第十二話 門番と主

 ゆっくりと近づいてくるそれは、6つの光る目でこちらを凝視していた。


 私の見間違いでなければ、頭が3つある様だ…。

 あぁ、見間違いじゃねえな、こいつはそんじょそこらの魔獣とは格が違うぜ…。

これまでのオルトロスやオークなどとは比べ物にならない威圧感がマローとガロンを襲った。


 三ヶ首の魔犬は鋭く尖った爪を振り下ろすと同時に空気が音を立てた。その音は、ガロンとマローを通り過ぎ、後ろにあった木に巨大な爪痕を残した…。


 まずいな…、中型の穴だと油断しておったわ。ここまで強大な魔獣がおるとは…浅はかであった。

 今考えても仕方ねぇ、ここはわしが盾になる、そのうちに弟子の2人を連れてくるんだ。心配ないさ、この盾がありゃあ5分くらいは持つさ。

 すまん、ガロン…。

 あぁ、任せとけって!おぃ、三ヶ首の魔犬、こっちだ!

ガロンはガンガンと盾を叩き、魔犬の注目を集めた。


 ガロン、少しの間辛抱してくれ。すぐに弟子とチェスカを呼んでくる…。

身体に風を纏い一目散に駆け抜けた。


 おい!こっちだ!

魔犬は完全にガロンに注目し、その目障りな行動に終わりを迎えさせるべく、大きな足を振り下ろした。


 グっ。

振り下ろされた足を頭の上に盾を持ち上げ、なんとかいなし、そのまま盾で振り下ろしてきた足を叩いた。


 こいつはたまらんぞ…。

振り下ろしをいなしたものの、あまりの衝撃でガロンを中心に小さなクレーターができていた。


 この巨体じゃ、距離を取るのも難しいぞ…。距離を取ったとしても、あの爪が飛んでくるとなると、この盾を信じて攻撃をいなし続けるしかないな。幸い、振り下ろしに対しては地面がある分持ち堪えやすいぞ。

ガロンは冷静に状況を分析し、マロー達が戻って来るまでのシナリオを描いた。


 しかし、そう上手くはいかなかった。魔犬は攻撃をいなされ反撃されたと見るや否、ガロンとの距離を取ったのである。


 魔犬は三ヶ首で同時に威嚇した。それは、犬の鳴き声というより、地鳴りの様な体を直接揺さぶる様な声であった。


 わしはあいつの手のひらの上ということか…。

ガロンは殺生与奪の権利を握られている事を悟った。


 魔犬の威嚇の際に、大量の涎がたれ、それが地面に落ちた瞬間、地面から紫色の毒々しい花が咲いた。


 そういうことか、このトリカブトの群生はこやつの縄張りの証であり、忠告であったのだな…。

 しかし、わしは仲間の帰りを待つのみよ!さぁこい!

ガロンは盾を前面にどっしりと構え、身を隠した。


 耐えて見せるぞ…。

ガロンがそう思った次の瞬間には構えた盾と一緒に空を舞っていた。空気を切り裂く音が盾に反射したや否や天地がひっくり返る様な衝撃が突き抜けたのである。


 ここまでか…。

大きな音を立てて、地面に打ち付けられた。背中は熱くなり、呼吸ができず、口から込み上げる何か、目を閉じないよう気張り堪えるしかできない。


 倒れ込んだガロンにとどめを刺そうと、魔犬は大きな足を振り上げた。


 ”氷よ拘束せよ”

氷でできた鎖が魔犬の振り上げた足を縛り上げた。


 ”風よ切り裂け!”

 ”風よ切り裂け”

マローの拘束に合わせる様に、アオとコウは拘束された足に風の刃を飛ばした。


 その風刃は魔犬の足に致命傷とまではいかないが、大きな傷をつけた。


 すまぬ、ガロンよ、待たせてしもうたな。安心せい、煉獄魔導士の名にかけて、お主らを守り抜くぞ。


 ガロン殿こちらを!

アオはトリカブトの球根を乾燥させたすりつぶしたものを動けないガロンに与えた。


 ガロンは目を見開き、まるで心臓が爆発したかの様に飛び起きた。


 血が沸るぞ!


 あまり無理はするでないぞ。一時的な措置に過ぎん。チェスカよあやつはなんなんだ?


 あいつは神話ではよく登場する、冥界の番犬と呼ばれるケルベロスに似ているね。それがアイツなら穴は冥界や黄泉に繋がってるのかもね。


 弱点はねぇのか?


 あくまで物語でしか出てこないからねぇ、弱点はわからないよ。番犬だから敵対しなければ何もしてこないってのは書いてあった様な気がするね。


 …。


 …。

マローとガロンはチェスカの話を聞いて黙った。


 ケルベロスは足に怪我を負ったことで、目つきが変わった。今までは殺生与奪の握っていたと思っていた者たちから手痛い反撃を受け、闘争本能に火がついた様だ。


 皆、わしが前に出る、わしの盾の後ろから魔法で攻撃するんだ。チェスカ、お主は危ないから下がっとれ。

力一杯盾を地面に叩きつけ、吹き飛ばされない様に盾を地面に固定した。


 ”岩よ固定せよ”

盾をより強固に固定するために土魔法で盾の周囲に突起をつくり出した。


 ここからは根比べじゃ!マロー、アオ、コウ頼んだぞ!


 ケルベロスはその声に反応する様に鋭い爪を五月雨に振り下ろし、魔法を打ち込む隙を与えないかの様に、衝撃は盾にこだまする。 


 なんとかガロンが盾で持ち堪えてはいるが、これでは盾から顔を出せんぞ。アオ、コウよ私があやつの傷ついた足の方をなんとかする、援護を頼む。


 承知いたしました。

 承知…しました。

そういうと、マローは盾から飛び出した。


 ”水よ壁となれ”

 ”凍れ”

 アオとコウの魔法により、飛び出したマローの前に大きな透明な氷の壁ができた。


 これでよく見えるぞ!今度は外さん!

”雷の槍よ穿て!”

 鉈の先端から轟音を轟かせ勢いよく雷槍が飛び出した。その雷槍は振り上げられた足を吹き飛ばし、跡形もなく消し去った。


 片足は封じたぞ!これであの厄介な爪での乱撃は収まるであろう。


 あぁ、一気に攻めるぞ!

ガロンは盾を地面から引き抜き、アオとコウに目で合図し、盾を構えたままケルベロス目掛けて走り出した。


 アオ、コウ頼んだぞ!

 ”圧縮せよ!”

 ”膨張せよ”

アオとコウは空気を圧縮しその空気を膨張させることで、ガロンに大きな推進力を与えた。まるで発射された弾丸の様に。


 盾を構えたままのガロンは盾に引きずられつつもその軌道をコントロールし、ケルベロスのもう片方の前足目掛けて突進した。


 轟音とともに前足は砕け、首(こうべ)を垂れる様な姿でケルベロスは前のめりに倒れ込んだ。


 ガロン!!

ガロンは倒れ込んだケルベロスの下敷きとなり、更には砂煙に撒かれ姿が見えなくなってしまった。


 ガロン殿!

 アオ、だめ、まだ…。

コウの声はアオには届かず、アオは駆けていく。


 面前に広がるケルベロスは白く尖った歯を剥き出しにし、全てを飲み込む暗い空洞を広げ、後ろ足に力を込め、飛びかかった。


 ぁあぁ…。

コウは顔から血色が消え、崩れる様に突っ伏した。


 チェスカ、コウを頼む。私はガロンとアオをなんとか…。

 チェスカは静かに頷いた。その表情は何かを覚悟したかの様に見えた…。


 砂埃で何も見えん…。頼む、ガロン、アオよ…。今更、都合が良いとはおもうが、守りの神木よ…。

”風よ逆巻け”

あたりの砂埃がまるで波打ち際かの様に引いていく。


 あぁ、なんてことだ…。

砂埃が引き真っ先に姿を現したのは、砂と血にまみれた片腕であった…。その腕はまだ暖かく、美しい血の花を咲かせ続けている。


 マ…ロ…!

微かに声が聞こえた気がした。この光景を目にして藁にもすがる思いで走った。たとえそれが幻聴であったとしても…。


 マロー!片腕では支えきれんぞ!

そこにはガロンが盾を片腕で支え、食い付かれようとしているアオを庇っていた。


 地面に鉈を深く突き刺し、大声で叫んだ。

”岩拳(ロックフィスト)”

地面から巨大な岩の拳が競り上がり、ケルベロスの上顎を吹き飛ばした。


 ”岩槍(ロックランス)”

そして、後ろ足に岩の槍で楔を打ち込み、ケルベロスを拘束した。


 ガロン、アオ!あれほど無理はするなと言うただろうに!何事も命あっての物種じゃろ!ガロンも片腕まで失うてしもうて…。

安堵と怒りの感情が混ざり合いマローは支離滅裂になっている。


 すまないと思っている…。もうこんな有様じゃな…鍛治も続けられんな。

 こうなってしまっては私でもどうすることもできんわ…、神が持つという霊薬があれば…。

 まぁ、わしの片腕一本で命を救えたんだ、安いもんだろ。

そう言ったガロンはどこか寂しげであり、誇らしげでもあった。


 アオはガロンの腕を見て静かに泣き崩れいてる。その姿を見てしまったマローもこれ以上何か言うことはしなかった。


 さて、こやつはもう動くことも叶わんだろう。残りの2つの頭を潰して終いにしようか。


 すまんな、わしは力になれそうに無いわ…、チェスカ、コウよ…手当をお願いできんかな。


 あんた、無理しすぎだよ…。


 アオを…救って下さり…ありがとうございます。

ガロンはおぼつかない足でチェスカとコウのもとに歩み寄り、手当を受けようとした。


 耳を劈く咆哮がこだました。その咆哮は何かに訴えかける様に、危険を知らせるかの様に深く深く身体の底に刻み込まれた。


 程なくして穴から黒く重い瘴気が吹き出し、あたり一面、新月の夜かの様な闇に覆われた。

 

 ”あぁ、なんという体たらくだ、番犬ともあろうものが…”

重く甘美な声で囁かれた。


 皆、何か言うたか?

マローは声を掛けたが、周りからの反応は返って来なかった。


 ”ほぅ、汝か…”

 ”この状況を認知できているのだな”

 そう言うと、マローの前に不定形の黒く蠢く深潭の闇が姿を現した。


 ”ほぅほぅ、煉獄に連なるものであるか…、身体は人の身なれど面白い器を持っている様だ…、さぞ両親は徳の高い者であったようだな。”


 お主は…。

発言をしようとしたが、何故か声が出ない。


 ”まだまだ、私と話すには足りておらぬ、しかし素質はある様だな…。”

 ”よし、一つだけ質問を許そう”

闇が笑った様な気がした。


 目的はなんだ?

マローは突然喋れるようになったことに驚きつつ質問した。


 ”ふむ、至極単純なことを聞くのだな。危険分子を私の世界に踏み入れさせない、私の世界から出さない、それが目的だ。”

 ”50年ほど前は封鎖がうまくいかず、そちらの世界に迷惑をかけてしまった様だがね。”

 ”あぁ、そうか!汝か…。”

闇は何かを納得した様である。


 ”そうかそうか、なれば、汝が人を超えた際に再度相見えることもあるだろう、それまで楽しみに待っておくとしようか。”

 ”その時にはこのツケは払ってもらおう。”

 ”最後にそなたへの手向だ…、汝の闇を愛せ、堕ちたユッグドラシルと共に。”

闇がスッと伸びてきてマローの肩にねっとりとこびりついた。


 ”汝が人の身を捨てる時を楽しみに待っておこう…。”

そう言うと、闇が消え、フッと視界が明るくなった。


 マロー!

 マロー!

 師よ!

 師…!

目の前に、皆の顔が並んで見える。


 皆、何処へ行っておったのじゃ!話しかけてもおらんし、あたりは闇に覆われておるし…。


 あんた何言ってるの?ケルベロスが闇に呑まれたと思ったらあんたも倒れたんじゃないの。あんたの闇魔法でケルベロスを葬ったんだろ?

 夢でも見てたんじゃないのか?急に倒れ込んだので心配したぞ。

 そうか…しかし、嫌に現実的な夢であった様だ…。今でも肩に違和感を感じるぞ…。

マローはローブから肩を出した。


 あんた…。

 おいおい…。

そこには、膝から肩にかけて、蛇が巻き付いた様な黒く仰々しいあざが刺青のように刻まれていた。


 やはり、あれは現実であったか…。しかし、何故私だけが…。

 ぐちぐち考えても仕方あるまい。いてて…。ケルベロスもやっつけたんだ、英雄の凱旋と行こうや。

 そうさね、ガロンの手当ても本格的にしないといけないから、取り敢えず私の屋敷まで戻ろうか。

 師よ、このあたりにはもう魔鼠のような小型魔獣しかいませんので、脅威は去ったかと思います。

 魔鼠なら…町に入っても…そんなに大きな問題にならない…。

 あぁ、そうだな。帰ろう…。


 ケルベロスを下した一行は町に戻り、ことの顛末を手紙にしたため皇帝陛下に伝えた。ガロンの怪我のこともあり、マロー達は少しの間、チェスカの屋敷に厄介になることとなった。


 ——— 1ヶ月後

 

 ガロン殿腕の調子はいかがですかね。

 ガロン殿…これは…今日の薬です。

 アオ、コウ、いつもすまんな、この通り、腕はないが身体はすこぶる健康だ!そろそろ、義手でも作ってみたいところだ。

アオは命の恩人であるガロンにつきっきりで看病しており、コウはアオを救ってくれたガロンになんとか恩を返そうと努力している。


 ガロン、だいぶ良さそうだね、でもまだ無理をしちゃだめよ。

 チェスカの言うとおりじゃ、あれだけの怪我を負ったんじゃからな。

 あぁ、二人ともありがとな。

 二人ではない、私もいるぞ!

威厳のある声が部屋に響いた。


 ガロンよ、この度は大義であったぞ!

それはお忍びの姿の皇帝陛下であった。


 友から止められておったのだが…、気になって来てしまった。その様子じゃ、まだまだ大丈夫そうだな!

皇帝陛下は口角を上げて少し微笑んだ。


 心配をかけた様で…面目ございません。して、見舞いということで、手土産もなく来たわけではないですよね?

 むむ、そうくると思ってコレを持って来たぞ!

どんと、ガロンが寝ているベットに一升瓶に入った清酒をおいた。


 春の神木の葉を漬け込んだ清酒だ、一部の者しか飲むことが叶わん特別な酒だ!

 友よ…、怪我人に酒は御法度であろう…。

 なぁに、今飲む必要はない、いつかの時のために取っておけばよかろう。

そんなやりとりを陛下とマローでしていたが、ガロンの目は酒に釘付けであった。


 ガロンすまんな、もう少し居られれば良かったのだが、これでも多忙な身でな…。

 気にしないでくだせぇ、こうやって心配してもらえるだけでも幸せでさぁ。

 友よ、町の外まで見送ろう。

 では、皆この度は本当にご苦労であった。


 マローは皇帝陛下を町の外まで見送り、屋敷に戻ろうとした。


 最近、町でよく魔鼠を見かける様になったなぁ。

 あぁ、そうなんだよ。うちの倉庫にも結構いたみたいで、食料がやられちまっていたよ…。

そんな町民の声が聞こえてきた…。

 

 

 




 



 


 


 



 

 


 

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