第十一話 死を振り撒くモノ
皆、付き合わせてすまなかったな。
マローは何かを決意した様な面持ちで皆に声をかけた。
なぁに、構わんさ。腹ん中に溜め込んだものも吐き出せた様だしな!
ガロンはそう言うと、カトーの墓に一礼し、葡萄酒の入った薄汚れた杯を供えた。
さぁて、小屋に帰って皆で酒でも飲み交わそうではないか!
ガロンの提案に皆和やかに同意し、小屋に戻ることとなった。
小屋への戻り道、チェスカがガロンに飯に関して質問している。
ガロン、小屋には食料は何があるんだい?あんなに熱い場所だと生物はすぐに悪くなってしまうだろ。
問題ないさ。建物を建てた際に、地下に食料貯蔵庫を作ってるんだ。それと、あの場所は秋巨樹の町と夏の巨樹の町の間を往来する行商もいるんで、飯には困らんのだよ。
そうなのかい。秋の町から来る行商とは、そりゃいい食材が揃ってそうだね。
あぁ。しかし、あの時食べた、二足歩行の魔猪、えーと、チェスカが後で名前をつけて、オークだったかな、あれを超える肉にはまだ出会っておらんがな。
あの肉は格別だったわね。まぁ、色々あったからねぇ。
そんなチェスカとガロンの話を真横で聞いていたマローは複雑な顔をしていた。
私は食べてないんだよな…。
マローがボソッとそう言うと、ガロンとチェスカはバツが悪そうに苦笑いをしていた。
さぁて、帰ってきたな。早速だが、火を焚いておいてくれるか?わしは貯蔵庫からありったけの食材を持ってくるぞ。
ガロンはそう言うと、床にある地下に続く階段を降りていった。
アオ、コウよ、火は任せるぞ。私もガロンの手伝いをしてくるでの。
マローもそう言うと、階段を降りて行った。
”火よ(ファイア)”
アオとコウは薪に向かって火の魔法を行使し、薪で火を起こした。
へぇ、うまいもんだね、誰かと違って。
チェスカは手際の良い弟子達の行動を見て感心していた。
チェスカ殿、ありがとうございます。あの、申し上げにくいのですが、誰かとはどなたでしょうか?
アオ君だっけ?マローから聞いてると思うけど、カトーのもう一人の弟子のことだよ。風魔法しか使えないって話だったからねぇ。
アオは名前を出さなかったチェスカの反応から、いけない事を聞いてしまったと思い、申し訳ないと謝罪した。
大丈夫、大丈夫!今でこそ皇帝陛下とかやってるけど、元々はただのやんちゃ坊主だったからね!事あるごとに女中とかにも手を出して、前皇帝陛下にめちゃめちゃ怒られてたからね。
現皇帝陛下が聞いていたら名誉毀損で死罪になる様な話が飛び出してきて、アオとコウは変な汗が止まらなかった。
おう、お前たち楽しそうな話をしてるじゃないか。
なんじゃ、友の話か?
ガロンとマローは袋いっぱいに詰め込まれた食事と葡萄酒がつまった小タルを抱えて登ってきた。
師、ガロン殿、助かりました。
アオはこれ以上、問題になりそうな話を聞きたくないと思っていた最中のちょうど良いタイミングで帰ってきた二人に安堵した。
チェスカよ、あまり弟子をいじめんでくれ。
アオとコウ達の額の汗を見て、チェスカに釘を刺した。
さてと、この食材を使って鍋でも囲むか。
ガロンはそう言うと、鍛冶場から直径100はあるであろう金属で出来た円盾を持ち出してきた。
ガロン、あんたこれを鍋にする気かい?本気で言ってんのかい?
チェスカは怪訝そうな態度でガロンに詰め寄った。
仕方ないだろ、大鍋なんてないんだからよ。大丈夫だ、打ちたての綺麗な盾だし、形状も鍋とそう変わらんだろ。
まぁ、そうなんだけど…。
ガロンの問答に対してチェスカが折れる形で話は終わった。
鍋には、ガロンが秋の町の行商から買い付けた、香りの良いキノコ、すこし粘り気のあるイモ、魔猪をペースに家畜化した豚の肉、鶏肉、葉野菜や根菜が大量に放り込まれた。ベースとなる汁には、夏の町から買い付けた、海藻と干した魚からとった出汁が使われているとのことである。
そろそろ食べどきだろう。
ガロンがそう言うと、皆一同おもむろに鍋をつつきはじめた。
ガロン、これは美味いの!
私もこのように美味いものは兄様に食べさせていただいた食事以来です!
美味しい…。
あぁ、これは本当に美味いね。流石はこだわり深いガロンだね。いや流石、秋の町といったところかね。なんたって、この国の食糧の九割は秋の町が産地だもんね。
チェスカはいつもの如く一言多いが、皆一同、ガロンの鍋に舌鼓を打った。
さぁて、皆のお待ちかねの時間だぞ!
そう言うとガロンは、マローからの土産に手をかけ、栓を抜いた。
えも言えぬ匂いが一瞬漂ったが、鍋の芳醇な香りにかき消された。
素晴らしく熟成された匂いだな!
あぁ、これはよく熟成されているね。
ガロンとチェスカはその香りでこの酒の本質を見抜いた様であった。
アオ、コウ、お前たちは葡萄酒でもう結構酔いが回っているようだな、この酒はおあずけだな。がははは!
ガロンはアオとコウがこの酒を苦手だと言う事を見抜いており、気を回した様だ。
あんたたちも、もったいないね、こんな良い酒が飲めないなんてね。さぁて、私は頂くよ!
そう言うとチェスカは、一口で飲み込める量をコップつぎ、一気に吸い込んだ。
かぁぁぁ、喉が焼けるこの感じ、血管に火がついちまった様だよ。
そうじゃろ、そうじゃろ。何たって我が師、カトー直伝の酒じゃからな。煉獄酒とでも言おうかの!
マローはすでに酔っ払っているようだ。
ほぅ、煉獄酒か、良い名ではないか。この焼ける感じ、全身が脈打つ様な感覚、煉獄で罪を洗い流す様(さま)であるな!
ガロンはチェスカの3倍のペースで煉獄酒を飲み進めているが、一向に酔う気配はない。
ガロンよ、流石じゃの!
いいペースね!
もう一杯目で酔いが回ってしまっているマローとチェスカは終始ニコニコしている。
その光景を見て、アオとコウは顔を合わせ、微笑みあった。
楽しい会話、他愛もない話などで盛り上がり、ガロン以外が酔い潰れ…夜が更けていった…。
皆、起きろぉ!もう昼だぞ!色々やることもあるんだろ!
ガロンはそう言いながら、床やベッドで寝ているマローとチェスカを叩き起こした。
頭が割れる様に痛いよ、これは二日酔いだね。マローもだいぶと苦しそうだね。
チェスカよ、お主と同じ状態とは良い気はせんが…ひどい有様じゃ。いつのまにか年甲斐にもなく床で寝てしまったもんで、腰も…。
マローとチェスカは調査という重要な仕事があるにも関わらず慢心創痍であった。
がははは。酒は飲んでも飲まれるなって言葉があるだろう、まさにその通りだな。みてみな、アオとコウはしっかりとしておるではないか。弟子達を見習わないとな!
ガロンはマローの差し入れの酒を全て飲み干していた様だが、ピンピンしている。それよりか、昨日より血の巡りが良さそうで肌も艶々と輝いている様である。
チェスカとマローは申し訳なさそうに弟子達の方に顔をやった。
師、チェスカ殿、おはようございます。こんなこともあろうかと、アオと共に酔い覚ましを作っておきました。
コウがそう言うと、アオがマローとチェスカに草花をすり潰して作ったであろう生薬を手渡した。
こんな師ですまんのぅ。
なんて出来た弟子なんだい、どうだい私の屋敷で住み込みで働かないかい?
マローとチェスカはこめかみを抑えながら、酔い覚ましを含み、水で流し込んだ。
すぐに効くもんでは無いから、これは…今日は調査は無しかな…。
チェスカはマローの顔を見ながら、そう呟くと、マローは目配せしながらゆっくりと頷いた。
皆すまない、今日予定していた調査は明日にしたいと思う。大変に申し訳ない。この歳で酒で失敗するとは…。
マローは本当に申し訳なさそうに謝り続けていた。
まぁ、あれだ、しっかりと準備していけとのカトーからの啓示だろう。
ガロンは上手く話をまとめてくれた。
そうなれば、アオとコウの防具くらい作っといてやるか、マローお前もカトーからの鉈の使い方の練習しといた方がいいんじゃないか?
ガロンはそう言うとアオとコウの身体の寸法を測り始め、軽量の防具の構想を練り始めた。
そうさせてもらいたい所だが、酷く頭が痛むもんで魔法もまともに使えそうにないんじゃ…。
私も今日は一日アウトだわ…。
マローとチェスカはグロッギー状態で使い物にならなかった。
ガロンはそんな二人に呆れつつ、アオとコウのための防具作成に取り掛かった。
——— 日も落ち始めてきた頃
アオ、コウ、ちょっと来てこの防具を身につけてみてくれ。
二人にローブの下に着込めるような軽量の鎧をガロンは手渡した。
これは鎖帷子というもので非常に軽いが、ある程度の衝撃と斬撃耐久性がある。鎖を服の様に編み込んだ鎧だ、一度来てみてくれ。
ガロン殿、ありがとうございます、身体にちょうど良く馴染み、軽量なので動きも制限されない良い鎧ですね。
ガロン…殿、ありがとうございます、すごく良いです。
がははは!それはよかった。でも無理はするなよ、何が起こるかわからんでな。
ガロンはアオとコウの喜び様に満更でも無い様子であった。
さてとあの二人はどんな様子かな。
ガロンは二人か寝ているであろう部屋をそっと覗き込んだ。
部屋は散々たる状況であった…。頭が痛くて寝れないのか、二人はまるで魂の抜けた人の様に徘徊しているではないか…。
おい、どうしたんだ。
頭が痛くて、寝てられんのじゃ…。
同じく…。
まったく…、アオ、コウ、こいつらにまた酔い覚ましと追加でよく眠れる生薬を作ってやってくれんか。
アオとコウもその効果を見て、戦慄したのか慌てて薬剤の調合を行い、二人に服用させた。
まったく、どっちが弟子なんだ。
ガロンは、呆れた顔で二人を見つめた後、アオとコウに微笑んだ。
その生薬を飲んだのち、すぐに二人は寝息を立てて寝始め、アオとコウは安堵の表情を浮かべた。
明日からは調査だろうし、アオとコウよ、あいつらに変わってしっかりと準備しておいてやってくれ。
そう言うとガロンは鍛冶場に戻り、酒を飲み始めた。
アオとコウは先ほど作った薬や幾許かの傷薬、生薬を作り、床に就いた。
——— 次の日の朝
あぁ、なんて清々しい光なんだ、昨日までの辛さが嘘みたいだよ…!
ほんとじゃの、昨日まで事が嘘みたいじゃ…、こんなに太陽の光が気持ちいいと思ったのは久々じゃわ。
チェスカとマローは完全に復活した様で、何故か太陽に感謝している。
おう、お前たちおはよう、昨日とはえらい違いだな!
師、チェスカ殿、おはようございます。良き朝を迎えられた様でよかったです。
師、チェスカ殿…、おはようございます。
各々が挨拶を交わし、かるい朝食を食べ始めた。ガロンはあいも変わらず、朝から葡萄酒を嗜んでいる。
ガロン、弟子達よ昨日はすまなんだなぁ。今日こそはしっかりと調査に向かおうと思うでなぁ。
昨日食べれなかった分をこれまでかと貪る様にパンや野菜を口いっぱいに頬張っている。
まぁまぁゆっくり食べて下され、昨日までに準備は整えておりますゆえに。
喉に詰まらない様に…飲み物も…飲んでくださいね。
これじゃまるで、アオとコウがあんたの世話係みたいじゃないかい!
チェスカの発言に少しムッとした様子で、マローはチェスカに目をやった。お主に言われとう無いわいと心の中で思ったが、発言は避けた。そう、腑に落ちた点もあったからである…。
さて、朝食も食べた事だしな、そろそろ調査に向かうか?アオとコウから大体の内容は聞いてるからな。
ガロン、お主も付いてきてくれるのか?
あぁ、乗りかかった船だ、カトーには返せねぇ恩もいっぱいあるしな。矢避けくらいにしかなれねえが、付いて行かせてくれ!
ガロンは鍋に使った円盾を背負い、腰を上げた。
そんな良い匂いのする盾で大丈夫かい?
チェスカはこの盾の凄さがわかってねぇ様だな。そんじょそこらの攻撃ではびくともせんぞ。なんてたって、大穴を開けたと言われている石片から抽出した鉱石と金属を混ぜ込んで作った代物で、カトーの鉈との兄弟分だ。
ほぅ、そうなのか、この鉈との兄弟分とはな。しかし、カトーはこの盾は使ってはおらなんだよな…。
あぁ、その事なのだが…。あの時はわしも未熟で、作りきれなんだんだ。あの時、この盾があれば結果も変わっていたかもしれん…。
ガロンは自分の未熟さをくやんでいる様であった。
マローはかける言葉がなかった…。その雰囲気を察した様に、アオが間に割って入った。
ガロン殿に作っていただいたこの鎧はすごいですよ。あの時間で素晴らしいものを作れるんですから。
小屋の鍛冶場を壊されてあそこまで激昂してたんだものね、それだけ直向きに取り組んでいた事だと理解してるよ。
なんだかんだ言って、チェスカもガロンとは長い中であり、お互いのことをよくわかっている。
あぁ、そうじゃ。過去は過去じゃ、今こうして弟子達の身を案じて鎧を作ってくれて、感謝しか無い。…さて、話はこれくらいにして、穴に向かうとするか。
皆一同、顔を引き締めて鍛冶場を後にした…。
——— 穴の付近
ここらは魔鼠が多いの…害にもならんので、ここまでの道はかなり楽であったが…。しかし、数が多すぎるの。
マローもそう感じたかい?これは穴から逃げてきてるんだろうね。町でも最近よく見かける様になったが、あれは流れだったんだろうね。まぁ、そんなに害になる様な魔獣でなくてよかったよ。
穴への道中の魔鼠の多さに驚きつつも、皆一同歩を進めた。
この光景はいったい…。
先行していたマローはその目の前に広がる光景に戸惑った。そこには、紫色の鎧兜のような形をした綺麗な花があたり一面に狂い咲いていた。
なぜ、この花がここら一帯に固まってに群生しておるのだ?
師よ…、これは…。
皆、下がっておれ。
何なんだい?綺麗な花じゃ無いか、屋敷の花瓶に植えたいくらいだよ。
そう言って花に手を伸ばしたチェスカの手を払いのけた。
馬鹿者、死にたいのか。これは毒だ!
その大声にチェスカはビクッとし、後退りした。
このトリカブトという植物の毒はたちまちに身体に周り、顔から表情が消えるように死にいたる。その様な毒なんです。一方で、弱毒化すれば、着付け薬としても有用です。
アオよ、その通りじゃ。非常に危険なものなのだ…。しかし、これほど群生しているとは穴の影響かもしれんな…。
そうだったのかい、危ない所だったよ。しかし、この辺りには瘴気は漂ってないね…。
あぁ、これは奇妙なことだな。穴からは瘴気が溢れ出すはずだが…。油断はするでないぞ。それと、皆、布で口と鼻を覆うのじゃ、あと、手袋も付けておく方が良い。
アオとコウはマローの発言に合わせるかの様に、薬作りの際に付ける手袋と布を皆に配布した。
おい、マロー、あの木陰に巨大な犬っぽい魔獣がいるぞ!
犬型魔獣ということは、オルトロスかな、近くに仲間がいるかもしれないから注意するんだよ。
アオとコウよ、チェスカから聞いたと思うがあやつらは狡猾だ、周りにも気を配ってくれ。私はもう少し接近してみようと思う、ガロン援護を頼めるか?
あぁ、任せろ。この盾でどんな攻撃からも守ってやるよ。
二人はその巨大な犬型の魔獣に恐る恐る近づいた。
あの魔獣の奥に穴が空いているぞ。しかし、瘴気は漏れておらんな、まるで穴の番犬の様だ。
大穴の時のオルトロスは牧羊犬のような知恵のある振る舞いをしておった、今回もその類であろう。オルトロス一体であれば、今の私にとっては好都合だ。
見てみろ、首の影が二つだ、オルトロスに違いない。
そうとなれば、気付かれない内に片付けてしまおう。
鉈を犬の魔獣方向に向け、
”雷の槍よ穿て”
マローがそう魔力を込めると、鉈の形状が変化した。
鉈の先端が大きく二股に分かれ、その中心は雷を溜め込むかの様に光輝き膨張しだした。
な、な、な、なんと、これはいったい。
マローが驚き声を上げた次の瞬間には、溜め込まれていた雷は雷轟を伴い射出された。
あまりもの反動により、雷の槍は雲を切り裂き空の彼方に消えていった。
すごい威力だが、当たらねえとなぁ…。だから、ぶっつけ本番はやめて練習しておけと言ったんだ…。
この様になると誰が想像できよう…。今のでこちらに気付いた様じゃの。
その犬の魔獣は立ち上がりこちらを見ている、その6つの瞳を通して…。
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