が見えんのじゃ。

 そうなのか。まぁ、あの弟皇子とつるんでおる奴じゃからな、注意せんとな。

 

 リショウ薬師、いるかの?

 程なくして、鮮やかな色の漢服を着た男性が出てきた。


 これはこれは、かの有名なマロー薬師ではございませんか。して、本日は何用で?

 すまんが、この町で少し厄介な病があった様で情報を共有しておきたいと思っての。

 そうでありましたか、では屋敷の中で話しましょう。ささ、ガロン殿もご一緒に。

 男は物腰が低く、ガロンから聞いていた印象とは少し違って見えた。


マローは案内された屋敷ないを見渡し、薬師の屋敷としては少し異質な印象を持った。薬師というよりかは、貴族の屋敷といった印象の方が強く、ここで薬など作っているとは到底思えない内装であったからだ。


 リショウ薬師よ、この屋敷で薬を作っておるのか?

 マロー薬師殿、驚かれるのも無理はございません。この屋敷の地下に専用の部屋がありまして、そちらにて対応しております。何故、毒となる物も扱っておりますので。

リショウ薬師は顔色ひとつ変えずに淡々と受け答えした。


 そうであったか、すまんの、わしの研究室とは随分違ったのでな。

 いえいえ、めっそうもございません。マロー薬師のあの山にある研究室などと比べるほどのものではございませんので。こちらでは簡単な薬しか作れませんので。

 ふむ、蛇足な話ばかりしてしまって。さて本題に移らさせてもらう。

マローはリショウ薬師に、病魔かもしれない症例、その周辺情報を伝えた。


 私がおらぬ間に、そんな事が起こっていたとは…。して、それに対しての薬は見つかりましたか?

 いや、それが…まだ、なんとも言えんのじゃ。

 病魔となると、普通の薬ではダメでしょうね。例えば、仙丹の様な薬が必要になるんではないでしょうか?

 マローは仙丹という単語にピクリと少し反応した。その様子をみたリショウ薬師は続けた。


 彼の国では賢者の石なるものから生成される霊薬は万物の病魔を治す事ができ、欠損した体の部位を復活させる事ができるという話も聞きます。マロー薬師殿のような高名な薬師殿なら話を聞いた事はあるのではないかと思っておりますが…?

ガロンの欠損した腕を見ながら、何かを確かめるかの様にリショウ薬師は話した。


 リショウ薬師よ、その様な話は御伽話に過ぎん。どこでその話を聞いたか分からんが、そんなものはこの世には存在しない。

 この世には存在しないんでしょうね、この世にはね…。

 お主、何が言いたい?

 変に話を捉えられたなら申し訳ない。ただ今後病魔が蔓延するとなると、そういった薬が必要になるのではないかと言う考えを伝えたかっただけです。

 ふむ、そうであるか。今後、何が起こるか分からんので、色々と連携させてもらいたいという事が伝わればよい。

マローは訝しげに思ったが、表情には出さずに、リショウ薬師に必要性を伝え、今後連携していくことを約束させた。


 では、伝えたい事は伝えたのでな。ここでおいとまするとしようかの。

 マロー薬師殿、本日はありがとうございました。

リショウ薬師は何かを確信したかの様な満面の笑みを浮かべた表情でマロー達を見送った。


 マロー、あれは黒だぞ。賢者の石の話とカトーの話も、どこまでか分からんが知っているぞ。

 とんだ、食わせ者だった様じゃの、この病魔のこともあやつ何か知っておるぞ。

 あぁ、しかもバックには弟皇子がついてるとなりゃぁ、動きずらいな。

 嫌な予感がするの…。しかも、あやつ陛下の見舞いのタイミングでこちらにおらず弟皇子と会っており、陛下が帰ったタイミングでこちらに戻ってきておる…。

 しかし、何も証拠はないからな、あくまであやつの発言からの憶測でしかないからなぁ。

 帰ってチェスカに報告じゃな。

マロー達は屋敷に急いだ。


屋敷に戻り、リショウ薬師との話をチェスカに伝え、チェスカには秘密裏に町の閉鎖をする様に動いてもらう事にした。


 チェスカには面倒かけるが、わしの勘が言っておる。このままだと取り返しがつかん事になると。陛下とツルギにはわしのから、連絡を入れておく。

 状況証拠だけだが、なんとかしみせるよ。

二人は一抹の不安を感じつつも今やれる事をやる事で不安を紛らわせた。

 

 次の日朝、不安を助長させるかの様に、中央通りのモニュメントで首を吊って死んでいる男の遺体が発見された。全身に百足が這っている様なその奇妙な死体は、モニュメントから3人がかりで降ろされ、中央通りで屋台を開いていたもの達が丁重に弔ったとのことである…。


 

 




 



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